【 INTERVIEW 】「ダウン症の子を特別扱いや、将来を悲観したことはない」ダウン症のある子どもを持つ父親は、どうダウン症と向き合ってきたか

2016.2.26 | CATEGORY :MAGAZINE

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「子供がダウン症であるって分かったとき、正直頭が真っ白になった。夫婦にとって初めての子供やったし、どうしてええか分からんかった」

「嫁さんと俺は、想を他の兄弟と同じように、別け隔てなく育ててきた。彼女だけ障がいがあるからどうとか、可哀想とか、辛いとかっていう悲観的な意識は無いんよ」

今週のチャリティーは、日本ダウン症協会。ダウン症のある人や、支援者のための会員組織を運営し、相談事業などを行っています。

私たちJAMMINのアイテム作りに携わってくれている、株式会社ブライトワーク社長の堀川正明(ほりかわ まさあき)さん。彼もダウン症のあるお子さんを持つ一人の父親です。

掘川さんの長女、想(こころ)ちゃんは、ダウン症の高校1年生。ダウン症のある子を持つ父親として、どのように生活してきたのか、お話しを伺ってきました。

生後すぐにダウン症であると告げられる

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─ ダウン症のお子さんがいると伺っています。お子さんはほかにもいらっしゃいましたよね?

子どもは4人、長女の想(こころ)、陽(ひなた)、笑(えくぼ)、和(なごみ)。

想は、生後すぐにダウン症であることをお医者さんから言われてん。心臓の4つの室が繋がっていて、耳が聞こえへんって。

想の子育ての記憶は、他の子どもと同じように、色々と鮮明に覚えてるで。

下の子たちも育ててみて、やっぱ想は時間がかかるねん。例えば、ご飯を食べさせてあげるにも2〜3倍はかかったりする。

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せやけど、結局は何でも出来るようになるねん。ダウン症やからって出来ひんことはない。ただ、社会がそのスピード感に慣れてないんやろな。

想が生まれてきてくれて、親として、一人の男として成長させてもらったと思うてるよ。

─ 想ちゃんに ダウン症があるとわかった時、どう思われましたか?

どうもこうも、そうなんやから仕方ないやん。

子供がダウン症であるって分かったとき、正直頭が真っ白になった。夫婦にとって初めての子供やったし、どうしてええか分からんかった。

嫁さんは、生まれた瞬間、障がいがあるって分かったらしいけど、まるで悲観することなく、あっけらかんとしてたわ。むちゃ笑顔で、「私たちの子供!」って。

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そんな姿に、むちゃ救われたし、自分も前を見よう、って思えてん。嫁さんのお腹に10ヶ月もいたし、男には理解出来ない世界観なのかもしれへんな。

ダウン症の子を特別扱いや、将来を悲観したことはない

─ 想ちゃんを育てる中で、腹が立ったことはありますか?

スーパーとかへ行くと、子供たちにジロジロ見られるねん。でも、それって偏見がある訳やない。見たことがないから、興味があるんやと思う。決して差別とかの意識がある訳やないんやろな。

あとは、想のことで市役所に相談へ行くと、たらい回しにされることが度々あった。親身に話を聞いてくれへんかったり、どこか他人事やったり。こっちは真剣に子育てしてるのに、正直、腹が立って声が大きくなったわ。

他にも、想は、他の子たちと同じように、普通の小学校へ通わせたかった。せやけど、話を聞きに行った学校の教頭先生に「手厚く出来ませんよ」と言われてん。

ダウン症やからって、特別扱いせんと、普通に過ごして欲しかってん。手厚くなんてして欲しいわけやない。確かに、想は他の子供と違うかもしれんけど、他の子供と同じように、変わらず扱って欲しかってん。

こんときばかりはホンマに腹立ったわ。結局、ろう学校へ行くことに決めてん。

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─ 想ちゃんの下のお子さんは皆健常者ですよね。ダウン症のお子さんを持っているからという理由で体験したことはありますか?

どこで聞きつけたか分からんけど、宗教のような勧誘があったわ。もしかすると、どこかで名簿が出回ったのかもしれへん。

嫁さんが集会へ行くと、対応してくれた人が「障がいのあるお子さんを持ってつらいですね…」と突然泣き出したんやって。

嫁さんと俺は、想を他の兄弟と同じように、別け隔てなく育ててきた。彼女だけ障がいがあるからどうとか、可哀想とか、辛いとかっていう悲観的な意識は無いんよ。

だから嫁さんも、「なんで、他の子供と変わらんのに、なんでこの人らは泣くねん!」って帰ってきたけど。

─ 想ちゃんが生まれて、堀川さんの生活で変化したことはありますか?

想が生まれた時は、サラリーマンやってんけど、家族の時間を作りたいと思って独立しようと決心した。

想がダウン症を持って生まれて、彼女との時間をむちゃ大切にしたいと思ってん。サラリーマンとして働いてれば、場所も時間も拘束されるし。

昼休憩のたった1時間でも家に帰って一緒にご飯を食べる、何をするでもなく、ただ一緒に過ごす――そんな時間が大事やん!って思ったから。ほな独立しようって。

結果、仕事を辞めて独立してみて、仕事は大変やったけど、想や家族と過ごせる時間があるのは、むちゃ良かったと思うで。

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ダウン症とどう向き合ってきたのか

─ 改めてとはなりますが、堀川さんは、ダウン症とどう向き合ってこられましたか?

障がいとして、ダウン症は軽い方やと思う。せやから悲観せず前向きに過ごしてきてん。

あと、支えていく人たち、夫婦や家族、友人との関係も大事やな。俺は、想の日々の出来事を嫁さんと共有してやってきた。お互い共有して、話し合って、喧嘩もいっぱいしたけど、結果として支え合えてきたと思ってる。

さっきも言ったけど、嫁さんがいつも前向きに明るくとらえてくれたから、助けられたわ。

─ 想ちゃんは現在高校生ですが、将来について何か思うところはありますか?

正直、危機感がないと言ったらウソになるかな。もう少しすれば、想は高校を卒業して、社会に出て一人で生きていくための環境だって必要。

想が小さかったころには考えへんかったけど、最近そういうことを考えるようになったわ。

仕事を見つけるのは簡単じゃないし、本当に先々のことを考えれば、親である俺たち夫婦が先にあの世へ行くわけやし。

せやから、JAMMINにも手伝ってもらって、障がい者がのびのびと働けるような場を提供できたらええな!って思ってて、現在その構想を練っているところ。よろしくな!

─ もちろんです!貴重なお話、ありがとうございました。

インタビューを終えて

堀川さんには、ざっくばらんな語り口で、これまでのこと、これからのことを教えて頂きました。

インタビューで印象に残ったのは、堀川さんご夫婦の関係が非常に良いこと。夫婦二人三脚で、お子さんの課題に向き合い、乗り越えてこられたんだなと、お二人の強さを感じました。

そして、私も1人の娘を持つ父親。自分の娘にもしダウン症があったとしたら、もしこれから生まれる子どもがダウン症だとしたら、一体どう行動するだろうか――。そんな事を思いながら、お伺いしていました。

掘川さんのように明るく、強く、しなやかに夫婦で一緒に向き合っていく――そんな力強さを自分も持ちたい、と強く感じたインタビューでした。

TEXT BY KEIGO TAKAHASHI

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