CHARITY FOR

「いのちは輝く原石。大丈夫、なんとかなるぜ」。不登校、引きこもり…、生きづらさを抱えた子どもたちが、ありのままで生きられる社会を〜NPO法人フリースペースたまりば

警察庁が発表した、2020年の小中高生の自殺者数は499人。
学校や家庭のしんどさから、自ら命を断つ子どもたちがいます。

「学校に行けないだけで、子どもたちは悩み、命を落としていく。そんなことがあっていいわけはない」。そう話すのは、今週JAMMINがコラボするNPO法人「フリースペースたまりば」理事長の西野博之(にしの・ひろゆき)さん(61)。

30年前、学校に通うことができず、「僕は大人になれない」と涙をこぼした小学1年生の男の子と出会い、「学校だけが学びの場ではない。子どもたちと共に学び、育ち合う場をつくろう」と、不登校の子どもたちの居場所づくりをスタート。毎日子どもたちと河川敷で遊んだ多摩川(タマリバー)にちなんで、その場所は「たまりば」と名付けられました。

当時、不登校の子どもは「登校拒否児」と呼ばれ、本人やその家族は偏見や無理解に苦しんでいました。消え入りそうないのちのともしびを、もがき苦しみながら燃やす子どもたちの姿。それはかつて「死んでしまいたい」と思い悩んだ、10代の頃の西野さん自身の姿と重なったといいます。

「生まれてくれてありがとう。生きてるだけでOK。大丈夫、なんとかなるぜ」。

そんなメッセージ、文化を発信したいと西野さん。
活動について、お話を聞きました。

(お話をお伺いした西野さん)

今週のチャリティー

NPO法人フリースペースたまりば

学校に行きづらかったり、生きづらさを抱える子ども・若者たちのための居場所づくり。
1991年より子どもの「いのち」を真ん中に置き、「子どもにとっての最善の利益は何か」を問い続けながら、既存の枠組みにとらわれず、いのちが輝く場を発信しています。

INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2022/01/17

「子どもたちと共に学び、育ち合う場を」

(川崎市にある「川崎市子ども夢パーク」。10,000平米の敷地の中に、自由に遊べるプレーパーク(冒険遊び場)がある)

──今日はよろしくお願いします。最初に、団体のご活動について教えてください。

西野:
1991年に、何らかの理由で学校に居場所を見つけにくい子どもたち、いわゆる不登校や引きこもり傾向のある子ども、障がいのある子どもたちと地域で育ち合う場所をつくりたいと活動をスタートしました。6畳と4畳半のアパートの一室で始めた「フリースペースたまりば」が原点で、今年度30周年を迎えました。

1998年に川崎市が全国に先がけて「子どもの権利に関する条例」をつくることになった際には、調査研究員会の世話人の一人として策定に携わり、2001年条例施行後は、その具現化を目指した子どもの遊び場「川崎市子ども夢パーク」づくりに着手し、2003年にオープンしました。

(夢パークにある遊具はすべて手づくり。「スタッフと子どもたちが一緒につくります」)

西野:
川崎市子ども夢パーク開設と同時につくられたのが「フリースペースえん」です。
学校や家庭・地域の中に居場所を見いだせない子どもや若者のためのスペースとして、2003年に川崎市から運営を委託されました。2006年には指定管理者に選ばれ、えんを含む夢パーク全体の運営を任されるようになりました。またその他にも、就労していない若者の居場所と自立をサポートする川崎若者就労・生活自立支援センター「ブリュッケ」の運営や生活保護世帯・ひとり親家庭の子どもへの学習支援なども行政の委託を受けて行っています。

これらとは別に、団体の独自の活動として、生活が困窮しているご家庭に向けて食の支援と人のつながりの拠点を目指した「コミュニティスペースえんくる」を運営しています。企業や個人から食料品を寄贈していただき、ご家庭へ無料で直接届けるフードパントリーや多世代型こども食堂を開催しています。

(「コミュニティスペースえんくる」のフードパントリー。必要な人が自由に食材を持ち帰ることができる)

──居場所から自立支援、食の支援まで幅広く活動されているんですね。

西野:
たまりばの基本的な考え方として「何歳でも、どんな人でも」というのがあります。
子どもだけを支援しても、大きく状況は変わりません。どれだけ居心地の良いユートピアをつくっても、子どもは最後、家庭へと帰っていきます。

子どもたちは家庭や地域、すべてをひっくるめた社会の中で生きていく。だから、居心地の良い一時的なユートピアを目指すのではなく、困ったことやしんどいことがあった時、見知った顔で「なんとかなるぜ」「しばらく休めよ」「勉強教えてやろうか」と言ってくれる人が地域にいることや、親御さんも肩の荷をおろして自由に発言できる場所があることが大切です。

(「コミュニティスペースえんくる」では、子どもたちが無料で食べられる「えんくる食堂(子ども食堂)」(月3回・土曜日)や、「こども☆きっさ」(週3日・月水金の14時30分~17時30分)を開設)

西野:
飾らない素のままの自分でいられて、何かあった時に「助けて」といえること。そんな関係性があることが、子どもたちの居場所とも大きく関係してくるのではないでしょうか。そのためには、包括的な支援が必要だと考えています。

──なるほど。子どもを取り巻く環境全体を豊かな土壌に耕すようなイメージですね。

(2004年、夢パーク開設1周年を記念して、子どもが紙に描いた絵をどうやったら拡大して「フリースペースえん」の壁にかけるかをみんなで考えてつくった壁画。「たまりばのOBの青年が一人で足場を組んでくれて、その上に子どもたちが上って描きました。子どもたちからは『えんドリ』と呼ばれて愛されています」)

大人の良かれが、
子どもをどんどん生きづらくさせている

(「つくってみたい」と思った工作に熱中する子ども)

西野:
大人が良かれと思ってしていることが、子どもをどんどん生きづらくさせている節があります。

国連の「子どもの権利条約」の理念を最初につくったポーランドの医師であり作家のヤヌシュ・コルチャック先生は、1942年にユダヤ人迫害で200人の子どもたちと共に殺害されてしまうのですが、「子どもは生まれながらにして人間である」と言いました。オギャーとこの世に生まれた時点で、権利主体である一人の人間であると。
もちろん経験値が少なく未熟なので、大人から見た時に足りていないように感じたり、危なっかしく感じたりすることもあるでしょう。でも子どもなりに考えながら動いているし、存在としては対等なんです。

(自分たちで薪割りをして、火をおこし、3升釜でご飯を炊く子どもたち)

西野:
いつしか子どもたちが、やりたいことに挑戦できなくなってしまった。工場跡地の一万平米の敷地につくられた「川崎子ども夢パーク」は、子どもたちの挑戦、「やってみたい」が体現できる場であることを心がけています。木に登りたいなら木に登る。どろんこになって遊ぶ。ケガすることもあるかもしれません。でもそれを恐れ、責任をとりたくないからと大人たちが何でもかんでも禁止にするから子どもの遊び場がどんどん奪われてしまった。

「ケガと弁当自分持ち」という言葉がありますが、挑戦する時に、「ケガしても、それは自分の責任だよ」という場はつくらざるを得ません。子どもたちの「やってみたい」を保障するには、失敗を安心して積み重ねられる環境が大事なのです。

(ご飯づくりもデザートのフルーツをカットするのも「ぼく、できるもん!」)

子どもの生きづらさの背景にあるのは、
「大人の不安」

(「子どもたちは、どこでも、なんでも使って遊びます。ゆったりと流れる時間の中で育ち合います」)

西野:
今の子どもたちは塾や習い事に忙しく、子どもとしての時間を奪われている。この背景には「大人の不安」が関係しているのではないかと思います。

──大人の不安ですか?

西野:
「正しい親だと思われたい、認められたい」という大人が増えていると感じます。大人として親として、子どもに失敗させてはいけない。子どもの評価が親の評価に結びつくと思って、早くから塾や習い事に通わせる親御さんが急速に増えています。そして子どもにできないことがあると「普通はこれぐらいできるでしょ」とか「これができなくてどうするの」と言ってしまう。

子どもは小さいうちから「大人から評価される子どもであること」を求められてしまう。そんな環境で、果たしてありのままの自分でいられるでしょうか。本音や弱音が吐けるでしょうか。

──しんどいですね…。

(夢パークにて、裸足になり、水と泥で、思いっきり遊ぶ子どもたち。後ろは子どもたちに人気のウォタースライダー)

西野:
義務教育の小中学9年間の中で、一番いじめが多いのは小学2年生、その次が1年生という最新の調査結果があります。社会で生きる残るためにもっと早く、もっと早くと大人が子どもの世界に入っていった結果、生きづらさを感じる世代がどんどん下がってきているのです。

心身が苦しくなって不登校や引きこもる子どもたちが増え、児童精神科医が足りないほどメンタルに不調をきたす子どもが増えていると聞きます。生まれる子どもの数は減り続けているのに、子どもの自殺は増えている。そのような社会を、皆さんはどう思われますか。

(科学の不思議やものづくりの面白さに引きこまれる子どもたち)

西野:
夢パークの来館者用の立て看板には「こういう思いでこの場が運営されている」ということを書いています。「ケガもあるかもしれないけれど、子どもの挑戦を見守ってほしい」と。

何でも先回りして「それは危ない」とか「やっちゃダメ!」とつい言いってしまいたくなるのをぐっとこらえ、子どもの力を信じて見守ってみる。

親御さんから、「うちの子がこんなに生き生きと遊んでいる姿は初めて見た」とか「泥になんて近づかないと思ったけど、いきなり泥に入って遊んで驚いた」という声を聞きます。逆に、大事に大事に育ててきたから、泥を嫌がって入らないこともあります。
大人たちは子どもが遊ぶ姿を見て自分の子育てを振り返り、「ああ、もしかしたらこれは子どもではなく私の問題だったかもしれない」と感じることもあるようです。

──なるほど。子どもが思い切り挑戦できる場であるだけでなく、そんな場があることで、大人たちにも「子どもを信じてみよう」という意識が派生していくのですね!

(子どもたちは、たき火が大好き。「焼いて食べたいものを持ってくる子どももいます」)

「いのちはすべて、輝く原石」

(「花火だってつくっちゃう。遊んで学び、学んで遊びます」)

西野:
大人がつくった型や枠にあてはめなければ、一人ひとりの個性が磨かれ、キラキラと輝きはじめる。いのちが本来持つパワーがもっともっと引き出されていくのです。

誰ひとり、役に立たないいのちなどありません。いのちはすべて、輝いているのです。
石に例えると、いのちはただそれだけで、輝く原石です。それを「きれいに見えるように」とかいって、都合良くコーティングしたり削ったりしているところがあるのではないでしょうか。

(手づくりのいかだで多摩川を進む。「いかだをつくって、多摩川を下りたい」という子どもの声から始まった)

西野:
みんな同じように丸くツルツルにならなくていいんです。「ありのままでいいんだよ、原石のままでいいんだよ」っていう空気感が、今の世の中には必要だと思うんです。

それぞれゴツゴツしていたり大きかったり小さかったり、欠けていたり飛び出ていたり。そんないびつで不揃いな自分たちを「おもしろいね」って言い合える仲間づくりを、僕たちはしていきたい。そのために「大丈夫のタネをまこう」というメッセージを発信しています。
お互いのいびつさを楽しみ、手を取り助け合いながらともに生きる文化を、取り戻していきたいのです。

(夢パークで受けている視察・見学・研修は、年間約150件。「海外からも訪れる方がいらっしゃいます」)

「殺したい」「死にたい」の奥にあったのは
「自分はここにいるよ」という悲痛な心の叫びだった

(「僕、魚をさばいてみたい」。大人たちに見守られながら、包丁の使い方をおぼえる。「『やってみたい』ことを手に入れた子どもの眼はいきいきと輝き、集中が続きます」)

西野:
僕らのベースの思いとしてあるのが、「生きているだけで、君はすごいんだ」ということ。たまりばをスタートしてしばらく経った頃、1997年に当時14歳の少年が相次いで小学生5人を殺傷した神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)、2000年には17歳の少年が高速バスを乗っ取り女性を殺害した西鉄バスジャック事件がありました。

この事件が起きた時、危機感を抱いた僕は子どもたちに呼びかけたんです。「死にたいと思う人、殺したいと思う人は集まって」と。

当時、ふだん20人ぐらいがたまりばに来ていました。その中でも特に生きづらさがあるのではないかと感じていた3人が来てくれるのではないかと思っていたのですが、なんと当日、16人も集まっちゃったんです。僕は大ショックでした。

(たまりばをオープンして間もない頃。「この頃から変わっていないのは、毎日ご飯をつくって食べること。カリキュラムはなく、過ごしたいように過ごすこと」)

西野:
用意したお茶も飲まずお菓子も食べず、彼らは胸に抱えてきた葛藤を語り始めました。
それぞれ状況は違うのですが、集約すると皆、同じことを言っていることに僕は気付きました。

それは何か。皆、生まれてこのかた「生まれてくれてありがとう」ということを、父ちゃん母ちゃんから受けとれていないんです。メッセージが伝わってきていないんです。
物心がついてからこの年まで、ずっと存在を肯定してもらえず、親など特定の養育者との間に愛着を持てていない。「死にたい」「殺したい」の奥にあるのは、「見て!自分はここにいるよ」という心の叫び、深い傷つき、悲しみでした。生きてくるのが、一体どれだけつらかっただろう。

親が「生まれてきてくれてありがとう」って言ってくれたら最高。だけどね、親じゃなくたってそれはできるんです。近所のおっちゃんおばちゃんが「あんたはおもしろいね」とか「飯食ってないなら、ここで食っていくか?」とかね。そうやって自分の存在をそのまま受け止めて、面白がってくれるような人がいたり場所があれば、子どもたちはきっと「生きていていいんだ」って感じられるはずなんです。

(「ふだんは遊びの仕掛けはせずに、子どもたちが遊びたいように遊びます。季節のイベントでは、スタッフが知恵を持ち寄って、子どもと一緒に遊びます」)

「自分なんて死んだ方が良い」。
苦しむ子どもの姿が、過去の自分と重なった

(アパートで活動を始めた頃の写真。右端に写っているのが西野さん。「大きな家族のように、異年齢の子どもと大人が混ざり合う空間です」)

──生きづらさを抱えた子どもたちを、ともすれば見過ごすこともできたと思うのです。西野さんはなぜ、そこまで寄り添ってくることができたのですか。

西野:
30年前にたまりばを始めるきっかけのひとりとなった子、中学2年のマユミは不登校でした。
当時、不登校に対する世間の目は厳しいものでした。マユミのお母さんは周囲から「母親が甘やかすから」「(子どもの不登校は)嫁の血がわるいから」と責められ、ある日とうとう、子どもを道連れに無理心中をはかったんです。

不登校だけでも苦しいのに、自分のことが原因で親が喧嘩したりなじられたりする。あるいは家にいても、親から首を絞めて殺されるかもしれない。「私なんて生まれてこないほうがよかった」と言う彼女が、中学生の時、同じように「自分なんて死んだ方がいい」と思っていた僕自身とシンクロしたんです。

(孤立しがちな子どもたちが、ゲームでつながっていた。「ゲームは、大切なコミュニケーションツールでもあります」)

西野:
僕は戦後の高度経済成長期に生まれ、「もっと豊かに、もっと豊かに」という社会の風潮の中で子ども時代を過ごしました。勉強してこのぐらいの大学に入って、企業に入ったら課長か部長にはなれるかもしれない。マイホームも持てるかもしれない。でも、それがなんぼのものなの?それが果たして幸せなの?…大人の社会が汚く見え、一体何のためにどう生きるのか、考えれば考えるほど苦しくて頭がおかしくなりそうで、死んでしまいたいと思っていました。

──そうだったんですね。

西野:
生きづらさを抱え死にたいとさえ思っている子どもたちが、一体何があれば今日を生きたいと思えるのだろうか。自問しながら関わり続け、彼ら一人ひとりと共に、僕自身が思春期を繰り返し体験させてもらいました。そうすることで、虚無感を感じていたあの頃の自分にケリをつけ、こんな僕でも居ていいんだと思えるようになったんです。

子どもたちと共に生きる場が、苦しかった当時の僕を助けてくれているんです。

「死にたい」と言っている人に、無責任に「生きろ」とは言えません。「こう生きたら良い」と正解があるものでもありません。答えのない問いの中で、「だよね、つらいよな。すごいよ。よく生きてきたね」と共感してくれて、「俺だったらどうするかな」と一緒に頭を抱えて悩んでくれる人がいるかどうか、なのだと思います。

共感しかできない、そばにいることしかできない。でももしかしたらそれが、どん底にいる人にとっていちばんの生きる力になるかもしれない。
「とにかく生きてみよう。もうちょっと何かに出会ってみよう」と思えるかもしれない。
その力をただ信じて、覚悟を決めて関わり続けていくしかないのです。

(たまりば15周年を祝ってイベントを開いた時の一枚。スタッフが前に出てご挨拶)

チャリティーは、子どもたちの居場所「こども☆きっさ」運営の資金として活用されます!

(「コミュニティスペースえんくる」で開催している「こども☆きっさ」。「週3回、月水金の放課後に子どもたちがやって来ます。ジュース1杯、おかし1個無料。宿題を持ってきたりみんなでボードゲームをしたりして過ごす、子どもの居場所です」)

──今回のチャリティーの使途を教えてください。

西野:
毎週月水金の午後2時半から5時半に、ジュースが無料で飲めてお菓子が一つ無料で食べられる子どもたちの居場所「こども☆きっさ」を開設しています。

ただ居場所であるだけでなく、やってくる子どもの様子を見て、たとえばお腹をすかしているなとか何日も着ているものが同じで体も臭うなどといった異変に気づける場でもあり、その先の支援へとつないでいくことができます。子どもは言葉にして「助けて」を言いづらいので、子どものSOSは周りにいる大人が発見してあげる必要があるのです。

今回のチャリティーは、この喫茶の運営資金として活用させていただく予定です。
一回の運営費用は4000円。今回のチャリティーで、3ヶ月分(35回分)の運営費・14万円を集めたいと思っています。「大丈夫のタネをまこう」というメッセージを、たくさんの人に伝えていけたらと思います。

──貴重なお話をありがとうございました!

(スタッフの皆さんの集合写真!)

“JAMMIN”

インタビューを終えて〜山本の編集後記〜

インタビューの時に初めてお会いした西野さん。Zoom越しではありますが、言葉にできない感覚なのですが受け止めてくださっている感じがすごくして、お互いに輝き合って光り合って照らし合えたような、なんだろう、魂の底から「嬉しい!」という感覚が湧き出るような、楽しくて嬉しくってワクワクする2時間近くのインタビューでした。

生きるということは、もしかしたらこういうことなのかもしれない。輝いて光って、でももしかしたら、自分自身では輝いたり光ったりしていることには気づけないのかもしれなくて。だからこそ相手がいてくれて、輝き合って照らし合えたら、いのちはもっともっと、喜びにあふれるのかもしれません。

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いろんなものを寄せ集めてつくった、空飛ぶ乗り物。
キレイに整えなくていい、みんなと同じじゃなくてもいい。一人ひとりの子どもたちが持つ感性や創造性、溢れんばかりのいのちの輝きそのものが、空を飛ぶほどの可能性を秘めたものであることを表現したデザインです。
すべての方向に自由で広い空の下、己を信じて、誰でもない、あなただけの未知の世界を切り拓こう!そんな思いも込めています。

“Take time to make your soul happy”、「あなたの魂を幸せにするために、ゆっくりたっぷり時間をとって」というメッセージを添えました。

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