女性の社会進出や晩婚・晩産化が進み、「結婚して、家庭に入って子どもを産む」というこれまでの女性のあり方も、多様な背景によって大きく変わりつつあります。
一方で、まだまだ知られていないのが「不妊」に関すること。5.5組に1組のカップルが不妊の検査や治療を受けており、推定で50万人もの人が、不妊に関する何らかの治療を受けているとされています。
「結婚したら、自然と子どもを授かるもの」という意識があるために、不妊治療への理解を得づらかったり、周囲へ話すことが難しかったり…孤立してしまう人たちがいます。そしてまた、女性自身の『結婚して、子どもはいつか欲しいかな』という漠然とした認識が、本人やパートナーとの将来設計に大きく影響してくることもあります。
「働く女性が増えていますが、妊娠を望むのか望まないのか、もし妊娠を望んだ場合に、年齢的なリミットや不妊の可能性があるといったことに、前もって向き合う方はまだ多くない」と話すのは、今週、JAMMINが1週間限定でコラボするNPO法人「Fine(ファイン)」理事の野曽原誉枝(のそはら・やすえ)さん。
「不妊は特別なことではありません。現在不妊治療をしている人だけでなく、過去に不妊で悩んだ方、そして未来に不妊で悩むかもしれない方にもサポートしていきたい」というご活動について、話を聞きました。
(お話をお伺いしたFine理事の野曽原さん)
NPO法人Fine(ファイン)
不妊が特別なことではなく普通に話せる社会の実現に向けて、不妊治療を受けることや夫婦二人の道を選ぶこと、自然に授かる日を待つこと、養子や里子を迎えることといった不妊に関わるすべてのことを「ごくありふれた普通のこと」にするために、現在・過去・未来の不妊当事者へのサポートに加えて、国への提言、企業や行政、広く一般の人たちに向けて不妊の啓発活動を行っている。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
(年に一度開催される不妊当事者のお祭り「Fine祭り」会場での一枚。「みんなひとりぼっちじゃないよ、仲間もたくさんいるし、サポーターもいっぱいいるんだよ!」ということをたくさんの人に伝えたいので「お祭り」です(野曽原さん))
──貴団体のご活動について教えてください。
野曽原:
不妊で悩んでいる当事者をサポートを中心に、当事者以外の広く一般の方たちにも不妊の現状や課題を知ってもらう啓発活動を行っている団体です。
当事者が集まって話せるおしゃべり会を開催したり、私たちが認定した不妊ピア・カウンセラーによる一対一やグループでのカウンセリング相談を行っているほか、アンケート調査を実施して不妊の状況や当事者の課題を把握し、それを広く世に伝えたり、国へ要望書を提出したりもしています。
また、企業の管理職の方に不妊のことを知ってもらうための講座なども開催しています。不妊で悩んでいる方の負担を軽くするためには、当事者へのケアだけでなく、周囲の方たちに不妊について正しく知ってもらうことが大切だと考えています。
──取り巻く環境も変わっていく必要があるということですね。
(不妊治療と仕事を両立できる職場づくりを進めるために、東京都が企業の取り組みを後押しする「働く人のチャイルドプランサポート事業」のセミナーの様子。企業の人事部、総務部、ダイバーシティ関連部門の方を対象に実施。不妊治療の現状を知っていただき、不妊治療と仕事を両立するために当事者が困っていること、企業に求めていることなどを説明し、不妊という状態が身近にあるということへの理解を深めてもらう)
(「Fine祭り2018」にて、専門家による相談会の様子。不妊症看護認定看護師や認定臨床エンブリオロジスト(胚培養士)など専門家が集合し、個別に当事者一人ひとりの悩み相談に応じる)
──不妊であること、不妊治療をしていることは公言しづらく、なかなか当事者以外の方が知るきっかけはないのではないかと思います。当事者の方にはどんな負担があるのでしょうか。
野曽原:
4つの負担があると考えています。
一つが「精神的な負担」です。「子どもを授かれないかもしれない」という不安もあるし、治療を進める上でのパートナーとの意見の食い違い、治療をがんばっている中でも「子どもはまだ?」という周囲からの期待や、治療を周囲に理解してもらえないことに対しても、精神的に大きな負担がかかります。
二つめが「身体的な負担」です。治療のための投薬や注射は、めまいや吐き気などの副作用もあり、体への負担となります。
三つめが「経済的な負担」です。ほとんどの不妊治療は自由診療なので保険適応外となり、金銭面でも大きな負担がかかるのです。
(当事者が語り合う「おしゃべり会」の様子)
──具体的にどのぐらいの金額がかかるのですか?
野曽原:
私たちが実施した「不妊治療と経済的負担に関するアンケート2018(2018年9月18日〜2019年1月31日実施、詳細→http://j-fine.jp/prs/prs/fineprs_keizaiteki_anketo2018_1903.pdf」から、人工受精は1〜5万円/回、体外受精は30〜50万円/周期、顕微授精(※)は50〜80万円/周期ほど費用がかかったという現状が見えてきました。しかし、不妊治療を受けたからといって必ず子どもを授かるわけではありません。
不妊治療は、タイミング両方から人工受精、体外受精、顕微授精へと進め、長い方だと10年ほど継続して、あるいは断続的に受けるケースもあります。
ここ数年、芸能人の方が不妊治療で子どもを授かった報道を見て、「不妊治療をすれば、子どもを授かることができる」と思っている20代の方も多いのですが、これは正しくありません。不妊治療にも年齢というハードルがあって、いつから始めるのかによって治療の結果は変わってきます。
(※)顕微授精…顕微鏡下で、精子を直接卵子に注入して受精させる方法。「細胞質内精子注入法(ICSI)」と呼ばれる
(生殖補助医療、ART(Assisted Reproductive Technology)の妊娠・生存・流産率を表したグラフ(Fine提供))
──そうなんですね。
野曽原:
四つめが「時間的な負担」です。
特に体外受精や顕微授精を受ける場合、女性の毎月の生理周期、すなわち卵子の成長度合いに合わせて治療を行います。働きながら治療を受けている女性は、卵子の成長状態によって急に「二日後来てください」などと言われることがあります。不妊治療の特性上あらかじめ日程の調整や確定が難しく、急なスケジュール変更を余儀なくされ、仕事の調整が必要になったり、急な休暇を取ることで職場での理解を得ることが難しい場合も多くあります。
(高校生や大学生など若い世代に対し、妊娠・不妊等への正しい知識の啓発を目的として製作、横浜市が発行した『早わかり 妊娠・出産My Book』。「これから社会に出る若い世代にとって、妊娠・出産、ましてや不妊は、まだ縁遠い話に感じているかもしれません。しかし、人生のキャリアデザインを考えるとき、妊娠・出産は大きな出来事の一つです。望めばいつでも子どもを持てるというわけではないこと、妊娠・出産には年齢的な限界があることや高齢妊娠・出産のリスクなど、知っておいてほしい。そうしたことを、現代的なイラスト・マンガを用いて、親しみやすく表現しました。イラスト・マンガは、読者層と同世代の総合学園ヒューマンアカデミー横浜校の学生が担当し、横浜市×学生×Fineの連携で製作にあたりました。冊子は、横浜市内の高校、大学・専門学校など教育機関と連携して、学生への配布や授業などでの活用の協力を呼びかけられています。詳しくはこちら→https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/kodomo/2014/20150318-028-20777.files/0002_20190327.pdf)
(対面カウンセリングの様子)
野曽原:
当事者へのサポートとして、全国各地でおしゃべり会などを開催しているほか、私たちは2004年の会設立当初より、当事者支援の一つとしてカウンセリング事業を行ってきました。
私たちが主催している「不妊ピア・カウンセラー養成講座」を終了した、自身も当事者であるFine認定ピア・カウンセラーが現在131人おり、全国13カ所で電話、あるいは対面によるカウンセリングを行っています。一対一でのカウンセリングのほか、グループカウンセリングも行っています。
──どのようなカウンセリングなのでしょうか。
野曽原:
当事者の方に、妊娠に向けて「こうしたらどうか」とか「こういうのがいんじゃないか」といったアドバイスや情報提供はしていません。同じ経験がある当事者だからこそ、傾聴し、寄り添い、ご本人が本当に困っているのは何なのかを一緒に探っていきます。
そのためには、カウンセラー自身が自分の体験や気持ちをきちんと整理できているか、落とし込めているかが大きなカギになります。そうでないと、カウンセリングをしているうちに自分の思いが蘇り、カウンセリングを続けられなくなってしまうからです。
(第15期「ピア・カウンセラー養成講座」の様子。受講者は孤立しがちな不妊当事者の心のサポートをめざして、心理的な知識とカウンセリング技術を学ぶ)
──カウンセラーの養成講座も実施されていますね。
野曽原:
はい。心理やカウンセリングの専門家を講師に招いて、eラーニングと実践からカウンセリングに必要な知識と技術を学ぶ「不妊ピア・カウンセラー養成講座」を主催しています。不妊治療のことやカウンセリングに際しての細かい知識を学びながら、ロールプレイングをものすごくたくさんやります。また、徹底的に自分の経験を言葉にして理解して落とし込んでいきます。
養成講座を受講する方の中には、自分のつらかった経験や治療、その時感じた思いが蘇って心が乱れたり、「つらくてこれ以上続けられない」という方も出てきてしまう場合もあります。しかし学んでいく中で「なぜ、自分はあの時つらかったのかがわかった」、「何を求めていたのか、自分を知ることができた」という声が多いです。
──不妊の経験を通して、自分自身と向き合う場でもあるのですね。
野曽原:
そうですね。
本当のゴールは、子どもの居る・居ないに関わらず「それぞれがどんな状態や環境を幸せと感じるか」であり、「自分たちカップルの幸せとは何か」「何を求めているのか」を知ることではないでしょうか。
たとえば「子どもが欲しい」という思いの中にも、「血縁関係に関わらず子どもを育てたい」という方もいれば、「パートナーと血の繋がった子どもを育てたい」という方もいます。それぞれの思いを丁寧に紐解いていくことで本当の望みや課題が見えてきて、例えばパートナーと話し合うことが必要なのか、それとも里子を迎え入れることなのか、次のアクションや選択肢も見えてきます。漠然と思っていること、悩んでいることを丁寧に細かくみていくことが大切だと考えています。
(Fineのスタッフの皆さん。「Fineのスタッフはみんな当事者。子どもがいたり、いなかったり、環境もそれぞれです」(野曽原さん))
(企業での不妊に関するセミナー(管理職向け)の様子。初めて耳にする話に戸惑う男性も少なくないという)
──当事者の方たちを取り巻く環境はいかがですか?
野曽原:
データによると、1995年に不妊治療によって生まれた赤ちゃんが320人に一人だったのに対し、2016年には18人に一人となりました。これだけ不妊治療が身近になっているにも関わらず、多くの人が未だ不妊や不妊治療を「特別なもの、センシティブなもの」と捉えています。
(ARTで生まれた子どもの数の推移(Fine提供))
──なかなか、現在進行形で治療を受けている当事者の方が自ら手を挙げて「不妊治療を受けている」とは言いづらいような環境があるのではないですか。
野曽原:
そうですね。周りの人にどう受け止められるか、その反応が怖いと感じる方は少なくありません。そこにはやはり、不妊であること、不妊治療を受けていることが「人と違う」とか「特別な人」という意識があるからだと思います。
──なるほど。
野曽原:
当事者の中には不妊について「触れられたくない」と思う方もいらっしゃいますが、働きながら不妊治療を受けている方がいた場合、治療のために急に仕事を休む必要が出てきたりして、周囲に迷惑がかかってしまうこともあります。
勇気を出して上司に伝える、日頃から職場内での関係性を良くする、自分の業務を周りに共有するなど、突然の休暇にも対処できる環境作りも必要だと思います。周囲の理解と協力を得ながら働き方や意識を変えることで、お互いに負担が減るというケースも少なくありません。
当事者が不妊治療していることを職場で伝えられず、居づらくなって仕事を辞めてしまったら、その人にとって自身のキャリア断絶になるし、企業側にとっても貴重な人材流出という損失になります。
不妊は決して特別なことではありません。不妊や不妊治療を正しく理解してもらうこと・理解すること、当事者と社会の両方の歩み寄りがあってこそ、よい良い方向に進んでいくのではないかと思いますね。
(不妊治療費に対して国からの補助があるデンマークの国会議員との情報交換会にて。日本の不妊の現状について講演を行った際の一枚)
(治療の末、子どものいない人生を歩んでいる方を対象にした会「Fine Spica(スピカ)」。当事者が集まり、食事などを楽しみながら気兼ねなくおしゃべりする時間を提供している)
野曽原:
企業で管理職の方たちに向けて、不妊や不妊治療に関する講義をさせてもらうことがありますが、特に60代以上の方には「センシティブなことを公の場で話していいの?」という印象の方もいらっしゃいます。「不妊治療の話なんだけど、それって夫婦生活の話でしょう?そこに周囲は踏み込めないでしょう」と、妊娠や不妊を「性」という角度から捉えている人も多いようです。
でも、今は不妊という状況が身近にあること、自分の周りにも不妊治療を受けている人がいることを『知る機会』がなければ、「まだ子どもできないの?」「なんでいつも休むの?」「そこ(治療)までして子どもが欲しいの?」などの言葉で、無意識に当事者を傷つけてしまうかもしれません。
企業に限らず、日常生活でも同じことが言えます。
例えば近い親族から「どうしてあなたは授からないのかしらね?」「子どもはまだ?」という言葉は、本人はそのつもりがなくても、相手を傷つけてしまう可能性があります。
「治療して、すごくがんばっているんだけど、できないこともある」ということが、なかなか理解してもらえない難しさがあると思います。だからこそ、まずは不妊という状況が身近にあるんだということ、不妊は特別なことではないんだということを知って欲しい。そう思っています。
(国が作成した、不妊治療をしていることを上司や職場に伝えるための「不妊治療連絡カード」。言葉で伝えるのが難しい時にサポートになる)
(自らも不妊治療の当事者であり、Fineの名誉会員第一号でもある野田聖子衆議院議員へ「不妊患者の経済的負担の軽減を目指すための署名と要望書」を提出)
──野曽原さんは、どうしてこのご活動を始められたのですか?
野曽原:
私は、フルタイムで管理職という立場で6年間の不妊治療を経て、44歳で出産しました。子どもがなかなか授からない状況はつらかったのですが、私自身は何がなんでも欲しいと思っていたわけではなく、治療をしながらも「もう、やめたいな」と思っていました。
治療のたびに仕事のスケジュールを調整したり、夫との気持ちのすり合わせ、いろんな葛藤がありました。でも不妊治療は二人で始めたことだから、私が嫌だという理由で一方的にはやめられないと思っていました。
時には治療より仕事を優先することもありましたし、体外受精のための採卵も春と秋の2回と数を決めるなど、二人で話し合いながらの治療でした。毎回「次も(治療を)やるか、やらないか」の話をしましたし、異なっている二人の思いをどこでどう折り合いをつけるのか、納得するまで話し合っていました。夫も大変だったと思います(笑)。
不妊治療をしていた当時、Fineのことはホームページを見たことがある程度だったのですが、出産を終えたあと、同じように仕事と治療の両立や夫婦のコミュニケーションで悩んでいる方が私の経験を知ってくれたら、何かヒントにしてくれることがあるのではないかと思い、活動に携わるようになりました。
(スタッフの打ち合わせ風景。1ヶ月に1度集まり、新しい活動についてや活動の進捗状況、活動に伴う課題についてなどを話し合う)
(産みたい&働きたい社会を実現するために、妊活および不妊治療の現状をまとめた「不妊白書2018」を日本で初めて発行。「仕事と不妊治療の両立に関するアンケートPart2」に寄せられた5,526人の回答と自由記述欄に寄せられた26,000を超える「当事者の生の声」を集計・分類してまとめた)
──子どもを望む・望まない、治療を続ける・続けない、どんな選択をしていくにしても、最終的なところは本人やパートナーが納得できる「幸せ」を見出すことなのではないかとお話しをお伺いしていて感じました。
野曽原:
Fine理事長の松本亜樹子は、子どもは授からず夫婦二人の生活をしています。しかし、彼女が様々な場所で強く伝えているのは、「今、夫との二人の生活がとても幸せ」、「カップルそれぞれ幸せのカタチがある」ということです。
不妊は特別なことではありません。
自分の幸せとは何か。二人との幸せとは何か。それぞれに異なるその答えにたどり着くお手伝いをするために、今不妊に悩んでいる方、そして過去に不妊に悩んでいた方、未来に不妊に悩むかもしれない方、子どもがいる方にもそうでない方にも、思いを分かち合えたり、正しい知識を得られる場を提供していきたいと思っています。
(スタッフさん手作りの「Fine」の”F”を形取ったリボン。Fine祭りでは、スタッフの皆さんが着用)
(2018年に東京で開催されたカウンセリング公開講座の様子。不妊治療への向き合い方や夫婦のコミュニケーションなど心理ケア中心に、生殖心理カウンセラーの先生を招いて実施)
──今回のチャリティーの使途を教えてください。
野曽原:
活動拠点である東京だけでなく、地方でも当事者や不妊・妊娠に興味がある方たちに向けて不妊のことを伝えていく講座を開催していきたいと思っています。開催を希望する当事者の声もたくさんいただいており、今回のチャリティーは、地方公開講座の開催資金として使わせていただきたいと思っています。
──貴重なお話をありがとうございました!
(「Fine祭り」にて、スタッフ、団体と関わりのある医療関係者の方たちと)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
どこかタブーな不妊の話。あまり意識したことはなかったのですが、考えてみるとそこにはやはり「特別なこと」「触れてはいけない、センシティブなこと」という暗黙の了解があるように思います。でも、ベールで包まれているが故に、苦しんだり傷ついたりする人がいるのだとしたら、どうでしょうか。
不妊に限らず、様々な思いや悩み、特性や個性を持つ一人ひとりが「自分はこうなんだ」と言い合えること、そして認め合い、理解し合える未来をつくっていくことが大切だと感じました。
「ありのままの自然な心」という花言葉を持つペチュニアの花を流れるような躍動感あふれる文字と共に描きました。
不妊治療を受けること、夫婦二人の道を選ぶこと、養子や里子を迎えること…、不妊に関わるすべてのことがごく普通のありふれたこととなり、女性一人ひとりが自由に生き生きと輝ける社会の実現への思いを込めています。
”Be your own kind od beautiful”、「あなたらしい美しさ」というメッセージを添えました。
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