厚生労働省の報告によると、2016年の児童相談所における児童虐待相談対応件数は12万件以上。心理的虐待や身体的虐待、ネグレクトや性的虐待が含まれています。
様々な事情があって家庭で生活ができなくなった子どもたちを保護し、一緒に過ごす中で「奪われた時間」を取り戻してあげたい──。そんな思いから、岡山県で子どもシェルターと自立援助ホームを運営、福祉的支援と法的支援を行うNPO法人「子どもシェルターモモ」(以下モモ)が今週のチャリティー先。
「虐待を受けたり、児童養護施設を転々とさせられたり。気持ちを受け止めてくれる大人がどこにもいなかった子どもたちに寄り添って、彼らの気持ちを支えたい」。
そう話すのは、モモ副理事長の西﨑宏美(にしざき・ひろみ)さん(73)。モモでは、保護した子どもたちの生活を24時間体制でサポートするだけでなく、一人ずつに専任の弁護士がつき、法的な面からも彼らの支援をしています。
西﨑さんと、事務局の西井葉子(にしい・ようこ)さん(31)に、活動についてお話をお伺いしました。
(お話をお伺いした西崎さん(左)と西井さん(右)。モモの事務局にて)
NPO法人子どもシェルターモモ
20歳未満の子どもたちの自立を支援するために、弁護士・児童福祉関係者・市民が集い、法的支援と福祉的支援を行うことで、子どもたちのセイフティーネットとしての活動を行うNPO法人。岡山を拠点に、1つのシェルターと2つの自立援助ホームを運営している。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
(「子どもシェルターモモ」事務局および児童養護施設等を退所した子ども・若者たちのための「アフターケア相談所『en』」。「子どもシェルターモモ」が運営するシェルターと自立援助ホームは、住宅街の中にひっそりと存在している)
──本日はどうぞよろしくお願いします。まずは、ご活動について教えてください。
西井:
私たちは、岡山でおおむね15歳から20歳までの子どもが利用するシェルターと2つの自立援助ホームを運営しています。
子どもシェルター「モモの家」は「今すぐ助けて欲しい」という緊急性の高い状況にある子どものための避難場所です。自立援助ホーム「おおもと荘」(男子用)、「あてんぽ」(女子用)は、15〜20歳までの子どもの自立援助を目的にしたホームです。
岡山弁護士会と連携して活動しており、いずれの施設も、入居の際には一人の子どもに必ず一人の「子ども担当弁護士」がつき、安全な生活場所を提供し、法的な部分を含め、自立までの支援・援助を行っています。
(子どもシェルター「モモの家」の個室)
(自立援助ホーム「おおもと荘」で開かれたクリスマス会の様子)
──法的なサポートさもれているということですが、なぜ一人につき一人の弁護士が必要なほど、「法的な支援」が重要なのですか?
西﨑:
モモは、弁護士が主体となって立ち上げたNPOです。
「児童福祉法」で守られる子どもの年齢は18歳未満が対象です。
成人は20歳以上ですから、法で守られる年齢を超え、かつ成人でもないちょうど18歳・19歳の年齢の子どもたちが、福祉的な支援を受けられないという現状があります。
虐待やネグレクト(育児放棄)の家庭にいる子どもが、児童相談所の判断によって一時保護が必要となった場合、児童相談所で2週間から2ヶ月の保護を受けます。
しかし、これも対象は18歳未満。18歳になると、こういった子どもの行き場はありません。
また、児童福祉法の下では、通っている高校を中退した場合、児童養護施設で暮らし続けることはできません。
残念ですが、これが子どもに対する福祉政策の現実なのです。
こういった子どもたちが社会に出た時、どうしても裏社会に入りがちです。きちんと生活力をつけて健全な社会生活ができるようにサポートしていきたいというのが、私たちの思いです。
18歳というと、世間では自分でものを考え、意思をしっかり伝えられる年齢と見られます。しかし、基本的な愛着が育っていない子どもたちには、ここがなかなか難しいのが現実。そんな子どもたちが、法の谷間で適切な支援を受けられずにいます。サポートが追いついていないんです。
自己決定したことを、法的な裏付けも含め、本人の意志で生きていくことができるよう対応しています。
(子どもシェルター「モモの家」のリビングルーム。マンガや絵本、ボードゲームなど、子どもが楽しくくつろげるものを取り揃えている)
(自立援助ホーム「あてんぽ」のリビング。入居者はいつでも好きな時にくつろぐことができる)
──入居している子どもたちについて教えてください。
西﨑:
虐待などで傷つき、「家庭の温かさ」を知らない子どもたちは、たとえ避難してきたとしても「当たり前の環境」に馴染むことが難しいです。
この活動を始めた当初に出会ったある女の子が、とても印象に残っています。彼女はシェルターで7ヶ月過ごしましたが、その間、世話を焼いたり助言したりと「彼女のために」と思ってやっていたことが、彼女の心に届くことはありませんでした。どんなサポートも「私のことが憎いからこんなことをするんだ」と捉える彼女を見て、たとえ善意でも、自分にとっての「当たり前」が、必ずしも相手にとっての「当たり前」ではないんだということに、ハッと気づかされたんです。
「腐っている食品を食べさせられた」「鉛筆で頭を刺された」「壁にぶつけられた」「酔っ払った親に椅子を投げられた」…。皆、悲惨な状況を経験してきています。自分たちが育ってきた環境とは全く違う環境で育った子どもが目の前にいるんだということを理解し、畏怖の念を持って接することが大切です。
(自立援助ホーム「あてんぽ」のキッチン。自宅のようなあたたかさを感じることができる空間だ)
──現場は大変ではないですか。
西﨑:
親からの虐待を受け、養護施設を転々とした子どもたちは、誰にも気持ちを受け止めてもらえず「大人のことが大嫌いだった」という子どもがほとんどです。入居した時、ここの大人はどこまで自分を受入れてくれるのかと「お試し」をします。極端な子は包丁を持ち出して暴れたり、暴力的な態度を取る子どももいます。
そんな行動でしか自分の気持ちを表現する事が出来ないように育ってきたのです。
スタッフ一人ひとりが子どもと真剣に向き合うことで、子どもの心の傷のかさぶたが少しずつ剥がれ、癒えていけばと思っています。
どんな子であっても、信頼できる大人と関わることができれば、必ず変わることができます。何があっても、それを信じること。そうやって、これまでやってきました。
(自立援助ホーム「おおもと荘」で開かれたクリスマス会にて。「最強の職員」を決めるためのゲームに熱中するスタッフ)
(自立援助ホーム「あてんぽ」で開催したお好み焼き&もんじゃ焼き&たこ焼き会での一コマ。子どもたちが率先して焼いてくれた)
──シェルターや自立援助ホームでの生活を教えてください。
西井:
子どもシェルター「モモの家」は、精神的に大きなダメージを受けている子も多く、必要な場合には精神科や婦人科などへ通院し、まずは心と体をケアする場所です。一人ひとりのペースに合わせ、生活のリズムを一緒に作っています。
自立援助ホーム「おおもと荘)」「あてんぽ」は、その名のとおり自立援助施設です。入居者は滞在期間中、それぞれ仕事をしながら月3万円の寮費を納め、自立のための資金を貯めます。この期間に、社会人としての経験はもちろん、掃除・洗濯・炊事などの家事や人間関係の築き方、気分転換の方法など、自立に必要なことを学びます。
──入居者の皆で一緒に何かをしたりするということはないのですか?
西﨑:
自立援助ホームの定員は6名ですが、皆が同じ時間帯で生活していているかというと、そうではありません。門限が10時と決まっている以外は、それぞれ仕事や学校に行っているので、行動は皆バラバラです。一人ずつ個室が与えられるので、食事の時や他の誰かと話したい時には部屋を出てきて、それ以外は自分の部屋で過ごしています。
──まさに、一つの家庭のようですね。
(花火で遊ぶ子どもたち。親の虐待や育児放棄によりこういった「当たり前の日常」を経験せずに生きてきた子どもたちに、心安らぐ時間と楽しい思い出を提供したい、というのが「子どもシェルターモモ」の願いだ)
西﨑:
私たちは、そこを何より大切にしています。
スタッフが24時間常駐して、子どもが仕事や学校から帰ってきたら、ご飯を食べさせる。困っていることがあれば、相談に乗る。
──お母さんみたいですね(笑)。
西﨑:
常に顔は合わせていなくても、同じ空間を共有し、近くに安心できる大人がいるんだということ。家庭を感じてこなかった子どもたちだからこそ、そんな「家庭の雰囲気」を肌で感じ取って欲しいと思っています。
(自立援助ホーム「あてんぽ」の家庭菜園には、ピーマンと赤唐辛子が植えられている。ボランティアや近所の人にアドバイスをもらいながら、すくすく成長中)
西﨑:
ここにいる子どもたちは、ずっと児童養護施設で過ごしていたり、実家と呼べる場所がなかったり、実家がどんなものかも知らない子どもがほとんどです。だからこそ、私たちは彼らにとって、実家と呼べる存在でありたいと思っています。
家庭を知らない子どもたちは、恋愛して世帯を持ち二人で家庭を作っていくという“場面”を体験していません。彼らがいずれ家庭を持つ時のために、男女の関係や夫婦のあり方、協力し合うことなども伝えていく必要があります。
私たちのもとを巣立っていった子どもたちが、今では母親や父親になって、子どもを連れてたまに顔を出してくれるんです。「美容院に行くから、その間預かって欲しい」とか「病気になってしまったから、少しの期間、子どもを預かってくれないか」と頼まれることもあります。
──実家そのものというか、本当に親子関係のようですね。
西井:
そうですね(笑)。
何気ない話をして帰っていったりするんですが、入居当時の心を閉ざしていた頃を知っているので、そんな姿を見られるのは、何よりうれしいですね。
──虐待を受け、心に傷を負った子どもたちと日々接する中で、虐待した親に対して、怒りや憤りの感情はないですか?
西﨑:
虐待の背景にはいろんな要因があります。親も何かに困っていたり、精神的に追い詰められて子どもに手を出してしまったというケースもあります。
親だけを悪者にするのではなく、「子どもに手を出してしまいそうだ」と虐待の一歩手前でSOSを発信できるような関係を築くことができたら、負の連鎖を断ち切れるのではないかと思っています。
私たちの元にも、巣立っていった子どもたちからSOSがくることがよくあります。その環境を作れたことは、非常に大きな進歩だと思っています。
私たちがよく言っているのは、「誰かに助けてと言えるようになれば、自立の一歩」だということ。小さな一歩かもしれませんが、これが本当に、とても大きな一歩なのです。
(自立援助ホーム「おおもと荘」の海水浴。みんなで鳥取の海へ)
西﨑:
子どもたちの「奪われた時間」は、戻りません。
虐待を受け心に傷を負った子どもたちは、その過去を背負って生きていかなければなりませんが、その「奪われた時間」を返してあげられるのもまた、大人の役割ではないでしょうか。
お花見をしたり、夏休みにプールや旅行へ行ったり、誕生日やクリスマスを祝ったり…。ごくごく日常的な家庭の風景ですが、虐待のある家庭環境で育った子どもたちは一様に、こういった「家族での楽しい経験」が皆無に等しいんです。
たとえば、以前施設でこんなことがありました。
施設に入居する一人の誕生日を祝って、誕生会を開催した時のことです。ろうそくを立て、大きなホールケーキを渡すと、自分一人に与えられたものだと思って、一人で食べてしまったんです。「自分の誕生日を祝ってくれる人がいる」「皆で一緒に喜びを分かち合う」という経験がないんです。
幼い頃に体験できなかった「楽しい経験」が、モモで関わる子どもたちには必要だと感じています。経験を通じて豊かな心を育むだけでなく、「楽しみを分かち合う」ということも、感じて欲しいと思っています。
(地元の企業・安信工業株式会社よりいただいた「しし肉」で、自立援助ホーム「おおもと荘」でバーベキューを行った時の様子。イノシシのお肉は匂いが強いと言われているが、くさみは全くなく、やわらかくとても美味しく、皆で焼きたてのスペアリブをほおばる醍醐味を味わったそう)
──最後に、今回のチャリティーの使途を教えてください。
(岡山南ロータリークラブ青少年奉仕委員会から招待を受け、自立援助ホーム「あてんぽ」の子どもたちと地元サッカーチームの試合を観戦した時の一コマ。特別にグラウンドにも入らせてもらい、子どもたちは、ゴール前でゴールキーパーのポーズをしたり、ベンチにも座らせてもらったりと写真をたくさん撮って喜んでいた)
西井:
施設に入居する子どもたちに、お花見や映画鑑賞、どこかへ出かけたりなど「楽しい経験」を提供したいと思っていて、今回のチャリティーは、そのための資金に使わせていただきます。私たちもできるだけのことはしているのですが、資金の面から、なかなかこういったイベントを開催することは難しくて…。今回のチャリティーで、そういった機会を提供できればと思っています。
──喜んでもらえそうですね!
西﨑:
そうですね。以前、支援者の方がサッカー観戦のチケットをくださったことがありました。職員と子どもたちとで観戦したのですが、子どもたちはとても喜んでいました。
映画やお芝居の鑑賞に行くとして、それぞれの施設に入居する子どもたちとチケット代や往復交通費、外食費などもあわせると、全体で約5万円がかかります。今回のチャリティーで、こういったイベント3回分の費用・15万円を集めたいと思います。ぜひご協力くだされば嬉しいです!
──ありがとうございました!
(ホームを退所した子どもやボランティアさんとの交流の場として食事会を行っているモモ。この回の食事会は子どもたちが主催で、みんなの「ばぁば」であり、今回お話をお伺いした専務理事の西崎さんのサプライズ誕生日会として食事会が開催された。20名以上が参加するになり盛大なお祝いとなったこの食事会は、主催した子どもたちとボランティアさんたちが一緒に一生懸命準備を進め、当日の司会進行もしっかり務め上げた)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
モモという名前の由来は、活動拠点である岡山の名産の桃ともう一つ、ミヒャエル・エンデの小説『モモ』からなのだそうです。
小説『モモ』の中で、主人公モモは奪われた時間を取り戻すために奮闘します。
同じように、虐待を受けた子どもたちの止まってしまった「時」を取り戻すために、スタッフの皆さんが日々奮闘しながら、それでも愛情と忍耐を持って、本当の家族のように子どもたちと接する様子が、お二人へのインタビューを通じて伝わってきました。
子どもの心のアルバムの1ページに残り、そしてその後生きる糧になるような体験を届けるため、今週のチャリティーにぜひ協力ください!
13時までの時刻が刻まれたいろんな形の時計。
それぞれ異なる時刻を指しています。
一つひとつの時計は子どもたち一人ひとりを、13時という時刻は「新しい時間を刻んでほしい」というモモの思いを表現しました。
“This moment, it is my life”、
「この瞬間こそ、私の人生」というメッセージを添えています。
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