特別な訓練を受けた犬(セラピー犬)とともに老人施設や障がい者の施設、医療機関を訪れ、動物との触れ合いを通して支援を行っているNPO法人「とちぎアニマルセラピー協会」が今週のチャリティー先。
「犬がその場にいることで人の表情が優しくなり、会話が生まれたり話がはずんたりします。人間にはない力を犬は持っていて、それはすごいと感じています」
そう話すのは、代表の平澤剛(ひらさわ・つよし)さん(60)。
アニマルセラピーのために施設を訪問する傍ら、活動資金の捻出のため、またセラピー犬と直接触れ合うことができる場所として栃木県鹿沼市にて「いぬかふぇ まいら」を運営しています。
「カフェでも、やはり犬がいることで皆さんにこやかになって、お客さん同士、世代を超えて会話が生まれます。犬がいてくれることでいろんなハードルが下がり、人の心が素直になる。犬にはそんな力があるように思います」
活動について、お話を聞きました。
(お話をお伺いした平澤さん)
NPO法人とちぎアニマルセラピー協会
栃木を拠点に、医療機関をはじめさまざまな施設を訪問し、生きづらさを抱えた人にアニマルセラピーを届けています。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2022/01/31
(高齢者住宅でのセラピー活動の様子。セラピー犬に触れ、笑顔が生まれる)
──今日はよろしくお願いします。団体のご活動について教えてください。
平澤:
特別な訓練を受けたセラピー犬と共に高齢者施設や障がい者施設、医療機関を訪問し、アニマルセラピーを届けています。アニマルセラピーだけでは団体として活動を続けることが金銭的に厳しいため、資金の調達とセラピー犬認知のために、セラピー犬と触れ合えるカフェ「犬かふぇ まいら」の運営の二本立てで活動しています。
──特別な訓練があるのですね。
(放課後等デイサービス施設にて、発達障害を持つ女の子とのふれあい)
平澤:
はい。「セラピーアニマル」とは、肉体的・精神的に問題を抱える人の不安を軽減し気力を高め、心と体の働きを取り戻す手伝いをするための訓練を受けた動物のことをいいます。
団体としてはドッグセラピーがメインですが、バードセラピーも行っています。
セラピー犬として訓練を受けますが、カフェでお客さんと触れ合うことも訓練の一つ。いろんな方が来られるので、そこでたくさん触れ合うことが犬たちにとっては楽しみでもあり、訓練でもあるんです。
現在は協会で所有している犬7頭のほかに、70名の会員さんと約20頭のセラピー犬と共に活動しています。
(セラピードッグの他に、セラピーバードも。保育園にてバードセラピーの様子)
──セラピー犬として活動するためには、資格などが必要なのですか?
平澤:
セラピー犬として登録する段階でテストがあります。ただ犬の性格によって当然、セラピー犬としての向き不向きもあります。
犬が楽しんでいるのか嫌がっているのかも見極めながら、ストレスがかかるようなことはなるべく避けて、たくさんの人と触れ合うのが好きだったり遊ぶのが好きだったりする仔が楽しみながら活躍できたらいいなと思っています。
「自分のところの犬をセラピー犬にしたい」という方の多くは、ご自身もつらかった時に犬に救われたとか、犬がきっかけで人生が変わったとか、何かしらセラピーに対して思い入れがある方たちです。飼い主さんの思いを受け取りながら、犬も人も楽しく笑顔で活動できたらと思っています。
(とちぎアニマルセラピー協会では、ライブラリードッグ(読書介助犬)の育成も行っている。「人前で読んだり話したりするのが苦手だったり、人と会話することに慣れていなかったりする子どもたちが、読書介助犬に繰り返し本を読んで聞かせることで、自己肯定感が生まれ、苦手意識を克服して自信につながります。アメリカやカナダなどではすでに多くの読書介助犬が活躍しています」)
(アニマルセラピーの普及と活動資金の調達のために運営されている「カフェまいら」のドッグランで、お客さんと遊ぶセラピー犬たち。「セラピードッグたちの休息や会員同士のコミュニケーションの場所としても機能しています」)
──セラピー活動をされる中で、犬の可能性をどのように感じていらっしゃいますか。
平澤:
犬には、人にはちょっと難しい、いろんな心のハードルを下げてくれて、人を素直にしてくれる力があります。人にはできないことをしてくれているんだと感じます。
さまざまな施設を訪問してきましたが、重い障がいのある方や認知症の方は、普段から接していないとこちらから表情や感情を読み取るのが難しいことがあります。しかし皆さん、犬に触れると何らかの反応を示されます。こちらは読み取れなかったとしても、感情は動いているんだと感じますね。
(犬を抱いて、嬉しそうな表情を浮かべる)
平澤:
施設を訪問する時に集まってくださる方は、皆さん動物や犬好きの方たちなので、最初から好意を持って接してくださるのはもちろんそうなのだと思うのですが、犬好きでなかったとしても、犬を触ったり抱いたりして怒る方というのは滅多にいないんですよね。
犬に触れると、皆にこやかで、嬉しそうな表情になるんです。
(国立病院機構宇都宮病院の重症心身障害病棟にて、入院患者さんと)
平澤:
犬と触れ合って過去の記憶が蘇ったのか、突然思い出を話してくださったり、泣き出したりする方もいます。施設のスタッフさんが「いつもと表情が違う」と驚かれることも少なくありません。
犬と触れ合ったからといって、病気が治るわけではないかもしれません。だけど犬と触れ合うことで、良い方向に向かうことはできると感じています。
──そうなんですね。
平澤:
訪問の際、ハンドラーとしてお一人おひとり様子を伺ったり話しかけたりするのですが、それもやっぱり突然人だけ訪れて「どうですか?」と尋ねても、相手はなかなか心を開かないし、当然会話も弾みませんよね。しかし犬が介在すると、犬に触れながら、撫でたり抱いたりしながらだと、心のハードルが下がっていろんなお話をしてくださるんです。
(「犬かふぇ まいら」で開催している「認知症カフェ」の様子)
(全盲の女の子とのふれあい)
平澤:
アニマルセラピーは近年日本でもメジャーになりつつありますが、科学的なエビデンスによってその効果が証明されてきています。
「オキシトシン」という脳内ホルモンがあるのですが、これは別名「愛情ホルモン」と呼ばれ、お母さんが子どもを抱いたり人と人が手をつないだりした時に分泌される、人が幸せを感じることができるホルモンなのだそうです。
親子や夫婦間で分泌すると思われていたこのホルモンが、研究によって、犬と人間の間でも分泌されるということがわかったんです。
──そうなんですか?
(自治医科大学附属病院(緩和ケア病棟)訪問時に、皆さんでの集合写真)
平澤:
はい。しかも人間側にだけではなく、犬の方にもこのホルモンが分泌されているそうなんです。
──人だけでなく、犬も幸せや愛情を感じているんですね!
平澤:
そうなんです。
考えてみると、それこそ犬と人とは一万年以上共に生きてきて、犬は人間といることで食べるものに困らなかったし、人間は犬といることで外敵から守られてきました。犬と人、共生の中で育まれてきた確固たる信頼関係があるのではないでしょうか。
(知的障害者施設での活動の様子)
(「イッシュはとても賢く穏やかで優しい犬でした。誰にでも寄り添い、黙って側にいてくれるイッシュは多くの人に笑顔と安らぎを届け、虹の橋を渡りました」)
──平澤さんはなぜ、この活動を始められたのですか?
平澤:
実は最初は、盲導犬の卵である仔犬を育てるパピーウォーカーをしていたんです。
私は父親が猟友会に所属をしていたのもあって、小さい頃から動物に囲まれて育ちました。犬も飼っていたのですが、死に別れたのがつらくて。
大人になって子どもが生まれてから、「パピーウォーカーはお世話する期間は限られているけれど、捨てられたり死に別れたりするわけではないし、将来人の役に立つ働きをしていく盲導犬をサポートする経験は、我が子にとっても良い経験になるのではないか」とパピーウォーカーを始めたんです。
──そうだったんですね。
(パピーウォーカーとして預かっていた頃のイッシュくん。「小さい頃から周りの雰囲気を読む、賢い仔でした」)
平澤:
しかし盲導犬になるのにも、その仔の性格の向き不向きがあります。すべての犬が盲導犬になれるわけではありません。最初にお世話した仔は盲導犬には向かず、他のところにもらわれていきました。2頭めにお世話した仔がとても良い仔だったのですが、やはり盲導犬には向かなかったようです。その際に盲導犬協会さんの方から「引き取りませんか」と連絡をいただいたんです。
家族会議を開き、「うちに帰ってきてもらおう」と引き取ることに決めました。この仔こそが、最初にセラピードッグのきっかけをくれた犬であり、私の人生を変えてくれた犬でした。
──そうだったんですね。なんというお名前ですか?
平澤:
「イッシュ」です。イッシュを迎え入れて1年後の2011年、東日本大震災が起こりました。その時に「被災地でセラピー犬が活躍している」という話を聞き、思ったんです。
イッシュは優しくていろんなことができる仔でした。「彼にも何かやらせてあげたい。盲導犬には向かなかったけれど、もしかしたらセラピー犬として、何か人の役に立つことができるんじゃないか。お手伝いできるんじゃないか」と。それが最初でした。
(東日本大震災で被災された浪江町の方が多く住まわれていた仮設住宅への訪問。「イッシュは人が大好きで、寂しそうな表情を浮かべている人を見つけると、自分から傍に行って寄り添う仔でした」)
平澤:
当時、全国規模でセラピー犬の活動をしていた団体が神奈川にあったので、訓練を受け、認定試験を受けて、イッシュはセラピー犬としてデビューしました。しかし、私たちが住んでいる地域にたった一頭いてもなかなか活動としては難しく、栃木で一緒に活動をする仲間探しを始めました。そして今の団体の立ち上げへとつながっていったんです。
セラピー犬の活動をはじめるきっかけとなった被災地へは、3回ほど訪れました。
仮設住宅を訪れた際に出会った一人のおばあさんが印象に残っています。大変な暮らしのはずなのに、「これで犬たちに何かを買ってあげて」とお金の入った封筒を渡されたのです。
(特別養護老人ホームを訪問した際の一枚。イッシュと会えるのをいつも楽しみにしていたおばあちゃんと)
平澤:
「そちらの方が大変でしょうに、いただけません」と返そうとすると「いいのよ、いいのよ。うちは飼っていた犬が津波で流れてしまったから」と…。きっと突然別れることになってしまった愛犬に対して、いろんな思いがあられたのだと思います。
──そうだったんですね‥。
平澤:
悩んでいたり苦しんでいたり、生きづらさを抱えている人たちに一体何ができるのか。
アニマルセラピーで問題が解決するとか、苦しみが消えるとか、大きく何かが変わるようなことはないかもしれません。だけど、犬と触れている間はちょっとだけ日常を忘れて、前向きな気持ちになってもらえたら嬉しい。そしてまた明日を生きる、明日に立ち向かう力を、ちょっとでも養ってもらえたらと思いながら活動してきました。
(笑顔の中心にいるイッシュくん。国立病院機構宇都宮病院での入院患者さんとのふれあい活動にて。「医療施設だけでなく、近隣の高齢者・障がい者施設、学校などイッシュが活動した8年間にたくさんの人に笑顔を届けました」)
平澤:
被災地訪問に限らずですが、いろんな場所を訪問する中で、たくさんの方から「かわいいね」「ありがとう」と声をかけてもらって、それがあったから、私たちもずっと活動を続けてくることができました。
与えているだけではなく、犬たちを通して笑ってもらったり喜んでもらったり、私たちも受け取っているんですよね。活動の何よりの原動力です。
(協会の7頭のセラピードッグ。左上からエース(スタンダードプードル)、リヤン(トイプードル)、マール(ラフコリー)、サージュ(ミックス)、アンビシャス(ラブラドールレトリバー)と梛(ボルゾイ)、リリアル(スタンダードプードル)。「リヤンは子犬の時に遺棄された保護犬、マールは生まれつき目に障害を持っています」)
(医療機関でのアニマルセラピー活動の様子。「利用者さんの笑顔が活動の励みになります」)
──これまでのご活動で、印象に残っている出来事やエピソードはありますか。
平澤:
「犬かふぇ まいら」に、ある不登校のお子さんが通っていました。カフェにお気に入りの仔がいて、団体パンフレットからその仔の写真を切り抜いて持ち歩いていたそうです。
カフェでは時折、犬の撮影会を開催しています。ある時、そこにも親御さんと来てくださって、「人も一緒に写真を撮っていいですか」と、お気に入りの仔と一緒に写真を撮られたんです。その写真をいつもお守りのように持ち歩き、学校のカバンにも入れて、少しずつ学校にも通えるようになったと聞きました。
──犬の存在が、力になったんですね。
(カフェにて、お客様とのふれあいの様子。「カフェにいる時のセラピー犬たちは、普通のオヤツが大好きな犬に戻ります」)
平澤:
そうなんでしょうね。人間にはできないことを、犬はやってくれているんだなと思います。
別のある方は、重度のうつを発症し、ほぼ寝たきりの生活を送られていました。ご主人の運転で初めてカフェに来てくださって、そこから「個人的にセラピーに来てほしい」というご依頼を受け、半年ほど犬と一緒に訪問しました。
すると少しずつ元気になり、ご自身で犬が飼えるようになるまで回復されたんです。セラピーで定期的に訪問することが、その方にとっては「この日は犬が来る日だから、部屋をきれいにしておこう」とか「犬のおやつを用意してあげよう」といったふうに少しずつ楽しみになり、目的になり、日々に希望を見出されたようでした。今ではうちの会員になってくださり、活動をサポートしてくださっています。
(最近セラピー犬に認定された保護犬の「きなこ」。「セラピー犬の認定は犬種や性別の制限はありません」)
(「犬かふぇ まいら」は多くのドッグカフェとは違い、訪れた犬たちも敷地内で自由に過ごすことができる)
平澤:
この世界に入るきっかけをくれた愛犬のイッシュは、2019年に亡くなってしまったのですが、私たちだけでなくたくさんの方に癒しを与えてくれて、ファンの方もたくさんいました。
カフェで一人寂しそうにしているお客さんがいると、イッシュはその方の隣に行くんです。一人で来られる方の中には、何かあって落ち込んでいたり、元気がなかったりする方もいらっしゃいました。そういった方がお茶を飲んでいるところへ、不思議ですね、何かが見えているのか伝わっているのか、トコトコと歩いていって、ペタッと寄り添う仔でした。
イッシュに限らず、犬にはそんな力があるように思います。
──やさしいですね…。
(「東日本大震災で被災した方々の仮設住宅にも一緒に訪問し、皆さんに笑顔を届けました」)
平澤:
最期まで飼い主に手をかけさせない仔でした。
頭にコブのようなものができて少し様子がおかしいと思った矢先、その後1週間ほどでみるみる具合が悪くなって亡くなりました。頭の中に腫瘍ができていたようで、それが脳を圧迫し、認知症のような症状が出始めていました。
今でもカフェのお客さんとイッシュの話をしますし、事あるごとに思い出す仔です。犬はまさに家族そのもので、別れは本当につらいものです。だけどイッシュがいてくれたおかげで、私の人生は大きく変わりました。イッシュに出会わなければ、まさか自分がNPOを立ち上げるなんて夢にも思いませんでした。
──運命の出会いだったんですね。
(高校生や子どもたちへの啓発活動)
平澤:
私に限らず、「犬のおかげで人生が変わった」という方は結構たくさんおられます。
家族バラバラだったのが、犬を飼った途端に皆が家に帰ってくるようになったとか、家族の会話が生まれたとか…。犬はただ黙って話を聞いてくれるだけで何も話しませんが、「犬に救われた」という方に本当にたくさん出会います。
殺処分をはじめ、動物のいのちが軽んじられるような問題が社会にあります。私は団体の活動を通して、犬はただのペット・愛玩動物ではなく「パートナー」として私たち人間に寄り添い、役に立ってくれる生き物なんだよということを発信していきたいと思っています。
セラピー犬の認知が上がり、犬の社会的な立場が今よりも上がれば、今よりも大切に扱ってくれる方が増えるのではないでしょうか。
人間の都合や好き勝手で扱うのではなくて、もっともっといい形で共存ができるはずです。直接的ではないかもしれませんが、セラピー活動を通して、これからも犬のすばらしさやいのちの尊さを伝えていきたいと思っています。
(「転勤の為に飼えなくなった」というメモと一緒にトリミングサロンの前に生後6か月で遺棄されていたリヤンも、今ではセラピー犬として癒しを届けている)
(様々なイベント等での啓発活動(写真は“在宅ケアネットワーク総会”))
──最後に、チャリティーの使途を教えてください。
平澤:
長引くコロナによって、セラピー活動やカフェの営業にも影響が出ています。
活動が制限され、またカフェの方にも大きな影響があり、収入源が絶たれた状態です。先が見えない状況ですが、私たちは引き続きセラピー活動やカフェを通し、一人でも多くの方に笑顔や癒し、本当の自分を取り戻すお手伝いができればと思っています。
ぜひチャリティーアイテムで、私たちの活動を応援いただけたら幸いです。
──貴重なお話をありがとうございました!
(犬の真似をするおちゃめなおばあちゃんと)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
無邪気で愛らしい動物の姿は、本当に癒しです。JAMMINにも看板ねこのミヤとタミがいますが、日々の生活でどれだけ助けられていることでしょう。
コロナによって生活に制限が出てくる中で、彼らの存在の大きさを改めて確認しています。ねこと犬はまたちょっと違うかもしれませんが、あるいは他の動物であっても、飼い主さんは皆、同じように動物の存在に希望や癒し、安らぎを感じていらっしゃるのではないでしょうか。そんな癒しを、よりたくさんの方に届けるとちぎアニマルセラピー協会さんのご活動。コロナに負けず、たくさんの方に笑顔が届きますように。
犬のシルエットに、光がキラキラと散りばめられています。犬の可能性を表現しているだけでなく、犬がいることで広がる人の可能性も表現しています。
“You make me smile more than anyone else in the world”、「あなたは、この世界で誰よりも私を笑顔にしてくれる」というメッセージを添えました。