発達障害を抱えた子どもや虐待を受けた子どもを対象に、専門的な心理療法を実践し、子どもが本来の力を取り戻すための支援を行っているNPOがあります。
今週、JAMMINが一週間限定でコラボする認定NPO法人「子どもの心理療法支援会(サポチル)」は、臨床心理士など心理療法の専門家が中心となって虐待や発達障害など困難な背景を抱える子どもに寄り添い、問題を捉えて解決していく自己治癒力を高めるための活動をしています。
「大人の場合は状況を言葉で説明することができますが、その術をもたない子どもは、絵や遊びで心の中を表現します。一方で、特に虐待的な状況の中にいる子どもは、自分の気持ち自体ネグレクト(放棄)されてしまっているので『自分の気持ちを大事にする』ということを知りません」
そう話すのは、サポチル理事長であり、臨床心理士・教育学博士の平井正三(ひらい・しょうぞう)さん(56)。
「子どもたちが何を感じているのか、どう感じているのか、小さなことを一つひとつ確かめながら、自分の力で『こう感じている』『こうしたい』と歩めるようにお手伝いするのが、私たちの活動です」
京都にある事務所にお伺いし、平井さんとサポチル理事であり事務局統括の吉岡彩子(よしおか・あやこ)さん(46)にお話を聞きました。
(お話をお伺いした平井さん(左)と吉岡さん(右))
NPO法人子どもの心理療法支援会(サポチル)
発達障害を抱えた子どもたちや虐待を受けた子どもたちが、適切な心理療法(心のケア)を受けられるようサポートしながら、最もケアを必要としている子どもやその養育者に対し、安定的な心理療法が提供できる社会環境づくりを目指すNPO法人。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE 2020/1/6
(カウンセリングルームの様子)
──今日はよろしくお願いします。まずは、貴団体のご活動について教えてください。
平井:
虐待や発達障害のある子どもを対象に、精神分析的心理療法を実践しています。
簡単にいえば「心のケア」ですね。
子どもの場合は大人のように言葉で表現することが難しいので、遊びの中でカウンセリングを行っていく「プレイセラピー」が中心となります。
吉岡:
発達障害や虐待などの背景を持つ子どもの場合、「自由に遊んでいいよ」と伝えても「思いを表に出す」という経験が普段の生活で馴染みがなく、表現することが難しいということもあります。一緒に時間を過ごす中で、子どもが徐々に発信してくれる表現やコミュニケーションの内容を専門家として読み取り、子どものチャンネルに合わせて話しかけながら、一緒に問題解決の方法を考えていくのが私たちの活動です。
──なるほど。
平井:
また、日本には心のケアを必要としている子どもたちに十分な支援が行き渡っていない現実があります。
こういった子どもたちが継続的に心理療法を受けられるよう経済的な支援を行いながら、その仕組みづくりにも力を入れる一方で、この分野に特化した高い専門性を備えたセラピストを育てるために、英国の公的機関で採用されているトレーニングプログラムを参考に、子どもへの心理的な支援について体系的かつ集中的に学べる人材育成プログラムを作成して養成講座を開催したり、ワークショップや研修を日本各地で行っています。
(2019年6月に京都で行われた京都精神分析・臨床セミナーの様子。多くの心理士が発達障害についての精神分析的な考えを学んだ)
(専門会員なら誰でも無料で参加できる月例の土曜研究会の様子。「若手もベテランも入り混じった少人数での濃密な学びの場です」(吉岡さん))
──発達障害のある子どもや虐待を受けた子どもを対象にご活動されているということですが、こういった子どもたちはどのような課題を抱えているのでしょうか。
平井:
発達障害児の場合、「コミュニケーションが難しい」ということがあります。
親御さんやご家族が理解しようとがんばっても、見方の違いから本人は怒っていないのに「怒っている」とか「偉そう」とか「何を考えているかわからない」という風に見えてしまい、そのために悩まれて、行き詰まっていらっしゃることがあります。
しかしカウンセリングの中で本人とじっくり向き合ってみると、その子どもさんなりのものの見方や周囲の勘違いなども見えてきます。当事者のお子さん自身もどうしたいのかがわからずに混乱していることも多く、そこを一つひとつ紐解いていくことで、本人も「そういうことだったのか」と心が開かれていくし、ご家族も子どもの特徴を知って歩み寄ることができるようになっていくので、問題も小さくなっていきます。
──虐待を受けた子どもの場合はいかがですか。
平井:
虐待経験と、その時に受けた深い心の傷は簡単になくなることはありません。子どもの時のつらい経験やトラウマを抱えたまま成長し、しんどさを抱えながら生きている大人の方も少なくありません。
心理学的に虐待は強い有害性をもつことが確かめられており、虐待を受けて育った子どもの場合、大人になって何らかの精神疾患を発症する可能性が高いことが報告されています。多くのケースでうつ病を発症すると言われています。
(平井さんが武藤誠さんと監訳した『タビストック 子どもの心と発達シリーズ』(岩崎学術出版社))
──大人になった後も影響を与え続けてしまうのですね。
平井:
子どもに対して直接的な暴力はなかったとしても、日常的に暴言を浴びせるのも虐待ですし、「面前DV」と呼ばれますが、目の前で両親が殴ったり殴られたりする姿を子どもが目にした時にも、心の発達に非常に大きなダメージを与えることが報告されています。
──どういうことでしょうか。
平井:
例えば、親同士の喧嘩で、お父さんがお母さんに暴力を振るったとします。直接子どもに危害はなくても、自分にとって大切な人が暴力を振るわれている、危害を加えられているという経験は、子どもにとって心が大きく壊れる経験です。面前DVを受けた子どもも、将来的に精神疾患にかかるリスクが高くなるといわれています。
──知りませんでした。
吉岡:
虐待を受けた子どもは、発達障害のような症状を見せます。
ここに通っている子どもも、虐待を受けてきた子どもは、最初の頃はコミュニケーションがとれず遊ぶことも話すこともできない、何もできないという子どもが多いです。
平井:
虐待を受けた子どもの場合、本人に「こうしたい」といった意志はなくても、ネガティブなことは確実に認識します。物事を何でも歪んだ見方、マイナスに捉えてしまう傾向があります。
──つらいですね。
(コラボ実施にあたり、サポチル 広報担当の武田さんがJAMMINのオフィスまで足を運んでくださって活動についてお話を聞かせてくださいました。その時の一枚)
平井:
人との「良い関係」を知らないまま育ち、虐待経験をトラウマとして抱えながら大人になる子どもはたくさんいます。幼い頃に想像を絶するような心が壊れる経験をして、それがいつも爆弾のように心の中にあると、何かが起きた時、突然それが爆発します。
大人になると、このトラウマが暴力や暴言という誰かに危害を与えるかたちで爆発してしまうことがあります。しかし幼いうちにカウンセリングやプレイセラピーの中でこのトラウマを爆発させることができたら、より安全なかたちで爆発するので、トラウマという圧倒される存在を少しずつ自分の中でコントロールすることができるようになります。
──なるほど。
(カウンセリングルームで語らう皆さん)
(プレイセラピーのための人形や玩具。ほかにも折り紙やクレパスがありました)
──「プレイセラピー」はどのようなものなのですか?
平井:
人形遊びやごっこ遊びを通じて「こんな風に自分は思うんだ」を表現する方法です。大人である私たちが一生懸命関心を向けて真剣に聞くと、子どもはもっと表現してくれるようになります。
子どもの遊びを観察していると、ごっこ遊びの中でお母さんが子どもにひどいことをしたり、人形遊びの中でお母さんが赤ちゃんを切り刻んだり、踏みつけたりすることもあります。あるいは、赤ちゃんが強くなってみんなを叩きまくることもあります。
──遊びに子どもの心理が反映されるのですね。
平井:
親が離婚したある女の子は、家の絵を描いたあと、それをバラバラに切り刻んでしまいました。その子が経験した家がバラバラだったのかもしれないし、あるいはバラバラにしたいという気持ちがあるのかもしれません。
いずれにしても、その子が経験している「何か」が遊びの中に投影されています。
──たとえば、「そんなひどいことをしたらダメだよ」といった風に、セラピーの中で指摘されたりはしないのでしょうか?
平井:
これは大人もそうですが、まずは「何を感じているのか」を互いに確かめていく作業が何より大切です。家庭内暴力や虐待など、家庭の中がひどい状況にある時、子どもの視点からすると一番の問題は「気持ちがネグレクト(放棄)されている」ことなのです。
──暴力を受けたりする以前に「自分の気持ちが大事にされていない」ということなんですね。
平井:
そうです。自分の気持ちが家庭で大事にされていないので、自分でも自分の気持ちを大事にできない。「自分がどう感じているか」を持たない子が多いのは、このためです。
──感じることを止めざるを得ない、諦めざるを得ない状況にあるということですね‥。
平井:
プレイセラピーの大きな目的として、まずは「自分がどう感じているか」をしっかり持てるよう支援したいと思っています。まずはそこをクリアできれば、それをどう表現するかとか、周りの人たちにどう伝えたらいいかといったことはさらにその次のステップになります。
──なるほど。「感情を認識する」ことや「その感情を大事にする」気持ちを育むということなんですね。
平井:
そうですね。心の傷は完全になくすことはできませんが、その子自身が主体性を育み、人とつながり、強く生きていくことができるように手助けしたいと思っています。
「自分がどうしたいか」を認識して、そのために人とつながっていくことさえできれば、その人は自分の足でしっかり立って生きていくことができるのではないでしょうか。
親がいない、いても頼れないという子どもも多い中で、私たちの関わりを通じて、子どもたちが自分の力で未来を切り拓くきっかけを見出して欲しいと願っています。
(「かるく」「おもい」「かなしい」「むり」…。子どもの作った折り紙に書かれた言葉が、まるで子どもの気持ちを表現しているように感じました)
(親と離れて暮らす子どものための絵本シリーズ。「サポチルの顧問で大阪経済大学の鵜飼奈津子先生が翻訳された絵本のシリーズです。絵本を読みながら子どもと一緒に心について考えていくことができます。その他にも子どもの心や心理療法についての本も多数出版しています」(平井さん))
吉岡:
カウンセリングを始めた当初は何も表現できなくても、何度か決まった時間に決まった場所で会うということを時間をかけて繰り返すうちに、少しずつ自分を表現してくれるようになります。
様々な理由で気持ちを見過ごされていることによって失われていた「自分の感情を大事にしても良い」「表現しても大丈夫」という感情が蘇り、「こんなことがしたい」「あんなふうにしたい」ということが表現できるようになるのです。
──心理療法の効果なのですね。
吉岡:
子どもがそうやって自分を表現できるようになってきた時、今度は親御さんが戸惑うということがあります。
──どういうことでしょうか?
吉岡:
変わっていく我が子を見て喜ばしく思われると同時に、「自分はこんな風に自分の思いを言えなかった」「私はできなかった」とご自身の過去を振り返り、しんどくなってしまう親御さんもいらっしゃいます。子どもの状態を改善するためには、子どもだけでなく親御さんへの支援も必要です。子どもの変化を一緒に見ながら、親御さんの日頃の苦しみや子育てのしんどさも受け止め、話し合いながら、困りごとについて解決方法を模索していくことが大切です。
──親御さんへのアプローチも必要だということですね。
平井:
そうですね。今の発達障害の流れや虐待、DVなどで離婚や別居される親御さんも少なくありません。そしてその中には、心に傷を負っているお父さん、お母さんも多くいます。一人親での子育ては困難もありますし、自分の子どもといっても愛せなかったり、腹が立って手を上げてしまったり、ひどいことを言ってしまったりして悩んでいる親御さんは少なくありません。
(サポチルでは、各種研修プログラムや訓練コースを通して「子どもの精神分析的心理療法士」の資格認定を行っている。「高い専門性をもった支援者の養成にも力を入れています。2019年には3名の精神科医や臨床心理士が資格を取得し、現在、16名が関西、関東、東海で活躍しています」(吉岡さん))
(カウンセリング料支援の仕組み(サポチル ホームページより)。「サポチルのは子ども達の心を支えたい企業や社会の皆さんの力を借りて、子ども達やその家族、また施設の職員などの支援者にプレイセラピーやコンサルテーションなどの支援を届けると同時に、専門的な支援が行える専門家の育成にも力を入れています」(平井さん))
──経済的な面からもカウンセリングを支援されているということでした。
どのような仕組みなのでしょうか?
平井:
虐待を受けた子どもの場合は、1回5000円のカウンセリング料をサポチルが全額負担でお受けしています。
発達障害のある子どもの場合は、1回5000円のカウンセリング料のうち3000円をサポチルが負担してお受けしています。残りはご家族に負担していただくかたちになります。週に一度のカウンセリングを継続して受けられるように支援しています。
──団体としてかなりご負担が大きいのではありませんか。
平井:
支援者の皆さまの善意に支えられてなんとか寄付で成り立っていますが、正直ゼロが二つ足りないという状況です。
カウンセリングは一人の方と時間をかけてじっくり向き合うのが基本です。すぐに目に見えて結果が出るわけではなく、一方で時間とお金がかかるので、なかなか一般的な理解を得るのが難しいところもあると感じています。
(2019年11月に開催された定期総会。各部門の活動報告や予算案など次年度の支援に向けて話し合った)
(ロンドンにある、虐待を受け子どもや発達障害の子どもの心理治療で世界的に有名な治療機関「タヴィストック・クリニック」に留学していた平井さん(写真右)。「左隅に映っているのが訪英中の小此木啓吾先生、真ん中は同じ留学仲間の田中先生です」(平井さん))
──日本の児童福祉や教育において、発達障害のある子どもや虐待を受けた子どもへの支援の現状はどうなっているのでしょうか。
平井:
私たちは児童養護施設や母子寮に入所している子どもにも心理療法で支援を行っていますが、こういった場所にも大抵心理士が勤務しています。ただ、例えば児童養護施設の場合、虐待を受けた子どもが圧倒的に多いのですが、大人数の子どもがいる中で、一人とじっくり向き合うにはどうしても限界があります。
そもそも施設養育自体に無理があるのではないかと思っていまして、臨床心理の分野でも、子どもは特定の養育者に愛情をかけられて育てられるのが大切で、それを通じて人間的な感性が育まれるということがいわれています。
コミュニケーションをとること、人とつながっていくこと、自分や相手の思いを知っていくことは、人間関係の中でしか育まれていきません。国の施策として里親養育に移行する方針を打ち出していますがなかなか進んでいません。こうした中、施設で育たざるを得ない子どもはまだまだたくさんいますが、今の体制では必要なケアを十分に受けらないというケースも少なくありません。
──なるほど。
平井:
また、児童養護施設にいる間、国からお金が出てカウンセリングを受けることはできても、18歳になって施設を出た後にカウンセリングを続けられなくなったり、一般家庭にいる心のケアが必要な子どもが経済的な事情からカウンセリングを受けられないなど、課題はたくさんあります。
──既存の枠組みに限界があるのですね。
平井:
そうですね。児童相談所や学校も努力していますが、どうしても一定の枠組みの中でしかサポートできないというところがあります。社会や家族のあり方が複雑化する中で、いろんなケースに遭遇します。支援を必要としている子どもやご家族はたくさんありますが、既存の児童福祉や教育、医療のサービスでは十分な支援を受けられなかったり、支援の網の目から抜け落ちてしまったりということも少なくありません。そこに対して、私たちが受け皿となって支援していくことができればと思います。
(「子どもたちは遊びを通して心の中の何かを表現し、それを共に考えてもらうことで、自分の心について、人の心について知っていくことができるようになります。それは、発達障害を持っていても、虐待を受けていても時間をかけて取り組んでいくことができるものです」(吉岡さん))
──読者の方に向けてメッセージをお願いできませんか。
平井:
発達障害とか虐待と聞くと、遠くの出来事のように思われる方も多いのではないかと思います。しかし、実は私たちの身近にあるものだということを知っていただけたらと思います。
子どもは一人ひとり違うし、家族のかたちも一つひとつ違う。表面だけを見ると「問題があるかないか」しか見えませんが、一人ひとり話を聞いて詳しく見ていくと、皆それぞれ同じように悩みを持ち、困難にぶつかりながらも懸命に生きている人間だということがわかります。皆何も変わらない、同じDNAを持った人間なのです。もし行き違いが生じたら、時間をかけて話し合っていくしかない。それがカウンセリングであり、セラピーなのです。その枠組みを作る手助けをしてくださったら嬉しいです。
(2019年7月、京都市左京区にて『つどいの広場 ぴーちくぱーちく』さんと子育てセミナーを実施。「専門家だけでなく、子育て中の保護者の方々への支援も大切です。サポチルと一緒にセミナー開催したい人たちからのお声掛けもお待ちしています!一緒に子ども達のことを考えましょう」(吉岡さん))
──最後に、今回のチャリティーの使途を教えてください。
吉岡:
発達障害のある子どもたちや虐待を受けた子どもたちへの心理療法、またその親御さんにコンサルテーションを提供するための資金として使わせていただきたいと思っています。先ほどもお伝えした通り、虐待を受けた子どもの場合は1回のカウンセリング料を全額、発達障害のある子どもの場合は5000円のうち3000円を団体が負担しています。心のケアを必要としている子どもに心理療法を届けられるように、ぜひチャリティーアイテムで応援いただけたら幸いです。
──貴重なお話をありがとうございました!
(海外から講演に訪れた世界乳幼児精神保健学会の創始者ロバート・エムディ先生と、アン・レヴィ先生を囲んで。「これからも専門性の高い支援を子どもたちに届けることのできる団体として頑張っていきます!」)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
お二人のお話をお伺いしながら、子どもへの心のケアの必要性を痛感しました。幼い子どもが虐待で亡くなるニュースだけでなく、親が成人した引きこもりの我が子に手をかけて殺害したり、親と疎遠だった子どもが殺人を犯してしまったり、殺伐としたニュースが後を絶ちません。
出来事や経験はなかったことにはできません。しかし、もしそうなる前に、親子が少しでもわだかまりを溶かせるような場があれば。傷が少しでも癒やされる場があれば。もしかしたら結果は違っていたのかもしれない。そんなことを思いました。
・NPO法人子どもの心理療法支援会(サポチル) ホームページ
森の中で動物たちが思い思いに過ごしています。動物は子どもたちを、森は子どもたちを見守り、安全して過ごせる場を提供する社会を表現しました。
“Caring society for children and families”、「子どもたちとその家族にとって、思いやりのある社会」というメッセージを添えました。
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