CHARITY FOR

地球の上では、みんな等しく尊い夢持つ子どもたち。「困ったら助け合う」、身近な社会貢献が当たり前な世の中に〜NPO法人みんな地球の子どもじゃん

「困っている人がいたら助けるということが、当たり前に浸透した社会を作りたい」。

訪れたインドネシアで物乞いする子どもたちを目の当たりにし「彼らの力になりたい」と今週のチャリティー先・NPO法人「みんな地球の子どもじゃん」を立ち上げた木村一雄さんは、そう話します。

「日本にいながらにして世界中のことを知ることができる現代。それでも、現地で起きている『本当のこと』は、わからない。わかりやすく、身近な社会貢献を提案していきたい」。

その思いは、インドネシアでの活動を経て、東日本大震災の後、福島の子どもたちの笑顔を守り、希望を育てるための活動へとシフトしていきました。

「身近な社会貢献」とは──。
活動への思いを、インタビューさせていただきました。

▲「みんな地球の子どもじゃん」理事の木村一雄さん。

今週のチャリティー

NPO法人みんな地球の子どもじゃん

「子どもたちの心への支援」、「子どもたちの希望を育てる」、「子どもたちの力を信じる」の3つを理念とし、アジアの子どもたち、日本の子どもたちの困窮する現状・今何をするべきかを発信し、様々なジャンルのアーティストの賛同を得ながら、目標に向かって夢をつかむ社会貢献の実現を目指すNPO法人。東日本大震災以降は、被災地の子どもたちの希望を育てる活動に力を入れています。

身近な社会貢献を感じたインドネシアでの活動

──NPOを立ち上げた経緯や、インドネシアでのご活動についてお伺いしても良いですか。

木村:
偶然訪れたインドネシアで、学校に通えないストリートチルドレンを目の当たりにしました。

話を聞くと、学校に通いたくても通うための手段がないと。それなら、送迎の手段がなくて学校へ通えない子どもたちに僕たちがスクールバスを届けようと任意団体を立ち上げ、「ART BUSプロジェクト」を始めたのが、「みんな地球の子供じゃん」の始まりです。

ご近所付き合いの中で、助け合いながら育ってきた世代。「目の前に困っている人がいるのに何もしない」こということに違和感がありました。

私がもともと音楽が好きだったこともあって、ミュージシャンや絵描きさんなどのアーティストと一緒に、2012年にプロジェクトを完成させました。

▲インドネシア・バリ島の恵まれない子どもやハンディキャップを持つ子どもたちの学校「YPAC」へ寄贈したアートバス。現地へアーティストも行き子どもたちと一緒にペイントしました。

──著名なアーティストの方が絵を描かれたりと、ご活動がアートと関係が深い印象です。

木村:
絵や音楽などのアートを通じてなら、一方的に与えるだけの関係ではなく、現地の人や、興味なかった人たちも巻き込みながら一緒になって楽しく身近なところから世界を変えていくことができる。

この活動を通じて日本にいるだけでは知ることのできない真実があるということを知りました。一方的な情報に惑わされるのではなく、「本当に必要なことは何なのか」、ちょっとしたことでも現場で真実を知ることの大切さを感じました。

また、日本へ帰って現地の問題を伝えたり、現地の人たちと協力する中で「社会貢献ってこういうことなんだ」というのを感じたプロジェクトでもあります。

▲スクールバスを寄贈した2012年1月20日。インドネシアバリ島YPACの子どもたちと。

「等身大の支援」を感じた東日本大震災での出来事

──東日本大震災後、活動拠点を国内に移されますが、背景にはどんなことがあったのですか?

木村:
2011年の4月、スクールバスを届ける準備に追われていたとき、東日本地震が発生しました。

いてもたってもいられず、情報もないまま食料品を積んで被災地へと向かいました。

子どもの玩具もたくさん積んでいったんですが、そもそも子どもの少ない地域へ行ったのもあり、玩具よりも、食べ物や生活用品が必要な時期であり、人や重機も足りていない状況でした。全然役に立てなかったんです。

▲被災地にて、支援した小学校の子どもたちから届いたありがとうのメッセージ。

木村:
「一体、自分は何ができると思ってここに来たんだろう?」と落ち込みました。そんなとき、偶然立ち寄った気仙沼の店で、おばあさんがいうには「地元の生まれで、戦争のときは空襲が大変だった。やっと持ち直してこれからっていうときに、またみんながいなくなってしまった」と。

僕とおばあさんと、二人してわんわん泣きました。そのときにふと「これで良いんだ」と救われたんです。

「自分に何かができる」という思い上がりではなく「自分で何をするのか」、手に持てる範囲で、ピースを埋めていくことしかできなくて、それを繰り返すことで、何か手助けになるんだということ。

「等身大の支援」の大切さを、実感したんです。

──そうして、活動のメインをインドネシアから福島へと移されたんですね。

選択肢は人それぞれ。ただ「困っている人」に手を差し伸べたかった

木村:
インドネシアで活動していた頃は、「みんな楽しい」がテーマだった。しかし、東日本大震災で「自分にできることしかできない」ということ、そして「続けるしかない」ということを、感じました。

震災の後、原発の問題が出てきましたが、ちょうど当時、僕の妻のお腹には子どもがいました。

原発のことを調べれば調べるほど、家族のこと、生まれてくる子どものことが不安になった。福島に住んでいるお父さんお母さんたちも、守るべき家族を抱え、同じ不安を感じているのではないかと思ったんです。

▲写真は2011年6月10日。仙台港を出発し15時間を経て苫小牧へ到着。苫小牧港から札幌を目指すためバスに乗るときの様子。テレビの取材が待ち構える。

木村:
何かできることはないかと情報を調べていると、原発事故の30km圏内の「避難区域」に指定されていない場所に住む人でも、「災害救助法適用地位」であれば、北海道が避難者を受けて入れていることを知りました。

他にも災害救助法適用地域の人たちには受け入れ先の自治体はたくさんあったのですが、震災の混乱の中困っている人たちに、十分な情報が届いていないと感じました。

そこで福島のラジオで呼びかけ、福島の子どもたちとその家族を北海道に届けるという活動をしました。

▲避難の際フェリーに乗り込む母と子。

──避難活動の背景には、どのような思いがあったのですか?

木村:
私自身が「原発反対派」だと思われることが多いんですが、原発に反対だからとか、賛成だからとか、そういう思いだけで支援を続けていたわけではありません。自分の立場に置き換えたときに、守るべき大切な人をどう守るのか、という思いが、原動力としてありました。

たくさん家族と接する中で目の当たりにしたのは、選択を迫られ、もがき苦しむ人たちの姿でした。

本当は避難したいけれど、家族の反対にあって直前で止めた人。
父親だけは福島に残り、母子で北海道に避難することを決めた家族。

避難を選ぶにしろ選ばないにしろ、家族それぞれ、みんな事情があるんです。にもかかわらず、報道には「避難した人はこうだ」、「残っている人はこうだ」と雑なカテゴライズや表現があふれてました。

そうじゃないのではないかと。人がいれば、その数だけ現実も、思いもある。世間の雑な判断やレッテルに怒りを感じながら、ただ目の前の不安に対し困っている人に手を差し伸べたいという思いもありました。

▲郡山駅前で我が子を抱きながら別れを惜しむ父親。この時の光景が頭から離れる日は無く、被災地に残るパパが避難先の家族へ会いに行く交通費を支援する「パパに会いたいプロジェクト」を始めました。

木村:
大事なのは「自分の目で見て、心でどう感じるか」。

ウソが本当かわからない情報に左右されるのではなく、真実を見て、自分たちができる範囲で助け合うこと。そのための情報や機会を発信していくことも、私たちの役目だと思っています。

大人も子どもも「みんな地球の子ども」で、ご近所さんなんです。困ったことがあったら、助け合う。「自分ができる小さなこと」が、社会貢献につながっていくと思います。

福島の子どもたちに笑顔を届ける「遊ぼう十和田!キッズサマーキャンプ」

──現在はどのような活動をされているのですか。

被災地で一人がんばるお父さんが、避難先の家族へ会いに行くための交通費を支援する「パパに会いたいプロジェクト」や、福島県の認定子ども園「神愛幼稚園」へ北海道のお米を届ける「WHITE LINKプロジェクト」、福島の子どもたちへの保養プロジェクト「遊ぼう十和田!キッズサマーキャンプ」などの活動をしています。

▲携わっている活動の一つ、「Pray for the earth」の様子。幅広い年齢層のお客様へ入場いただき、会場である「市民交流プラザ(トワーレ)」始まって以来の入場数を記録。震災支援、追悼だけでなく、歌ありダンスあり、幅広い年齢層が楽しめるイベントプログラム。

──今回のチャリティーの使途を教えてください。

木村:
今回のチャリティーは、8月に開催する「遊ぼう十和田!キッズサマーキャンプ」の運営資金として使わせていただきます。

今年で4年目となるこのキャンプは、福島の子どもたちが十和田の人たちと触れ合いながら、キャンプを通じて恵まれた自然の中で過ごす3泊4日の保養プロジェクトです。まだ不安が残る福島での生活の中で、少し現実から離れ、思いきり遊び、笑う時間を過ごしてほしいと思っています。

▲昨年のサマーキャンプ懇親会にて。歌っているのは震災以降誰にでも音楽が楽しめるようにと、ギターをウクレレに持ち替え被災地で活動するアーティスト・ハンサム判治さんのミニライブの様子。インドネシアから共に支援活動を行ってきた仲間であり、サマーキャンプにも東京から駆けつけてくれました。

──楽しそうですね!

木村:
初日は参加者も地元の人たちも一緒に集まって、私の家で歓迎会をやるんですよ(笑)。

子どもたちがのびのびと遊べるのはもちろん、お母さんたちにとっても、不安のある生活の中で、ふっと肩の荷が降りてリフレッシュできる空間になってくれたらうれしいと思っています。

今年の最重要課題は「安全」。今年は小田原湖で水遊びをするのもあって、いつも以上にスタッフを増員し、子どもたちを見守る必要があると感じています。
しかし、スタッフを増やす分、飲食代や交通費がかさんでしまう。今回のチャリティーは、スタッフ増員のための費用として使わせていただきたきます。

▲昨年のサマーキャンプでの十和田湖「宇樽部キャンプ場」。湖で遊んだりカヌーに乗ったり・・・自然の中思い切り遊ぶ子どもたち。

──チャリティーTシャツでお手伝いができれば幸いです!
ありがとうございました。

▲昨年開催にサマーキャンプにて。スタッフ、この活動を支えていただいている「十和田乗馬倶楽部」の方々、参加者のみんなで、毎年人気のプログラム「ポニーライダー検定」を終え記念撮影!

“JAMMIN”

インタビューを終えて〜山本の編集後記〜

「社会貢献」とは何か。「チャリティー」とは何か。
JAMMINにいながら、そんなことをふと思います。決して大げさなことや無理をすることではなく、困っている人に声をかけたり、手助けしたり、シンプルなことだと思うのです。

木村さんが「身近な手助け」をずっと実践されてきたことに感銘を受けました。

「みんな、同じ地球の上に住む、地球の子どもたち。友達なら、助けて当たり前だし、困ったときは、お互い様」。そんな言葉が、強く印象に残っています。

無理にがんばらなくてもいい。自分が心地良いと思う範囲でいいし、疲れたときは、休んでいい。大事なのは、「相手を思いやる気持ち」なのだと思います。

身近な社会貢献のあり方を、改めて考えさせられるインタビューでした。

私たちが、今できることは何でしょうか。

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“Playing like Crazy”.「夢中になって遊べ」。

母なる地球に抱かれて、大人も子どもも、安心して思いきり遊べる場。
「遊ぼう十和田!キッズサマーキャンプ」への思いを表現しました。

その空間はもちろん、キャンプで過ごす時間が
人生を夢中で遊び、生きていくための糧になってほしいとの願いを込めて。

Design by DLOP

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チャリティー入金報告

【THANKS】NPO法人みんな地球の子どもじゃんより、御礼とメッセージをいただきました!- 2017/10/25

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