
栃木県鹿沼市にある一般社団法人「三乗堂」が今週のチャリティー先。
仏像をはじめとする文化財の修理を行う工房です。
「『文化財』と聞くと、国宝とか重要文化財とか、国や県の指定とか、何か私たちの暮らしからはかけ離れたすごいものというようなイメージがありますが、私たちの工房では、人の暮らしと共にあり、長い時間をかけて受け継がれてきたものも、文化財として大切にし、次の世代へつないでいきたいと考えています」
そう話すのは、三乗堂を立ち上げた井村香澄(いむら・かすみ)さん(37)、中愛(なか・あい)さん(37)、森﨑礼子(もりさき・れいこ)さん(38)。
三人は工房を立ち上げる前に別の仏像修理の現場で出会い、「修理を通じて、人と人との輪をさらに広げられるような工房をつくりたい」と、2017年に三乗堂をスタートしました。そして、地域の中で、または個人の家庭で、受け継がれ、守られてきたお像たちと出会います。
活動について、お話を聞きました。

お話をお伺いした、左から森﨑さん、井村さん、中さん。「工房をはじめるにあたり最初にいただいたお仕事が、輪王寺大猷院二天門に安置される風神雷神像の複製像制作でした。2019年3月、お像を納めた後、制作の説明に改めて訪れた機会に撮影してもらった一枚です」
一般社団法人三乗堂
文化財を後世へ伝えるお手伝い。
文化財の保存修理を通じ、人と人との輪を広げられるような工房でありたいと考えています。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2026/09/14

「岩手県内個人蔵のお像の修理風景です。立ち上げメンバー3人の他に、新たに加わってくれたスタッフと打ち合わせしながら修理を進めている場面です。写真は、主に色合わせなどしているところ。どんな解釈で色を決めるか相談したり、修理跡が目立たないか、自然な仕上がりになっているかなどチェックしています」
──今日はよろしくお願いします。最初に、三乗堂さんの活動について教えてください。
森﨑:
栃木県鹿沼市にて、お寺や一般のご家庭、美術館や博物館からの依頼を受け、仏像をはじめとする木造彫刻の修理をしている小さな工房です。修理の依頼は、6割がお寺や神社、3割がご家庭、残りの1割が自治体や、美術館・博物館などからです。
──お寺や美術館からの仏像の修理依頼はなんとなくイメージが湧きますが、一般家庭からとは、一体どういった仏像になるのですか。
森﨑:
ご家庭の仏壇の中の仏さまや、代々地域で受け継がれてきた仏像や神像を個人で引き取っておられて、その修理の依頼などがあります。
『文化財』と聞くと、国宝とか重要文化財とか、国や県の指定とか、何か私たちの暮らしからはかけ離れたすごいものというようなイメージがありますが、私たちの工房では、人の暮らしと共にあり、長い時間をかけて受け継がれてきたものも、文化財として大切にし、次の世代へつないでいきたいと考えています。

栃木県内個人蔵の阿弥陀如来立像(修理前・修理後)。「実家の仏壇で先祖代々大切にされてきたお像で、欠損や傾きが気になっていたそうです。所有者さまが、私たちが取材された新聞を見て三乗堂を知ってくださり、修理をご依頼くださいました。お像は大きく傾き、光背の先端が欠け、台座も一部前後が逆になっていました。両手先には、『手の絵を描いた小さな板』が取り付けられていました。両手が失われていることを気にされた誰かが、こっそり修理されたんだなと思うと、じんわりきます」

栃木県内個人蔵の阿弥陀如来立像の修理の一部。「仏像は、たくさんの木のパーツが組み合わさってできているので、経年で接続部分が割れてきてしまうことがよくあります。また、手や足など、体から少し飛び出している部分は、いつの間にか失われてしまうことが多いです。失われた部分、足りないところはヒノキ材を彫刻して作ります(白い部分が新たに彫刻したところ)。小さな隙間には、木屎漆という漆と小麦粉と木粉を混ぜたパテを、オリジナルと新しい部分の境界に埋めて整えます。新たに作った部分は、オリジナルと同じように漆を塗り、馴染ませていきます」
中:
代々その地域だけで守られてきたような、それ以外は誰も知らないようなお像であっても、「大切な文化財に接している」という意識は常にあります。
時計の修理のように「壊れたところをただ直す」のではなく、その文化財が現代に伝わり、目の前にある理由や背景を探しながら、修理をご依頼いただく施主さんとも対話をしながら、一つひとつの修理と向き合っています。
三乗堂の修理の理念として「現状維持(お像の経てきた歴史を尊重した修理)」、「時代踏襲(お像が作られた時代の様式を踏襲)」、「耐久(この先も永くのこせる修理)」を大切にしています。修理にあたり、そのお像の雰囲気をまず変えないということと、どこをどんなふうに修理するかということを事前に必ず施主さんにお伝えするようにしています。
井村:
「修理できますか?」というご相談をいただく時点で、そのお像を修理したい、直したいという気持ちや覚悟を持っておられることがほとんどです。私たちとしては、確かな技術でその気持ちに寄り添い、大切なお像を、また次の世代につなぐお手伝いができたらと思っています。

栃木県内個人蔵の仏像。「光背の先端まで含めると高さが65cmほどになる、一般のご家庭にあるものとしてはかなり大きな仏像です。大正時代からあるということはわかっていたそうですが、それより以前のことはわからないそうです。パッと見はどこを修理したのかわからないかもしれませんが、実は台座がバラバラになっており、撮影のために仮に組み立てるのもとても苦労するほどでした。修理前は、仏像を台座に乗せることもできない状態でした」

「こちらの修理では、仏像本体よりも台座の方が大きな修理となりました。仏像自体は、経年による変化はありますが自立できており、脱落していましたが両手首もちゃんと残っていました。『最低限の修理で、今の状態のままなるべく長く保たせるためにどう修理するか』。工房の仲間だけでなく所有者さまとの話し合いも、修理工程の一つとしてとても大切なポイントです」

栃木県足利市指定文化財である最勝寺蔵仁王像修理の一場面。「所有者、彫刻史の研究者、市の担当者が集まってくださり、像の調査、修理の方針について話し合いました。私たちが修理を依頼される仏像は、修理を機にはじめて詳細な調査が行われるということがほとんどです。詳細な来歴が、お寺にも残っていないこともあります」
中:
私たちのところに修理をご依頼いただくお像の多くは、一部の地域や一般の家庭でずっと大切にされてきたようなもので、誰もが知る有名な仏像のように、大体的に公開されたり、専門家に調査されていないことが多いです。
修理の機会がなければ外に出てこないようなものがほとんどです。
修理は、なかなか表には出てこないその仏像を通して地域のことを知る機会にもなります。なので、私たちは「調査」も大切にしていて、彫刻史の研究者の方などに入っていただき、その仏像の歴史や受け継がれてきた背景を調べ、また後世へと伝えていく役割も果たしたいと思っています。

仏像の頭の内側。「お面のようになっていて、内側から目の部材(水晶片、和紙、木材、竹釘など)が嵌め込まれています。玉眼の技法を見ることができます」
──調査では、どんなことがわかるのですか。
森﨑:
「像容(ぞうよう)」といいますが、顔つきやかたちから、大体の造られた時代がわかってきます。地域ごとの特徴などもあって、その地域に詳しい専門の方に見ていただくと「この作者の流れを汲んだものだ」とか「あそこのお寺の仏像と関係がある」といった「つながり」が見えてきたりします。
そういった歴史や背景を知ることで、それまで以上に「大切にしよう」と感じていただけるところがあると思っています。
──確かに。背景を知ると、また捉え方も変わってきますね。
森﨑:
私たちが関わる仏さまは、誰からも知られずに今日まできているというものがほとんどです。
その仏さまのことや、それが作られた地域の背景が何もわからないまま、失われていくということも実は起きていて、寂しさを覚えます。

仏像の底。「仏像の底を見る機会はほとんどないと思いますが、像底の形で、仏像が作られた地域や、時代がわかることもあります。また仏像の内側に、文字が書かれていることもあります。この像にも『元禄』の文字が見えます。像底は仏像の構造(作り方)を理解する上でも、大切な情報がたくさんあります。大胆な鑿(ノミ)跡も残されています」

逆さにつけられた手。「所有者の方が、心配のあまりご自身で修理されるということがよくあります。そんな痕跡を見ると、大切にしたい気持ちが伝わってきます。部材の取り付け方が間違っていても、失われなければ、いつか修理することができます」
中:
三乗堂を設立するまでは、私たちも修理の依頼はお寺と神社からだけだと思っていました。
しかしはじめてみると、たとえば廃寺の仏像など、行き場を失ったり壊されたりする寸前の仏像が一般のご家庭で受け継がれており、その修理依頼などをいただくようになりました。
そのようなお像が、今も大切に受け継がれているということを、私たちもお客さまと出会う中で知ったのです。
──そうなんですね。
森﨑:
現代まで受け継がれ、目の前にあるお像は、昨日今日作られたものではありません。
現代の感覚で、どのようなものであるかがわからないがゆえに「修理して残す価値があるのか」「処分を検討している」というような話や、お像を気にかけて管理する人が減ってしまい、気がついたら盗まれて売り捌かれていたという話も耳にします。

「こちらの不動明王像は、鹿沼市内の小さな集落で大切に守られてきた仏像です。一年ごとに担当する家を替え、それぞれの自宅で祀られてきました。私たちに修理を依頼してくださった方は、数年ぶりにご自身の家へ像が回ってきたとき、その姿を見て驚かれたそうです。仏像をよく見ると、腕と持物である宝剣が失われていました。さらに、台座に据えることができなくなった像は、光背に接着剤で直接固定されていました。依頼者は、ご自身が担当するこの機会に修理しようと決意され、私たちに連絡をくださったのでした。私たちは、仏様として自然な姿に見えるよう、必要最小限の修理を行いました。それから3年後、この集落では高齢化などを理由に、像を各家庭へ回して祀る習わしを終えました。現在は公民館に安置され、地域で守り続けているそうです。修理を終えたお像をお返しした際、依頼者が涙を流して喜んでくださったことは忘れられません」
森﨑:
…でも、その地域で現代にまで受け継がれてきたことには何か必ず意味があって、今、その意味を見つめ直してみることが、もしかしたら大切なのではないかと感じます。
時代の流れからは逆行していると思いますが、何百年も大切に受け継がれてきたものを、今の代で「よくわからないから」「あっても、自分たちにはどうしようもないから」と、突然断ち切ってしまうということに対する懸念や疑問もあります。
──…確かに、「コスパ」とか「タイパ」とか「ブランド」とか、目に見えてはかれるような価値が優先される今の時代です。
井村:
守る人がいなくなってしまったけれど、地域や個人の方が一生懸命動かれてギリギリ守られるお像がある一方で、今はもう価値がないと大切にされなくなってしまったお像は、きっと各地にあるのではないかと思います。
お像の存在が、現代の人々の生活のテリトリーに入るまでもなく、知らぬ間に消えて、存在自体がなくなってしまうこと。そこに危機感を覚えます。
仏像や神像は、オンリーワンすぎるものです。それが地域からなくなることで永遠に失われてしまう価値や資料というのは、はかりしれないと思います。

宮城県個人蔵の薬師如来坐像と伝わるお像。「昔あったお寺で祀られていた仏像で、火事の際に近くの池に投げ込まれて消失を免れたと伝わっているそうです。現在は所有者の自宅の敷地内にあるお堂で、ご家族でお守りされています。虫にたくさん喰われて穴だらけで、仏像かどうかも初見ではわからないほどの状態でした。これまでも『焼損仏』と呼ばれる、焼けてしまった仏像の修理のご相談をいただくことがありましたが、実際に三乗堂で処置をしたのは初めてでした。足りない所の復元はせず、現在の状態をなるべく保つ処置を目指しました。虫穴を全て埋めて目立たなくし、自立できない像のためにスタンドのようなものを作り、坐像とわかるように整えました。このような姿になっても、長年大切に守られてきたことに感動しましたし、また次の世代に受け渡すお手伝いができたことが、純粋にとても嬉しかったです」
中:
昔の人にとって、信仰は生活に身近なものでした。
「これを守らなきゃ」と思わなくても、生活の一部として当たり前に仏像や神像が受け継がれ、守られてきたのだと思います。一方で今は、信仰から派生するあらゆる生活の所作が消え、信仰からかけ離れた暮らしがあって、お像を守っていくには、どれだけ意識をしなきゃいけないかというところがあると思います。
──確かに…。
中:
…ただ、そのお像が作られるためには、そのお像に込められた人々の願いや祈りがあったはずです。それを作った人だけなく、制作を依頼した人、守ってきた人…、たくさんの人が関わって、今日、目の前にあるわけですよね。

神奈川県南足柄市・弘済寺蔵の地蔵菩薩坐像。「『子育て地蔵』として、地域の方々から信仰されています。戦時中には、お寺が子どもたちの疎開先となり、お堂は子どもたちにとって遊び場だったそうです。現在のご住職が住職になられた当初から修理をしたいと考えていたものの、約20年、どこに修理を依頼すればよいのかわからずにいたそうです。そんな中、岡山県の高蔵寺様から三乗堂をご紹介をいただいたことをきっかけに、修理への思いが仏縁によってつながり、今回の修理へと至りました。お像は、かろうじて右腕が残り、脚部や台座には虫損や鼠害と思われる大きな穴が確認されました。持ち物も失われ、代わりに木製の球状のものが手に持たされていました。光背は自立することができず、建物の壁に寄りかかっている状態でした。修理のためお像を搬出する際、ご住職が涙を浮かべながら『寂しいな』と言葉を漏らし、車が見えなくなるまで見送ってくださった姿が、今も強く印象に残っています。ご住職のご尽力により、約200名の方々から寄付が集まり、そのお名前をご住職の奥様が手書きで記した巻物を、お像の胎内に納めました。多くの方々の思いとご縁が、このお像の未来へとつながる修理となりました」
中:
現代の宗教離れ、お寺離れは、お像が守られていくことにも直結します。なぜそのお像が生まれ、受け継がれてきたのか。先人やご先祖の祈りに思いを馳せ、今とのつながりを感じること、そしてそれを次の世代にも伝えていくということをしないと、このままでは、文化財はもっともっとないがしろにされていくでしょう。
人と地域との結びつきが薄くなり、「地域の皆で」や「自分の生まれた地域のもの/ことを大切にする」という感覚も、薄れてきていると感じます。
修理に携わっている中でも、「あのお像はどこそこの持ち物(所蔵)だから、自分には関係ない。なぜ自分が関わらないといけないのか」というような感覚を時折、感じます。
──お像は変わらないのに、お像を取り巻く環境が、さまざまなことにおいて、昔と全く変わってしまっているんですね。
森﨑:
自分に縁のある地域、またご先祖との「つながり」に思いを馳せた時に、もしかしたら文化財の見え方は、少し変わってくるかもしれません。
関わらせていただくお像の修理だけでなく、そこに込めたられた人々の思いも一緒に、後世へと伝えていくお手伝いができたらと思っています。

栃木県足利市光得寺の木造地蔵坐像、通称「黒地蔵」。「2021年、仏像史の専門家の先生から修理のご相談をいただきました。当時は別の工房で修理が進められていましたが、施工が難しくなり、私たちが修理を引き継ぐことになりました。それまで手がけてきた仏像は大きくても50cmほどでしたが、このお地蔵様は坐像で像高1m弱。私たちにとっても大きな挑戦でした。引き継ぎの際には、像内から虫やヤモリが何匹も出てきたという話を写真とともに伺い、とても驚いたことを覚えています。また、長年にわたるお寺の方々や檀家の皆様の願いが込められた修理であることを知り、何としても無事に終えたいという思いでお預かりしました。修理を進めると、多くの部材が使われ、細部まで丁寧につくられた、とても見応えのあるお像でした。
このお地蔵様には、『夜ごと豆腐を買う僧侶を村人が追うと、地蔵堂で姿を消してしまう。ふと地蔵を見るとその口元が濡れており、僧侶の正体は、実はお地蔵様だった』という伝承が残っています。以来、『豆腐喰い地蔵』と呼ばれ、豆腐を供える習慣が生まれたといいます。長く地域に親しまれてきたお地蔵様の修理に携わることができたこと、無事に修理を終えられたことを、嬉しく思っています」
→こちらの「黒地蔵」は、2026年10月24日から12月20日まで、東京・千代田区にある「半蔵門ミュージアム」で開催される特別展「足利樺崎寺と運慶 ―二体の大日如来像―」で展示されます。ぜひ実物をご覧ください!

最初に借りた工房の様子。「最初に借りた工房は、自転車販売店の倉庫の2階でした。起業も内装も、初めてのことだらけでしたが、いろんな方の協力や助けによって、鹿沼という縁もゆかりもなかった土地で工房を始めることができました。今、修理させていただいている仏像たちも、この日がなければ出会うことがなかったと思うと、とてつもないご縁を感じます」
中:
百年や千年も前に作られた仏像があります。
一体どうやったら千年も先にのこせるのか。一人がどれだけ一生懸命がんばっても、千年ってムリです(笑)。千年のこすために、とりあえず千人は関わっているでしょう。
千年、千人が関わってきた仏像というのは、今の技術で、3Dプリンターでサッと作るものとは、訳が違います。

修理で使う道具たち。「彫る対象によって、たくさんの鑿や彫刻刀を使い分けます。刃物は基本的に個人で揃えて、自分で研いで手入れをして使っています。写真は、図面を引いた後、木で彫る前にサンプルを作って、形や大きさを確認しているところです」
──確かに。たくさんの人たちの祈りや思いが具現化され、そしてそれが年月を超えて今日まで、目に見えるかたちでのこされているものなのかもしれません。
森﨑:
「また次の世代に受け継いでいく」と考えた時、私たちの修理は、通過点でしかありません。ここで終わりでは絶対にないんです。
百年先、千年先、また次の誰かが守っていくだろうという希望も込めて、「また修理が入る」ということを大前提に、次の修理の際にやり直しができるかたちで作業をするということにもこだわっています。

「栃木県内の神社で、『御神楽』という舞に今でも実際に毎年使われるお面です。修理痕を見ると一度まっぷたつに割れ、鼻も折れていたようでした。左右がズレて接着されていたため、昔の接着を全て外して、ズレのないように接着し直し、色の抜けたところを補彩しました」

「お面の修理が終わり、最初の出番のお祭りの様子です。安心して使っていただけるようになりました」
──修理師としてお像に触れられる時、何か、そのお像の作者や前に修理をした方と、時を超えた対話のようなものがあるのかなと思ったのですが、いかがですか。
井村:
お像の造形はどれも本当にカッコよく、気持ちと技術を込めて作られたことがわかりますが、その内側に職人の人間性が垣間見えることがあって、そんな時はとても温かい気持ちになります。
中:
今は電気があるので、朝でも夜でも、いつでも好きな時にお像を彫ることができます。
だけど電気がなかった時代は、太陽が出ている間に山に入って木を彫り、暗くなる前には彫るのをやめて帰っていたんだと想像します。だから、時間との戦いもあったんでしょうね、なんとか急いで彫っているような跡もあって、人間味を感じます(笑)。
森﨑:
最近の事例でいうと、過去の修理痕で、釘1本で足りるところに5本ぐらい打ってあったりして(笑)。「ここ、絶対に落としたくなかったんだろうな」と想像したり、中には髪の毛が入っていたりすることもあって、時を超えて、私たちの前に修理した人の息づかいを感じるということはあります。

仁王像の大きな部材の内側。「鑿(ノミ)跡を見ると、刃が欠けているなとか、この堅い部分は苦労しただろうなとか、こんな大きな木を何日で彫ったのかななどと思いを馳せます」

足利市最勝寺の仁王像・阿形像の解体後の写真。「以前の修理によって取り付けられた部材もたくさんありました。解体した時には、右足の付け根あたりから、大きな蜂の巣(蜂は引っ越し済み)が出たこともあり、たくさん驚かされました。調べてみると、ヒノキやカヤ、モミの仲間など、いろんな樹種で作られていることがわかりました」
──これまで修復に関わられた中で、印象に残っているお像を教えてください。
森﨑:
一つひとつがどれも印象深いですが、今年(2026年)に納めた、同じ栃木県にある大岩山多聞院最勝寺(大岩山毘沙門天)の山門の2体の金剛力士像の修理が、特に印象に残っています。
2.6メートルある非常に大きな仁王像で、最初は調査だけの予定で専門の方たちが調べたところ、亀裂が入っていたり、首が落ちていたり、色が変わっていたり、胸に蜂の巣ができていたり…あちこちに損傷があることがわかり、最勝寺さんからご依頼をいただいて修理をさせていただきました。

仁王像の一番大きなパーツを仮組しているところ。「重たかったです!修理するのも一苦労ですが、作った時は、一体何人の方たちが関わったのでしょうか?!」
井村:
X線をはじめとする科学的な調査を外部の研究者の方にしていただき、仏像の構造や作られた時代、何回修理がされているのかといったことも見えてきました。
顔と体で木材の種類が異なっていたのですが、実は顔と体で作られた時代も異なっていたり、阿形像と吽形像でまた作者が違ったりといった、見ただけの調査ではわからなかったこともわかってきました。
中:
過去の修理で、虫に喰われたり腐ってしまったりした小さな隙間に薄板をはめていたり、外からは見えない場所に「こことここをくっつける」という印をつけていたり。そういった痕跡を見た時は、「わかるわかる」というシンパシーを感じたりしながら、皆で修理をしました。
「今でも同じ方法で修理するだろうな」というものもあれば、「今だったら、これじゃなくてこうしたな」というものもありますが、時空を超え、同じ一つの仏像を一緒に見ているような、一緒にその場にいるような不思議な感覚がありました。

「2026年3月、山門にお帰りいただきました。これからもたくさんの方にお参りしていただきたいです」

「国内外で研究が重ねられている修理技法や材料について学びながら、新しい方法も少しずつ取り入れています。写真は、剝落しかけた漆の層を、元の位置へ戻しているところです。注射器で接着剤を注入した後、鉄の玉を入れた袋を重しとしてのせ、漆の層を押さえます。私たちは、この仏像が将来、次の世代の修理者によって再び修理されることを前提に作業を行っています。今回の修理が未来の作業を難しくしないよう、接着力がやさしく、再処置のしやすい材料を選んでいます」
──現代の技術を活かしながら、時を超え、お像と、そこに関わってきた人たちの思いに手で触れていく。とても特別なお仕事だと思うのですが、皆さんがやっていて良かったと思うのはどんな時ですか。
井村:
修理したお像を納品させていただく際の施主さんの反応は、何にも代え難い喜びです。
修理・調査をきっかけに、そのお像について新しい情報が得られた時も良かったと思いますし、「きれいになったお像を、皆にお披露目するようになった」とか「皆で手を合わせる機会を持つようになった」など、修理がきっかけで新しく「こういうことができるようになった」というお話を伺うと、「修理のタイミングだったんだな」と感じるし、関われて良かった、やっていて良かったと思います。

解体した台座。「台座は、たくさんのパーツを組み上げて作られています。写真ではひとつに見えるパーツでも、実は小さい部材をたくさんくっつけて作られていたりします。一つひとつに漆を塗って、金箔を押して仕上げて…。時間もお金もかかる手仕事を見ると、信仰心の強さを感じます。台座のパーツには、目印や数字が書いてあって、作られた職人さんにも思いを馳せます」
森﨑:
そうですね。施主さんに喜んでもらえるのは何よりですし、修理をして、皆さんが安心して拝める姿に持ってこられた時は、良かったと思います。
三乗堂に入院し、きれいになって退院していく。その時にやはり、お像自身も元気になっているというか、何かしらのパワーが発動していると感じます。
修理前後で違うというのはもちろんそうですが、修理を終えて工房から元にあった場所に戻した時も、やっぱり見え方が違うんです。「威厳を取り戻した感じがするね」と皆で話しています。
中:
お像は人間の姿をしているので、手や足が欠けていたりボロボロだったりすると、お参りする側も痛々しくて手を合わせづらいということがあると思います。
修理をして本来の姿に近いかたちに戻ると、痛々しさを感じず、安心して、純粋に手を合わせられますよね。

「『この仏様は、こんな持ち物を持っている、こんなポーズをしている』など、仏像には、いろいろと決まりがあります。この地蔵菩薩像は、左手首先が失われ、右手に持っていたと思われる錫杖も無くなっていました。そこで、宝珠を持った手と錫杖を、ヒノキ材で制作しました。形状は、この仏像の彫刻の雰囲気に合わせて作っていきます」
井村:
破損してなくなってしまっているような場合は、修理しようにも手掛かりがないので、同時代の資料を見たりして試行錯誤しながら作業します。「想定復元」と言って、「きっとこうだっただろう」と想定して修理するようなかたちです。
図面を引き、それを檜(ひのき)に鉛筆で転写して、少しずつ彫っていくのですが、違うなと思えば作り直すし、色などもできるだけ、本体に馴染むように着色します。
昔と変わりなく、人がそのお像の前で、違和感なくスッと手を合わせられるようにと心がけています。

文化財を通じた交流も。「地域の文化財に気づき、愛着を持ってもらえるきっかけになればと企画した『仏像修理工房が案内する鹿沼の自転車ツアー」の一場面です。檀家でなければ地元のお寺を訪れる機会はなかなかありませんが、お寺の方たちに快く受け入れていただき、参加者全員で、数珠回しのおつとめを体験しました。このツアーは、創業当初の工房の大家さんでもあった自転車店の方との共同企画でした」
──三乗堂の皆さんの思いと技術があってこそ、ここから先に、また祈りが受け継がれていくのですね。最後に、チャリティーの使途を教えてください。
森﨑:
小さな寺院さんや地域の文化財は、修理以前に、現状を記録することさえ難しいことが多いです。今のところ、私たちのところには修理を前提としたご相談いただくことが多いですが、すぐの修理を考えていなくても、まずは現状を調べて記録をのこすというところでハードルを下げられたらと思っています。
今回のチャリティーは、調査や劣化状況の記録、応急処置、相談対応など文化財を守る初動支援費として活用させていただく予定です。ぜひ、応援いただけたら嬉しいです。
──貴重なお話をありがとうございました!

2026年、修理した最勝寺仁王像の設置の作業の合間に、皆さんで記念撮影!「風神雷神複製像の設置の際にもお世話になった、日光の伝統建築専門の職人さんたちとの一枚です」
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
全くの偶然なのですが、近くのお寺の秘仏が久しぶりに公開されるというところに出くわし、ちょうど三乗堂さんのインタビューの前だったので、何か不思議な巡り合わせだなと思って見てきました。
平安時代に作られたというその仏像を見た瞬間、私が真っ先に感じたことは「祈り」でした。作り手の祈り、守ってきた方たちの祈り、その仏像自身の祈りです。現代を生きる我々は、その祈りを受け止められているのか?先人たちが願い、守り、きっと後世に託したであろう平穏な世を築けているのか?…静かに佇むその仏像と、申し訳なくて目が合わせられないような気持ちになりました。だけど祈りに触れ、ありがたく清々しいような気持ちにもなりました。
お三方のお話を伺いながら、インスタントでディスポーザブルな今の時代に、受け継がれてきた各地の文化財がもたらす光を再度、認識した気がします。

【2026/9/14-20の1週間限定販売】
人から人へ、手から手へ。
一つの文化財を通じ、時代を超えて人々が対話し、光や希望、祈りを紡いでいく様子を表現しました。対に描いた手は、ここまで引き継がれてきた文化財そのものだけでなく、それを守る技術や思いもまた、色褪せることなく次世代へと手渡されていってほしいという思いを込めています。
“From the past to the future(過去から、未来へ(そのために、今がある))”というメッセージを添えています。
JAMMINは毎週週替わりで様々な団体とコラボしたオリジナルデザインアイテムを販売、1点売り上げるごとに700円をその団体へとチャリティーしています。
今週コラボ中のアイテムはこちらから、過去のコラボ団体一覧はこちらからご覧いただけます!