「高次脳機能障害」を知っていますか。
事故や脳梗塞、脳卒中などが原因で脳が損傷し、感情や注意、記憶障害が現れ、コミュニケーションや生活に支障をきたす障害です。
一方で軽度の高次脳機能障害の場合、一見障害が見えづらく、障害が正しく理解されないまま、周囲から「サボっている」「注意力が足りない」などといわれたり、あるいは医療の現場においても認知が低く、正しい診断やリハビリが受けられないまま後遺症に苦しみ続ける人たちがいます。
今週JAMMINがコラボするのは、NPO法人「Reジョブ大阪」。2019年7月にコラボしていただいて以来、3年ぶり2度めのコラボです。
「軽度の高次脳機能障害の場合、正しいリハビリで多くは回復できる」と話すのは、Reジョブ大阪代表理事の西村紀子(にしむら・のりこ)さん(52)。
「患者さんの多くは、『(仕事に)戻りたい』という話をされます。働きたいと思っている人には、働く機会を与えたい。通う場所があって、自分が必要とされていると感じながら、生活のためのお金を得られるお手伝いがしたい」。
そう話す西村さんと、理事の松嶋有香(まつしま・ゆか)さん(56)に、活動と課題について、お話を聞きました。
(お話をお伺いした西村さん(写真左)、松嶋さん(写真右))
NPO法人Reジョブ大阪
脳損傷者、特に「見えない障害」と言われる高次脳機能障害者や失語症者の社会復帰と家族への支援活動を行いながら、脳損傷者への正しい理解を広めるために啓発活動を行っています。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2022/7/11
(2020年に出版された、当事者である鈴木大介さんの著書『脳コワさん支援ガイド』の読書会。「5回にわたり、1章ずつ、著者本人の解説付きの読書会です。読者からの質問にも答えていただきました。当事者、当事者家族、支援者、編集者まで参加しました!」)
──前回のコラボでは大変お世話になりました。まずはじめに、団体のご活動を改めて教えてください。
西村:
高次脳機能障害や失語症のある方たちの支援をしている団体です。
コロナ前は当事者会やイベントの開催が多く、リアルな集まりの場や啓発のための講演活動などを行っていましたが、現在はオンラインに特化して活動しています。
松嶋:
クラウドファンディングでたくさんの方にご支援いただき、2021年2月からは、高次脳機能障害や失語症がありつつも、現在は回復して働いている当事者の方の声を集めた冊子『脳に何かがあったとき』を毎月発行しています。
当事者会を自分たちでリアルの場でやっていた頃から、適切な支援やリハビリを受ければ回復の可能性があるにもかかわらず、それが難しく、日常生活や就労に戻っていくことが難しい、軽度の高次脳機能障害の方たちのおかれた状況に大きな課題があると感じていました。出会いなども重なり、徐々にそちらにターゲットが絞られていきました。
(NPO法人Reジョブ大阪の最初の活動は、クラウドファンディングで資金を集めての高次脳機能障害の当事者・下川眞一さんの手記の出版だった。『知っといてぇや これが高次脳機能障害者やで!』(下川眞一・西村紀子著・Reジョブ大阪編)。その隣は、2020年9月に発売した西村さんの著書第一弾『言語聴覚士のお仕事: 生きとこか。いいことあるで。』、その隣は同年12月に発行した第二弾『いうこと聞かへん脳やけど~どっこい生きてる~: 言語聴覚士のお仕事2』(いずれも西村紀子著・Reジョブ大阪編)。第三弾は現在出版準備中)
(2018年に高次脳機能障害を発症した早野満紀子さん。失語症や注意障害、記憶障害がある。「電気やエアコンの消し忘れが多く、出かける前に指差し確認をしています。それでも忘れますが…」。写真は「BEST OF MISS AICHI 2021」に出場した際の一枚。「私がミスコンという表舞台に出ることで高次脳機能障害を知ってもらうきっかけになりたい、高次脳機能障害の認知度を広める広告塔になるんだという思いからエントリーをしました。結果としては受賞を逃しましたが、高次脳機能障害仲間の皆さんから勇気を貰えたというお言葉を頂けてとても嬉しかったです」)
──どのような課題でしょうか。
松嶋:
同じ高次脳機能障害のある方でも、重度か軽度かで課題はまた異なってきます。
重度の場合は、言葉を発すること自体が難しかったりして、そこにも課題はあるのですが、一方で、言葉も話せて普通に会話ができる軽度の方の場合、適切なリハビリやサポートがあれば社会復帰が可能であるにもかかわらず、それができていません。また、この障害への認知度が低く、必要な方に必要な支援が届いていないという現実があります。
西村:
重度と大きく異なる点として、「診断がつきづらい」ということが問題です。軽度の場合、お医者さんが症状を見過ごしてしまい、診断がつかないまま日常生活に戻ってしまうというケースが少なくありません。
──そうなんですね。
西村:
病院は、入院患者さんが困らないように環境を整えてある施設ですから、病院内であれば、特に困ることもなく生活できていたかもしれません。
しかしいざ病院を一歩外に出て、実際に自分の生活に戻った時や職場に復帰した時に、それまではごく当たり前としてできていたことができなくなっていると気づくのです。
たとえば会議のメモを取る、人の顔と名前を一致させて覚える、企画書を作る、周囲に雑音が多い中でも複数の人との会話の内容を理解する、不測の事態がありながらも予定していた業務を行う…、今まで当たり前にできていたことに困難を感じます。
脳のどの部分を損傷したかによっても症状の濃淡は変わってきますが、「なんでこんなにできないんだ?!」ということに気づくのです。
当事者がどのような仕事に就いているかによっても顕在化してくる困りごとは変わってきますが、いずれにしても「それまで当たり前にできたはずのことができない」ことは、本人にとっても大きなストレスや苦悩となります。
さらに診断がつかない場合は、困りごとがの理由がわからず、当然支援もない。なんとか改善しようと自分で調べて調べて調べ抜いて、やっと私たちとつながった方もたくさんいます。
(2000年に高次脳機能障害を発症した島本昌浩さん。片麻痺と半側空間無視(左右どちらかの空間が認識できない状態)がある。「左側が認知できず、段差でつまずいたりと移動のときに苦労します。パソコンのモニターの左側の文字を見落としてしまうこともあります。麻痺については理学療法で、半側空間無視については意識して首を振り、正中位をズラして左側を認知・確認するようにしています」)
(2010年に高次脳機能障害を発症した阿部類さん。原疾患のもやもや病による脳出血は2002年。記憶障害、注意障害、遂行機能障害、こだわりの強化、右半身の感覚鈍化、右上4分の1の視野障害がある。「見た目も会話も健常者と変わらないため、障害があることを『言い訳』と切り捨てられてしまいます。大学院生として国民年金しか納めていない時期で、視野や感覚など身体障害に認定されない境界線上の障害しか残らなかったため、年金も受給できません。普段の生活では、首にかけるタイプのwemo(身に付けるメモ)で障害を可視化しているほか、リハビリとして訓練した料理による自炊(常備菜・弁当など)による節約生活を送っています。またこの障害を一人でも多くの方に知っていただくため、支援者や学生、専門職の方に向けた講義や講座等の普及啓発活動にも協力しています」)
西村:
さらに、こういった困りごとの原因が脳損傷による障害であるにもかかわらず、それを知らないと、本人も周囲も、できないことを「本人の落ち度」と捉えてしまうところに大きな課題が潜んでいます。
自信を失って自分を肯定できなくなり、過大なストレスを抱え、些細なことで怒る、気分が落ち込んで鬱病になるといった二次障害を招いてしまいます。周りからは「性格が急に変わった」と思われて、離婚したり友人が離れていったり、仕事をやめてしまう、引きこもりがちになるということも少なくありません。二次障害によって、状況がますます悪化してしまうケースがたくさんあります。
そうなる前に、いかに状況の悪化を食い止めることができるか。
「これは脳の損傷による障害であって、その人のせいではない」ということを、ご本人にも周りのご家族や職場の方にも、正しく理解してもらう必要があるんです。
(2019年にJAMMINとコラボした際のTシャツを着て、仲間の皆さんと)
──軽度の場合なかなか高次脳機能障害であるという診断がつかないこともあるということですが、発達障害と間違われてしまうようなこともあるのではないでしょうか。
松嶋:
確かに、似ている部分はあります。しかし大きな違いは、発達障害は「生まれつき」であることに対して、高次脳機能障害は「ある日を境に」、突然発症するということ。
私が知っている方の中には、電車に座っていた時に、上の網棚から落ちてきた水筒に当たって脳を損傷し、高次脳機能障害が残ったという方がいました。二段ベッドから落ちて、その日を境に右と左がわかりづらくなったという方もいます。つまり、いつ何時、誰にでも起こりうることなんです。
──確かに。
西村:
症状から、若年性アルツハイマーと比較されることもあります。
高次脳機能障害も若年性アルツハイマーも、「(ものごとを)できていた自分がある(が、今はできない)」という点では共通していますが、若年性アルツハイマーは症状がどんどん進行していくのに対し、高次脳機能障害は、適切なリハビリを受ければ症状が回復します。
(1994年に高次脳機能障害を発症した北川千恵美さん。高次脳機能障害と認定されたのは4年前で、それまでは健常者として生活していた。脳挫傷、急性硬膜下血出、頭蓋骨骨折、外傷もあり右前頭葉が収縮していて、記憶障害が強いという。「自分を偽ることが一番疲れました。今も仕事はハードルは高いです。記憶障害のためすぐに忘れてしまうので、メモをとることにしています。自分で体温調整ができずすぐ熱中症になるため、意識して水分を摂ったり首を冷やしたりと対策していますが、、6月にはすでに2回熱中症になりました」)
(立花勇二さんは2009年5月、右殼脳内出血のため高次脳機能障害に。左半身麻痺、記憶障害、注意障害、感情のコントロールが難しいといった症状がある。「日常生活での困りごとは多すぎて答えが出ません。人の顔と名前が覚えられません。焦らず、段階を踏んでやるようにしています」)
──すると、適切なリハビリが大きなポイントになるんですね。
松嶋:
そうなのですが、この障害への認知が低く「未診断・無支援」の状況に陥る方が少なくない状況で、適切なリハビリにたどり着くことができる人自体が少ない現実があります。
我々はここが、その人がその後の人生において、自分を大切にしていくことができるか、「川の大きな分かれ目」だととらえています。
それまでできていたことができなくなる、それは確かに大きな喪失です。しかしそこでその人のアイデンティティそのものまで失ってしまうと、大きな悪循環にはまってしまいます。
西村:
中途障害(人生の途中で、ある日突然障害を持つこと)の強みは、それまでの習慣や経験からできる部分を生かしながら、できない部分を補っていけること。支援の質を上げ、また正しい知恵が届けば、本人も周囲も、工夫しながら生きていくことができると考えています。
(言語聴覚士として、多くの軽度の高次脳機能障害者の社会復帰を支援してきた西村さん。現在の医療・介護保険で取り残されている高次脳機能障害や失語症のある方の生活、そして家族支援をしたいと起業。オンライン言語リハビリ「ことばの天使」を行っている。写真はオンラインによるリハビリの様子)
──西村さんは言語聴覚士としても高次脳機能障害の方たちの復職支援に力を入れていらっしゃいますが、具体的にはどのようなリハビリをするのですか。
西村:
私のオンライン言語リハビリでは、例えばコップを見て「コップ」と言うような、ドリルを解くようなリハビリをするのではなく、本人がリアルの仕事場で「報告・連絡・相談」、「会話」「会議」そして「雑談」などもできるように、言語機能を上げるリハビリをします。
自分の言葉で、自分の身の回りに起きた様々な事象を組み合わせ、まだ誰も言語化していない「今日、こんなことがあった」を相手に伝えることは、自立の一歩だと考えています。
──難しそうですね。
西村:
最初はニュースなどを見て、すでに言語化されたものを自分で話す訓練をします。
慣れてきたら、自分のことを、その場にいない相手にも伝えられるようになるまで、具体的かつ客観的に話せるように訓練していきます。
同時並行して、自分の障害に関する背景の部分、学術的な知識を理解して、生活の中で工夫ができるか、「こうすると良いな」を体験しながら学んでもらう姿勢も身につけていきます。
最後に、「職場に戻った時」をシミュレーションして、「自分の言葉で」職場で共に働く方たちに症状や特性、何に困っているのか具体的に伝え、「こうしてほしい」といったことを依頼する練習をします。
まずは自分で自分の障害を知り、学ぶことで伝える技術が上がります。支援者がすぐ近くにいれば、その人が代わりに発言したり助けてくれたりするかもしれませんが、それでは環境が変わった時に対応できません。
困りごとは常々変わるし、業務の内容も上司も変わるかもしれません。
だから、一人であっても「自分で発言する」力を身につけてほしいと思ってリハビリに向き合っています。
(中央の西村さんを挟んで、写真右が当事者の鈴木大介さん、左が岡崎さん)
(会員向けに発行している冊子。「脳損傷のある方の就労に際して困りごと、工夫したこと、大変だったこと、つらかったことなど、毎月2名を取材して掲載しています。これから先どんなことがあるのか、障害を負ったばかりの方にも届くことを願っています。夢は、すべての病院にこの冊子があることです」)
──昨年2月からは、職場復帰した当事者の声を発信する冊子も発行されているようですね。
松嶋:
裏社会や触法少年少女らの生きる現場などを中心としたルポを主なフィールドに活躍されていた、ルポライターの鈴木大介さんに出会ったことがきっかけです。鈴木さんと「チーム脳コワさん」というプロジェクトをスタートしました。
鈴木さんは2015年に脳梗塞を発症し、高次脳機能障害の当事者となったことをきっかけに、それまでは取材する側だった「生きづらさ」を抱えた人の声を発信したいと、現在は作家として活躍されています。
「脳コワさん」とは「脳が壊れた人」のこと。
発達障害のある鈴木さんの奥様が、鈴木さんに「脳コワ仲間だね」と声をかけた、その一言が由来です。「チーム脳コワさん」として、当事者の声を集めた冊子の発行や、専門職向けのオンラインセミナーを開催しています。
(ルポライターとして活躍していた中、2015年に高次脳機能障害を発症した鈴木大介さん。現在は当事者として発信を続けている。病後の代表作は『脳が壊れた』『されど愛しきお妻様』『脳コワさん支援ガイド』(2020日本医学ジャーナリスト協会大賞受賞)など)
──鈴木さんとはどんなふうに出会われたのですか?
西村:
2017年に、鈴木さんの闘病記『脳が壊れた』(鈴木大輔著・新潮社・2016年)を読んだことがきっかけです。
言語聴覚士としてたくさんの高次脳機能障害の方にお会いしましたが、一方で、当事者の方たちの深い気持ちの部分までは分からないところがあると感じていました。鈴木さんのこの本は、当事者として内面や状況を細かに、しかもルポとして客観的に巧みに表現されていて。私が当事者の方たちを支援するために起業する大きなきっかけになりました。
世の中にはたくさんの「脳コワさん」がいるのに、必要な支援が届いていない、ということは、鈴木さんも書籍の中で指摘されていて、2020年2月に講演で大阪に来られた際にお願いをして、2020年の夏に対談収録が実現しました。
「軽度の高次脳機能障害への支援が足りていない」という同じ課題意識を持ちながら、鈴木さんは鈴木さんで「当事者の声の発信だけでは、『それはあなたの話でしょ』で片付けられてしまう」と感じていらっしゃったようです。そこで当事者と専門職とが一緒に手を組んで、今ある隙間を埋めていこう、一緒に次のステージを目指そうと「チーム脳コワさん」がスタートしたんです。
(鈴木さんと西村さんによるオンラインインタビューの様子。鈴木さんの病後の代表作は『脳が壊れた』『されど愛しきお妻様』『脳コワさん支援ガイド』(2020日本医学ジャーナリスト協会大賞受賞)など)
──まさに出会うべくして出会われたんですね。
松嶋:
毎月発行している会員情報誌『脳に何かがあった時』では、鈴木さんにルポライターをお願いし、職場復帰した当事者の方にインタビューをして、毎回とても素晴らしい記事にまとめていただいています。ご本人は「洞察力も表現力も、(高次脳機能障害になる前と比べて)全然足りていない」とおっしゃるのですが。
脳が疲れやすく集中力の維持が難しいという部分は、事前に西村が単独でヒアリングを行い、疲れにくい時間帯で行うなど、工夫をしています。取材相手も当事者なので、長時間の取材にしないようにするなど、調整しながらやっていただいています。
(「4月25日を『失語症の日』に!クラウドファンディングで記念日認定料と仲間を集めました。2021年に日本記念日協会に認定していただき、イベントを開催、今年もオンラインでイベントを開催しました」)
(株式会社gene主催『高次脳機能障害者は何に困るのか』セミナーに登壇した、西村さんと鈴木さん。団体を飛び出し、企業セミナーなどにも講師として参加している)
──当事者の声と専門職の見解が合わさることで、認知が広がっていくといいですね。
西村:
本当にそうです。軽度の高次脳機能障害の困りごとが、まだまだ知られていません。
この活動をしていると、「退職したあの人、もしかしたらそうだったかもしれない」「亡くなった旦那が、脳卒中を起こした後に人が変わったみたいになってしまったけれど、もしかしたらそうだったかも」「事故のあとに、突然勉強ができなくなった学生さんがいたけど、もしかしたら障害のせいだったかも」…、そんな話を良く聞きます。
周囲の人たちが、これは本人の責任でなく、高次脳機能障害であるということ、そもそもこのような障害があるということさえ知っていれば、当事者の方たちの、未来の可能性も広がっていくのではないでしょうか。
──お二人の原動力を教えてください。
西村:
働ける人、働きたいと思っている人には、健常と言われる人たちと同じように働く機会がある日本社会であってほしい。
働ける人、働く意志がある人が働くことができる環境は、本人やご家族にとって、また社会にとってもプラスだと思うんです。
(2020年10月、Reジョブ大阪主催で開催した「まるっと文化祭」にて、講演する鈴木さん)
西村:
以前、若くして3回、脳梗塞を起こした方と出会った時のことです。当時30歳ぐらいでした。薬物使用の過去があり生活保護を受けていた彼に対して、病院も「生活保護もあるんやから、さっさと退院させろ」と見放しているような印象を受けました。誰も、彼の就労なんて考えていなかったんです。
しかし彼が一言、私に「本当は僕も働きたいし、彼女もほしい」とぽろっと呟いたんですね。それが彼の本音だったんです。
就労は、自分が社会参加できて、なおかつお金が稼げる唯一のもの。責任を果たし、周りから必要とされ感謝されて、経済的にも自立できるのは就労だけです。だから、これからもその支援をしていきたいと思っています。
私の息子には発達障害がありますが、親として、どうしても心配になるのは「親亡き後」です。息子に通う場所、プラス何らかのお金を稼げる場所があるように、高次脳機能障害の患者さんたちにも、同じような場所を作っていきたいと思っています。
(2016年に高次脳機能障害を発症した宮原秀彦さん。疲れや歩行困難、忘れやすいなどの症状がある。「できるだけ、疲れる前に忘れる前にするようにしていますが、たまに疲れきって寝てしまったり、スケジュールに予定を入れられてなかったりすることがあります」)
(理事の松嶋さんは、当事者の下川眞一さんの手記を出版する際に西村さんから「手伝ってほしい」と声をかけられたことがこの世界に入るきっかけだった。写真は手記を手にする下川さん(写真左)と)
松嶋:
私の原動力は「怒り」です。「他人ごと」はひとつもなくて、誰しも、明日思わぬことで障害者になるかもしれません。
以前、全く支援のない状態の男性のお仕事をお手伝いしたことがありました。会社の社長をされていたのですが、高次脳機能障害になって家族ともうまくいかず、社長も辞められました。それはその方に「障害が起きた」んじゃなくて、日本と人間のあいだにある障害の壁に、その方がぶつかってしまったということだと思うんです。障害はその人にあるのではなく、社会にあるんです。
一人ひとりを丁寧に細かくサポートしていくことももちろん大切ですが、一NPOの理事として、小さくても良いのでムーブメントを起こしたい。この障害のことを知って、何か変えていこうという仲間を、50人でも100人でも増やしていきたいと思っています。
(2018年、下川さんの手記『知っといてぇや これが高次脳機能障害者やで!』出版記念パーティーの様子。「写真に写っている、この出版を期に出会った方たちは、今でも事あるごとに私たちを支えてくださいます。感謝!」)
西村:
皮膚は傷ができても再生しますが、脳は一度損傷すると、その部分の細胞は戻りません。
だけど不思議なことに、他の部分が損傷した部分を補おうとしたり、取り戻そうとしたりする力が大きく働くんですね。
それと同じように、脳に障害を負ったあとに、負けないような生きる力にあふれた方たちがたくさんいます。そういう方たちから、私たちが勇気をもらうこともたくさんあって。
決してかわいそうな人ということではなく、にっちもさっちもいかないところから這い上がる力を秘めた、驚くような強さを秘めた方たちです。だからこそ、本人もですが、この方たちが活かされないことは社会の損だと思うんですね。一人ひとりが活きる、高次脳機能障害がある方たちも活きる社会を目指していきたいと思っています。
(2022年の「失語症の日」には、オンライン(YouTube)でイベントを開催。「失語症のある方が11組登壇。その中で、失語症のある方と言語聴覚士がコンビを組んだ「失語症漫才」が大人気でした。再生回数は3000回を超えています」)
(Reジョブ大阪が発行している冊子『脳に何かがあったとき-その後の仕事と現実-』は、大阪市住吉区にある就労継続支援B型事業所「workwork」に封詰め、ラベル張りなどを依頼し、会員宅に送付している。「ここでもNPO法人Reジョブ大阪の「障害のある方の就労」へのこだわりがあります」)
──最後に、チャリティーの使途を教えてください。
松嶋:
チャリティーは、「チーム脳コワさん」の活動を広め、軽度の高次脳機能障害がある方やその方たちの職場復帰への啓発をお手伝いしてくださる当事者サポーターの方たちへの謝礼として活用させていただきたいと思っています。
高次脳機能障害のことを一人でも多くの方に知っていただくと同時に、当事者の方たちの社会とのつながりや居場所、仕事復帰への一歩にもつながります。ぜひアイテムで応援いただけたら幸いです。
──貴重なお話をありがとうございました!
(「毎週火曜日の夜、当事者の方をゲストにお呼びして、Facebookで動画配信をしています。朝はstandFMという音声配信アプリで失語症や高次脳機能障害についての情報を発信中!ホームページやブログ、様々なSNSでNPO法人Reジョブ大阪の活動をお知らせしていますので、ぜひ覗いてみてください」)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
脳の損傷によって、それまでは当たり前にできていたことができなくなる。そのもどかしさや喪失感は想像を絶するものがあると思います。しかしさらに当事者の方を苦しめているのは、パッと見で障害が見えづらく、周囲から理解が得られずに「怠けている」とか「サボっている」「言い訳している」と思われてしまうこと。
多様性は決して簡単に目に見える世界に限りません。普段から、「いいやん」とか「手伝って」と言い合える関係性や場所があることがとても大切だと感じました。
・Reジョブ大阪ホームページはこちらから
・Reジョブ大阪 YouTube公式チャンネル
さまざまな花が茎でつながっています。
よく見ると、その形は脳。
脳を損傷しても、人とつながることで新たな人生の花が咲いていく様子、張り巡らされ、絡み合う茎はReジョブ大阪さんのネットワークも表現しています。
“Reconnect the future”、「未来と、再びつながる」というメッセージを添えました。