内閣府の平成26年の調査によると、若年無業者(15〜34歳の非労働力人口のうち、通学や家事をしていない者)の数は56万人。
別の調査では、引きこもりは70万人近く、不登校の小・中学生は13万人以上という数字が出ています。
生きづらさを抱えながら、誰にも相談できず、自分の殻に閉じこもり、社会参加不全状態になってしまう若者たち。
長野県上田市に、こういった若者たちの自立を全力で支援する学校があります。「侍学園スクオーラ・今人(通称サムガク)」。独自の哲学とカリキュラムに基づいたプログラムで、これまでに多くの若者が壁を打破し、社会へと巣立っていました。
JAMMINとは、2016年12月に初コラボして以来、2度目のコラボ。サムガク理事長の長岡秀貴(ながおか・ひでたか)さん(45)に、再びお話を聞きました。
(お話をお伺いした、「侍学園スクオーラ・今人」理事長の長岡さん)
NPO法人侍学園スクオーラ・今人
元高校教師である長岡さんと、4人の若者が作り上げた学校。「学びや新しい自分との出会いを求めるすべての人々のための学校」を設立趣旨とし、年齢無制限で生徒を受け入れ、一人ひとりが「生きる力」を身につける授業で、自立を支援している。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
(学園にて開催された異文化交流会の様子)
──2度目のコラボ、ありがとうございます!今回は侍学園さんが、生徒たちが社会に出ていくための訓練の場としてどんな教育を、どんな思いでされているのかということをお伺いしていきたいと思っています。
長岡:
学校としては、午前中は基本的に座学のプログラム、午後は農業や職業訓練、芸術や体育など、体験プログラムを行っています。
──座学では、どんなことを学ぶのですか?
長岡:
「ベーシックスキル」「メインスキル」、アドバンススキルとなる「遊び」の3つに大きく分かれたプログラムを学びます。まずは生きていく上で、そして社会に出る上で必要となる「ベーシックスキル」。ここで「衣・食・住」を学びます。
まず「衣」。ここを意識することはどういうことかというと、「社会参加意識の醸成」なんですね。
家にこもったり、家族以外の人と会うことがなかった生徒たちは、髪型やメイクにこだわることに価値を感じていません。むしろ拒否感を抱いていることも多いです。
だけど、「ファッションなんてどうでも良い」「見た目なんて関係ない。これが自分だ」と本人が言っても、家庭内ではそれは許されても、そのまま社会に出たらどうですか?外見で排除されてしまう危険があるのが、正直な本音というか、現実ですよね。
(授業の中には、プロの美容師によるヘアカットも。自分自身でもスタイリングできるようにワックスの付け方なども教わる)
長岡:
教育者は、ここはなかなか指摘できません。相手のことを否定しかねないし、「君はそのままでいいんだよ」と受け入れる自立支援団体が多いと思います。
でも、たとえば、なかなか言いづらいエチケットの問題も僕たちはあえて、伝えます。
生徒たちが社会の中で生きていくために、必要だと思うことはすべて伝えます。そうじゃないと、本当の意味で、彼らを守ってあげられないからです。他との一番大きな差は、そこだと思っています。
──伝える側も、生半可な気持ちでは言えないですね。
長岡:
授業では、男女に分かれて身だしなみのマナーやエチケット、簡単な手芸や、女性であればメイク、ヘアケア、ネイルなども学びます。コーディネートの仕方や、洗濯の基礎の授業もあります。
──すごい。実践的ですね。
長岡:
自分がどんなものを身につけたいのか、それを認知していく作業は、アイデンティティの認知にもつながっていきます。侍学園に来た生徒たちは、本当に見た目もどんどん変わっていくんですよ。
徐々に、「見られている自分」、「社会の一員としての自分」を意識するようになるんです。
(こちらは着物の着付けを学ぶ授業。着付けの体験を通じて、日本の伝統文化についても学ぶ)
(手植えによる田植え作業。農作業を通じて自然に触れ、また食のありがたみを感じとる)
長岡:
「食」では、農作業や料理を通じて、「食への感謝」を育みます。
侍学園には畑があって、皆で米を作っています。農作業を体験することで、食が提供されるまでの生産者の労苦や、自分の目の前にある食がいろんな人の手にかかってできたものであることを知ります。
また、寮生活をしている生徒は、料理も当番制なので自炊を経験します。家庭にいる時は、出されたものを食べるだけでよかった。けれど食を提供する立場を経験して初めて、家庭では許されていたことが、許されないんだといいうことに気づきます。食を通じていろんな人とつながっているということ、そしてそこに対価を払うこと、生きるために食べることを、このプログラムを通じて学びます。
──身を持って体験するということですね。
(2017年6月に完成した新しい寮「ミライフ」での昼食風景。配膳は生徒が自主的に手分けして行う。夕食や朝食はここで暮らす寮生たちが当番制で作っている)
長岡:
「住」のプログラムでは、一人で暮らしていくために、必要な金銭感覚やDIYのスキルを学びます。
「将来は一人暮らしがしたい」とみんな言う。じゃあ、家賃、食事や光熱費にどれぐらいかかって、友達と遊ぶにもお金がかかって、そのためにはどのぐらい稼げばいいのかといったことや、節約の方法、電球の取り替え方や掃除の基礎、収納の方法なども学びます。
──なかなか、普段改まって教わらないようなことまであるんですね。
長岡:
「衣・食・住」がそろって初めて、生きる上での「ベーシックスキル」が完成します。
社会で生活していくための基本的な力って、皆なんとなく得て、なんとなく「誰でもできるでしょ」と思っている。でも、そうじゃないですよね。知らなかったり、経験してこなかった人たちもいる。ここを埋めていくのが、「ベーシックスキル」のプログラムです。
(実際の不動産屋さんを招いての、物件探しの授業。生徒自身が実際にひとり暮らしをすることを想定しながら、間取りや設備を見たり、その相場感を知ることができる)
(お寺でのヨガ体験。様々なスポーツや坐禅などの授業も。「自分にできるのかどうなのか。最初は不安でも、少しずつ自信がついていく」と長岡さん)
──「ベーシックスキル」を整えていくと、次は「メインスキル」の部分ですね。
長岡:
「メインスキル」は、「生き続けていくための力」。自分と他人、社会を知ること。自己理解を深めながら、他者の受け入れ方を学んでいくプログラムです。
──難しいですね。
長岡:
生きていく上で、自分と意見が違う人や、苦手だと感じる人も受容していかなければなりません。そういった人たちと価値観をすり合わせていくこと、受け入れていくことを、集団生活やボランティア、体育の授業などを通じて学びます。
社会参加不全の若者は、最初は「あれがいや」「こうじゃなきゃいや」「こうしてほしい」と、相手に対して「ほしいほしい」になりがちです。要求が満たされなかったら、死んだ方がいいとまで考えてしまう。そんな時は、こちらも全身全霊で向き合い、本人が満足できるように努力しますが、でも、それがずっと許されるわけじゃない。
集団生活や日々の習慣を繰り返す中で、そのことを学んでいきます。
──「全身全霊で」ということですが、スタッフの皆さんも大変なのではないですか?
長岡:
たいへんだと思います(笑)。ただ、僕はやっぱり、人は人を信じて生きていく姿を見ていきたい。
目標は一人ひとり違っても、目的は一つ。過去の傷付いた経験から、心の扉を閉ざしてしまった若者たちに、「もう一度やってみようかな」と思ってもらえるような生き方や生き様を、僕たちが見せていく必要があると思っています。そのために、まずはスタッフが信頼し、輪の一員であり続けるということが大切だと思っています。
(毎年9月ごろに開催される学園祭の様子。生徒の舞台発表の本番直前、円陣を組み、掛け声で士気を高める)
(2017年6月、サムガク寮「ミライフ」完成を祝い、「ミライフ」の前で生徒・スタッフの皆と記念に一枚!2016年12月のJAMMINとのコラボ時には、この新寮建設のための資金を集めました!)
長岡:
「どう生きるか」も大切ですが、「誰と生きるか」が重要だと思っています。誰と何をするのか、何ができるのか、それを体験した人こそ幸福感を得らえるんじゃないかと思うんですよ。「教育」ではなく、「共育」。成長するのは何も生徒たちだけでなく、スタッフもそうなんです。妬いてしまうぐらいですよ(笑)。
サムガクのプログラムは、この学園を立ち上げてから15年間の「共育」が生み出したものです。これまでサムガクに携わってくれた生徒の一人ひとりが羅針盤となり、枠を作ってくれました。
その中でさらに、いろんな人と接することで様々な化学反応が起こり、切磋琢磨しながら、互いに成長していく。ここに幸せがあると僕は思っています。
──「教える立場」「教えられる立場」と線引きするのではなく、共に影響し合い、刺激し合いながら、成長していくんですね。
(全国でも有数の太鼓保存会の協力による太鼓体験。生徒たちは音楽を通じてリズム感を育てたり、自分を表現したりする方法を学ぶ)
──「ベーシックスキル」「メインスキル」ときて、最後に、アドバンススキルであるという「遊び」ですね。
長岡:
「遊び」は、生きることは前提としてあって、その中でどうやったら本人たちが幸福感を得られるのか、豊かな人生って何だろうか、そんなことを考えていくプログラムです。自分は知らないような世界の人や興味がない分野と接し、触れることで、幅広い意識を身につけ、いずれは本人が自分らしく、幸せを感じながら生きていく糧になればと思っています。
──具体的には、どんな授業なのでしょうか?
長岡:
一年を通じて、映画鑑賞したり、小旅行へ出かけたり、楽器に触れたりしています。他に、「職業人講話」というプログラムを毎月開催しています。これは毎月、様々な分野で活躍する職業人を講師として招き、思いを語ってもらう場です。
「ベーシックスキル」も「メインスキル」も「遊び」のアドバンススキルも、全部持っている人が登場です!っていう感じで、毎回いろんな方に登壇してもらっています。
──面白そうですね。
(南極観測隊隊員の井熊英治さんによる「職業人講話」。南極という極限の環境での生活や「人は必ず助け合わないと生きていくことができない」というエピソードに、生徒たちは熱心に耳を傾けた)
長岡:
講師の先生には、「何をしてきたか」という仕事の説明ではなく、その人の生き様や、「誰としてきたか」を、生の言葉で語ってもらう。
最初は理解できないかもしれません。でも、命や人生をかけて取り組む大人の姿を見て「なぜこれをやってきたんだろう」「ここまで情熱を傾けられるのは、なぜだろう」と、そこにある何かの存在を考えていくことは、必ず生徒たちの生きる力につがながると思っています。
(介護福祉士さんによる介護体験の授業。車椅子の扱い方を教わったり、実際に車椅子に乗って障がい者の方の生活や気持ちなどの話を聞く)
(体育の授業。体育館でビーチボールバレー。全員本気でスポーツに取り組む)
──たとえばニートや引きこもりなど、そういった人たちに限らず、一見ふつうに暮らしていても、「生きづらさ」を感じている人が多い世の中です。
長岡:
さっき幸福感の話をしましたが、「自分なんて不幸になればいい」とはなから考える人は、一人もいないと思います。人間である以上は、動物じゃないわけで、幸せを感じる必要があります。
幸せの条件は、4つあります。
「人に評価されること」「人の役に立つこと」「人に必要とされること」、そして「愛される実感を得ること」。最初の3つは、「働くこと」によって得られる幸せなんですね。つまり、労働がないと自分の幸福感は近づいてこない。僕はそう思っています。「愛される実感を得ること」に関しては、生きていれば、家族以外の人たちとも関わっていくわけで、一方的に求めていては、やっぱり実感は得られない。
だったら、与える側に回ればいい。与える側って、何だか損するみたいに捉えられることもありますが、実は一番孤立しないんです。「支えられる側」から「支える側」のポジションにつけるというのはすごく大きなことで、そこで人とつながって仲間が増えていく、居心地の良さや喜びっていうのかな、その感覚は、他では味わえないことだと思います。
──なるほど。
長岡:
生き続けること、働くことに疑問を持たず、限られた人生を、価値を持って生きて欲しい。そしていつか人生のどこかで、支える側に回ってくれたらいいなと思います。「人生をどう豊かにするか」は、セカンドステージ。そこに立ち向かっていくために、今日から明日へ、命をつないでいくためのスキルを得る場所が、僕たちの学園。
人生は、それぞれ一人ひとりのもの。こうして、ああしてとは言いたくないんです。一人ひとりが自分で判断し、責任を持って生きていけるように、そのためのスキルや体力、ハートを身につける場所が「侍学園」なんです。
(古本の買取と販売を行う「株式会社バリューブックス」さんの協力のもと、生徒の中間就労支援プログラム「サムライバリュー」を行っている。「働くことに不安を抱く生徒たちをジョブサポーターがサポートし、働く自信をつけていく」と長岡さん。注文を受けた中古書籍をピッキングしている様子)
(学園祭の舞台発表に向け、生徒たちが一丸となって稽古に取り組んでいるところ。学園生活では、些細なすれ違いで生徒どうしのトラブルが起きたりすることもある。相互理解を深め、困難を乗り越えることで生徒たちは成長していく)
──最後に、チャリティーの使途を教えてください。
長岡:
「職業人講話」は、講師の方への交通費なども含め、1回あたり15,000円ほどの費用がかかっています。今回のチャリティーで、1年分の「職業人講話」開催のための資金・18万円を集めたいと思っています。
僕もとても気に入っているデザインなので、ぜひTシャツを着て、侍学園を応援してくださると嬉しいです。
──貴重なお話、ありがとうございました!
(昨年のクリスマス会にて。長野県内のスターバックスの店長さんたちがコーヒーを振舞ってくれた。後列は長野県内スターバックス店長さん、前列は侍学園スタッフ)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
インタビュー前、4月に出版されたばかりの長岡先生の新しい著書『HOPE ひとりでは割れない殻でもみんなとなら溶かせる』(長岡秀貴著/ サンクチュアリ出版/ 2018年)を拝読しました。紙面から伝わってくるのは、ほとばしらんばかりの熱い思いと、長岡先生を初めとするスタッフの方、支援者の皆さんの団結力。大人たちの葛藤や挫折、降りかかる災難が描かれつつも、その中に描写される人間模様は、優しさや思いやりに満ち溢れています。「本気で、ぶつかり合って生きるって、やっぱりこんなにも素晴らしいものなんだ」と感じました。
長岡先生へのインタビューは本当に楽しくて、あっという間に時が過ぎてしまいました。一つひとつの言葉に信念があって、信じた道を突き進んできた長岡先生の生き様を見せてもらったような、まさに私にとっての「職業人講話」の時間でした。
私は私とて、人間として同じ“いのち”を生きている。この生を、必ず、今以上にもっともっと、豊かなものにしていくことができる──。そんな自信を、いただいたようにも思います。(前回もそうでしたが、長岡先生とお話しすると、いつも眠っていた自信のようなものを引き出してくださるのです…不思議。これこそ、先生がたくさんの人に慕われる理由の一つなのかも…)
溶け出した氷から、一輪のエゾギク(花言葉は「信じる心」)が、顔をのぞかせています。
自らを閉じ込めていた壁を溶かし、「信じる心」を解き放つ。
侍学園の活動を、シンプルに表現したデザインです。
“Empower yourself, it meams to empower others”、「自分を鼓舞することは、他人にも力を与えること」という言葉を添えています。
Design by DLOP