みなさんは、障がいのある人たちが働いて1ヶ月に得る賃金の額をご存知ですか?ご存知ではない方、いくら位だと思いますか?
厚生労働省の平成27年度の調査によると、障がい者の1ヶ月の平均工賃は15,033円、時間に換算すると193円です。ここに障がい者年金の約90,000円を加えても、月収は10万円ちょっと。生活を考えると、決して十分な額とはいえません。
また、大企業による障がい者の義務雇用が増え、統計上の障がい者雇用は増えてきていますが、その内訳をみると雇用総数63万人に対し、身体障がい者雇用が約43万人(68%)、知的障がい者が約15万人(24%)、精神障がい者が約4万人(6.5%)となっており、知的障がい者・精神障がい者の雇用の実態は依然として厳しいことがわかります。
知的障がい者の雇用促進と所得を向上のために、あるNPOが千葉県富津市に胡蝶蘭の栽培施設をオープンしました。今週、JAMMINがコラボするNPO法人Alon Alonの運営する「Alon Alonオーキッドガーデン」です。
自身も重度の知的障がいのある息子を持ち、安心して子どもを預けられるところはないか、たくさんの福祉作業所を見て回ったというAlon Alon代表理事の那部智史(なべ・さとし)さん。
しかし「我が子を託したい」と思える施設とは、ついぞ巡り会うことはなかったと言います。
「子どもも親も、尊厳を守れる作業所を作りたい」との思いで始めたという胡蝶蘭栽培プロジェクト。
詳しいお話をお伺いしました。
(お話をお伺いしたAlon Alon代表理事の那部さん。)
NPO法人Alon Alon (アロンアロン)
「障がいがあっても楽しく働き豊かに暮らせる社会を作る」という目標を持ち、障がい者の手がける商品を社会に広め、障がい者雇用の促進と工賃向上を目指して活動するNPO法人。近年は、障がい者が大切に栽培した胡蝶蘭などの高品質な花を販売するプロジェクトに力を入れている。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
──今日はよろしくお願いします。まず、Alon Alonさんのご活動について教えてください。
那部:
はい。大きくいうと、知的障がい者の人たちの人権を守る団体です。その中でも特に力を入れているのが、知的障がい者の所得を向上するための活動です。
──知的障がい者の方たちが育てる胡蝶蘭を販売するというプロジェクトをされていますね。なぜ胡蝶蘭だったのでしょうか?
那部:
まず、胡蝶蘭は値崩れしないということ。それから、企業間の慶弔で使われる高級な花であるということですね。契約農家から仕入れる苗は1株あたり1,000円。知的障がい者が栽培して1万円で販売すると、粗利益は9,000円。利益率が高いです。そこから送料や光熱費等を引いて残った金額が、知的障がい者の方たちのお給料になります。
(こちらはAlon Alonが販売する胡蝶蘭(ハイグレードタイプ)3本立。価格は30,000 円(税別)。)
那部:
知的障がい者の人たちが従来通りエコバッグやお菓子を作っても、稼ぐことのできるお金は正直、知れています。胡蝶蘭なら単価も高く販売でき、利益が出た分をお給料へ回すことができる。全国の月間平均工賃15,033円の障がい者の工賃を、月間10万円に引き上げることを目標に運営しています。
──運営する側にも報酬は回ってくるのですか?
那部:
制度上、どんなに儲かったとしても運営側の収入にはなりません。
基本的に、福祉作業所にはお財布が二つあるんです。
ひとつは、運営側の人たちがお給料をもらうためのお財布です。「訓練等給付費収入」と呼ばれるもので「その福祉作業所が何人障がい者をお世話しているか」によって、その報酬の額は変わります。
もうひとつのお財布は、障がい者の人たちが働いて出た利益を配分するお財布です。仮にお花で大儲けをしても運営側の収入にはならない構図になっております。
多くの作業所は、まず運営費を確保することで精一杯で、どうしても障がい者の仕事が二の次になってしまうということがあるとのではないかと思います。
私たちAlon Alonの場合は、理事は皆それぞれ別に仕事を持ち、無報酬で活動しています。自分の生業とは切り離して考えられる分、障がい者の仕事・収入に特化して行動できる条件は整っていると思いますね。
(Alon Alonオーキッドガーデンにて、胡蝶蘭栽培の風景。苗に均等に水がいきわたるように水やりをします。)
(トレーで育てていたものを鉢に植え込む作業。ここから皆さんがよく知る胡蝶蘭の形に仕立てていきます。)
──那部さんがこのようなご活動を始められたきっかけを教えてください。
那部:
一人息子が、重度の知的障がいを持っています。
親として、子どもの所得をどうやって守ってあげたらいいのか。息子の将来を思いながら、いろんな福祉作業所を見て回りました。
しかし、なかなかお金が回っていないところが多いのが現状。親御さんたちも、最初は子どもに会いに作業所に遊びに来るのだそうですが、次第に足が遠のいていくそうなんです。
──なぜ足が遠のいてしまうのですか?!
那部:
我が子を見ていて、いたたまれなくなってしまうんです。普段は家に住み、ご飯を食べ、時には贅沢もしたりして、ある程度豊かな生活を送っているのが、作業所に遊びに来てみると、予算が切り詰められた場所で、安い賃金で働く我が子がいる。本人はそんなに気にしていなくても、親からすると見ていられないんです。
それでも、子どもは親に会いたいから、作業所の職員に毎日のように尋ねるんです。「会いに来るって連絡はなかった?」と。その話を聞いたとき、涙が出ました。
──どちらも、つらいですね…。
那部:
この状況を、「親が悪い」「本人が悪い」「社会が悪い」という議論ではなく、互いに、それぞれの尊厳を守ることができるような施設を作りたいと思ったんです。
2017年の8月に、胡蝶蘭栽培で月額工賃10万円を目指す就労継続支援B型事業所「Alon Alonオーキッドガーデン」を、千葉県富津市にオープンしました。
(Alon Alonオーキッドガーデンの事務所は、アメリカから輸入したガレージ(ガルバリウム鋼板でできた格納庫)。秘密基地のような、わくわくした雰囲気があります!)
(フルオートメーション(全自動)の温室。最新のシステムにより、遠隔での温室操作や、一度プログラムしてしまえば環境の変化により自動で温室の制御が可能です。)
那部:
息子が知的障がいを持って生まれてきた時、「このまま家族全体が不幸になる」と思いました。
不幸から抜け出したい、とにかくお金を稼ごうとサラリーマンを辞めて、ベンチャー企業を立ち上げました。仕事が軌道にのって、2、3年後には社員100人を抱える会社に成長したんです。子会社を含めて5社ぐらいの会社の社長をやっていました。
その時に、慶弔で取引先の企業さんから胡蝶蘭をいただくことがたくさんあったんですね。何かお祝い事があった際にはこちらもお返しに胡蝶蘭を送る。ダブルでおいしい商売だなとは思っていて、これを息子の仕事にできたら…と思っていました。
(たくさんの方からご支援を得て、Alon Alonオーキッドガーデンには現在ひと月に800株の苗が入荷し、すくすくと成長しています。いよいよ来年頭には出荷が始まります!)
──すごいですね…!では、今は社長業を続けながらAlon Alonの活動をされているのですか?
那部:
いいえ、会社はすべて別の上場企業へ売り渡し、その資金で不動産投資業を始めました。
私が亡くなった後も、息子は家賃収入で生きて行くことはできます。でも、それでは社会は変わっていかない。多額の設備投資をして「Alon Alonオーキッドガーデン」は完成しました。
(よりよい胡蝶蘭を、これから一緒に働く人たちと共に育て、お客さまへお届けできるよう、福祉の知識と胡蝶蘭栽培の知識を共有し、私たちも日々奮闘中です。作業の細分化を意識して一つ一つ丁寧に作業を進めています。)
──当初、周囲から「やめておいた方がいい」といった否定的な意見はありませんでしたか?
那部:
否定的な意見はなかったですね。
会社をやっていた頃から付き合いのある銀行や取引先の人たちも、施設を作ることを応援してくれました。そういう意味では、最初の下駄はあったと思います。
お金で幸せになれるわけではありません。しかし、お金で不幸になることはあると思うんです。
健常者が支配している世の中で、おいしい仕事は健常者が独占しています。喜ばれるお花を栽培して高く売るのは、健常者の立派な仕事。
今、日本の花マーケットは1,000億円市場と言われています。そのうちの3割、300億円を障がい者が担えるようになれば、新しい未来が拓けていくと思っています。
(2018年着工を目標に、障がいを持った人が安心して暮らせる施設「AlonAlonハウス」の建設を予定しています。生活に必要な設備だけなく、心も体も安心して一生暮らしていける場所。そんなイメージの施設は、バリ島ウブドのコテージをイメージし、木造無垢材を使用したリゾートのような造り。着工へ向けて着々と準備が整っています。)
──知的障がい者の方たちにとって、胡蝶蘭の栽培は難しくはないのですか?
那部:
重要なのは作業を細分化することです。水をやったり、花芽を摘んだり、剪定したり…。一つひとつの作業をできない人はいません。
役目を細分化し、働く人たちの適正や希望を見極めながら、一人ひとりのミッションを決めていく。苗の状態から出荷までには約6ヶ月かかりますが、一つの胡蝶蘭が完成するまでには、たくさんの人の手がかかっています。
──なるほど。
(鉢上げされた花の向きやバランスを調整して仕立てていきます。)
(仕立ての作業一つとっても、それに使う支柱の加工(貼り付けたり、曲げたり)などかなり作業が細分化されているのでお花に触る作業が苦手な方でも得意な作業を伸ばすことができます。)
那部:
胡蝶蘭を育てるにあたって、温度や湿度などの環境の管理は、長年栽培に携わった職人の勘が問われるところではありますが、栽培施設である「Alon Alonオーキッドガーデン」には最新のクラウドコンピューティングシステムを取り入れています。
ちょっとした変化もセンサーが感じ取り、例えば光が当たりすぎだったら遮光センサーが自動で降りたり、温度が高ければ自動的に温度を下げたりと、AI(人工知能)で品質の管理を徹底しています。
──すごいですね!
那部:
それ以外の人の手がかかる部分を、皆で役割分担して行います。
「Alon Alonオーキッドガーデン」の定員は20名で、11月からは本格的に稼働します。働く人をたくさん集めるというよりは、まずはしっかりケアを行いながら、余裕を持った運営をしていきたい。目標であった月額10万円のお給料もしっかり保証していきたいと思っています。
(当初、管理棟となるガレージの建設位置の関係で図面上では切り倒される予定だった木。スタッフ全員で実際に現地を視察した際、建築チームも満場一致でこの木を残すことに決めました。以後、Alon Alonオーキッドガーデンのシンボルツリーとなり、訪れた人たちはこのシンボルツリーとガレージの前で写真を撮るように。「除くのではなく巻きこんで、みんなが主役になれる場所」。そう思わせてくれる大切なシンボルは、今回のコラボデザインにも採用していただきました!)
──今回のチャリティーの使途を教えてください。
那部:
来年以降、「Alon Alonオーキッドガーデン」で胡蝶蘭栽培に携わる知的障がい者の人たちの雇用を安定させるためには、まだまだ栽培する胡蝶蘭の苗が足りていません。来年以降も、働くメンバーに10万円の工賃を約束するためには、年間2万株の苗が必要です。
今回のチャリティーで、そのうちの200株の購入資金・20万円を集めたいと思っています。ぜひご協力くだされば幸いです。
──1株1,000円ということなので、Tシャツ1枚あたり、胡蝶蘭0.7株購入のお手伝いができるイメージですね!
最後に、那部さんが描く理想の社会を教えてください。
那部:
駅のホームで車椅子の方が電車を乗り降りするのに、駅員さんが駆け寄ってスロープを持ってきて助けていますよね。
そうじゃなくて、車椅子の方がいたら周りが目配せして、知らない人たち同士で「よいっしょ」って持ってあげるような、そんな社会になってほしいと思っています。
障がいは、何も特別なことじゃない。世の中には右利きの人もいるし、左利きの人もいる。それと同じことだと思うんです。「適正な配慮のある社会」になっていったらいいなと思いますね。
団体名でもある「Alon Alon」は、私の大好きなバリの言葉で「ゆっくりゆっくり」の意味。焦ることなく、ゆっくりと一つずつ、ビジョンを叶えていきたいと思います。
──ありがとうございました!
(Alon Alonオーキッドガーデンのスタッフの皆さんと。左から理事長の那部さん、支援員の羽根田さん、施設長の渡邊さん、指導員の大澤さん。)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
障がいのある人もない人も、同じように自立し、遊びに出かけたり、趣味に没頭したり、人生を謳歌し、好きなことを楽しむ権利があります。そのためには、少なからず「お金」は必要になってきます。
…1ヶ月のお給料15,000円で、自立した、豊かな暮らしができるでしょうか?
「お金があることが幸せではないけれど、お金がないことで不幸になることはある」という那部さんの一言、とても心に残りました。障がい者の所得向上に取り組むAlon Alonさんのご活動を、ぜひ応援してください!
NPO法人Alon Alonホームページはこちら
Alon Alon胡蝶蘭販売ページはこちら
Alon Alonオーキッドガーデンのシンボルツリーとガレージをモチーフに、そこで憩う動物たちを描きました。
二つのモチーフが意味するのは、
「誰もが中心になれる場所」。
“Everyone is the hero”、「みんながヒーロー」というメッセージには、
誰しもが排除されることなく、
それぞれの人生を輝きながら生きていける社会を目指すAlon Alonの思いが込められています。