令和2年度の児童相談所による児童虐待相談対応件数(速報値)は20万5029件。前年度より1万1249件(5.8%)増え、過去最多を更新しました。
新型コロナウィルスの影響により、家族が自宅で過ごす時間が増え、そのしわ寄せも出ているといいます。
今週JAMMINがコラボするのは、社会福祉法人「子どもの虐待防止センター」。
1991年、子どもの虐待が社会問題としてまだまだ知られていなかった頃から、子どもの虐待防止のために電話相談やグループケアなどで親を支援してきました。
「この30年で、社会も少しずつ変わっています。子どもがかわいく思えなかったり、子どもに手をあげてしまうと悩み苦しむお母さんたちのために、小さなことを一つひとつやっていくことが大切。社会全体で、いろんな人が子育てを支援していく必要があります」
そう話すのは、臨床心理士であり団体理事の片倉昭子(かたくら・あきこ)さん(76)。今回は片倉さんと、相談員として20年近くにわたりさまざまな相談を受けてきた青木さんと永山さんにお話を聞きました。
(お話をお伺いした片倉さん)
社会福祉法人子どもの虐待防止センター(CCAP)
子どもの虐待を早期に発見し虐待を防止するために、1991年5月に設立された民間の団体です。虐待から子どもを守り、親への支援を行っています。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2022/2/14
(子どもの虐待防止センター事務所。「ここで電話相談をはじめ、色々な事業の話し合いもしています」)
──今日はよろしくお願いします。まず、団体のご活動について教えてください。
片倉:
子どもの虐待防止センターは1991年から、子どもの虐待防止のために活動しています。幅広くさまざまな活動をしていますが、柱になる1つは、発足当時から取り組んでいる電話相談です。子育てをする親御さんの電話相談を受けていて、お母さんからの相談が多いです。
そこから派生して、「Mother and Child Group(マザー・アンド・チャイルド・グループ、以下「MCG」)」という、自助グループをベースにして、悩んだり困ったりしているお母さんたちが集まって話ができる場の開催、また「CCAP版 親と子の関係を育てるペアレンティングプログラム ®」というコミュニケーションの取り方を学ぶプログラムも実施しています。
──それぞれ、どのようなものですか。
青木:
我が子への虐待に悩むお母さんもまた、幼い頃に虐待を受けていたり愛された実感がなかったりする方は少なくありません。MCGはそんな悩みを抱えながら子育てしているお母さん達が、自分を語れる場として、電話相談を開設した翌年にスタートしました。
お母さんたちが輪になって座り、一人ずつ順番に話します。他のお母さんの話が鏡になって自分を客観視できたり、自身の感情や経験を肯定できる場です。
参加に、子どもの年齢や回数に制限はありません。毎回のように参加される方や、年に一度来られる方、10年以上通われている方もいます。
(「マザー・アンド・チャイルド・グループ(MCG)でお母さんたちが集まっている部屋です。MCGでは、気遣いせず、安心してその方らしく居られる場になるよう心がけています」)
──「CCAP版 親と子の関係を育てるペアレンティングプログラム」はいかがですか。
片倉:
こちらは、子どもとのコミュニケーションの取り方を学び、親子の関係を育んでいくプログラムです。
子育てのさまざまなシーン、たとえばごはんの時間になっても子どもがテレビの前から離れられない時、子ども同士でおもちゃの取り合いになった時、どんな声かけをするか、ロールプレイを通して親と子ども、それぞれの立場を体験したりしながら学んでいきます。
お一人で、あるいはご夫婦で参加する方もいます。
──ロールプレイを通じて子どもへの向き合い方を学んでいくのですね。
片倉:
他にも、里親・養子縁組家庭の支援や、児童養護施設や児童相談所などで働く専門職の方に向けた研修・セミナーなどを行っています。また、2019年6月から法人で「子どもと家族のメンタルクリニックやまねこ」を開院し、医療面からのサポートもしています。
(子どもの虐待防止センターオリジナルのペアレンティングプログラムと、賛助会員の方に向けて発行している機関紙「CAPニューズ」)
(2019年6月に「子どもと家族のメンタルクリックやまねこ」を開院。「医療面からも親と子どものサポートをしています」)
──虐待は、なぜ起きるのでしょうか。
永山:
背景には「孤立」があると感じています。
2019年に千葉県野田市で当時10歳の女の子が死亡した事件、東京都目黒区で5歳の女の子が虐待死した事件は大きく報道されました。
母親に対する批判も少なからずありましたが、父親によるDVの中で支配され、周囲にSOSを発することができない孤立があったことは大きな問題だと思います。
環境がすべて整っていたとしても、子育ては決して楽ではありません。何かあった時に、お母さんが一人で抱え込まず、相談したり「助けて」といえる人がいることが大事です。
子育ての中で、たとえば泣き止まない子どもの口をふさぎたくなってしまったり、手を上げそうになってしまう。子どもを怒鳴ったり叩いたりしてもスッキリするはずもなく、お母さんは「どうにかしたい、これではいけない」と苦しんでいます。
青木:
泣きながら電話をかけてこられるお母さんもいます。
自分を責めて苦しんでいるお母さんの話を、アドバイスせずにただ寄り添って話を聴きます。
これまで誰にも話せなかった出来事や気持ち…、これらを言葉にすることで、それが直接解決につながるわけではないけれど、少し整理できたり、気持ちが落ち着いて電話をおいてくださるといいと思っています。
(電話相談の様子。「これまでに10万7500件を超えるご相談を受けています」)
(子どもの虐待防止セミナーの様子。「児童養護施設や児童相談所などの専門職の方を対象に開催しています。写真は、2015年開催の第39回子どもの虐待防止セミナーです」)
永山:
「母親は我が子がいつでもかわいくて当然」「母親は子育てできて当然」…、今でも根強く社会にある考え方が、お母さんたちを追い詰めているところがあるのではないではないでしょうか。
世間の目ということもありますが、この考え方は、お母さんたちの間にも根強く残っています。
子育てに悩んだお母さんが、自分の母親に相談した時に、「私も苦労して育てたのよ」とか「あなたは母親でしょ」と言われてしまう。あるいはママ友に相談した時に「うちも大変なのは同じよ。でもがんばってやっているわよ」と言われてしまったら、お母さんは「私が悪いんだ」「私ができていないだけなんだ」というふうに思ってしまい、それ以上何も言えなくなってしまいます。
──確かに。
青木:
「子どもは親が育てて当たり前、親の責任」という風潮の中で、お母さん自身が「SOSを出す=親として失格」とネガティブに捉えてしまうところがあります。勇気を出して誰かに相談しても、「子育てはできて当然」と返されてしまうと、もはやSOSを出すことを諦め、ひとりで抱え込んでしまうのです。
「子育ては一人で頑張らなくていい、たくさんの大人の手が必要」という考え方が当たり前になればと思います。
(法人設立以来、節目の年に記念誌を発行。「子ども虐待防止における民間団体の役割などを考えてきました」)
片倉:
そもそも「虐待」という言葉自体、今の状況に合っていないのではないかと私は思っています。子どもが死に至るような重篤なケースも「虐待」、不適切に子どもを叱った、つい手をあげてしまったというような誰にでも起こりうるようなケースも「虐待」と表現されますよね。しかし実際は、「虐待」の中にも程度があります。
すべて「虐待」という強い言葉で表現されてしまうと、それがあまりにも強くネガティブなイメージであることから、その予兆があったとしても「これは虐待ではない」「そこまで酷くはない」と見過ごしてしまうことがあるのではないでしょうか。
最近は「マルトリートメント(マル=悪い、トリートメント=扱い)」という言葉もつかわれていますが、虐待の予兆や子育て不安などの、広い意味での支援が社会にひろがっていくことが、本当の虐待防止につながっていくのではないかと考えています。
(「コロナ禍では、オンラインでのセミナーにも挑戦。全国からご参加いただきました」)
(子どもの虐待防止に関心のある市民を対象としたミニ講座。「写真は以前の事務所で行った時の様子です」)
──今でこそ社会問題として認識されていますが、団体が設立された1991年は、虐待はまだまだ表に出ていなかったのではないですか。
片倉:
確かにそうですね。
国の「児童虐待防止法」ができたのが2000年。子どもの虐待防止センターはその約10年前の1991年5月から活動しています。時代的な背景でいえば、1990年に国連が「子どもの権利条約」を国際条約として発効した頃でした(日本は1994年に批准)。
当時の日本は「子育ては家庭に任せ、親子関係には不介入」という風潮が強くありました。家庭の中に子どもにとって安心安全ではない状況があっても、「それは家庭の責任」という姿勢が強くありました。
しかし子どもの権利条約ができた流れで、「子どもの安心安全を守るために、虐待に対応していかなければならない」という民間の動きがあり、その流れで私たちの団体も活動をスタートしました。
──そうだったんですね。
永山:
私は団体に関わって18年になりますが、それこそ18年前は虐待という言葉も今のように知られていませんでした。社会問題として認識されるようになったのは本当に最近です。
ただ当時から今に至るまで、親御さん・お母さんたちの大変さというのは、どれだけ時代がかわろうとも変わらないことがたくさんあります。
近年、母親や子育てを支援する制度やサービスこそ整備されてきていますが、結局のところ社会の理解というか、子育てという大仕事を「その親子の問題」「その家庭の問題」として扱い、積極的に関わっていかないという姿勢は、昔からあまり変わっていないのではないでしょうか。
「母親なんだから子育てをして当然」、何かあれば「母親の責任」「どういう育て方をしているんだ」という社会の批判的な目が、変わらずあると感じています。
(CCAPブックスシリーズ。「子ども虐待に関する図書を発行しています」)
──ここ10年ほどは働く女性も増え、家庭・子育てを取り巻く環境や課題も変化しているのではないかと思います。相談を受ける中でその辺はどう感じていらっしゃいますか。
永山:
夫婦でうまく家事や子育てを分担される家庭がある一方で、仕事もしつつ保育園や幼稚園の送り迎えや食事、お風呂もすべて一人でこなし、夫が夜遅くに帰宅するのを待つというお母さんもいて、電話相談でもその苦しさを吐露されることも少なくありません。
以前に増してお母さんの責任や負担が重くなっていると感じます。
青木:
父親の育児参加も進んでいますが、お母さんたちはどこか遠慮したり、かえって負い目を感じたりしているる方も少なくありません。お父さんには、まずお母さんの頑張りを理解してもらえたらと思います。
(アタッチメント形成のための心理療法プログラムで使うプレイルーム。「児童養護施設などで生活する子どもたちが、職員の方と参加します。セラピストと一緒に子どもへの理解を深め、よりよい子育てのヒントを探ります」)
永山:
今はネットにも子育てに関する情報がたくさんあって、たとえば「子どもが離乳食を食べない」という時に、スマホですぐに検索して別の方法をさがすことはできるかもしれません。しかし「子どもが離乳食を食べなくて、イライラして無理やりスプーンを口の中に突っ込んでしまった」という時に、その解決策は、同じようにネットでは見つけられません。
──確かに。
永山:
なぜそうしてしまったか?その裏には、お母さんの大きな不安やあせり、怒りがあるかもしれない。その感情は、一体どこからやってくるのか。核家族化が進む中で、夫や親、周囲の人たちとの関係性、お母さんの怒りや悲しみや不安の矛先が、非力な子どもに向いてしまうこともあります。
私たちは相談を伺う際、「お母さんは何に困っているんだろう?どんな気持ちでいるんだろう?」というところに集中し、言葉にしやすいように意識しています。
「人に聴いてもらえた」という経験はすごく大切で、お母さんが本当に言いたいことを吐き出して、それを受け止めてもらえた時、それが安心感につながって、子どもに向き合う力にもなっていくのだと思います。
青木:
「子どもがかわいくない」「手をあげてしまった」…、お母さんは、そんな自分を責めて自信を失っています。そのマイナスの気持ちを言葉にすると少し解放されます。気持ちを言葉にする過程で、お母さん自身が本当に悩んでいることは何かに気づくこともあります。
辛そうに電話をかけてきたお母さんが、次第に落ち着いて、最後には明るく「これからお迎えに行ってきます」とか「落ち着いて子どもを抱っこできそうです」と電話を切ることがあります。誰かにわかってもらえたということが力になるのだなと、お母さんから教えられています。
(「悩んでいる母親を孤立させてはならない。そのような母親あるいは家族が社会的に孤立しないような地域社会を構築していかなければならない。私たちの目的は、子育てしている親たちの悩みが深刻にならないように支援し、受容していくことです。ひとりでも多くの親たちがいきいきとした子育てができるような社会環境の整備が望まれます」(CAPニューズ第1号より))
(2022年2月5日に開催された、設立30周年記念事業での一枚)
──読者の方に向けて、メッセージをいただけませんか。
片倉:
私は、「あなたのことを大切に思っているよ」ということを、大人がいかに子どもに伝えていくことができるかということが重要だと思っています。親から我が子に伝えるだけではなくて、社会の大人たちが皆で伝えていくことが大切なのではないでしょうか。
そう思うと、大人や子どもに関係なく「コミュニケーションをとること」が、大切になってくると思います。
たとえば「子どもは親の言うことを聞けばいい」と言うことではなくて、親子関係も人間関係なんですよね。関係を円滑にするために、ちょっと相手の気持ち、自分の気持ちを考えてみる。
友人関係や職場関係も同じです。感情がこんがらがることもあるけれど、少し冷静になり、距離をとって「相手はどうか、自分はどうか」を考えてみることが大事なのではないでしょうか。
たまにでも良いから、親子関係でも、互いの人間関係を振り返ってみてもらえると良いのかなと思います。
──身近な人の気持ちをリスペクトすることが、子どもたちの安心安全、虐待防止にもつながっていくのですね。
永山:
18年前に私が子どもの虐待防止センターに関ろうと思った時、「なぜ子どもを救いたいのに、親の話を聴くんだろう」って思ったんです。そのまま先輩相談員に尋ねてみたら、「子どもの幸せのためには、親が幸せにならないと」と言われて。「そうなんだな」と素直に思いました。ストレートにそこかなと思うし、だからこそ困った時はSOSを出してほしいです。
青木:
虐待は、親を批判することでは解決しません。「産まなきゃいいのに」という方もいますが、「お母さんはこんな状況で、こんな思いでいます」と話すと、分かってくださる方が多いです。子育てに関心を持って、あたたかく親子を見ていきませんか。
──最後に、チャリティーの使途を教えてください。
片倉:
チャリティーは、電話相談をはじめとする私たちの活動を継続して行っていくための資金として活用させていただく予定です。子育てに関するサポートを手厚くし、子どもと親御さんを支えていくために、ぜひ応援いただけたら幸いです。
──貴重なお話をありがとうございました!
(「ボランティア相談員、医師、弁護士、心理士、ソーシャルワーカーなどの専門職が力を合わせ、子ども虐待防止のためにこれからも活動に取り組んでいきます」)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
家庭の中へは、第三者の目はなかなか届きづらいかもしれません。だけど地域や学校、社会とつながっている限り、「ちょっとおかしいな」という異変には、周囲の人たちが気づくことができます。その時にいかにそれを見過ごさず、支援につなげていくことができるのか。「虐待をするなんてありえない」と確かに、確かにそう思うのですが、そうやって他人事として片付けてしまうのではなく、そこから一歩先へ進み、つらくしんどい思いをしている子どものために、「私が何ができるのか」を考えてみませんか。
いろんな窓を描きました。
うまくいく日もいかない日も、嬉しい日も落ち込む日もきっとある。だけどより良い明日のために、共に手を取り合って生きていこう、という思いが込められています。
“Make tomorrow better than today”「今日よりより良い明日のために」というメッセージを添えました。