乳児院や児童養護施設を訪れ、子どもたちを抱っこしたり、一緒に遊んだりすることで温もりを届ける活動をする一般社団法人「ぐるーん」が、今週JAMMINがコラボする団体です。
全国に2000人以上いるという「抱っこサポーター」の方たちが、それぞれ地域の施設を訪れ、子どもたちに愛情を届けているといいますが、その活動は、有尾美香子(ありお・みかこ)さんという一人の母親からスタートしました。しかし2015年、有尾さんは43歳という若さで、二人の我が子を残し、この世を去ります。
以下は、2015年2月、有尾さんがこの世を去る直前に遺したメッセージです。
がんの告知を受けてから今まで、信頼おける医師も戸惑うほど猛烈なスピードでがんが大きくなり、あっという間に治療の余地がなくなりました。その後、私は親族がいる新潟に移り、家族との穏やかな時間を大切に大切に過ごすことを選びました。私はいつも気持ちに正直に、自分の道を歩いて参りましたので、これまでの人生に後悔はありません。そばには常に、子ども達がいて、家族がいて、大切な友人達がいて、私を支えてくれました。
(中略)
尊い2つの命をこの世に送り出せたこと。
愛を求める小さな命を抱きしめてくださる方々が集う”ぐるーん”をうみだせたこと。
この2つは私がこの世に生を受けた証です。明日何があるかは誰にもわかりません。だから、あなたの大切な人を、そして愛を求める小さな赤ちゃん達を、今日も惜しみなく抱きしめましょうね。
ぐるーん 最初の抱っこサポーター
有尾美香子
有尾さんの遺志を継ぎ、活動を続ける「ぐるーん」。代表の河本美津子(こうもと・みつこ)さん(63)と高橋明日香(たかはし・あすか)さん(47)に、活動についてお話を聞きました。
(お話をお伺いした河本さん(左)と高橋さん(右))
一般社団法人ぐるーん
①乳児院や児童養護施設を定期的に訪問し、親と離れて暮らす子どもたちと交流②イベント・ワークショップの開催③里親制度・養子縁組制度の普及啓発と里親里子支援④社会的養護を卒業する若者への就労支援等の活動を通して、社会的養護に対する根強い偏見や無理解を払拭しながら、子どもたちがその子らしく成長できる地域社会の実現を目指して活動しています。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2020/10/5
(施設での活動の一コマ。「赤ちゃんを心を込めて抱っこします。でも、実は抱っこされているのは大人の方かも?」(高橋さん))
──今日はよろしくお願いします。最初に、団体さまのご活動について教えてください。
河本:
乳児院や児童養護施設を定期的に訪問し、子どもたちと触れ合い、一緒に遊びながら温もりを届ける活動をしています。そこから派生して現在では子どもたちを対象にしたワークショップの開催や、里親制度・養子縁組制度の理解を深めるための情報発信、児童養護施設を卒業する若者への生活や就職面での支援なども行っています。
新型コロナウイルスの流行によってなかなか思うように活動はできていませんが、全国に「抱っこサポーター」がいて、それぞれの地域で活動しています。
──「抱っこ」がご活動の一つのポイントなのですね。
河本:
乳児院を訪問する場合は、相手は小さな子どもなので抱っこですが、児童養護施設でもう少し子どもが大きい場合は必ずしも抱っこをするというわけではなくて、子どもがしたいことや施設の要望なども聞きながら、一緒に遊んだり日常生活のお手伝いや学習支援をしたりしています。
(「赤ちゃんを抱っこしたり、時には食事のお手伝いや遊び相手になるなど。施設の職員さんと連携して、子どものニーズにこたえられるよう活動しています」(河本さん))
(2019年、東京で開催されたサポーター交流イベントの様子。「普段はそれぞれ離れた地域で活動しているため貴重な交流の場です。またミニワークショップ・学習会などで情報交換なども行っています」(河本さん))
──「抱っこ」の意義を教えてください。
河本:
小さな赤ちゃんは、当たり前に抱っこされる存在です。まずはお母さんに、そしてお父さんに、そしておじいさんやおばあさん、近所の人に…そうやって社会が広がっていきます。しかし、様々な事情で家族と過ごすことができない子どもの場合、その広がりがストップしてしまいます。
脳科学の研究で、虐待を受けたり十分に愛情を受けなかったりした子どもの脳は、愛着に関する部分で発達が遅れているということが報告されています。そこを修復するためにはどうしたらいいのか。たとえ本当の親でなくても、欲しいときに愛を、無償の愛を注ぐことはできる。その象徴的なものが「抱っこ」なのです。子どもが何か要求があって泣いているときに、抱っこして大きな愛で包んでもらえたら、とりあえず安心し、満足できます。
温もりを感じることで、子どもは「ここにいてもいいんだ」と自分の存在を肯定できるようになる。「抱っこ」にはそんな大きな力が秘められています。
(2014年1月、施設の子どもたちに向けて開催する夏のサバイバルイベントの下見のため岡山を訪れた有尾さん(写真中央左、ノートパソコンを持っているのが有尾さん)を囲んで、夜のサポーター交流会の1コマ。「みんな熱心に有尾の話を聴きました」(河本さん))
高橋:
施設で暮らす子どもたちに対し、職員の方たちはそれぞれ非常に愛情をもって接してくださっています。けれども、職員さんの数には限りがあり、努力をしたとしても子どもたちにとっては「自分のためだけにスタンバイしてくれる大人」が少ない、という状況が起こりがちだと言えると思います。
河本:
たとえば一人の赤ちゃんにミルクをあげるのに30分、お風呂に入れるのに30分と時間がかかりますよね。その間、他の赤ちゃんはどれだけ泣いても、誰も来てくれない。そうするとその赤ちゃんはもう泣かなくなってしまいます。要求すること自体、諦めてしまうんです。
「この子は泣かなくて、大人しい子だな」と思われるかもしれません。でも、そうなってほしくない。子どもが諦めてしまう前に、「自分はここにいてもいいんだ」「ここは安心できる場所なんだ」という自信を持ってほしいと思って活動しています。
(児童養護施設にて、リトミックのワークショップでの一枚。「ぐるーんのサポーターは、多様なイベントを通じ、さまざまな経験や喜びを社会的養護の子どもたちと分かち合っています」(河本さん))
(「テレビ取材で児童養護施設を訪れた時、乳児院で抱っこしていた男の子に久しぶりに会いました。懐かしくて嬉しくて、彼に乳児院で抱っこしていたことを告げると『ぼく乳児院におったよ。抱っこした?』『うん、抱っこしたよ』『いっぱい抱っこした?』『いっぱいいっぱい抱っこしたよ!』『抱っこして!』と。後から職員さんがおっしゃるには、その子はその施設へ来てから一度も抱っこして欲しいといったことがなかったそうです。子どもなりに我慢していたことがわかり切なくなりました」(河本さん))
──もう一つ、「定期的に訪れる」ということを大事にされているということですが、ここにはどんな思いが込められているのですか。
高橋:
乳児院や児童養護施設には、職員の方も含めてたくさんの大人が関わります。ただ、多くの大人は、立場上やむを得ずにそこを過ぎ去っていってしまう存在なのです。職員の方も変わるし、施設を訪れる方も年に数回とか、1回きりとか、そういうことがどうしても少なくないという現実があります。
私は新潟で活動していますが、児童養護施設を訪問し始めた頃、施設の方から「ここは過ぎ去っていく大人が多いんです」と聞いて、「自分は過ぎ去っていくことはしない」と心に誓いました。
──そうだったんですね。
高橋:
子どもたちは帰り際に「また来てね!」と声をかけてくれます。そして翌週や翌々週に行くと「また来たん?!」という反応をするんです。
施設を訪れる大人はいても、「どうせ今だけ」「一度だけ」というのを子どもたちもよくわかっているんですよね。もう慣れてしまっているから、「もてなし上手」じゃないですが、その一回はなついてくれて、甘えてくれるのも上手です。
そうではなく定期的に通うことでまた違った表情を見せてくれるし、とにかく「続けて通うこと」で、子どもたちが応援されていると感じたり、「この人になら話してみよう」と思うことがあったりと意味があると思っています。
(里子との1日を、高橋さんがイラストで表現。「この日はファミリーレストランでランチの後、ショッピングモールでお買い物をしました。どれにしようか迷うのも楽しい時間です」(高橋さん))
(花育ワークショップの様子。「子ども一人にサポーターが一人がついて見守ります。やり方は自由。大人がそばで見守るだけで、子どもたちは驚くべき集中力を発揮します。自分だけの作品が出来上がった時の子どもたちの誇らしげな笑顔を見て、サポーターも嬉しくなります」(河本さん))
──子どもたちを対象にワークショップを開催されているそうですね。
河本:
施設にいる子どもたちは、一般家庭で育つ子どもたちと比べて様々な体験の機会が少なくなりがちです。いろんなことに触れながら、そしていろんな大人に出会って欲しい。そんな思いもあって、施設の子どもたちを対象にワークショップを年に複数回行っています。
──どのような内容なのですか?
河本:
本当に様々ですが、長いことやっているのが「花育ワークショップ」です。造花や折り紙で作った花ではなく本物の花、生花を使って子どもが自由にフラワーアレンジメントをするワークショップで、花に触れることで豊かな心を育んで欲しいと開催しています。
もう一つ、施設にいる子どもたちは、普段の生活の中で「〇才になってから」などの制限や決まりごとがあり、「自分の意志で自由に物事をする」機会がどうしても少なくなりがちです。だから、このワークショップでは花をどんなふうに切ろうが使おうが、子どもたちの自由にやりたいようにしてもらいます。大人が側について教えたり指示したりするというよりは、「いいね」「素敵だね」と子どもを励まし、見守ることを大切にしていて、そうすることで子どもたちが「思ったことを自由に表現してもいいんだ」ということを知るきっかけになればと思います。
ほかにも、お菓子やパンを一緒に作るワークショップや、家の模型を作るワークショップなども開催しています。最初は落ち着いてワークショップに参加することが難しかった子どもが、回数を重ねるごとに要領をつかんで上手にできるようになったりします。継続して開催することで慣れたり、自分の興味や好きなことを見つけるといった効果もあると思います。
(お菓子作りワークショップの様子。「本格的なお菓子やパンにチャレンジ!大人は基本的に見守り、できるだけ手を出さずに寄り添います。子どもたちがどんどん上手になっていく姿に、いつも驚かされます」(河本さん))
(乳児院のクリスマス会にて。「ぐるーんのサポーター数人が参加している人形劇団の方々のご協力で、子どもたちに楽しい人形劇プレゼントしました」(河本さん))
──お二人が活動をしていてよかったと思われる時はどんな時ですか。
河本:
最初に奥さんが、その後に旦那さんが「抱っこサポーター」になってくださったご夫婦がいらっしゃいます。お子さんがおらず、長い不妊治療を経て活動に参加してくださいました。施設を何度も訪れて子どもと遊んだりイベントに参加したりするうちにだんだん理解が深まって、里親研修を受けて里親登録をし、今、里親として生後4ヶ月の赤ちゃんを育てていらっしゃいます。
──そうなんですね!
河本:
子どもにとっては温かな家族ができて、またご家族にとってはかわいい子どもと、その子と過ごす時間ができて、本当に嬉しかったです。
──最初のきっかけを提供されたんですね。素敵ですね。
河本:
そうですね。「こんな方法もあるんだともっと広めていきたい」と言ってくださいました。
(熊本のぐるーんグループでは、乳児院に届けるスタイを定期的に製作。抱っこ以外にも、得意を活かしてサポート活動を展開している)
高橋:
私は週末里親として、一人の子どもと細く長くずーっと関わっています。日頃から密に関わっているわけではないけれどずっと同じポジションで長く彼のことを知っていて、「思い出話ができる」ということが嬉しいし、誇りに思っています。
「地域のおばちゃん」とか「親戚のおばちゃん」みたいな存在で、「小さい時、あなたはこうだったよ」とか「あの時からあれが好きだったね」という話ができることは、やっていてよかったと思うことですね。
あとは、「施設」とか「里親」「養子縁組」と聞くとハードルが高く感じますが、発信を続けていると、意外なところから「話を聞かせて欲しい」と声がかかったりして、活動を通じてこの課題を身近なこととして友人や知人に知ってもらえるのは嬉しいですね。
(模型ワークショップでは、何時間も集中して「将来住みたい家」の模型を作製!「サポーターの手も借りつつ、細かいところまで丁寧に作りこんでいます」(高橋さん))
(「学習会の後の懇親会では、ぐるーんのオリジナルソングやイメージソング『君は愛されるためにうまれた』をみんなで歌っています。歌を通じてサポーターの気持ちも一つに」(河本さん))
──最後に、チャリティーの使途を教えてください。
河本:
チャリティーは、子どもたちへのワークショップ開催のための資金として使わせていただきたいと考えています。ぜひ、チャリティーアイテムで応援いただけたら幸いです。
──貴重なお話をありがとうございました!
(2020年8月、防災デイキャンプでの1枚。「今年はコロナの影響で、なかなか施設の子どもたちとのイベントが開催できませんでした。そんな中でもぐるーんサポーターは8月に防災デイキャンプ&学習会を開き、今後のイベントのアイディアを練りました。『早くまた一緒に遊びたいね』と話しながら、日常が戻るのを心待ちにしています」(河本さん))
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
活動を始めた有尾さんは、幼い子を育てる一人の母として、抱っこの大切さ、愛情を注ぐことの大切さを何よりも感じていらっしゃったのではないかと思います。だからこそ、実の親からは十分な愛情や抱っこを注がれなかったとしても、代わりに私ができることがあるのではないか、そんな思いで活動を始められたのではないでしょうか。そんな有尾さんが一体どのような思いでこの世を去られたのか、想像すると言葉になりません。私たちに、何かできることがあるのではないでしょうか。
光を受け、さまざまな生き物が豊かに自由に泳ぐ渦を描きました。
「ぐるーん」の活動により生じる愛の波動が、子どもたちだけでなく周囲の人たちをもやさしく包み込んでいく様子を表現しています。
“Living in the love vibration”、「愛の波動の中を生きる」というメッセージを添えました。
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