2004年9月、栃木県小山市で、4歳と3歳の幼い兄弟が同居男性から暴行を受けた上、川に投げ落とされ死亡するという事件がありました。
「当時小山市で発生したこの事件を、自分の住む町でいつ起きてもおかしく無いと感じた」。そう話すのは、今週、JAMMINが1週間限定でコラボキャンペーンを展開する「NPO法人だいじょうぶ」代表の畠山由美(はたけやま・ゆみ)さん(57歳)。
畠山さんは、この事件の後、虐待を受ける当事者や家事育児が困難な親を支援すべく、市民有志と共に団体を立ち上げました。
「虐待を受ける子どもが傷ついているのはもちろんだが、育児で疲弊し、このままだと我が子に手をあげてしまう、と危機感を抱く親御さんもいる。子どもに必要な養育がなされていないという事実を知り、彼らの居場所を作りたかった」と話す畠山さん。家庭で暮らすことが困難な状況にある子どもたちを、里子としてこれまでに17人、家庭に迎え入れてきたお母さんでもあります。
活動について、詳しいお話をお伺いしました。
(お話をお伺いした畠山さん)
NPO法人だいじょうぶ
子どもへの虐待防止を目的に、2005年に設立されたNPO法人。「生まれてきてよかった」「生きるって幸せ」と実感できるために、傷ついている子どもたちに寄り添い、行政、民間の様々な機関と連携し、子どもの人権を守るために活動している。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
(子どもたちが自分の気持ちをカードで表現することも。「かなしい」、涙のカードを選んだ少年)
──今日はよろしくお願いします。まずは、だいじょうぶさんのご活動について教えてください。
畠山:
私たちは子どもの虐待を防止するために活動しています。
「同じ日本に、こんな子どもたちがいるなんて」と驚かれることさえあるのですが、季節外れのサイズの合わない服、穴の空いたボロボロの靴を履き、お風呂にも入らずボサボサの頭で学校へ通う子どもたちがいます。上履きは、真っ黒です。
活動のひとつは、虐待の早期発見・解決のための電話や面談による相談事業。活動拠点である地元の地域では、24時間の電話相談窓口を設置しています。「夜、一人で家に居て不安になった」「子どもに手をあげてしまいそうだ」といった相談が、毎月3〜40件ほどあります。内容によっては会ってお話を聞き、行政とも連携しながら既存の支援へとつなげています。
(電話相談に対応しているところ)
畠山:
もうひとつは、虐待や育児放棄の疑いがある家庭の子どもたちのための放課後支援「Your Placeひだまり」と、頼るあての無い母子の託児所「キッズルーム」をいずれも無料で運営しています。
さらに、虐待を未然に防ぐために、訪問事業、子育てや虐待に関する啓発活動、支援のネットワークづくりにも力を入れています。
(だいじょうぶが運営する子どもたちの居場所「your placeひだまり」の日常の光景。座卓をかこんでみんなでボードゲームをしているところ)
──虐待や養育困難などは、なかなか外から判断できない部分があり、介入が難しいところもあるのではないですか?
畠山:
そうですね。介入できればまだ良いのですが、もっと深刻なのは、家庭訪問しても親御さんに会えず、話ができない場合です。
明らかに家でご飯を食べていない子ども、何日もお風呂に入っていない子ども、季節を問わず毎日同じ服を着ている子ども…。そういった子どもやご家庭に声をかけ、「Your Placeひだまり」に足を運んでもらうようにしています。
(「your placeひだまり」の食事は、スタッフが毎日愛情を込めて手作り。この日の晩御飯はロールキャベツ)
──「お子さんにご飯を食べさせていませんよね」「暴力を振るっていませんか」と指摘すると、拒否や反発もあるのではないですか。
畠山:
極端な話、学校にいる間、子どもの命は守られるんですね。子どもたちが強制的に行政の保護の対象になるのは、安否確認ができなくなった時点です。でも、それでは遅いこともたくさんあります。もっと手前の段階で虐待を防ぐには、親御さんから「ダメ」とか「うちは問題ない」といわれてしまうと、私たちとしてはどうすることもできない。
子どもたちの通う学校や幼稚園とも協力しながら、単発のイベントに誘ったりして徐々に「ここは毎日遊びに来られるんだよ」などと話をして、本当に少しずつ、支援が必要な子どもたちとつながっていった、という感じです。
──そうなんですね。
畠山:
「Your Place ひだまり」は、子どもの居場所として、無料で放課後支援をしています。コンセプトは、「身内のように、家族のように」。
養育困難家庭にある子どもたちをお風呂に入れたり、一緒にご飯を食べたり、外で遊んだり、宿題をしたり…。何か特別なことをするわけではないですが、家庭で居場所を見つけづらい子どもたちの居場所として、第二の我が家のような存在になれたらと思っています。
(夕食づくりを手伝う子ども達。家庭では当たり前のこんな光景や環境が、自分の家に帰ると全くないという子どもたちがたくさんいる)
(真っ黒だった中学2年の女の子の通学シューズ。左がスタッフが洗う前、右が洗った後)
──子どもの虐待や育児放棄のニュースを目にするたびに胸が痛みます。ただ、ニュースにはならなくても、追いつめられている子どもたちはたくさんいるのではないかと思います。現場ではどんなことが起きているのでしょうか。
畠山:
たとえばあるご家庭を訪問した時、歯ブラシも歯磨き粉もありませんでした。「歯を磨く」という習慣自体がなかったんです。台所にはお膳どころか食材も何もなく、お金が入った時だけコンビニで何かを買ってきて食べる、という生活を続けてきたそうでした。
また別の家庭では、「ご飯が作れない」という若いお母さんに、2歳になる子どもがいました。食事をとらず清涼飲料水やお菓子ばかり摂取しているせいで、生えたての乳歯がすべて虫歯でした。
ある中学校を訪問した時には、髪の毛がベタベタでにおいもある女の子に出会いました。少し話をさせてもらった際に「お風呂に入っている?」と聞くと、「入っている」と答えたのですが、後でわかったのは、実は誰からも頭を洗うことを教わったことがなく、シャンプーを泡立てることや、洗い方を知らなかったということでした。
(ある日の夕食の風景。この日の献立は子どもたちの一番人気「唐揚げ」!)
──当たり前のようで、生活習慣の中で身につけていることはたくさんありますね。
畠山:
大切なのは、「生活の基盤」を築いていくこと。
子どもたちがゆくゆく大人になり親になった時、必ず必要になってくるものです。
みんなで「いただきます」と手をあわせて食卓を囲むことや、体をいたわった食生活、季節の行事やお祝い事を共に祝うこと、互いに支え合うこと…。
本来であれば何気ないはずの日常を、やがて自分の子どもにも伝えられるように、生きる上で必要な生活習慣や人間関係に、支援を通じて触れてほしいと思っています。
(皆でピクニックに出かけた時の1枚。大きい子が小さい子の面倒を見てくれたりと、年齢に関係なく皆が親しく過ごす)
──「Your place ひだまり」について、詳しく教えてください。
畠山:
「Your Place ひだまり」は、小学生〜高校生の放課後支援と、親や家族を頼れないお母さんたちが乳児〜幼児を預けられる託児所「キッズルーム」を運営しています。いずれも利用は無料で、有料の支援を受けることが難しい貧困家庭の子どもたちが主に利用しています。
放課後支援は、放課後、夜家に帰るまでの間、子どもたちが好きなように過ごせる居場所。現在、19名ほどが在籍しています。夜ご飯を一緒に食べてお風呂に入るだけでなく、それぞれの家庭にあわせて衣類の洗濯や着替えなどもしています。
──洗濯もですか?
畠山:
「洗濯は自宅でやるので大丈夫」という家庭もあれば、子どもに「家の洗濯物を全部持っておいで」という家庭もあります。
子どもを預かる理由は様々で、経済的に苦しくて親御さんが働いているからなのか、精神的なところでしんどくて寝ていることが多く、家事育児ができないのか、家庭によっても異なってきます。それぞれの家庭に合わせて、必要なサポートをしたいと考えています。
(夏休みなどにはイベントも。川遊びに出かけた際に、滝に打たれてうれしそうな笑顔!)
──通っている子どもたちの親御さんはどんな状況なのでしょうか?
畠山:
生活費を稼ぐために働きたいけれど病気がちだったり、精神的な病が理由で仕事をなかなか続けられなかったり。お金がないのにギャンブルをしてしまうギャンブル依存症や、薬物依存症の親御さんもいます。
いずれにしても、子どもに全部しわ寄せがいってしまう。そのまま子どもが被害を受けるかたちになってしまいます。子どもを通じて家庭の事情がわかれば、事前にどうにか深刻な事態に陥ることを回避できる。虐待を「予防」することができます。
(川遊びに出かけた際、魚のつかみ取りに熱中する子ども達)
(「キッズルーム」にて。プレイルームからキッチンをのぞく子どもたち。「お腹すいた〜!」)
──「キッズルーム」はいかがですか。
畠山:
ここは「母子の居場所」がコンセプトです。
頼れる親兄弟がいない中で子育てをしながら、「今日は気分がすぐれない」「自分に余裕がなく、子どもに手を出してしまいそう」「疲れている」といったSOSは以前から現場でありました。それに応えるために、実はもともと我が家で子どもを預かっていたんです。
たくさんのお母さんからこのような声を聞くことがあったので、育児支援の一環として託児事業も行うようになりました。「一時の自由ができ、心にゆとりができ、子どもにも余裕を持って接することができる」と利用者のお母さんがたに喜ばれています。
私たちの活動はこどもの支援がメインですが、どんな家庭でも、虐待の背景には生きづらさを抱えた親御さんの存在があります。子どもに安定した環境を用意するためには、親御さんも安定し、生活を改善する必要があります。
親御さんも含め家庭をトータルで支援すること、そうして負の連鎖を断ち切っていくことが必須だと感じています。
(地元にある「カーブス」さんのフードドライブで、毎年会員さんから寄せられた食材をいただいている)
(食後に寝転がって、みんなでテレビを観る。「何もなくても当たり前で幸せな日常の時間を、子どもたちに過ごしてもらいたい」と畠山さん)
──きっと、想像を絶するような状況もたくさんあるのではないかと思うのですが、ご活動の中でどういうことを感じられますか?
畠山:
お母さんが子どもの目の前で何度も自殺未遂をする、子どもの目の前で薬物を摂取する、暴力団とのつながり…、子どもの置かれている状況によっては、彼らの身の危険を感じずにはいられないケースがありました。
私たちが預かっている間はまだ良いのですが、「夜家に帰った後、あの子はどうするんだろう」と想像すると、あまりに過酷すぎて居ても立ってもいられないという状況にある子どもたちもいます。児童相談所は、身体的な暴力でないと積極的にその家庭に介入できないという事情があります。しかしそこには至らなくても、虐待を受け傷ついていることは十分あり得ます。
(「だいじょうぶ」は、子育てに苦しさを感じる親の心の回復プログラム「MY TREEペアレンツプログラム」事業も実施している。こちらはそのテキスト。「気持ちの本」と「しつけと体罰」)
畠山:
私の家庭では、家庭で暮らすことが困難な状況にある子どもたちをこれまで17人、里子として受け入れてきました。11人が巣立っていき、現在は6人の子どもたちと一緒に暮らしています。
中には親の虐待で苦労の多い幼少期を過ごし、ひどい状況の子どももいました。親に強い憎しみを抱いていた子もいます。その憎しみが親や社会へ向けられた時、本人は非行の道を歩むことになってしまいます。犯罪者になってしまう可能性すらあります。果たして、それで良いのでしょうか?
子どもには、様々な可能性、パワーが秘められています。一人ひとりが持つ力を良い方向に導いてあげるのが、きっと大人の役割なのではないでしょうか。子どもや家族が自分たちだけで抱え込まない、SOSを自ら出せるような環境を、地域の人たちが助け合い、支え合って作っていくことができればと思っています。
(みんなでわいわい囲む食卓に、自然と笑みがこぼれる。この日の献立はマーボー豆腐)
(「キッズルーム」にて、スタッフと一緒に赤ちゃんを見守るお母さん)
──最後に、チャリティーの使途を聞かせてください。
畠山:
最近、「キッズルーム」を利用する赤ちゃんのお母さんが赤ちゃんの送迎に訪れた際に、「上がってお茶でもどうですか?」とお声がけするようにしています。
「キッズルーム」は支援が必要な乳児の保育を行う施設ですが、お母さんがたもまた、自分の生い立ちの中で心の傷や、孤立した育児の中で日々戦いながら、精一杯子育てをしています。疲れから暗い顔をしていたお母さんが、スタッフとお茶を飲んで笑顔になった姿を見て、小さい赤ちゃんもいい笑顔を見せてくれることがあります。
「キッズルーム」が母子関係の改善の一助となって、将来的な虐待をも防ぐことができればと思っています。
チャリティーは、「キッズルーム」で使用するオムツやミルク、お母さんたちにほっと一息ついてもらうための茶菓子を購入するための資金にしたいと思っています。ぜひ、ご協力いただけたらうれしいです。
──貴重なお話、ありがとうございました!
(「Your Place ひだまり」と「キッズルーム」のスタッフとで記念撮影!)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
なくならない児童虐待のニュース。その度に「どうして防げなかったのか」「どうしたら防ぐことができるのか」、様々な議論が飛び交います。
小さな家庭の中での出来事。家庭の外の誰かが小さなSOSに気づいてあげられることが、解決の一つの糸口につながります。そのためには、地域としてつながること、孤立を生まないことが、大切になってくるのではないかと改めて感じました。「親が悪い」「制度が悪い」と批判をするのは難しくありませんが、身近なところで、社会の一員として一体何ができるのか、そんなことを改めて感じさせられるインタビューでした。
森の中にある小さな山小屋。中からは笑い声が聞こえてきます。
外のテーブルには、先ほどまで誰かがお茶をしていたのでしょうか。ティーポットとカップが。
みんなにとっての「居場所」。「だいじょうぶ」の活動を、山小屋で表現しました。
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