CHARITY FOR

「馬と一緒に生きる」。1頭でも多くの引退競走馬に、安定した馬生を〜NPO法人引退馬協会

華やかな競馬の世界。その裏で、人知れず生きる場所を失っている馬たちがいることを、皆さんはご存知でしょうか。

1997年、引退馬のその後の馬生が闇に葬られていた時代に、「1頭でも多くの引退馬を救いたい」と、任意団体を立ち上げ、1頭の引退馬をたくさんの人で支える里親制度「フォスターペアレント制度」をスタートした沼田恭子(ぬまた・きょうこ)さん(73)。
2011年にはNPO法人「引退馬協会」を設立し、多くの引退馬の余生をサポートしてきました。

「活動を始めた30年ほど前は、『引退馬』という言葉すらありませんでした。それは当時、『引退馬が、その後も生き続ける』ということが、社会として認められていなかったと言っても過言ではありません。
当時から今日に至るまで、『馬と横並びで、馬と一緒に生きよう』という思いは変わらず、活動しています」と沼田さん。

ご活動について、代表理事の沼田さん、専務理事の加藤(かとう)めぐみさん(61)にお話を聞きました。

お話をお伺いした代表理事の沼田さん(写真左)、専務理事の加藤さん(写真右)。オーストラリアで100年続く若者支援を行うNPO「Smith Family」のルイーズ・ウッズ氏(中)と。「引退馬協会も、100年活動を続けるために頑張ります!」

今週のチャリティー

NPO法人引退馬協会

1頭でも多くの引退馬に安定した馬生を過ごしてほしいという思いから、馬と人とをつなぐ事業を行っています。

INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2026/03/23

「馬と横並びで、馬と一緒に生きる」

「『メイショウドトウ』は、今年3月25日で満30歳を迎えます。フォスターホースの中でも随一の人気を誇り、多くのフォスターペアレント会員の皆さまに支えられています。その支援は、会員数が集まりにくい他の馬たちを、馬同士の相互扶助の形で支える仕組みにもつながっています。当会の看板馬として迎えたいとの思いから、現役時代から種牡馬時代までのオーナーである故・松本好雄氏にお願いして譲渡を受け、フォスターホースとなりました」

──今日はよろしくお願いします。最初に、協会のご活動について教えてください。

沼田:
引退馬協会は、1頭でも多くの引退馬に安定した馬生を過ごしてほしいと2011年に設立したNPO法人(2013年に千葉県より「認定」を取得)です。
活動の柱は、協会として所有する引退馬を、たくさんの会員さんに支えていただいて最後まで見守るフォスターペアレント事業で、3月23日現在、62頭の馬(フォスターホース)がいます。私たちが直接、すべての馬のお世話をしているわけではなく、それぞれの馬の個性を大切に、北は北海道から南は鹿児島まで、信頼できる施設に馬を預託しています。

加藤:
ほかにも、引退馬をリトレーニングし、次の馬生へとつなぐ再就職支援プログラム、引退馬協会の里親制度の運営ノウハウを活かし、同じように引退馬を養いたいという人をサポートする引退馬ネット事業を行っています。
また、引退馬の現状を一人でも多くの方に知っていただくために、馬と親しむふれあい活動や啓発活動、グッズの販売なども行っています。

2026年3月15日に開催された、馬理学セラピスト・藤本美芽氏(エクイエンス株式会社代表)によるワークショップ「馬とのコミュニケーションツール」第1回(全3回)。「『馬と人が安全にブラッシングできる方法』をテーマに、馬の反応の読み取り方や、安心してもらうための接し方、ブラッシングのポイントなどを、実践を交えて学びました」

沼田:
活動はこれらに限らず、引退馬が安定した馬生を過ごせるよう、前身団体を立ち上げた30年ほど前から、その都度、必要に応じてさまざまな活動をしてきました。

NPO法人になった2011年は、東日本大震災が起きた年です。当時、福島にはたくさんの引退競走馬が暮らしており、被災した馬たちへの支援が、NPOとしては最初の活動でした。

──活動自体は、もっと前からやっておられたんですね。

沼田:
30年近く前、1997年に前身団体を立ち上げ、引退馬の里親制度の運営を始めました。
当時からずっと、「馬と横並びで、馬と一緒に生きよう」という思いは変わりません。目の前にある課題を見逃さず、馬たちときちんと向き合うということは、常にやってきたと思っています。

東日本大震災で被災した馬の支援。(左上)医療支援。(左下)飼料支援。(右上・中)地震と津波により被災した当時の様子。その後、被災馬フォスターホースとなった「コッチャン(競走名:トーセンクレイジー)」。(右下)現在は馬運動ニューロン病を患い加療中だが、のびのびと暮らすコッチャンの近影。「緊急支援を行った馬のうち6頭がその後、被災馬フォスターホースとなり(うち1頭は永眠)、現在ものびのびと暮らしています」

レースで成績を残す馬はほんのわずか。
しかし年間、8000もの新しい命が生まれている

「メイショウボーラー」も、たくさんのフォスターペアレント会員さんに支えられている1頭。「昨年、疝痛により開腹手術を行いました。種牡馬時代はごく限られた人しか触れず、フォスターホースになってからも恐れられる存在でしたが、入院経験から人間に寄りそうことを学び2025年秋のツアーでは全員とツーショット写真を撮れるほどフォスターホースとしての成長を見せてくれました」

──そもそも、引退した馬はどう過ごしているのですか。

加藤:
競走馬は、最も多い時で年間1万2000頭、今でも8000頭ぐらい生産されています。
しかしその中で、競走馬として結果を残す馬はほんのわずかです。人間が意図的に繁殖して生まれてきた多くの馬が、どうしても生きる場所がないということが起きています。

沼田:
2017年頃からはJRA(日本中央競馬会)も参加し、引退馬の活用は少しずつ進んでいます。
馬に関わる人たちが同じ方向を見始めた今こそ、さらに進めていかなければなりません。
馬とのふれあいを通じて課題を認識してもらったり、一人でも多くの方と、引退馬の活用を一緒に考えたり…。微々たるものかもしれませんが、活動を通じて、1頭でも多くの引退馬が、安定した馬生を過ごしてほしいと思っています。

──競走馬として結果を残さなければ、引退後に生きる場所がないのですね。

加藤:
はい。しかし成績を残せる馬というのは、本当に一握りです。
牡馬(オスの馬)の場合、3歳馬のレースの頂点であるダービー馬(東京競馬場で開催される「日本ダービー(東京優駿)」で優勝すること)が、最も目指すところだと思いますが、年間8000頭が生産される中、そもそもレースに出られるのはたった18頭。さらにその頂点になる馬ということがいかに大変であるかがわかります。

中には、レースデビューまでいきつかない馬もたくさんいます。
再就職支援プログラムで受け入れた馬の中に、生まれつき片方の視力がない馬がいます。あるいは、途中で怪我をする馬もいます。その馬の持つ能力、先天的・後天的な理由でどんどんふるいにかけられて、デビューすらできないという馬もたくさんいるのです。

JRAでは、未勝利戦が開催される9月上旬までに勝ち上がれないと登録抹消となります。
登録が抹消されると、その馬はその後、地方競馬へ行くか、乗馬になるか、お肉(食肉)になるかという進路選択を迫られます。

中には、地方のレースで長く走る馬もいます。でも、いつかは引退します。その後、運良くリトレーニングを受けてキャリアチェンジができれば良いですが、そうではない馬たちが食肉になるというのは、実はこの世界では既定路線なのです。

再就職支援プログラム第13期生として乗馬のトレーニングを受けた「ウインスプラッシュ」は、ポニークラブの子どもたちを乗せて馬場馬術大会で活躍中。「馬場馬術競技3課目Aクラスで常に1位、2位の上位の成績を残しています」

──そうなんですね…。

沼田:
国内に500ほどの乗馬クラブがあるとして、そこで活躍している引退競走馬は6割ほど。引退馬をリトレーニングして乗馬にするというのは昔から行われてはいるものの、引退馬全体から考えると、本当にわずかな数です。

加藤:
さらには乗馬クラブも、無限に馬を受け入れられるわけではありません。新しい馬が入ると、その分、年をとった馬やケガをした馬は外に出されてしまいます。

日本では、競走馬に特化して馬が繁殖されています。つまり、日本で生まれた馬は、ほとんどがサラブレッド(競走馬として品種改良された馬)です。

一般論ですが、サラブレッドの気性は、乗馬としての適性はあまり高くなく、引退後に乗馬にキャリアチェンジするとなると、リトレーニングにはかなりの時間と技術が必要です。でも、競走馬に特化している日本だからこそ、引退したサラブレッドをずっと以前から活用してきましたし、それが現在では、競馬界全体での取り組みとなってきました。

海外の競馬関係者は、競馬場でサラブレッドが誘導馬として活躍していることに大変驚かれていました。

再就職支援プログラム第23期生の「プライムセラー」。「福島県にて乗馬トレーニングを受け、物おじしない性格と大きな体を見染められ、現在は南相馬市で家族としてかわいがられています。飼い主の稲田一哉氏と築き上げた信頼関係から、馬混みに進んで入り、打ち上げられる2本の御神旗を奪い合う御神旗争奪戦でも大活躍」

一度外に出してしまったら、
殺されるか生かされるか、わからない命

──引退馬協会を設立したきっかけを教えてください。

沼田:
主人から乗馬クラブを引き継いで責任者にならないといけなくなった時、技術がなく、いろいろなことも重なって、乗馬クラブにいた馬たちを十分に活かしてあげられない状況が生まれました。

そうすると経営的には、乗馬に向いていない馬を外に出さないといけない状況になります。
でも一度、馬を出してしまったら、運良く生かされるかもしれないけど、殺されてお肉屋さんに並ぶことも考えられる。むしろその可能性が高い。そのことがわかっていましたから、ものすごく違和感を感じながら、私自身何度か馬を出すという経験をしました。…馬産業では当たり前とされていたことに、決して慣れることができませんでした。

──そうだったんですね。

沼田:
何も心配せずに馬を養うことができたら、どんなにいいだろうか。
ならば、1頭の命をたくさんの人で支えればいい──、そのように考え、この現実をなんとかしたいという思いから、1997年、1頭の引退馬をたくさんの人で支える「フォスターペアレント制度」をスタートしました。

フォスターペアレント制度は乗馬クラブとしての運営ではありませんでしたが、以降は乗馬クラブの馬たちも最後まで乗馬クラブで面倒をみると心に決め、実践しています。

加藤:
フォスターペアレント制度の開始に先立ち、当時、まだ始まったばかりのインターネット上で「里親制度を設けて引退馬を生かしていこうと思うけど、どうだろうか」と問いかけたところ、大きな反響がありました。

競馬で走る馬たちが、引退後も幸せに暮らしていると思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。多くの心配の声とともに「応援したいから、ぜひ里親制度を」という声をいただき、活動の背中を押してもらいました。

沼田:
今は30歳ぐらいまで生きられる馬が出てきましたが、当時はまだ、馬の寿命がどのくらいというのがわからなかった。たった30年ほど前の話ですが、「引退馬が寿命まで生きる」、つまり「人間が最後まで、責任をもって馬を飼う」という発想自体が、一般的ではない時代だったのです。

今でも、必要ないとされた引退馬が売買され、肉用馬へ用途変更されています。

2頭目のフォスターホースとなった「ハリマブライト」。「地方競馬で1勝を挙げたのみですが、当時から引退した競走馬を引き取る活動をされていた『競走馬を生かそう会』の代表の加藤朝子さんの仲介により、3歳でフォスターホースとなりました。本来なら処分されてしまっていたかもしれないハリマブライトですが、周囲の優しい人たちとのご縁で、2022年(満27歳)まで元気に暮らしました」

「引退馬が、その後も生き続ける」こと自体、
認められていなかった社会

背中に人を乗せるグラールストーン。「不慣れな乗り手をなめて動かない馬が多い中、グラールはいつも一生懸命、技量不足の乗り手をも楽しませるべく良く動いてくれる馬でした。たくさんの方が、グラールから乗る楽しさを教えてもらったと思います。一方で仕事以外では、いつも三枚目キャラで私たちを楽しませてくれました」

沼田:
フォスターホースの第1号として「グラールストーン」という馬を迎えた時、馬はテレビや競馬場の中の世界にいるのではなく、確かな命があって生きているんだということを皆さんに感じていただきたかったので、すぐにふれあいの機会を設けました。
里親になってくださった方たちが集まって、皆さん、馬の大きさや温かさ、競馬場やテレビで見るのとはまた違う姿に、驚いておられました。

グラールストーンは中央競馬、地方競馬で走った後、生産牧場である「渡辺牧場」(北海道浦河町)で余生を過ごしていました。馬を大切にされる牧場ですが、グラールストーンをずっと置いておくわけにもいかず、牧場さんの方は引き受け先を探しておられました。

馬は、本当に巡り合いです。
ご縁あってグラちゃん(グラールストーンの愛称)が私たちのところに来ることになり、渡辺牧場の渡辺さんとも親しくやり取りをさせてもらいながら、引退馬のことをより深く勉強させてもらいましたし、引退馬のために一生懸命活動しておられた方たちとの、新しいつながりも生まれました。

今でこそ、私たちが一番長くこの活動をやっているように見えますが、渡辺さんがそうであるように、もっともっと前から、引退馬のために一生懸命活動してきた方たちがおられるんですよね。

「グラールストーンの写真を撮影すると、高確率でオーブが写ると言われていました。亡くなった時には、無数のオーブが写真に写り込みました。空気中の水分に光が反射しているだけという説もありますが、いろいろな言い伝えがあるようです。興味のある方は、ぜひ調べてみてください。馬に現れるオーブは、決して怖いものではありません」

沼田:
当時はまだ、引退馬という言葉すら一般的ではありませんでした。それは「引退馬が、その後も生き続ける」ということが、社会として認められていなかったと言っても過言ではないと思います。
いろいろなところで話をしても、「変わった人たちだな」というような扱いでしたし、JRAに関しても、当時は「引退後については考える余地がない」というところでした。

とはいえ目の前には、処分されてしまうかもしれない命があるわけです。厩務員さんやファンの方から「自分が大切に思っている馬が、次のレースが終わったら、そのまま連れて行かれてしまう。なんとかならないか」という話が、どんどん飛び込んできました。

──その馬のことを大事に思い、未来を案ずる方たちがおられたのですね。

沼田:
活動から30年近く、引退後、次のステージに行ける馬が少しずつ増えているのは嬉しいことです。ただ、同じように毎年、たくさんの馬が生まれている中で、救える命がまだまだ限られているジレンマも感じます。まだ、私たちの活動は完成していません。

また、引退馬たちが馬として本当に幸せな環境、アニマルウェルフェア(動物福祉)が守られた環境で生活できているのかということも気になります。
その辺りも今後、発信していきたいと思っています。

「今年21歳になるフォスターホースの『ディープスカイ』は、元ダービー馬。サービス精神旺盛で、見学者が来るとてくてくと寄って来ます。群れからはぐれた子鹿を優しく見守ったという、心温まるエピソードも。引退馬協会の屋台骨を支える1頭です」

大切なことを教えてくれ、
ご縁をつないでくれる馬たち

2026年2月、東京・世田谷のJRA馬事公苑で開催された国内最大級の馬関連イベント「ホースメッセ」にて。「終生繋養をするということは、いつかすべての馬たちとお別れをすることを意味します。引退馬協会では、これまでの29年の活動の中で、33頭のフォスターホースを見送りました。ホースメッセでは、亡くなった馬たちへの感謝の気持ちを伝える展示に加え、引退馬協会が北海道浦河町などとの協働事業として取り組んでいる、馬たちが帰る場所であり、人々が馬たちに感謝と敬意を示す場『うまのふるさと』についても紹介しました」

──これまで関わられた引退馬で、印象に残っている馬を教えてください。

沼田:
あえて1頭を挙げるなら…、最初に迎えたグラールストーンでしょうか。
グラちゃんは、自分の役目を知っているのかというぐらい、誰に対しても優しく、どんな人も安心して背中に乗せてくれる馬でした。

現在引退馬協会の理事である漫画家のやまさき拓味先生が、引退馬をテーマにした漫画『優駿たちの蹄跡』を連載しておられたのですが、グラちゃんを題材にしてくださった回があるんです。そこには「ボクの存在価値」というタイトルがついていました。

まさにその通り、グラちゃんは「何もできなくても、ここにいるだけで僕は幸せ」「何かできなくてもいいじゃない。いるだけでもいいじゃない」って、そんなことを、最初に私たちに伝えてくれた馬でした。

やまさき拓味先生『優駿たちの蹄跡』の一話「ボクの存在価値」にも出てくる、グラールストーンと沼田さんの騎乗シーン。「自分には何もできないと悩んでいたグラールストーンが、『ただいるだけでいい』とかけてもらった言葉に自信を取り戻し、その才能が開花していく素敵なストーリー。現実のグラールストーンも、存在そのもので人を楽しませること、馬を好きになってもらうことに貢献しました」

沼田:
グラちゃんは2011年、腸捻転で亡くなりました。
その当時、私たちはNPO法人設立の申請をしていたのですが、なかなか許可が降りなかったんです。しかしグラちゃんが亡くなった翌日だったでしょうか。許可が降りて、その数日後に東日本大震災が起こりました。

引退馬協会としての最初の活動が被災馬支援となったのですが、支援活動をする際、NPO法人格を持っていたことが非常に有利に働きました。
グラちゃんはフォスターホース第1号として、前身団体の立ち上げ時にも活躍してくれたけど、亡くなった時も、NPOにつなげてくれて、他のいろいろな馬を助けることにつなげてくれたと感じています。

加藤:
グラちゃんのお兄さん「ナイスネイチャ」にも、感謝しかありません。協会が迎えた順番としては4番目の馬でした。

現役の時からファンの多い馬ですが、近年、「ウマ娘 プリティーダービー」というアニメやゲームのキャラクターのモチーフとなったことで実馬の人気がさらに高まりました。2023年に亡くなった後も引退馬のことを広め続けてくれている、とても大きな存在です。

ナイスネイチャの誕生日を祝い、引退馬支援のためのご寄付を募るバースデードネーション(没後はメモリアルドネーションと名称変更)には、毎年たくさんの方が寄付をしてくださっています。そのご寄付で、これまでに100頭近くもの引退馬を、次の馬生へとつないできました。ナイスネイチャほど引退馬を助けている馬は、世界中に他にいないと思います。

26歳当時のナイスネイチャ。「まだまだ立派な馬体です。重賞4勝している猛者であると同時に、有馬記念3年連続3着の記録を持つナイスネイチャ。必ずしも順風満帆ではないその馬生に、自分の人生を重ね合わせて応援していた人も多いようです。種牡馬を経て牧場の功労馬からフォスターホースになりました。若いころはニンジンを貢がないと襲いかかってきそうな怖さがありましたが(笑)、年齢とともに穏やかになりました」

加藤:
ナイスネイチャは現役時代、有馬記念では3年連続3番、何かと「3」の数字がつきものの馬です。なので、ご寄付も「3333円」などと、3に結びつけていただいたりするのですが(笑)、もともとの性格はオラオラ系で、預託先の渡辺牧場では、ナイスネイチャと時を同じくしてフォスターホースとなったライバルの「セントミサイル」と、それぞれいつも、ひとりで放牧されていました。

しかしある時から、セントミサイルが別の馬「メテオシャワー(メテ)」と放牧されるようになりました。その様子がすごく楽しそうに見えたのか、それまで威張っていたナイスネイチャが「自分も仲間になりたい」と、ひとりの放牧を拒んだというエピソードがあります。

ナイスネイチャだからやっぱり3番、「3頭の順位は3番でいいから、仲間に入れてね」ということだったんでしょうか、順位争いを仕掛けることさえしませんでした。途中、セントミサイルが先に亡くなり、メテと2頭になるのですが、最期まで仲間と穏やかに過ごしました。

(写真左上)「手前からフォスターホースのセントミサイル、個人オーナー様所有のメテオシャワー、ナイスネイチャ。暑い夏も3頭で寄り添う仲良しぶり。ニンジンがからむと、ナイスネイチャの順位はやはり『3番』」。(写真右上、左下)穏やかに寄り添う、晩年のナイスネイチャとメテオシャワー。(右下)2022年、34歳のナイスネイチャ。「ナイスネイチャはこの翌年、2023年5月30日に永眠しました。メテオシャワーと渡辺牧場のみなさん、会員さんに見守られ、いつものこの放牧地で、穏やかに旅立っていきました」

「それぞれの馬生を充実させたい」

鹿児島の養老牧場で暮すフォスターホースの「ハギノハイブリッド」(15歳)。「元種牡馬で群れのボス。ここでは、健康な馬たちは昼夜放牧で過ごします」

──たくさんの馬、その馬生と関わってこられた中で、馬とはどんないきものだと感じられますか。

沼田:
個人的に、「人間とは真反対のいきもの」だと感じます。
人は、何というのかな、闘ういきものじゃないですか。馬は、ボスを巡る争いなどはありますが、基本的には闘わない動物なんです。
その穏やかさ、精神性に、人間を超越した崇高さを感じますし、馬のすごいところだと思います。

病んでいる馬のところへ、遠くの厩舎にいる馬がわざわざ、お見舞いに来たことがありました。「餌を探しに来ただけなんじゃないの」と思われるかもしれません。しかし彼らは、痛みを感じている子や助けを必要としている子の声を聞く、私たちには測り得ない、何らかのコミュニケーション能力を持っているようです。牧場で、馬たちの自由時間に、それを垣間見ることができます。

馬には、私たちの想像をはるかに超える、すごい能力がもっともっとあるのかもしれない。そう思うと、楽しみでもあります。

闘病中だったフォスターホースの「セイクリムズン」(16歳で永眠)のお見舞いに来た、ジェニーとボムくん。「馬たちは具合の悪い馬がいると、離れたところにいてもわかるようです」

加藤:
1頭1頭が異なり、それぞれに個性があって、それぞれが愛おしい存在です。
1頭1頭の「馬となり」と、これからも向き合って、個性を大切に、これからも馬を愛し、大切にしていきたいです。

それぞれの馬がみんな違うからこそ、1頭でも多く生かしたいという気持ちは今後もずっと持ち続けると思うし、そう思ってくださる方が、もっともっと増えてくれたらと願っています。

──最後に、チャリティーの使途を教えてください。

加藤:
チャリティーは、引退馬たちの医療費として活用させていただく予定です。
安定した馬生を送れるよう、引退馬たちが必要な医療を十分に受けられることを大切にしていますが、馬の医療費は高額である上に、高齢になるに従い、医療にかかることも増えますし、長期治療の場合、その負担はさらに大きくなります。

引退馬に適切な医療を継続して提供するために、ぜひご支援いただけたら嬉しいです。

──貴重なお話をありがとうございました!

2025年2月、千葉の本部で開催したふれあいイベント「フォスターホースと過ごす日」にて、ワークショップ講師の藤本美芽さん、スタッフの皆さんと。「これからも、ふれあいの機会を大切にし、継続していきたいと考えています」

“JAMMIN”

インタビューを終えて〜山本の編集後記〜

JAMMINではこれまでに何度か、引退馬や馬というテーマで、いくつかの団体さんとコラボをご一緒いただいてきました。その度に、ご活動に打ち込む方たちの思いと同時に、なんでしょう、「馬の思い」も、強く感じさせてもらう気がしています。
人のやさしさや真心を受けて、馬は一生懸命、その思いにこたえたり、その思いをつないだり、純粋なやさしさをリフレクトしている。それはもしかしたら、私たち人間の理解を超えた、馬の叡智なのではないかと感じます。
今回のインタビューでも、沼田さんと加藤さんが語ってくださるお話の背後に、馬と確かに築いてこられた絆と真心を感じました。

そのような純粋で聡明な命が、競走馬として結果を残せないという理由で、闇に葬られてしまう現実。私たちはもっともっと、馬を、命を、知る必要があるのではないでしょうか。

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【2026/3/23-29の1週間限定販売】
2頭のサラブレッドが広大な草原を駆ける姿を描きました。
何に縛られることもなく自分のペースで自由に駆け回る姿を描くことで、馬が馬らしく、ありのままの姿で生きられる社会を表現しています。
人と馬、馬と馬、共に健やかに生きていく思いを込めて、”Life is better when we are together(一緒の方が、人生はより良くなる)”というメッセージを添えました。

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JAMMINは毎週週替わりで様々な団体とコラボしたオリジナルデザインアイテムを販売、1点売り上げるごとに700円をその団体へとチャリティーしています。
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