CHARITY FOR

手足だけでなく身体中の自由を奪い、コミュニケーションの自由までも奪う難病「ALS 」を、この世からなくす日まで〜一般社団法人END ALS

もし、あなたの身体が、徐々に動かなくなったら。
歩いたり、寝たり、起きたり、おしゃべりしたり、笑ったり…、そんなことが、全てできなくなってしまう日が来ると宣言されたら、あなたはどうしますか?

今週は、昨年以来二度目となる「一般社団法人END ALS」とのコラボ。

ALS(エー・エル・エス)、筋萎縮性側索硬化症。発症すると徐々に身体のあらゆる場所の筋肉が萎縮し、体を動かすことはおろか、話したり笑ったり、つばをのみこむことすらできなくなり、最終的には自力で呼吸することすら困難になる、原因不明、治療法未確立の難病です。

2010年、31歳を目前にALSと診断された広告プランナーの藤田正裕(ふじた・まさひろ、通称「ヒロ」)さん(38)。彼が、ALSをこの世からなくすために立ち上げた「END ALS」。昨年のコラボでは、1週間で1,000人を超える方たちにチャリティーアイテムをご購入いただき、全国各地から応援の声や励ましの声が届きました。

(中央がヒロさん。元上司や元同僚の皆さんと)

今回、ヒロさんとゆかりのあるALS患者の方に、話を聞くことができました。

今週のチャリティー

一般社団法人END ALS

ALS患者たちへの治療法の確立と患者が可能な限り普通の生活が送れることを目指して設立された一般社団法人。日本だけでなく世界中にALSの認知・関心を高めるとともに、厚生労働省や医療研究機関などに対し、迅速な治療法の確立やALS患者の生活向上を働きかけることを目的に2012年9月に設立。

INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO

「一人で夜、シクシク泣きます」。サッカーチーム・FC岐阜元代表取締役、恩田聖敬さん

まずお話をお伺いしたのは、サッカーJリーグ・FC岐阜の元代表取締役として知られる、実業家の恩田聖敬(おんだ・さとし)さん(40)。現在は、大学の後輩だった坂田勇樹(さかた・ゆうき)さん(37)のサポートをうけながら、「株式会社まんまる笑店」の社長をしています。

(お話をお伺いした恩田さん)

インタビューは、こちらが予め用意した質問をもとに進行しました。

自ら話すことが難しいため、坂田さんが「あ、か、さ、た、な…」と50音を読み上げ、言いたい音で恩田さんが頷き、一文字一文字言葉を紡いでいく口文字というコミュニケーション手段で、時折笑顔を見せながら一つひとつ、丁寧に答えてくださいました。

(テレビ電話を通じてのインタビューの様子。笑顔を見せる恩田さん(左)と、弊社代表西田(右))

恩田さんは2014年4月、35歳という若さでFC岐阜の代表取締役に就任しました。「故郷をサッカーで盛り上げたい」と、様々な取り組みで地元を沸かせ、メディアにも多く取り上げられました。

しかし、代表取締役就任前の2013年末には、体の違和感を感じていたという恩田さん。当時病院で脳検査などを受けるも原因は判明せず、代表就任後の5月、再度検査したところ、ALSであることが判明しました。
翌年の2015年1月にALSであることを公表し、周囲のサポートを受けながら業務を続けてきましたが、2016年4月で取締役を退任しました

──代表取締役に就任し、これからという時にALSの宣告を受けられました。経営者として皆を引っ張っていく立場であり、たくさんの葛藤があったのではないですか。

恩田:
新生FC岐阜に、岐阜県中が盛り上がりを見せる中、私の病気でそこに水を差したくない、という思いから、ALSを公表しないと決めました。

しかし、病状の進行は止まることなく、自由はどんどん奪われ、やるせない思いに苦しみました。

──宣告から半年後の2015年1月にALSを公表し、代表取締役の退任を発表されました。その時「やり残したことはないか」という問いに「やり残したことしかない」と答えられました。その時の思いは?

恩田:
未練タラタラです。

坂田:
恩田が退任する際、「FC岐阜でやりたかったことがたくさんある。」と聞いていました。FC岐阜を続けていくことはできないけれど、でも違うかたちで、地元である岐阜を盛り上げるこができないか。そんな思いから、一緒に仕事をしようと、私に声がかかりました。

──ALSを公表されたのは、なぜですか?

恩田:
その方が、私らしいから。自分を好きでいられる生き方を選択すること。やれることではなく、やりたいことをやる。それが自分らしさだと思っています。

(過酷な病を知ってALSについて考えてもらうため、身体が動かなくなってしまったALS患者がデッサンのモデルをつとめる「I’M STILL/STILL LIFE」。2016年にこの活動を開始したことを知った恩田さんから、恩田さんの地元の岐阜でこのイベントを開催したいとの連絡があり、ご本人がモデルを務めた。2018年のデッサン会の詳細はこちらから

──ALSと診断されて、意識や考え方は変わりましたか?

恩田:
自分自身は、何も変わりません。

以心伝心などない。他人に対する思いのすべて、感謝、怒り、かなしみ、愛情…、すべて、言葉と態度で示さなければ、何も伝わらないのだということを、変わらず、自分の姿勢で示していきたいと思っています。

──END ALSのヒロさんとお会いされたそうですが、どんな方ですか?
印象に残っていることはありますか。

恩田:
ヒロさんのご自宅でお会いした時の目力を覚えています。私にとってはパイオニア的存在で、彼の周りにたくさんの仲間がいることをすごいと思いました。
当時、私もALS患者として、各地で講演をしていました。講演で観客の心をつかむにはどうしたらよいか、その極意を教わりました。

(2016年7月26日、ヒロさんの自宅にて。手前に写っているのが恩田さん、そしてヒロさんを挟んで、後ろに立っているのがTEAM END ALSの大木美代子さん(右)と、恩田さんの秘書の坂田勇樹さん(左))

──その極意とは?

恩田:
「下ネタを使うこと」です(笑)

──アドバイスの通り、実際に講演で使われましたか?(笑)

恩田:
使っていないです(笑)

──恩田さんにとって、ALSとは?

恩田:
「理不尽そのもの」です。
普段は特別な思いはないですが、ひとつ思うのは、「俺、そんな悪いことしたかな?」と…。一人で夜、シクシク泣きます。

──今後、かなえたいことはありますか。

恩田:
治りたいです。

──治せる世の中になるまで、ぜひ生きてください。

恩田:
しぶとく生きます(笑)

──読者の皆さまに、メッセージをいただけませんか。

恩田:
それぞれの皆さまが、自分らしく生きられる社会を目指して、その一助になれたら嬉しいです。

(今回のJAMMIN×END ALSコラボTシャツを着てくださいました!恩田さん(左)と坂田さん(右))

27歳でALS宣告。「一般社団法人WITH ALS」代表、クリエイター・武藤将胤さん

もう一人は、広告会社で働いていた27歳の時にALSと診断された、クリエイターの武藤将胤(むとう・まさたね)さん(31)。
現在は「一般社団法人WITH ALS」という団体を立ち上げ、「コミュニケーション」と「テクノロジー」を融合させるという新たな試みで、ALSを始めとするハンディキャップを抱える人々の未来を変えるために活動しています。

(「WITH ALS」代表の武藤さん)

ヒロさんの存在やEND ALSの活動は、ご自身がALS宣告を受ける前から知っていたという武藤さん。宣告を受けてすぐ、フェイスブックを通じてヒロさんに「会いたい」と連絡を取り、1ヶ月後には会ったといいます。

インタビューは、テレビ会議を通じて、私の質問に武藤さんが口頭で答えてくださるかたちで進行しました。

──ALS宣告を受けた時のことをお伺いしても良いですか。

武藤:
僕の場合は、症状が出だしてから、ALSと診断されるまでに約1年かかりました。
26歳の頃から徐々に症状が出始め、いろんな病院を回りましたが、ALSと診断されることはありませんでした。インターネットで自分の症状を調べるうちに、「ALSではないか」と思うようになり、専門医がいる仙台の病院で診てもらったところ、やはりALSと診断されたので、「やっぱりそうだったんだ」という気持ちが強かったですね。

──そうだったんですね。

武藤:
診断された時は、すごくショックで、頭が真っ白になりました。
仙台から(暮らしている)東京に帰る2時間の新幹線の中で、「なんとか前を向いて東京へ帰ろう、ALSと向き合おう」と思いました。

(武藤さんは、ALS患者をはじめ全ての人が快適に着られるボーダレス・ウェア『01』をプロデュースしたり、若年ALS患者に向けてパーソナルモビリティ(1人乗りの小型の移動支援機器)『WHILL』のカーシェアプロジェクトを実施したりと精力的に活動している)

──とても前を向こうと思える状況ではなかったのではないですか。

武藤:
家族や仲間のことを考えましたし、当時の彼女、現在の妻とは結婚を考えていたタイミングでした。周りの人に心配をかけたくない、自分が少しでも前を向いて戻らなければならないという思いがありました。強がりでもいいから、なんとか前を向いて帰ろう、と。

ALSであることがわかり、生きるのが限られた時間だとすると、何に自分の時間や人生を費やすべきなんだろう?と考え、原点回帰をしました。
そして「ALSと闘う仲間、ハンディキャップを抱えた人の未来を、テクノロジーを使って明るくすることが、自分の使命なんじゃないか」と感じたんです。

仙台へは、父と一緒に行っていました。新幹線が東京に着く前に、「ALSのために活動する」と両親に宣言したのを覚えています。

(武藤さんは2016年10月7日より、J-WAVEで「WITH」というレギュラー番組も担当。「ALS患者の方も含めた人生のハンディキャップを持った方や、様々な悩み・憂いを抱えた全ての方にエールを送ることが出来れば」と話す。毎回様々なゲストを招き、「限界を作らない生き方」を伝える)

──その後、ヒロさんにすぐ連絡をとられたんですね。

武藤:
真っ先に会いに行きました。僕にとってヒロさんは、広告業界で働く先輩であり、ALS患者としての先輩です。
「チャレンジしたい」と伝えたら、「一緒にがんばろうぜ」と語りかけてくれました。背中を押してくださった大切な方です。

ヒロさんは、同じ目標に向かって走っている仲間。必ず、【END ALS】の未来を一緒に作りたい。その未来まで、【WITH ALS】、どうやってこの難病と共に生きていく未来を提示できるかが、僕たちの使命だと思っています。

(2015年6月、広告会社の垣根を超え、ALS啓発コマーシャルを制作した時の制作発表での一コマ。ヒロさん(前列中央)と武藤さん(後列右))

──武藤さんにとって、ALSとは?

武藤:
「強敵だけど絶対に逃げたくない相手」です。
どれだけ自分がALSと向き合い、乗り越えていけるか。常にそのことを考えています。患者もその家族も、みんなそれぞれの立場でALSと向き合っている。逃げても、始まらない。向き合って、先手先手でどう乗り越えていくのか、みんなと相談しながら、一歩一歩進めていけたらと思っています。

──ALSが進行すると、自力での呼吸が困難になります。
気管切開手術を受け、人工呼吸器を装着して長期的な痛みに耐えながら生き続けるか、気管切開手術を受けず、そのまま人生を終えるかの選択を迫られます。日本では、ALS患者の7割が呼吸器装着を選ばないという現実がある中で、武藤さんが代表を務める「WITH ALS」のホームページで、気管切開手術を受けることを決めたと発表されました。

武藤:
ALSの宣告を受けた日以上に、この手術を決めなくてはいけない日はつらかったです。延命手術を受けることで、家族に負担をかけてしまうのではないかという葛藤がありました。

でも、この手術がイコール終わりを表しているわけではない。これは僕が、挑戦し続けていくための選択。ヒロさんもそうだし、これまでの偉大な先輩たちも、手術を受けてから精一杯の挑戦をした人を、僕はたくさん見ています。

(視線の動きを使ってDJ/VJ活動もしている武藤さん。メガネ型デバイス『JINS MEME』を活用して、「EYE VDJ」として、目の動きだけでDJ/VJを同時にプレイする。「NO LIMIT, YOUR LIFE」、ALSであっても自分らしく生きたいと限界に挑戦し続ける)

──その挑戦へのモチベーションは、どこから来ているのですか。

武藤:
自分の姿を皆さんに見てもらって、「こういう生き方があるのであれば、もしかしたら自分も生きていてもいいのかも」と思う方が一人でもいるのであれば、すべてをさらけ出したいと思っています。

未来に希望が持てるか否かで、選択は変わってくる。希望を信じて、メッセージを届け続けたいと思っています。

──…(泣)。どうしてそんなに強くなれるのですか。

武藤:
僕も一人の人間なので(笑)、浮き沈みはあります。悩む時もあります。でも、挑戦をすることが僕にとっての使命だと今は思える。

一度きりの人生を、後悔はしたくない。全力で、この瞬間にできることをやるだけです。ALSであっても自分らしい生き方や人生を歩めるよう、テクノロジーの力でサポートしていくというのが、僕のミッションだと思っています。

──最後に、これを読んでいる読者の方へ、メッセージをお願いできますか。

武藤:
「アイスバケツチャレンジ(※)」が流行った2014年に、僕はALS宣告を受けました。このおかげでたくさんの方がALSを知り、寄付も集まりました。でも、決して一過性で終わらせてはいけないと思っています。

ヒロさんと同じく、僕は ALSが必ず治ると信じています。一人でも多くの仲間と、その未来に向けて、「KEEP MOVING」。一緒に取り組んでいきたいと思っています。

(※)…アメリカでスタートした、ALS治療の研究支援のため、バケツに入った水を頭からかぶる、あるいはALS協会に寄付する運動。SNSを通じ世界各国に広がり、社会現象となった。

(JAMMIN×END ALSコラボTシャツを着てくださいました!奥さまの木綿子さんと)

お二人から受け取ったバトンを、次につないでいきたい

(2018年5月、毎日のようにサッカーを練習したグラウンドの前で写真に収まるヒロさん)

時折満面の笑顔を見せながら、一つひとつの質問に丁寧に答えてくださった恩田さん。余談で岐阜FCやサッカーの話をしていた時、本当にうれしそうな姿が印象的でした。

たとえALSになっても、自分らしく生きる後ろ姿を周りの人たちに見せることで、可能性を示していきたいという変わらない思いに、恩田さんの経営者として、そして一人の人間としての強さを見ました。

パソコン越しに常にこちらを気遣ってくださり、柔和な笑顔としっかりとした口調でインタビューに答えてくださった武藤さん。一つひとつの答えの後ろに、武藤さんの優しさと葛藤、そしてそれを凌駕する、挑戦への強い覚悟を感じました。

私が同じ立場だったら、こんなに他人のことを思いやれるだろうか?こんなに強くなれるだろうか──。「生きていく」こと。そのために、挑戦をやめないこと。 ALSをこの世からなくすために、お二人から受け取った思いを、必ずこの先とつないでいきたいと、強く感じるインタビューでした。

(2018年4月、TEAM END ALSのメンバーと花見会議)

ヒロさんは、“TLS”「完全な閉じ込め状態」の恐怖と闘っている

(2018年5月、中学校の同窓会で久しぶりに母校へ。同級生の皆さんと)

ヒロさんがALS宣告を受けてから、今年で8年を迎えます。最後に、ヒロさんの近況を、TEAM END ALSの大木美代子(おおき・みよこ)さんにお伺いしました。

大木:
病状の進行により、大半の場合、最終的には目しか動かなくなり、それが最後のコミュニケーション手段となります。

中には身体中の筋肉だけでなく目さえも動かなくなることもあり、その状態は“Totally Locked-in State(TLS)”「完全な閉じ込め状態」と言われています。ヒロは今、まさしくTLSの恐怖と日々闘っています。

チーム一同、なんとかこの残酷な状況から1日も早くヒロを救いたい、救ってほしい。せめて脳波を活用してコミュニケーションが自由にできる機器の開発だけでも進んで欲しいと切に願っています。

(4月17日、ヒロさんは所属するマッキャンエリクソン プランニング本部のチームミーティングに出席した)

チャリティーは、ALS啓発のための活動費、治療法確立のための研究費になります!

最後に、今回のチャリティーの使途を大木さんにお伺いしました。

大木:
今回チャリティーは、ALSを終わらせるため、一人でも多くの方にALSを知っていただくための活動費と治療法確立に向けて研究を続けている、京都大学iPS細胞研究所等の機関へ研究費として届けたいと思っています。

ALSを1日でも早くこの世からなくすため、ぜひチャリティーにご協力ください。

(2018年1月、TEAM END ALSの皆さんと。ALSを終わらせるため、ぜひチャリティーにご協力ください!)

“JAMMIN”

インタビューを終えて〜山本の編集後記〜

「かなえたいことはありますか」の問いに、「ALSが治りたい」と答えた恩田さん。「ALSは必ず治ると信じている」とおっしゃった武藤さん。

今回、実際にインタビューさせていただき、「ALSをなくしたい、終わらせたい」という思いが、より一層強くなりました。ALS撲滅のために、皆さんの思いと力を、貸してください!

・「一般社団法人END ALS」ホームページ

・「TEAM END ALS」Instagram

・恩田さんが代表を務める「恩田聖敬オフィシャルサイト まんまる商店」ホームページ 

・武藤さんが代表を務める「一般社団法人WITH ALS」 ホームページ

・「ALSと闘うヒロ」LINEスタンプが登場!→こちらからゲットしてください!

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「ALSの終わりを見つめる」。
強いメッセージを込めて、目をモチーフとして使用しました。

ALSがこの世からなくなるその日まで。
治療法の確立、ALS患者やその家族の方への最良のケアを求めて、このTシャツを着て、一緒に応援してください。

Design by DLOP

チャリティーアイテム一覧はこちら!

END ALS デッサン会2018 @GOOD DESIGN MARUNOUCHI

今回のインタビューに答えていただいた武藤さんもモデルとなる「END ALS デッサン会2018」が、東京・丸の内の「GOOD DESIGN Marunouchi」で開催されます。デッサン参加希望者を受付中。詳細はこちらよりご覧ください。

(「END ALS デッサン会2018 @GOOD DESIGN MARUNOUCHI」は3日間に分け、それぞれ3人のALS患者がモデルに。期間中、会場ではこれまでに描かれたデッサンも展示される)

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「未来をつくるプロデューサー」パシフィックコンサルタンツ株式会社。
60年の歴史と1,600人を超えるプロフェッショナルが、地域や社会の未来に貢献しています。
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