「補助犬」には「盲導犬」「聴導犬」「介助犬」の3つの種類があります。「盲導犬」は視覚障がい者を、「聴導犬」は聴覚障がい者の生活をサポートする犬です。
今週のテーマは「介助犬」。手足が不自由な人、主に車椅子生活者の日常生活をサポートしており、現在、全国で75頭(2018年5月1日現在)が活躍しています。
…ということは頭でわかっていても、具体的にどんなことをしているの?
そんな疑問が、ありました。
今週コラボする「日本介助犬協会」は、介助犬育成の先駆けとして、日本国内でこれまで多くの介助犬を育ててきた社会福祉法人です。
介助犬って何?どんなことをしていて、どんな風に役立っているの?…素朴な疑問を、日本介助犬協会広報の児玉直子(こだま・なおこ)さん(54)と、同じく広報部の後藤優花(ごとう・ゆか)さん(25)にお伺いしました。
(お話をお伺いした児玉さん(右)と後藤さん(左))
社会福祉法人 日本介助犬協会
手足に障がいのある人の自立と社会参加を促進することを目的に、介助犬の育成・普及活動を通して、人にも動物にもやさしく楽しい社会を目指して活動を行う社会福祉法人。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
(手が不自由で駐車券を取るのに苦労していたユーザーさんの希望で、駐車券を取る介助犬。運転席から現れる犬の頭に後ろの車の人も思わず微笑んでしまう)
──今日はよろしくお願いします。まず介助犬について。「手足に障がいのある人をサポートする犬」ということですが、具体的にはどんなことをするのでしょうか。
後藤:
ユーザーさんの手足となって、たとえば落ちたものを拾ったり、冷蔵庫を開けて飲み物をとったり、ドアを開けたり、靴下を脱がせたり…、日常生活の様々シーンで、必要なサポートをしています。
視覚障がい者のための盲導犬や聴覚障がい者のための聴導犬と異なり、介助犬は、ユーザーさんの幅が広いです。盲導犬や聴導犬とは異なって対象者を限定しづらく、イメージしづらいところはあるかもしれません。
児玉:
同じ「車椅子ユーザー」といっても、ユーザーさんによって、体の状態は異なります。補助があれば歩けるけどふだんは車椅子を使っているという人もいれば、麻痺などによって全く歩けない方もいます。
介助犬は、それぞれユーザーさんの体の症状や生活のニーズにあわせて、完全にオーダーメイドでトレーニングを行い、一人ひとりのユーザーさんの生活を支えています。その人に合ったものでなければ、意味がないからです。
(溝にはめられている金属の格子状の蓋に車椅子の前輪を取られたり、段差で車椅子が進めなくなった時、介助犬とユーザーは力を合わせてそれを乗り越える)
──例えば、どんな「オーダーメイド」ですか?
後藤:
例えば一人暮らしをしているユーザーさんであれば、玄関のドアの鍵の開け閉めや、届かない場所にある電気の点灯ボタンをつけたりといったことから、手足が不自由なため寝ている間に自分で自由に体温調節ができないユーザーさんのために、布団をはぐのを介助犬が手伝ったりもします。
また、自力で起き上がることが難しい方のために、起き上がりの介助をしている犬もいます。
──「起き上がりの介助」ですか?
後藤:
もちろん、これもユーザーさんの体の症状によってそれぞれ介助の方法は異なりますが、起き上がるタイミングで頭を体の下にすべり込ませ、反動で起き上がるのを助けたりしています。
──生活に必要なあらゆることを、介助犬ができる範囲で、その人にあったかたちで助けてくれるということなんですね。
(起き上がりの介助は、左右どちらから起こすとユーザーの身体に負担がかからないのかをリハビリテーション医師や理学療法士など医療専門職とも相談し、細心の注意を払いながら訓練を進める)
(車椅子に乗っている人の中には、腹筋や背筋の力が弱くなっている人がおり、そのような人が物を拾おうと前かがみの姿勢になると車椅子から転げ落ちる危険性がある。介助犬が手足となることで、転倒を未然に防ぐことができる)
(人に抱っこされることに慣れるために訓練中の介助犬の卵。気持ちよくて思わず寝てしまった)
後藤:ちょっと想像してみてほしいと思います。もし、毎朝起き上がるのに1時間の労力が必要だったら、どうでしょうか?
その方は起き上がること自体がおっくうになり、ほとんどの日を寝たきりで1日を過ごすようになってしまいました。やっと起き上がったとしても、疲れきって外出する気にもなれず、家にこもるようになってしまったんです。
しかし、介助犬が起き上がりのサポートをするようになってから、それまで1時間かかっていたのが、たった5分で起き上がれるようになったんです。
介助犬のサポートがあるおかげで、起き上がることだけでなく外出へのハードルが低くなり、生きることに前向きになれたと喜んでいらっしゃいました。
最初は「家から5分のコンビニに行けるようになりたい」とおっしゃっていたんですが、今では新幹線に乗って旅行へ出かけたり、すごくアクティブに動かれています。
(介助犬は仕事もユーザーのことも大好き。「どんなことするのかな?」、名前を呼ばれると目線を合わて指示を待つ)
──すごいですね!介助犬のサポートで気持ちが前向きになり、生活が変わったんですね。
児玉:
手足が不自由な方の中には、外出したいと思っても「カバンや荷物を落とした時に誰も拾ってくれないから、一人では怖くて出かけられない」という悩みを抱えている方も多いです。介助犬と一緒であれば、荷物を落としても、すぐに拾ってくれます。
車椅子ユーザーの方の中には、仮に手は自由に使えても、麻痺のため下半身が動かないとか、左半身や右半身が動かない方もいらっしゃいます。
そうすると、落ちた物を拾う際に体のバランスを崩してしまい、転倒などの原因になりかねません。介助犬がいれば、こういった問題も解消されます。
(音やにおい、人通りなど刺激が多い場所でもユーザーの足元で伏せて待つ訓練。人間社会に介助犬が受け入れられるには必要不可欠な訓練だ)
──ただ「拾う」だけでなく、そこにいろんな解決が潜んでいるんですね。
児玉:
玄関のドアの鍵の開け閉めも、介助犬の一つ大きな役割です。
家族と別で暮らしている方が、車椅子から落ちたり、何かトラブルに陥った場合を考えてみてください。まずは、誰かに助けを求める必要があります。それには、電話が必要ですよね。
介助犬が電話を持ってきてくれることはもちろんそうなのですが、電話で助けを求めたとしても、家の鍵が開いていないことには、誰も中に入って助けることはできないんです。
介助犬に家のドアの鍵の開け閉めができれば、こういったトラブルにも対応できます。
──ものを取って渡す、ということ以上の役割を果たしているんですね!
(犬はくわえて引っ張る遊びが大好き。くわえやすいようにドアの取手に付けたバンダナを引っ張って、ドアを開ける。ドアを開ける作業は、犬が本来好きなことを活かした作業だ)
(日本介助犬協会は、介助犬を専門にした総合訓練センター「シンシアの丘」を2009年5月に開所した)
──訓練はどんな風に行うのですか?
後藤:
愛知県長久手市に、介助犬総合訓練センター「シンシアの丘」があります。
介助犬はまずここで専門のトレーナーのもと、一通りの訓練を積みます。期間は犬によって異なりますが、1年から1年半といったところでしょうか。
一通りの訓練を受けた後、介助犬を希望する方とのマッチングを行い、ユーザーさんが決まると、そのユーザーさんの身体の症状や生活、本人の希望などにあわせた訓練を一緒に行います。これには、40日以上の訓練が必要です。最終的には、国の試験に合格したペアが認定証を受け取り、晴れて一緒の生活を送れるようになります。
──しっかりとした訓練が必要で、簡単に迎え入れられるわけではないのですね。
(「シンシアの丘」には、個室の訓練室が5部屋ある。浴室・トイレはバリアフリーで、テレビや冷蔵庫も備え付けられているので、自分一人の時間も持ちながら合同訓練に取り組むことができる)
後藤:
そうですね。「シンシアの丘」には、ユーザーさんが介助犬と一緒に滞在できる環境が一通り整っています。まとまって長期間滞在して訓練する方もいますし、平日にお仕事がある方は、週末を使って施設を利用し、共に訓練を積みます。
犬との絆を十分に築き上げた後、今度は私たちスタッフがユーザーさんの地元へ介助犬と共に同行し、自宅や職場はもちろん、ふだん利用する電車やバスへ乗ったり、駅やスーパーへ行ったり…その人の生活範囲で介助犬と一緒になって最大限の能力が発揮できるよう、お手伝いしています。
(日頃よく使うスーパーマーケットなどでも訓練は行われる。お店の中で他のお客さんに迷惑にならないよう介助犬の位置などをコントロールする)
──まさに、オーダーメイドなのですね。
児玉:
そうですね。もうひとつは、職場やよく使う店、スーパーなどを一緒に訪問することで、「介助犬が来る」ということを地元の方に伝え、地域に受け入れられるような体制作りも心がけています。
(指示を出す時には、必ず目線を合わせることから始める)
(「シンシアの丘」では、毎月1回見学会を開催し、介助犬について理解を深める講演と介助作業のデモンストレーションを行っており、犬舎や訓練室などの施設も見学可能。「事前申込制で定員になり次第締め切られるので早めの申し込みがおすすめ」と児玉さん。詳細は協会ホームページから確認できる)
──介助犬の存在で可能性が広がったり、前向きになれたり…、素晴らしいご活動ですが、まだまだ介助犬を目にする機会は少ないです。
児玉:
現在、日本で活躍する介助犬の数はたった75頭(2018年5月1日現在)です。補助犬自体、まだまだ認知が進んでいませんが、介助犬は補助犬の中でも特に認知度が低く、理解を得づらいことも多いです。
日本には、潜在的に介助犬を必要としている人が15,000人いると言われています。介助犬を持つことで、劇的に変化したユーザーさんを私たちはこれまでたくさん見てきました。認知が増え、介助犬と生きる選択をすることで、今以上に前向きな生活を送ることができるようになる方も増えると思っています。
後藤:
あるユーザーさんが、ある時「空ってこんなに青かったんだ!」と言ったんです。バリバリのキャリアウーマンとして活躍していた彼女は、病気を発症してほぼ寝たきりの生活になりました。「家族に迷惑をかけたくない」という気持ちから、ちょっとずついろんなことを我慢して、たとえ起きたり出かけたりしたくても、「寝たきりでいることが一番迷惑にならない」と思って生活していました。
そんな時、偶然介助犬の存在を知って一緒に生活を初めてみると、「もとの自分」に戻っていく感覚があったそうなんです。
──「もとの自分」ですか?
後藤:
体が不自由になってから、家族にずっと遠慮ばかりしていた。けれど、介助犬が自分の存在をありのままに受け入れてくれただけでなく、身の回りのことを手伝ってくれて、少しずつ自分を取り戻していったんです。
そうしたら、見える景色がずっとずっと明るくなった。それで「空って、こんなに青かったんだ」と。その言葉を聞いて、介助犬が役に立ったんだ、とうれしかったですね。
(街中を歩調を合わせて歩く介助犬ユーザーと介助犬。何気ない姿から息の合った様子を感じられる)
(商業施設などで募金活動や介助作業のデモンストレーションも行っている。「まず、介助犬を見て知ってもらうこと。そして、デモンストレーションを見た方がご家族や知り合いに『介助犬って知ってる?』と広めてもらえる嬉しい」と児玉さん)
──介助犬に対する周囲の人たちの認知や理解も重要ですね。
児玉:
そうですね。「身体障害者補助犬法」によって、一般の人が利用できる場所は、補助犬も利用できることになっていますが、まだまだ拒否されることも多いです。介助犬に限らず、街中に補助犬がもっと入っていける社会を目指していきたいと思っています。
──もし介助犬を見かけた場合、どんなことに気をつけたら良いですか?
後藤:
盲導犬や聴導犬と同じように、触ったり、目を合わせたりといった犬の注意をひくことは避けて、やさしく見守っていただけたらうれしいです。介助犬は、アイコンタクトで仕事を教えています。ユーザーさん以外に注意がいってしまうと、集中力が途絶えてしまうからです。
児玉:
「働く犬たちは何でもできる」という誤解もあります。
もし、補助犬ユーザーさんが近くにいて困っていたりしたら、「何かお手伝いできますか?」と声をかけてくださると嬉しいです。
(カフェにて。「犬たちは普段から人間の食べ物を与えていないので、人間の食事には興味を持たない。しばらく動かないことがわかると、自ら休憩タイムに入る」と児玉さん。”街の中でリラックスできること”が、介助犬になるために必要な素質の一つだという)
(電車での訓練の様子。車内アナウンスや乗客の乗り降りがあるほか、車とは違う独特の揺れがあり、そのような環境でも落ち着いていられるかを複数のトレーナーと一緒に確認する)
──最後に、チャリティーの使途を教えてください。
児玉:
介助犬ユーザーの方が介助犬と一緒に安全で安心な生活を送れるように、介助犬の訓練には一定期間の「パブリック訓練」が必要です。
これは、訓練センター内だけでなく、実際に街中に出て、バスや電車に乗ったり、映画館やショッピングモールに出かけたりしながら駅の人混みに慣れたり、実際の生活に近い場所で介助犬を訓練するために必要な工程です。
今回のチャリティーは、この「パブリック訓練」に必要な公共交通機関や駐車代など、主に交通費として、使わせていただきたいと思っています。
ぜひ、チャリティーTシャツを着て応援いただけたらうれしいです!
──貴重なお話をありがとうございました!
(シンシアの丘にて、訓練部の職員さんと訓練犬たちが一緒に、ポーズ!介助犬が活躍できる社会に向けて、是非チャリティーにご協力ください!)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
介助犬がユーザーさんにとってどれだけ大きな存在なのか、今回初めて知ることがたくさんあり、驚きの連続のインタビューでした。
介助犬が手足となって助けてくれるからこそ、外出が楽になったり、不安が減ったりして、「自分らしさ」を取り戻すことができる。障がいのためにあきらめていたことが、介助犬を迎え入れることで、もう一度チャレンジしてみよう、と思えたり、自信につながったりする。介助犬は、ただ「介助する」だけでなく、それ以上の存在なんだなと感じました。
介助犬が活躍できる社会を目指して、ぜひ今回のチャリティーにご協力ください!
キラキラした世界へと続くドアを開けて、飼い主を待つ介助犬の姿を描きました。
介助犬との生活が、新しい世界への扉を開き、明るい未来へと導いてくれる様子を表現しました。
“The dog brings me hope”、「この仔が、私に希望を運んできてくれる」というメッセージを添えています。
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