2019年10月、幼稚園教諭だった21歳の女性が、同居していた祖母(当時90歳)を殺害する事件がありました。法廷で彼女は「介護で寝られず限界だった」と語ったといいます。
彼女は祖母の世話をほぼ一人でこなしながら、仕事との両立に苦しみ、殺害の1ヶ月前にはうつ病と診断されていました。
彼女はなぜ、そこまで追い詰められてしまったのか。おばあちゃんに手をかけてしまう前に、SOSを発信することはできなかったのでしょうか。
「介護が必要な人への国の支援はあっても、介護が必要な人をケアする人(ケアラー)への支援はない」と指摘するのは、今週JAMMINがコラボする「日本ケアラー連盟」理事であり社会福祉士、介護福祉士、立教大学コミュニティ福祉学部で教員を務める田中悠美子(たなか・ゆみこ)さん。
総務省が平成29年に実施した調査によると、『介護をしている人』は全国に627万6千人、『介護や看護のために仕事を辞める人』は年間10万人にも及びます。
「ケアラー自身のQOL(生活の質)の向上のために、ケアラーを支援していく必要がある」と話す田中さん。
活動について、お話を聞きました。
(お話をお伺いした田中さん)
一般社団法人日本ケアラー連盟
介護をしている人、介護が必要な人を気遣う人、介護が必要な人が抱える問題を社会的に解決しようという志を持つ人が集い、市民の共感と連帯の力がいかされる社会保障に向けた改革を推し進め、ともに生きる社会をつくることを目的に活動しています。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2022/3/21
(コロナ禍で深まる孤独・孤立という社会的な問題に対応しようと、内閣官房に新設された「孤独・孤立対策担当室」。「2021年2月24日、理事3名が同対策担当室を訪れ、『コロナ禍で孤独・孤立をより深めながら介護をしているケアラーの現状を把握し、社会的孤独・孤立対策、とりわけ見えにくく支援の手が及びにくいヤングケアラーの孤独・孤立対策に取り組んでください』と要望書を提出しました」)
──今日はよろしくお願いします。最初に、団体のご活動について教えてください。
田中:
私たちは、ケアラーを社会で支えるケアラー支援法やケアラー支援条例をつくるために活動をしている団体です。制定に向けて、ケアラーの実態を明らかにする調査研究、ケアラーを支援する具体的なしくみづくりのための立法・政策提言やロビー活動、ケアラー支援のツール開発、イベントや研修、セミナーを通じた普及啓発や情報提供などの活動をしています。
近年、ヤングケアラーに注目が集まっています。活動のひとつに「ヤングケアラープロジェクト」があります。日本初のヤングケアラーのための支援プロジェクトとしてし、研究活動やサポートのしくみづくりを行ってきたほか、ヤングケアラー経験のある方が講演活動を行う「スピーカーズバンク」をはじめとする講演活動の普及、またピアサポートにも力を入れてきました。
一方でケアラーは若い方だけではないので、今ヤングケアラーに注目が集まっている機会に、全世代ケアラーに支援が必要であることを知っていただく機会になればと思っています。
(「ヤングケアラーの経験がある方たちのスピーカー育成講座でのワークショップの様子です。話しやすい雰囲気づくりを大切にしています」)
(団体が作成した冊子『ケアラーを社会で支援するために』。「本冊子では、ケアラー支援とは何か、国・都道府県・市区町村がどのような支援を行うべきかを提案するとともに、ケアラー支援条例の紹介をしています」)
──そもそも、ケアラーとは何ですか。
田中:
心や体に不調がある人の介護や看病、療育、世話、気遣いなど、ケアを無償でする家族や友人、知人、近親者のことをいいます。
──友人や知人も含まれるんですね。
田中:
多くはご家族ですが、ケアが必要な方のことを定期的に気にかけてお世話をしたり看病されている方はケアラーになります。
ケアの内容や程度、頻度がそれぞれ異なるため一概にどうとはいえませんが、今、ひとつ共通の問題としてあるのは、少子高齢化が進む中で家族を構成する人員が減り、「ケアラーとなる人が、一人でいろいろな役割をたくさん担わなければならない」という状況です。これは一昔前とは大きく異なる点です。
(2021年、埼玉県のケアラー支援事業等について検討する有識者会議に代表理事の堀越さんが出席した際の1枚)
田中:
日本にはまだ、「家族が家族の世話をするのが当たり前」という考えがあります。それは美しいことかもしれませんが、当人(ケアする人)がお世話できる状況ではないのに「家族なんだから、あなたがやるのが当たり前」というのは、社会から虐げられていると考えてもいいのではないでしょうか。
一人で抱えきれないほどを抱え込み、心身の不調を訴える方もいらっしゃいます。家族のケアのために仕事を辞める介護離職や、介護殺人なども問題になっています。
状況こそ異なれど、ケアラーの置かれたストレスフルな状況が、社会問題として見え隠れしています。ケアラーが個人で担える範囲でケアをするためには、ケアラー自体を社会で支えていく必要があるのです。
──確かに。
田中:
介護が必要な人へは介護保険がありますが、ケアラー当事者にはこういった支援がありません。
たとえば、認知症のある高齢の親と息子さんが同居していたとします。高齢の親は平日の日中、介護保険の範囲内でデイサービスを利用することができますが、それも症状に応じて限度額があり、サービスを利用できない朝や夜、休日は息子さんがケアをすることになります。
そうするとどうでしょうか。仕事から帰ってきて疲れていても親の世話でゆっくり眠れない、休みの日も自分の時間が持てないといったことが起きてきます。親の症状が進行して目が離せないとなってきた時には、仕事を続けるか辞めるかという究極の選択を迫られます。
(2020年11月25日、自民党ケアラー議連において「コロナ禍でのケアラー対策活動報告」「ヤングケアラー施策・政策提言」を行った際の1枚)
──ずっと続けていくことは、精神的にも体力的にもきついですね。
田中::
そうですよね。ケアラーはどうしても自分のことが後回しになりがちですが、ケアラー自身の生活への支援という視点も非常に大切です。
「今日は疲れているから、一旦お世話を休んで少し休もう」とか「体調が悪いから病院へ診察に行こう」といったふうに、介護が必要な人だけでなくケアラーや家族全体のこともトータルでサポートできるしくみがないと、共倒れしてしまう危険性もあるのです。
(東京都練馬区拠点に、若年認知症の本人や家族が安心できる環境やケア、サポートのネットワークづくりのための活動する「若年認知症ねりまの会 MARINE」も運営する田中さん。「写真は、2016年に開催した若年認知症の親と向き合う子ども世代のつどい『まりねっこシンポジウム』の様子です」)
(2019年に開催された日本ケアラー連盟 総会記念シンポジウムのチラシ。「先駆的にケアラー支援に取り組む自治体から3名の方をお招きして、各地域の動きやケアラー支援の施策の具体化に向けた意見交換を行いました」)
田中:
ケアラーを取り巻く環境は、地域特性もあります。
都市部においては地域のつながりが希薄で、隣に誰が住んでいるかもわからないようなことも少なくありません。そうするとどうしても家族が孤立しがちです。一方で地方にいくと、隣近所が皆が顔見知りでつながりがあっても、「外には言えない」と逆に家庭の問題を隠してしまうことがあります。
もう一つ、女性に対する意識もあります。
女性の社会進出が進む中、家庭のことについても男女関係なく「お互いに協力しながら」という方向に考えがシフトしてきている一方で、地域や世代によっては「家のことは女性がするもの」とか「介護は嫁がするもの」という意識が根強く残っていることもあります。
やはりこういうところを一つずつ改善していきながら、社会として家族介護や誰か一人が犠牲になるケアのあり方に頼るのではなく、皆が平等に社会に参画できるしくみを作っていく必要があります。
(2020年3月、全国で初めて「埼玉県ケアラー支援条例」が成立した直後に記念撮影。埼玉県議やさいたまNPOセンターの皆さんと)
(「若年認知症ねりまの会 MARINE」主催で行われているケアラーズカフェの様子(2018年)。「当事者同士で話をすることで、いろんな気持ちを分かち合えることができ、孤独感が和らぐ機会になります」)
田中:
介護が必要な人には、病気や症状に応じて行政の窓口があります。
たとえばAさんという方がいたとしましょう。義母が認知症で、夫には持病があり、子どもに発達障がいがあったとします。
それぞれに別の専門窓口があり、担当者がいて、窓口に行けば必要な支援を受けることができますが、たった一人で3人の家族をケアしているAさん自身には、困ったことや悩んでいることがあっても、法律としての支援が何もないわけです。当然、相談できる専門の窓口もありません。
──そうですよね。
(2020年、埼玉県ケアラー支援事業等について検討する有識者会議の様子。ケアラー支援に取り組む自治体も増えてきている)
田中:
「認知症はこちらで発達障がいはあちら」というような縦割りの支援ではなく、横軸として支援をつなげていくことが本当に大切で、これからやっていかねばならない課題です。
今の制度上、どうしても家族の介護をあてにしているような制度設計になってしまっています。ケアラーは仕事をしながら、学校に通いながら、あるいは自分の人生や夢を諦めて家族の介護を優先すること求められます。その時に、ケアラー自身の健康やメンタルヘルスに支障がある場合もあります。そこをシフトチェンジしていく必要があると10年にわたって訴えてきました。
平成30年3月には、厚労省が地域包括支援センターなどの職員の方がケアラーを支援するための「家族介護者支援マニュアル」を出しました。これは「介護が必要な人だけでなく介護に関わる家族の支援もやっていきましょう」という姿勢を示すという意味では画期的なものではありましたが、具体的なしくみとして落とし込んでいくのはまだまだこれからです。
中高年代の家族だけが介護するのではなく、今は多様な世代がケアする時代です。
少しずつ介護休暇が普及していたり、家族に介護が必要な人がいる社員が、希望すれば自宅から仕事できたりと理解・配慮する企業も増えてきています。
(団体が発行している「連盟通信」。「会員の皆さまに向けて、ケアラー支援の動向に関する最新情報を発信しています」)
(ヤングケアラーのケアのタイプを表したイラスト(日本ケアラー連盟HPより))
──ヤングケアラーについても、もう少し具体的に教えてください。
田中:
本来であれば大人が担うようなケア責任を引き受け、親のかわりに家事や介護をしている18歳未満の子どもが「ヤングケアラー」です。
ヤングケアラーに限らず言えることですが、問題なのは、本人以外に代わりが利かず「今日はちょっと無理」ということができなくなる状況です。
「早く学校から帰ってきておばあちゃんの面倒を見てね」とか「きょうだいの面倒を見てね」とあてにされてしまうと心身の負担も大きく、学校生活にも影響を及ぼします。
──どのような影響でしょうか。
田中:
ケアのために勉強や宿題をする時間や精神的な余裕がなく、通院や付き添いなどで遅刻や欠席をしたり、疲労や睡眠不足から授業中に寝てしまって学業に影響が出たり、部活に打ち込んだり友達と遊ぶといった子どもらしい時間を持つことができず、周囲から孤立してしまうこともあります。
──学業や人間関係に影響があると、必然的に将来にも影響を与えることになりますよね。
田中:
そうですね。特に若い世代は、日々の生活がケアで追われると、ケア以外の自分の人生を考えたり情報を得たりする機会も得づらい状況があります。
「仕方ないよね」ではなく、子どもの権利を守りながら、他の子と同じように勉強したり友達と遊んだり、子どもらしく成長・発達しながら、自分のキャリアを獲得してライフチャンスを得る機会が必要です。
ヤングケアラーの場合は特に、社会との接点が少なくSOSの発信も難しくなるので、普及啓発がより大切だと考えています。
(埼玉県の取り組みとして実施された、県立高校への出前講座「ヤングケアラーサポートクラス」の様子。「高校生の方たちに向けてヤングケアラーの状況や元ヤングケアアラーの体験談をお伝えしました」)
(2022年2月に実施したヤングケアラーシンポジウムにて。「当事者、行政、教育、福祉など様々な立場の人が登壇し、『ヤングケアラーの相談の場をつくる』をテーマに語りました」)
田中:
先ほどヤングケアラーの話で「キャリア」という単語が出ましたが、いざケアが終わった時に、ケアラー本人が自分の未来を描けないということもあります。
ケアラーとしての役割が終わった時、つまり家族が施設に入ったり亡くなったりした時に、自分の生活を犠牲にして一生懸命介護をしてきた人ほど、喪失感を抱きがちです。
そうならないために、社会の中でいろんな人とつながりながら、「家族のお世話しかしてこなかった」ではなく「お世話してきたからこそ今の自分があるんだ」と前向きに捉えて人生を歩んでいける支援も必要です。
端から見ると大きな負担のように見えても「家族のお世話をするのは当然。全然平気、困っていない」という方も中にはいます。
でも「家族のお世話をしている2時間を別のことに使えたら何がしたいですか?」と尋ねると「趣味をしたいな」「部活をやろうかな」「受験勉強しようかな」と、ぽつぽつやりたいことを口にされます。
「家族の介護でいっぱいいっぱいだったけど、そういえば自分の時間や自分の将来について考えたことがなかった」と気づかれることもあります。
特にヤングケアラーの場合、若いうちから家族の世話をすることが日常として当たり前になっていることも少なくなく、こういったことが比較的多くあります。
──少しずつ変わっていくと良いですね。
田中:
埼玉県や茨城県、北海道栗山町、三重県名張市などで先駆的にケアラーを社会で支えるための条例を独自に作っています。私たちは団体としてこれからも条例の制定を後押ししていきたいと思っています。
(「新潟県南魚沼市と神奈川県藤沢市におけるヤングケアラーについての調査を行いました。教員を対象にヤングケアラーについての認識や対応の実態などを調べました」)
(2017年に開催されたケアラー支援フォーラムの様子。「ケアラー支援フォーラムでは、わたしのまちのケアラー支援を考える。ケアラー支援条例をつくろうと題して、講演やワークショップを実施しました」)
田中:
ヤングケアラーだけでなく老老介護なども問題になっていますが、世代を問わず家族の世話をしながら、共倒れの限界までがんばっている方も少なくない中、コロナはケアラーの方たちにとっても、自身の状況を客観的に見つめる機会になったようです。
──というのは?
田中:
たとえばそれこそ、高齢のご家族の世話を一人でしている方がコロナにかかってしまったら、隔離された時に介護が必要な方(されている側)も共倒れしてしまいます。普段の食事や生活のことが世話している人以外、誰にもわかりませんよね。
──確かに。
田中:
私たちは「ケアラーのバトン」や「ケアラー手帳」をつくっています。
「ケアラーのバトン」は、ケアラー本人の情報だけでなく介護が必要な人方のかかりつけ医、症状の特徴や常服薬、利用している社会的なサービスや関係者などが記入できる情報シートで、緊急時、災害時に他者へ必要事項を伝達する際に役立ちます。少子高齢化が進む中、こういった細かい部分での支援も今後必要になってくると思います。
「ケアラー手帳」は、ケアラーに必要な情報や健康チェックリスト、ケアラーのための相談窓口などが記載されているものです。ケアが始まった時や悩んでいる時、気持ちが沈んでしまったときなどに読むことで気持ちが少し楽になるようなメッセージが刻まれています。
(団体が発行している「ケアラー手帳」。「ケアラーのための情報がたくさん掲載されています」)
田中:
私は若年性認知症の方の支援にも携わっていますが、たとえば病気を宣告された時、ご本人も家族も生活がそれまでと一変してしまいます。
病気のことが受け入れられないし、心の整理がつかないし、社会との接点も減って、夫婦や家族で孤立してしまうことも少なくありません。自暴自棄になって自殺を考えたという方もいらっしゃいます。
そんな時に少しでも心の荷を下ろせるような場があれば、孤立の予防にもなります。
ピアサポートも重要ですが、一方でしくみとして、他機関や市町村と連携しながら、ケアラーを支援する活動を続けていきたいと思います。
(「家族のケアの最中であっても、自分の時間や人生を大切に過ごせる社会になることを願っています」)
──最後に、チャリティーの使途を教えてください。
田中:
チャリティーは、ケアラー・ヤングケアラーへの理解を深め、支援について啓発するためのイベント開催費として活用させていただきたいと思います。
ケアラーを社会で支える未来のために、ぜひアイテムで応援していただけたら幸いです。
──貴重なお話をありがとうございました!
(日本ケアラー連盟の皆さん。「2019年6月、ケアラー支援に先駆的に取り組む自治体からゲストをお招きして、各地域でのケアラー支援について熱く話し合った後の懇親会での1枚です」)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
田中さんにインタビューさせていただき、「ケアラー」と一言で言っても、それだけでは片付けられないさまざまな問題と結びついていて、一筋縄ではいかないテーマなのだと改めて感じました。
しかしだからこそ、このテーマが、従来の縦割りの支援ではなく、横でつながり皆で一人を見守り支えていくような支援のあり方にシフトチェンジしていく大きなきっかけにもなるのではないかと思います。
リスや鳥、咲いている花、蕾の花、枯れている花、種や実を描き、多様な生、多様な境遇、多様な思いを表現しました。
さまざまな状況にあるケアラー一人ひとりが認められ、ありたいように選択ができる社会になってほしいという思いが込められています。
“Just take the first step”、「最初の一歩を踏み出して」というメッセージを添えました。