CHARITY FOR

いつか「パパ」と呼んでもらえる日まで。難病「レット症候群」と闘い10年、続く父の挑戦〜NPO法人レット症候群支援機構

(撮影:東真子)

3年前、2017年8月にコラボしたNPO法人「レット症候群支援機構」。1万〜1万5千人に1人の確率で、しかもほとんどが女の子に発症する不治の難病「レット症候群」の娘を持つ谷岡哲次(たにおか・てつじ)さん(43)が、10年前に立ち上げた団体です。

前回のコラボから3年。2歳の時にレット症候群と診断された娘の紗帆ちゃんは12歳になり、現在は比較的安定した生活を送っているといいます。根治のための治療法がなく、てんかんや睡眠障害などそれぞれの症状に合わせた対処治療が行われているレット症候群ですが、この10年で少しずつ研究が進み「遺伝子治療」の可能性も検討され始めています。→前回コラボ時の記事はこちらから『1万人に0.9人の難病「レット症候群」。娘の病の完治を目指して〜NPO法人レット症候群支援機』(2017/8/7)

今後、遺伝子治療や創薬の開発が進み、一つの治療法として確立されたら「患者や家族の選択肢は広がる」と谷岡さんは話します。

「医療の進歩に関わる製薬会社や研究者の方と患者・家族とをつなぎ、二人三脚で治療法確立への道を見つけられたら」。そう話す谷岡さんに、お話を聞きました。

(お話をお伺いした谷岡さん(写真中央)。西田、DLOPと谷岡さんの職場にお伺いしてお話を聞きました)

今週のチャリティー

NPO法人レット症候群支援機構

女の子に起こる疾患「レット症候群」を支援する団体。レット症候群の認知を進めると同時に、根本的な治療法の開発を目指して活動している。

INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2020/9/28

遺伝子の変異が引き起こす
「レット症候群」

(家族旅行にて、プールに戸惑いながらも楽しそうな紗帆ちゃん。レット症候群の子は感受性が強く、言葉を発することはできなくても表情豊かな子が多いのだという)

──前回のコラボでは大変お世話になりありがとうございました。まず、レット症候群について簡単に教えていただけますでしょうか。

谷岡:
レット症候群は生まれてから半年〜1歳半頃に発症する神経系を主体とした発達障害です。1966年にウィーンの小児神経科医だったAndreas Rett(アンドレアス・レット)氏が最初に症例を報告し、そこから「レット症候群」と名づけられました。

症状が出てくると、それまでに獲得したわずかな言語も話すことができなくなる、徐々に運動ができなくなるといった退行現象が起こります。娘の紗帆は、1歳を過ぎた頃からそれまで普通にできていたハイハイやお座りができなくなりました。病院で検査を受けても異常は見つからず、一方で歯ぎしりや手を口元に持っていくことを繰り返すなどの常同行動が増え、遺伝子検査の結果、2歳でレット症候群と診断されました。

(10年前、レット症候群と診断された頃の紗帆ちゃん。「パッとした見た目ではわかりませんが、すでにこの頃は座位が保てなくなってきていました」(谷岡さん))

──発症する原因は何ですか?

谷岡:
私たちは皆それぞれ23対46本の染色体を持っています。染色体の一本一本の中に数百~数千の遺伝子が含まれていて、例えるならば遺伝子は体に組み込まれた「設計図」のようなものです。そしてその中の一つに「MeCP2遺伝子」という遺伝子があるのですが、レット症候群の患者さんの9割以上において、この遺伝子に変異があることがわかっています。

──どういうことでしょうか。

谷岡:
レット症候群は女の子だけに発症する疾患ですが、これは「MeCP2遺伝子」が性染色体のX染色体上にあるものだからです。性染色体はX 染色体とY染色体の2種類あり、性別が女性であればXX、男性であればXYとなります。つまりX染色体を女性は2本、男性は1本持っていることになりますが、男の子の場合、1本しかないX染色体上の「MeCP2遺伝子」に異変があると、致死的な重症新生児脳症を発症するか、あるいはお腹の中で亡くなってしまいます。

(両手を胸の前あたりでもみ合わせるのは、レット症候群の特徴的な常同行動のひとつ)

──なるほど。

谷岡:
逆に女性の場合はどちらか一方のX染色体にMeCP2の異常があったとしても、もう一方の正常なX染色体の方が活性化されていれば、極端な話、理論的には症状が出ないです。
ただ確立の問題でランダムにどちらか一方の活性化が決まるので、異常のある方を活性化させてしまったりして症状が出てきます。症状の幅が広いのも特徴の一つですが、正常なMeCP2遺伝子を持つX染色体の活性化割合が多ければ軽度で、逆の場合は重度となる事が多いようです。

(昨年12月、12歳の誕生日を迎えて喜ぶ紗帆ちゃん)

それぞれの症状への対処療法がメインで、
根本的な治療法は見つかっていない

(「成長に伴って足首の内反がひどくなり、足首が固まってきたので思い切って手術しました。手術後のケアが大変です」(谷岡さん))

──どのような症状がありますか。

谷岡:
知的障がい、てんかんや睡眠障害、歯ぎしり、息こらえなどがあります。また、背中の側弯にも悩まされます。

──どのような治療を行うのですか。

谷岡:
レット症候群を根治する治療法はまだ見つかっていません。それぞれの症状に対し、投薬や手術、リハビリなどその都度適切な治療を行います。

(片手で指をこすり合わせるのも、レット症候群の特徴的な常同行動のひとつ)

──紗帆ちゃんの現在の症状はいかがですか?

谷岡:
体も少し大きくなってきました。今は元気で落ち着いています。相変わらず表情豊かで日々ニコニコしていて、かわいくて癒しの存在です。
ただ、同じレット症候群の患者家族の方たちの近況を見ていると、さまざまな症状が出て入退院を繰り返したりということもあるので、安心はできません。

実は去年、紗帆は体調を崩して2ヶ月ほど食欲がない時期がありました。体重もどんどん減ってしまい、胃ろう(胃に穴を開けて、栄養を直接通す)の手術も検討しました。でもなんとか復活してくれて、今はすりつぶした食事をそれなりに食べてくれています。

側弯症が進行すると、食べたものが食道を通りにくくなったり胃を圧迫したりと消化器官にも影響を及ぼします。側弯症の手術は大手術なのでできれば避けたいですが、将来的にこういった手術が必要になるかもしれません。それまでに症状を緩和する治療法が出てくれたら、また変わってくるかもしれないと期待しています。

(「食事はペーストより少し硬めの柔らか煮ほどのものを食べています。水分補給は誤嚥防止の為に少しトロミをつけています」(谷岡さん))

これからの「遺伝子治療」の可能性

(2017年には、海外から研究者を招き日英同時通訳でシンポジウムを開催。「この時は日本の多くの研究者さんや製薬企業からも注目を集めました」(谷岡さん))

──現在、遺伝子治療を進める支援をされているそうですね。

谷岡:
はい。2019年10月に自治医科大学と協定書を交わし、レット症候群の治療法確立に向けて、遺伝子治療の研究をしていただけることになりました。期間は5年です。この5年で基礎研究を進めていただき、5年後、それをもとにもっと大きな国の研究として採択してもらえることを目指しています。

(2019年10月、自治医科大学との調印式での一枚。「レット症候群の遺伝子治療の可能性の探索が日本でもこの日スタートしました」(谷岡さん))

──そうだったんですね。
根本治療を考えると、遺伝子治療は新たな可能性があるのですか。

谷岡:
遺伝子治療に関しては、倫理観の問題などもあって賛否が分かれます。また、治療法として遺伝子治療が最有力という方もいれば、そうではないという方もいます。

私たちとしては、遺伝子治療に限らず、その治療法の良し悪しを言いたいわけではありません。ただ、患者さんとその家族が生きていく上で、選択肢が一つでも多くあるに越したことはないので、その一つとして遺伝子治療の可能性にも期待しています。

実は海外ではすでに遺伝子治療の治験が検討されていて、日本でもなんとかこの波に乗れないかと動いていたのですが、連絡をとっていた海外の製薬企業が別の大きな製薬企業に買収されてしまい、その後関わりを持つことが難しくなってしまいました。そこで新たな道として、遺伝子治療研究の第一人者である自治医科大学の教授の方が各地で講演されるたびに足を運んで顔を覚えてもらい、自分たちのシンポジウムでも講演していただいたりしながら関係を重ね、ようやく昨年の協定にこぎつけました。

(「活動を始めたこの10年間で、研究支援はのべ1,000万円にもなります。今後の成果につなげていきたい」(谷岡さん))

遺伝子治療によって
新たな効果が見込める可能性も

(自宅で過ごす紗帆ちゃん。「自宅では、大好きなアンパンマンを観たりしてゆったり過ごしています。この日はリモートで久しぶりにお友達と再会しました」(谷岡さん))

──遺伝子治療ができるようになったとして、具体的にどのような治療なのでしょうか?

谷岡:
「遺伝子は体の設計図のようなもの」と先ほどお伝えしました。設計図自体に間違いがあると、どんどん間違った細胞が作られていきます。遺伝子治療ではこの設計図を「書き換える」ことをします。例えば、遺伝子の配列の中で「ここが悪い」という箇所が見つかったら、設計図を書き換えて、そこだけを読み飛ばしてなかったことにする。正常な遺伝子だけを活性化させ、異常な遺伝子は眠らせる。そういったことができるようになる可能性があるのが遺伝子治療です。

──治療は、どのようなかたちになるのですか?

谷岡:
私もまだまだ勉強不足ですが、例えば書き換えのための情報を持った注射を打ちます。「ベクター」という運び屋さんとして機能する、悪いものは一切取り除かれたウイルスにのせて情報が全身に運ばれます。

レット症候群の症状が出てくるのは生後半年〜1歳頃です。それまではMeCP2遺伝子の働きや影響がそこまで大きくないということも考えられ、成長の過程でMeCP2遺伝子の変異の影響がさまざまな場所に表れます。しかし今後、遺伝子治療の研究が進めば、この遺伝子の異変が事前にわかっていたら、症状が出る前に治療を行うことで、その後の症状に変化が見られる可能性も考えられます。

(2017年6月、NPO総会の後、懇親会での一枚。「各地からレット症候群の子どもとそのご家族が集まってくださり、皆でワイワイ過ごしました」(谷岡さん))

患者団体として「つながり」の中心に

(2017年、神戸で開催した国際シンポジウムにて、各国から集まった研究者の皆さん、スタッフの皆さんと。「患者会中心で企画・費用も集め、世界主要5か国の研究者の方を招き、2日間かけてレット症候群の未来を世界規模でディスカッションしました。この10年の活動の中で、印象深い出来事の一つです」(谷岡さん))

──団体を立ち上げられてからの10年、どんなふうに感じていらっしゃいます。

谷岡:
研究の成果ということでいえば、10年かけてあまり進んでいないと感じているのが本音です。「もし活動をしてなかったとしたら、今と何か変わっているのかな。活動をしていてもしていなくても同じなのかな」というのは、よく考えますね。

ただ医療の進歩は、個別に研究している研究者の一人ひとりの努力だけではなく、それぞれの研究者や当事者、その家族をつないでいくことによって継続して発展していくことができると思っているので、患者団体として、「つなげる」役割を果たせているのは一つの大きな成果だと感じています。

──紗帆ちゃんに対しては、どんな思いを抱いておられますか。

谷岡:
ありのままの我が子がかわいい、その思いは今も昔も変わらなくて、生まれて12年、変わらずずっとかわいいです。今、仮に5年後に遺伝子治療ができるとなった時に、果たして紗帆に手放しで喜んで治療を受けてもらうかというと…どうでしょうね。なぜなら、紗帆は今のままで十分かわいいし、父親として満足だからです。

(「実は2017年の国際シンポジウムの最中、紗帆は肺炎をこじらせて入院してしまいました。側にいてあげられなくて何も出来ない自分がとても悔しかった」(谷岡さん))

谷岡:
だけど、もし僕が紗帆の立場だったらどうだろう?と考えてみた時に、それまでできていたことができなくなり、思ったように体が動かなくなって、僕だったら「助けて!パパ、ママ」というのではないかと思うんですね。だから、なんとかしてあげたいです。

もしかしたら紗帆は、心の中で薄々「私はこのままなんだろうな」と感じているかもしれません。そうだとしたら、「せめて私と同じように苦しむ子が居ないように」と考えるのではないかなあと思っていて、そんな思いも、僕をこの活動へと駆り立ててくれています。

(デイサービスで寝相アートに挑戦!「可愛い鬼さんの楽しそうな笑顔が最高!」(谷岡さん))

いつか…娘の「パパ」と呼ぶ声が聞きたい

(「2019年度 レット症候群の研究チーム」研究者さんと、会議終了後に記念撮影。「皆で”Care today, cure tomorrow”を再確認しました」(谷岡さん)。”Care today, cure tomorrow”「今日できるケアをしながら、希望を持って生きよう」というメッセージは、2017年のコラボ時にデザインにも使わせていただきました!)

──今後について教えてください。

谷岡:
団体としては今後も治療法の確立に向けて、製薬会社や研究者、国をつないでいく、その中心として役割を果たしていきたいと思っています。一つのプロジェクトとして研究が進んでも、プロジェクトが終了するとバラバラになってしまう。常に変わらず中心になれるのは、当事者である患者団体しかありません。

あとは、常に情報を発信して、患者さんやその家族の方たちに希望を届けることも続けていきたいです。今はインターネットで調べればなんでも出てきますが、我が子がレット症候群と診断されても調べようがない、調べても何も出てこないような時代からずっとがんばってこられた先輩方のバトン、それを勝手に託された気でいて、できれば僕らの世代で終わらせたいですが、次にどこにつなげていくかも考えていかなければなりません。

どれだけ勉強しても、僕らには薬をつくったり治療法を見つけたりすることはできない。だから専門の方々に託すしか方法はないのですが、お願いするからには、自分たちもやれるだけのことはやりたいと思っています。

(公益社団法人「社会貢献支援財団」より、団体の活動が認められ表彰された)

──紗帆ちゃんに対しては、何か望むことはありますか。

谷岡:
読売テレビさんが3年にわたり私たちに密着したドキュメンタリー番組を制作・放送してくださいました。そのタイトルにもなっているのですが、「パパ」と呼んでもらいたいですね。生まれてからまだ一度も紗帆の声が聞けていないんです。時折、彼女がむせる声で「声が聞けた!ひょっとして、紗帆はこんな声なのかな」と思っているので、いつか「パパ」と呼んでくれたら‥うれしいですね。

(自宅にて、TV 取材中の一枚。「カメラが好きで、カメラの前では女優さんのような笑顔をする事も」(谷岡さん))

チャリティー使途

(支援学校に通う紗帆ちゃん。小学校最後の文化祭「紅葉祭」でネコの大役をこなした)

──最後に、チャリティーの使途を教えてください。

谷岡:
チャリティーは、レット症候群の治療法確立のため、その研究を助成するための資金として使わせていただきたいと思っています。ぜひ、チャリティーアイテムで応援いただけたら嬉しいです。

──貴重なお話をありがとうございました!

(谷岡さんと紗帆ちゃん。支援学校小学部の卒業式に、記念撮影!)

“JAMMIN”

インタビューを終えて〜山本の編集後記〜

今回のインタビュー後、読売テレビで放送された谷岡さんたちのドキュメンタリー番組『パパって呼んで… 女の子の難病 レット症候群に薬を』を拝見しました。紗帆ちゃんの豊かで愛らしい表情と、一歩ずつ、真摯に、めげずに前進する谷岡さんの姿がとても印象的でした。

ニコニコとかわいい紗帆ちゃん。番組を観ながら、紗帆ちゃんはきっと「パパ、ママ、ありがとう。大好きだよ!」と言っているのではないかなと私は感じました。1日も早い治療法の確立に向けて、ぜひコラボを応援いただけたら幸いです。

・レット症候群支援機構 ホームページはこちらから

<テレビ放送について>
NNNドキュメント’20 『パパって呼んで… 女の子の難病 レット症候群に薬を』
番組詳細:https://www.ntv.co.jp/document/
<放送日>
2020/9/27(日)深夜25:25〜26:20 日本テレビ
<再放送>
10月4日(日)8:00~ BS日テレ
10月4日(日)5:00~/24:00~ 日テレNEWS24

09design

天体望遠鏡を覗くと、そこには無数の星が輝き、連なっています。
「治療法の確立」に向けて、星が連なり星座になるように、着実に一つ一つの活動が実を結び、明るい未来が待ち受けている様子を表現しました。

デザインをひっくり返すと、星座の連なりが「RETT」の文字になっています。
“We can create a better future“、「一緒に、より良い未来を創ることができる」というメッセージを添えました。

Design by DLOP

チャリティーアイテム一覧はこちら!

・過去のチャリティー一覧はこちらから

logo-pckk                

SNSでシェアするだけで、10円が今週のチャリティー先団体へ届けられます!
Let’s 拡散でチャリティーを盛り上げよう!
(広告宣伝費として支援し、予算に達し次第終了となります。)