
2021年に施行された「医療的ケア児支援法(医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律)」。人工呼吸器や痰の吸引といった医療的ケアを日常的に必要とする子どもたちとその家族の負担を減らすため、社会全体で支援するために作られた法律です。
この法律により、各自治体には、それまでは医療的ケアをするために家族の付き添いが必須だった学校や保育所に看護師を配置する責務や、医療的ケア児とその家族が悩みや困りごとを相談できる医療的ケア児支援センターを設置する責務が設けられました。
「法律ができただけではなかなか前に進まなくて、現場現場で、当事者と家族が、支援者とどう協働してやっていくかがすごく大切」と話すのは、今週JAMMINがコラボする「全国医療的ケアライン」代表で、「北海道医療的ケア児家族の会 Team Dosanco」の小山内淳子(おさない・じゅんこ)さん(49)。
全国の家族会がつながることで各地域での経験を共有し、当事者の声に寄り添った制度の実現のために活かしていきたいと話します。
小山内さんと、副代表で「大阪医療的ケア児・者ネットワークWA!わっしょい」の田中美紀(たなか・みき)さん(54)、「いしかわ医療的ケア児・障害児家族グループ PareTTe(パレット)」の谷畑由佳(たにはた・ゆか)さん(41)に、お話を聞きました。

お話をお伺いした、小山内さん(写真中央)、田中さん(写真左)、谷畑さん(写真右)
全国医療的ケアライン(アイライン)
医療的ケアが必要な当事者や家族、支援者をつなぐ全国ネットワーク。
重い病気や障害があっても、地域で安心して暮らし続けられる社会作りのために活動しています。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2026/09/07

「2026年5月27日、超党派医療的ケア児者支援議員連盟総会で『医療的ケア児が健やかに育ち、尊厳をもって地域で暮らせ得る社会を目指すために』と題してお話ししてきました」
──今日はよろしくお願いします。最初に、アイラインさんのご活動について教えてください。
小山内:
医療的ケア児支援法が2021年6月に可決されたことを受け、2022年3月27日に発足した、全国の医療的ケア児の家族会をつなぐネットワークです。
医療的ケアが必要な子どもとその家族が地域で暮らしてきたなかで、さまざまな生きづらさがありました。以前は、たとえば痰をとるとか、胃ろう栄養を入れるといった医療的ケアをするためだけに、親が子どもの学校に付き添い、お世話をするのが当たり前という時代もありました。
当然、仕事を続けることは難しいですし、きょうだい児がいる場合はそこにさける時間も少なかったのですが、「親の離職防止」も目的に掲げた支援法により、学校看護師を含めた社会全体で支援しようという機運が高まり、個人差や地域差はあるものの親の付き添いの時間はぐっと減りました。

オンラインサークルの様子。「コロナ禍の中、なかなか他のご家族とも会えなかった時期にオンラインサークルを始め、全国の仲間と直接話せるようになりました。現在は「防災」「学校」「幸せな自立」の3サークルが活動しています」
田中:
医療的ケア児は、どこにいくにも医療が必要です。そのために親がずっと付き添い、親が自由になる時間や経済活動をする時間が少ないという状況が長く続いてきた中で、医療的ケア児法によって、働けたり、自分の時間を持てる親が、少しずつ増えてきました。
地域格差、課題はたくさんありつつも、少しずつ前進しているのが現状です。
谷畑:
この法律は「やらないと罰せられる」というものではなく、あくまで「努力義務」のもので、決定は現場に委ねられています。
各自治体も懸命に動いてくださっていますが、すぐにやれるかというとそうではない現実もあるし、法律ができただけではなかなか前に進まなくて、現場現場で、どう協働してやっていくかがすごく大切になってきます。その時に、各地域の家族会がキーになってくると考えています。

「超党派医療的ケア児者支援議員連盟でお世話になった野田聖子衆議院議員、宮路拓馬衆議院議員にご挨拶に行きました」
小山内:
医療的ケア児法ができたものの、対応には地域格差が大きく、場所によっては「前例がない」という理由で断られることがあります。全国の家族会がつながることで、「あそこの自治体には前例があるよ」「うちではこうしたよ」といった情報を共有することができ、それにより、それぞれの地域の暮らしで、また自治体や支援者さんとどう一緒にやっていくかというところで活かしていくことができます。
残念ながら、親の交渉次第で受けられる支援の差が異なってくるという現実もまだあります。
各地の家族会からの発信によって少しずつ地域から変わっていけばと思っていますし、私たちアイラインとしては、地域と対立しない関係性を築くサポートができたらいいなと思っています。
──前向きに、一緒に取り組む事例がたくさん、全国で生まれていくといいですね。
小山内:
情報交換以外にも、全国ネットワークである強みを生かして、実態調査・政策提言も行っていますし、年に一度、全国フォーラムの開催も行っています。
活動は多岐に渡りますが、私たちがいちばん大切にしていることは「子どもたちがどうあるべきか」ということ。子どもたちのために、家族が安心して地域で暮らせることが大切だと考えています。

第15回日本小児在宅医学会でのブース出展での一枚。「地元のご家族が、何組もご協力くださいました」

小山内さんの息子の小山内大和くん。「7歳になった大和は、穏やかな性格。音楽を聴いたり、たくさんの人に会うのが大好きです」
──皆さんのお子さんのことを教えてください。
小山内:
2019年に生まれた息子の大和(やまと)は、18トリソミーと診断されました。
自力での呼吸がうまくできず、生後半年で人工呼吸器を装着しました。現在は、地域の小学校に通っています。
私は看護師なのですが、大和が生まれるまで、障害のある子どもたちが地域にこんなにもたくさんいることを知らず、愕然としました。病院で見かけていた患者さんの姿は、ほんの一部でしかないんだと知ったんです。
当事者の家族として、また看護師として、いろいろな立場の方と話をする中で、「当事者と支援者とが、まともに対話ができていない」ということに気づきました。
大和は一歩外に出ると「かわいそうな子だね」というふうに見られることも少なくなく、もしかしたら息子のような医療的ケアが必要な子が地域で暮らしていることを多くの人が知らないからこそ、そういった言動が生まれるのではないかと思いました。

「大和は、18番の染色体が通常2本のところ3本ある18トリソミーです。32週で緊急帝王切開になり、1700g程度と想像より小さく生まれてきました。体の成長も乏しく、うまく呼吸ができない気管軟化症があり、生まれてすぐから呼吸は人工呼吸器で管理されていました。今は気管切開、喀痰吸引、お口で食べるけど、時々鼻の管からお食事を摂る経管栄養もしています」
小山内:
その連鎖を断ちたいと思い、2歳ぐらいからは、買い物に行ったり遊びに行ったり…、積極的に、一緒に外に出ていくようにしましたし、未来の社会を作る子どもたちにも大和のような子がいることを知ってほしいと思い、地域の小学校に入学しました。
知ってもらいたいという思いから、地元のテレビなどにも出させていただいていますが、本人がどう思っているかはわかりません。
「大和にとって、本当は何が良いのか」というのは、いろいろと悩みます。どこに行っても可能性はあると思いますが、今いる場所で、できるところで息子の可能性を広げながら、周りと対話し、調和しながら進んでいけたらと思っています。今は毎日、目をキラキラさせて学校に通っているので、それは良かったなと思います。
──そうなんですね。
小山内:
医療的ケア児支援法の後押しがあり、たくさんの方たちに協力していただきながら毎日を送っていますが、中には「ここまではできるけど、ここからはできない」というような、たとえば「痰の吸引は医療的ケアだからするけど、おむつ替えは医療的ケアではないからやりません」というふうに言われてしまうこともあったりします。

(写真左)学校で、友達みんなと散策時間。(写真右)家族で外食の様子
──そうなんですね…。もし自分だと思ったら、痰の吸引もしてほしいけど、おむつも、もし気づいてもらえたら替えてほしいです。
小山内:
医療的ケア児支援法は、できてまだ間もない制度です。制度の中身だけが全面に押し出されると、そこに当事者の声や思いは乗らないまま、こういった溝のようなものがどんどん深まってしまう可能性もあります。
医療者や各自治体など、支援してくださる側の人たちに、当事者の生活や思いをしっかり伝えていくこと、その対話が必要だと思っています。

「小学校でこうして学べるなんて!医療的ケアがあっても、地域の学校で友達と一緒に笑ったり学んだりできる。そんな『あたりまえの景色』が広がっていくのが本当に嬉しいです」

田中さんの息子、田中世生さん。「少しシャイで普段はクールに構えていますが、おもちゃやテレビよりも人が大好き。時々見せるピカピカの笑顔で、周りの人をコロリと瞬殺する得意技があります」
──田中さんはいかがですか。
田中:
23歳になる息子の世生(せい)は、生後5ヶ月で細菌性髄膜炎という病気から重度障害が残り、医療的ケア(経管栄養)が必要になりました。
少しずつ練習して口から食べられるようになり、周囲のサポートもあって地域の保育園、小学校にも通いましたが、18歳あたりから嚥下機能が落ち、痰の吸引が必要となり胃ろうの手術を受けました。現在は平日、生活介護に通っています。

「世生は髄膜炎の後、難治てんかん、水頭症、片耳失聴、体幹機能障害、発達遅滞、嚥下機能障害など心身ともに多くの障害が残りました。ミルクを摂取するために鼻から胃まで入れている経管栄養チューブを気持ち悪いからと本人が引き抜く度に、私が挿入する医療行為が苦手で、怖くて仕方ありませんでした。小さな頃は、ずっと抱っこしていないと嘔吐してしまうほど泣いてばかり。当時は大阪城の近くに住んでいて、時々天守閣まで上るのが散歩コースでした」
田中:
振り返ってみると、当時、通常の子育てとは違うので、ママ友もいないし働くこともできず、社会から分断されたような孤独や孤立感は大きかったです。ただ、私が鈍感なのか、息子がラッキーボーイなのか、息子の病気のことで嫌な思いをした経験は、記憶にありません。
時に厳しさも感じながら、人のやさしさにもたくさん触れさせてもらってきました。
2006年、「細菌性髄膜炎はワクチンで防げる」という新聞記事を見てからは、息子のような経験をする子がこれ以上増えないように、私たちのように悔しい思いをする家族がいなくなるように、日本の子どもたちにそのワクチンを届けてほしいと「細菌性髄膜炎から子どもたちを守る会」を立ち上げ、活動を始めました。

「2010年、雪がちらつく名古屋駅前で、街頭署名を行った時の一枚です」
田中:
住んでいる地域だけでなく、東京ドームや名古屋駅前…、各地へ出向いて署名活動をしました。
2007年には約6万筆を、2010年までにのべ約20万筆の集まった署名を、何度も厚生労働省に届け、今ではこれらのワクチンは定期接種となっています。ワクチンで完全に防げるわけではありませんが、7~8割は予防できるようなったというふうに聞いています。
署名活動中、心無い反応や妨害を受けたこともありました。でも、いろんなメディアが取り上げてくださって活動を広げてくださいました。小児科の先生たちも支援する会を立ち上げてくださり、周囲の協力によって少しずつ、自分たちだけでは届けられなかった声が、社会に届いていくという経験させてもらいました。
その経験が、今のアイラインの活動にもつながっていて、「当事者の声がちゃんと届けば、わかってもらえる社会になる」と信じています。

「2024年、一般社団法人日本アダプティブファッション協会が主催する『第2回アダプティブファッションショー2024』にて、洋服をデザインしてくださった学生さんたちとの一枚です」

谷畑さんの娘、谷畑真歩さん。「音楽、揺らされる遊びや手足を動かしてもらうこと、キラキラしたものが好きな子です。もともとはちょっと甘えん坊でしたが、成長に伴って、『ちょっと、男子ぃー』という感じの、学級委員長のような性格が見えてきました(笑)」
──谷畑さんはいかがですか。
谷畑:
小学6年生になる娘の真歩(まほ)は、生後3ヶ月で検査入院し、難治性てんかんの「ウエスト症候群」と診断されました。1年間の入院を経て、吸引や胃ろうなど、医療的ケアが必要な状態で退院しました。
入院中はナースコールをすれば看護師さんが来てあれこれ対応してくれましたが、退院後は、すべて私が対応しなければなりません。
「もし発作で息が止まったらどうしよう、何か起きたらどうしよう」とすごく怖くて、一時期は引きこもり状態になりましたが、ウエスト症候群の家族会に入り、同じような境遇の人たちと話せたことで孤独感が救われました。思いを話せたり、つながったりすることの大切さを、この時にものすごく痛感しました。

「真歩はまだ首が座っておらず、姿勢を保つことが難しいため、バギー型車いすに乗っています。日中は酸素吸入が必要で、ご飯は胃ろうからの注入、痰がたまったら吸引、ときどき導尿も必要です。夜間は人工呼吸器も使用しています。ケアをするための物品は、なかなか外出先では手に入らないのでどうしても荷物が多くなることや、オムツ交換をする際に、赤ちゃん用の台では小さくて使えず、一方で介助用ベッドがあるトイレはまだまだ少なくて、交換できる場所を探すことにも一苦労しています」
谷畑:
2歳になってからは児童発達支援に通いはじめ、真歩の入院付き添いを離れられなくて退職していた会社から、ありがたいことに「戻ってこないか」と声をかけていただき、パートで仕事を再開したりと、少しずつペースを取り戻していきました。
うちは地域の小学校は考えておらず、支援学校に通いはじめましたが、当時はまだ医療的ケア児法成立前で、付き添いがいつまで続くのか不安もありました。ただ、少しずつ社会が変わり始めていた時期で、1ヶ月ほどで付き添いは不要になり、今も仕事を続けています。
真歩がちょうど支援学校に入った頃に「全国の家族会でつながろう」というアイラインの前身団体の話が持ち上がり、付き添いのために休職していたタイミングだったこと、またその理不尽さも感じていた頃だったので、参加したいと思いました。
住んでいる石川には家族会がなく、家族会を立ち上げるところからのスタートでした。

「ウエスト症候群は『笑わなくなる』ことで気づかれることもある病気です。真歩も発症以来、長く笑顔が消えていました。でも小学生になる頃から笑顔が戻り、今ではお姉さんぶるところも出てきたりと、感情表現が豊かになってきています」
──つらかったり、しんどかったことはありますか。
谷畑:
私がいちばんしんどかったのは、退院したばかりの孤独な時期でした。外に出られず、家族会で同じようなご家族とつながるまでの日々がとてもつらかったです。
いざ一歩外に出てみると、最初は周囲の視線も気になりましたが、次第に「さぁ皆さん、見慣れてください」くらいの気持ちになっていきました(笑)。「見られている」ことをポジティブに捉えるようにしたことで、意識も変わっていきました。
一度、娘と「だいすけお兄さん(元NHK「おかあさんと一緒」のうたのおにいさん)」のコンサートに行った時、だいすけお兄さんとお揃いのコスプレをしていくと、「かわいい」という反応をもらって以来、時々コスプレにも挑戦しています(笑)。

コスプレした真歩さん。「だいすけお兄さんが桃太郎に扮する舞台だったので、真歩も桃太郎になりました。客席を回っていただいすけお兄さんが真歩を見つけて手を振ってくれたのと、ロビーで女の子が『あの子かわいい!』と言ってくれたのが良い思い出です」

政策提言に活用するため、定期的に当事者の声を聞くアンケート調査を実施している
──医療的ケア児を育てる親として、皆さんが知ってほしいことはありますか。
谷畑:
医療的ケア児とその家族がお出かけしづらいというハードルを下げるには、「当たり前にいる存在」として捉えてもらうこと、見慣れてもらうことがいちばんなのかなと思っています。「鼻にチューブをつけている子」ではなく「あ、真歩ちゃん!」っていう子が増えてくれたら嬉しいです。
小山内:
谷畑さんが言った通りで、地域の人たちに、医療的ケアが必要な人の存在を知ってもらうことがすごく大切。
私たちが住んでいる北海道でも、医療的ケア児とその家族、皆で電車に乗っておでかけしたり、水族館に行ったりといったイベントが開催されていますが、どちらかといえば非日常の体験で、当事者家族や関係者、福祉や医療職の方など、限られた人たちのイベントになりがちです。
もっと日常的なところで、実際に日々の生活を送る中で直面する困難や生きづらさについては、当事者や家族が声を合わせ、伝えていく必要があると思っています。
一方的に「こうしてほしい」と訴えるのではなく、私たちも勉強して、いろんな方たちとつながりながら、「こうあってほしい」というのをしっかり伝え、何よりも「対話」する関係性を築いていくこと。それが、アイラインの役割かなと思っています。

当事者へのアンケートの調査結果を、学会でも演題発表している。「2026年8月に開催された第15回日本小児在宅医学会学術集会では、成人移行期・成人期における将来のケア計画に関する家族の不安についての発表で、優秀演題に選出されました」
田中:
近所の方に、防災について話を聞きに行った時に、「(医療的ケアが必要な人と)どう関わっていいかわからん」と言われたことがあります。私たちも、なかなか地域に積極的に入っていくことが難しいです。
「医療的ケア児は、医療者と介護者しか関わってはいけない子だ」、そんな風に思われていると感じることがあります。知らないから怖いし、どうしていいかわからない。そんな壁を、ひとつでもなくしていけたらと思っています。

2025年に開催した家族交流会での一コマ。「遠い県の子どもたち同士が仲良くなっていたのが微笑ましい瞬間でした」
小山内:
「医療的ケアが必要だから」とか「その子のために」と、なんでもやってあげることが全てではありません。支援ありきの関係を望んでいるのではなく、「ともに支え合う」、そんな社会を、一緒に作っていくことができればと思っています。
子を育てる親として、医療的ケアや病気に関する悩みもありますが、それは一部であって、ごくごく普通の子育ての悩みもあります。
病気や障害があろうとなかろうと、子どもたちは日々成長します。
「医療的ケア児」としてではなく、一人ひとりの姿、その子の個性や成長を見る社会になった時、少しずつ変わっていくことがあるのではないかと思います。
親が入ると厄介になることもあるので(笑)、まずは、子をみてほしい。そんなふうに思います。

2024年に開催された第3回全国フォーラムでの企画「できることだらけ」で、子どもたちが遊ぶ様子。「医療的ケアが必要でも、身体がどんな状態であっても、子どもたちが心から遊び、笑い、体験できることはたくさんある、というコンセプトで企画しました。会場のあちこちで見られた子どもたちの自由で豊かな表情や、夢中になって遊ぶ姿は、まさにこのコンセプトそのもの。付き添うご家族や支えるスタッフにとっても『本当はこんなこともできるんだ!』という新しい可能性と希望を発見できた企画でした」

第4回全国フォーラムは2026年11月22日、東京駅前のKITTEにて開催予定
──11月に、4回目となる全国フォーラムを開催されるそうですね。
小山内:
医療的ケア児支援法ができた翌年の2022年に第1回を開催し、毎年少しずつ規模を拡大しながら開催してきました。
4回目となる今年のテーマは「協働」。今年改正された支援法をさらに暮らしに定着させるため、私たちは「お願い」から「協働で社会システムを作る」フェーズに進みます。
基調講演やシンポジウムの前に、新たな取り組みとして、全国の家族が顔をあわせる交流会の開催や、子どもたちも楽しめるキッズゾーンの設置、看護師や学生ボランティアによる医療的ケア対応、企業ブース出展なども予定しています。
当事者だけでなく、専門職の方、議員さん、企業や自治体、医療関係の方などにもご参加いただく予定で、立場を超えた対話の場になればと思っています。

記念すべき第1回の全国フォーラムの様子。「全国から初めて集まれたことに、感動もひとしおでした」
──今回のフォーラムをきっかけに、また新たな協働のかたちや文化が生まれていくといいですね!最後に、チャリティーの使途を教えてください。
小山内:
フォーラムはリアルとオンラインのハイブリッドで開催予定ですが、この機会にぜひ、全国の当事者とその家族を、東京に呼ぶことができたらと思っています。
今回のチャリティーは、全国各地から集まる家族に旅費や交通費の補助として活用させていただく予定です。ぜひ、応援いただけたら嬉しいです。
──貴重なお話をありがとうございました!

2024年11月に開催された第3回全国フォーラムにて、実行委員の皆さんで記念撮影。「たくさんの想いが一つになったフォーラムでした。実行委員のチームワークで、これからも未来を明るく耕していきます!」
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
小山内さん、田中さん、谷畑さんが目を輝かせながらお子さんたちの話をしてくださる姿がとても印象的でした。さまざまな葛藤やご苦労がある中で、より良い社会、より良い未来に向け、皆さんで力を合わせ、一歩ずつ前進しておられるのがすごいと思いました。
当事者やその家族と支援者や社会との間に、意識や認識の違い、温度差が決してないとは言えない中で、現場でどのような対話をして、制度を生かしていくのか。そこには、確かに難しい側面もあるように感じます。アイラインさんの全国のつながりによって、いきいきと輝く事例と、応援や理解の輪が広がっていくといいなと思いました。
・全国医療的ケアライン(アイライン) ホームページはこちらから

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「アイライン号」に乗って、一緒に仲良く空を飛ぶ姿を描きました。
「あの雲は、ドーナツに見えるね!」「こっちの雲は鳥さんかな?!」、広大な空を共に楽しみ、冒険する様子を描き、皆で一緒に、笑顔が増える社会をつくっていく様子を表現しています。
“Creating smiles together(みんなで一緒に、笑顔をつくっていく)”というメッセージを添えました。
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決定後追記