
障害のある人とない人が出会い直し、対話することで気づきや学びを得て、その人のその後の「生き方のデザイン」が変わっていく。そんな出会いと気づきを体験した人が社会に増えることで、社会自体が変わっていく。
そんなビジョンを持ち、福岡・北九州市で活動する一般社団法人「生き方のデザイン研究所」が今週のチャリティー先!
「『人を変える』ことには限界があります。
障害のある人とない人が同じ空間を過ごすことで、自然にさりげなく、それまでの思い込みが外れ、気づきが生まれ、生き方を再考するようなきっかけを作れたら」。
そう話すのは、代表理事の遠山昌子(とおやま・しょうこ)さん(57)。
活動について、お話を聞きました!

お話をお伺いした遠山さん(写真左)。生き方デザイナーのななさん(写真右)と。2026年2月、京都での研修の後に、ちょっと寄り道
一般社団法人生き方のデザイン研究所
インクルーシブデザイン思考により、新たな社会のしくみや役割をともに創造し、それが社会の主流となるよう働きかける活動をしています。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2026/03/16

とある企業での、新入社員研修の様子。「一緒にボードゲームをして緊張がほぐれ、対話を重ねるなかで、『障害』となっているコミュニケーションの壁がとろけていきます」
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※ 企業研修で人気のコーナー「なんでも相談室」は、障害のある人に日ごろの悩みや業務上の困りごとなど何でも相談できて、「課題解決に親身になってもらう体験が新鮮」と好評です。
──今日はよろしくお願いします。最初に、生き方のデザイン研究所さんのご活動について教えてください。
遠山:
説明がとても難しいんですが、あえて言うなら「障害のある人のための活動ではなく、障害のある人とない人がともに!同じ目標に向かって」活動をしているNPOです。共に「皆が暮らしやすい社会」のために活動しています。
──具体的には、どのような活動をされているのですか。
遠山:
人の意識が社会を作ると考えていて、「生き方デザイナー」と呼ぶ啓発事業に参加するメンバーが講師となり、人の考え方や行動を変えるきっかけとなるような講座やワークショップ、授業や企業研修等を行っています。

生き方デザイナーのあけみさん。「あけみさんは、マッサージのお仕事が大好き!年齢を重ね、デイケアなど福祉サービスを利用することになっても、『得意なことを活かして、相手が喜んでくれるのが嬉しい』と、不動産会社が福利厚生として提供している月に1度の出張マッサージサロンでは、楽しいおしゃべりと心地よいマッサージで大活躍しています」
遠山:
「他人と過去は変えられない」というように、「人を変える」ことには限界があります。
障害のある人とない人が同じ空間を過ごすことで、自然にさりげなく、それまでの思い込みが外れ、自ずから気づきが生まれ、生き方を再考するようなきっかけを作れたらと思っています。
ともすると生活圏外の「障害のある人と過ごす空間」を体験することで、知らなかったことを知ったり、実は違和感なく一緒に楽しく過ごせることを感じたりした時に、そこにアンテナが立つというのかな。
次にそういう方と会った時に、そこに目が向くし、場合によっては「声をかけてみよう」などと、行動が変わってくると思うんです。

生き方デザイナーのひろみさん。「ひろみさんは、生きがいの達人!難病や人工関節、透析治療…。思うように身体が動かない日もあるけれど、自分の心の声に耳をかたむけ、一日一日を大切に生きるコツを知っているひろみさん。仲間たちは『生きがい師匠!』と呼んでリスペクトしています」

「JR九州さんの新入社員研修では、ボードゲーム「グラマ」を使って、遊びながら対話を楽しむ体験を提供しています」
遠山:
多くの人が、故意に「差別をしよう」などと思っているわけではありません。ただ知らないだけで、それによって無意識のうちに、誰かを傷つけていることが、あるかもしれません。
あるいは、声をかけたい気持ちや役に立ちたい気持ちはあったとしても、目の前の困っている人に気づけなかったり、気づいたとしても、どう声をかけて良いかわからなかったり。
知らないがゆえに、出会いが残念なものになってしまっていることがあるのかなと思います。
──私も経験があります。

生き方デザイナーのふみ子さん(写真右)。「子どもの頃、重篤な病気の治療で使われた薬の副作用で、16歳のある日、まったくきこえなくなったふみ子さん。きこえなくても『誰もが気軽に筆談できる道具を持ち歩いてくれたら…外出時の不安がなくなるのでは』と、携帯できるホワイトボードの作り方を広めています。先日は、別のNPOのスタッフの方にボードの作り方を伝えたり、『帰国したら、聴覚障害者の洋裁店を開きたい』という、聴覚障害のあるネパール人留学生・ルビーさんと交流したり。全国に、世界に、ふみ子さんの夢がひろがっています」
遠山:
まずは知ってほしいと思っているので、講座や研修では、障害のある人が一方的に話すのではなく、参加者と対話し、質問の答えを、参加者の皆さんと一緒に考える時間も大切にしています。
たとえばその時に、視覚障害のある人が「大好きなご飯屋さんがあったけど、ある時からタブレット注文になり、一人で行くことができなくなった」とか、手が不自由な人が「配膳ロボットが料理を運んでくれるのは楽しいけど、自分はそれを取ることができない」「スーパーのセルフレジは利用できない」といった声を聞くんですよね。
それだけで「普段、自分は便利だと思って何気なく使っているものが、不便に作用している人もいるんだ」ということに気づいたりします。

「生き方のデザイン研究所の目の前は『小倉城』。お花見は計画せずに、花の見ごろがお出かけの合図!ただのお楽しみでは終わらせず、まちに出ることも啓発の大事な一歩です」
──確かに。
遠山:
生き方デザイナーたちも、皆が話をするのが得意なわけではありません。
じゃあそういう方はできないのかというと、そうではなくて。「一緒にごはんを食べるだけやけん」と言って連れ出して、ただ同じ空間を共にするだけでも、やはり誰かの、何かの気づきのきっかけをつくることになるんです。
思いがけない反応がある時は、チャンスです。
手が不自由で、足を手のように使って生活しているレンコンさんという生き方デザイナーがいます。
初めて見た人は、びっくりします。でも、それを言わない。だからあえて、こちらから「びっくりしたでしょ」って言ってみる。すると相手は「びっくりしました」って。「本音で話してもいいんだ」って思えて、そこから会話が生まれたりするんです。
びっくりするのは当たり前で、それを「びっくりするんは、全然悪いことやないけん」って、こちらが言ってあげると、相手も気持ちがほぐれて、「聞きたいことを聞いていいんだな」っていう空気感が生まれてきます。
──「びっくりしたことを隠さないと」とか「言ったらあかん」という思い込みが、壁になっているんですね。
遠山:
そうですね。障害のある人と、思い込みや偏見につながる出会い方をしていたり、いろんな人がいるということを知るチャンスが少ないと、それが壁につながることがあります。
だからこそ、私たちの活動を通じて「出会い直し」をしてもらえたらと思っています。

「老舗の甘味処で、スペシャルかき氷をたべ隊!『私の足は、腰から上に上がったら手になるんだよ』と、満面の笑みのレンコンさん」

一人で入浴する様子をデモンストレーションするレンコンさん。「子どもたちからは、純粋にリスペクトの感嘆符!すぐに真似してやってみようとする様子も。『自分でできることは、自分でしたいという気持ちを大事にしたい』などの感想が寄せられます」
遠山:
気づきや学び直しは、リアルで出会い、目の前の人と関係性を築くことで始めて、体験が自分のものになり、起こるのだと感じています。
今は特に、たくさんの情報があふれている時代で、実際に会ったわけでも知っているわけでもないのに、情報に触れただけで、まるで全部わかったかのように感じてしまうということもあります。
だからこそ、リアルな出会いは、とても大切だと思っています。
その時に、私たちとして「私たちの声は、障害者の代表ではない。私たちの考えや意見が全てではない」ということは、意識して発信するようにしています。
目の見えない人が「視覚障害者はね」と話すのではなく、「私の場合はね」というふうに。あくまで主語は「その人」であるということは、意識して伝えるようにしています。

「子どもたちは、見えない・見えにくい人、聞こえない・聞こえにくい人、手足の不自由な人たちと出会って、『どうやったら一緒に遊べる?』と考え、工夫して、アイデアを提案してくれます」
──「一人の人」として知り、出会い直すのですね。
遠山:
たとえば視覚障害のある人が、「私はこうだよ」って、日々どんなふうに視力の部分を補って生活しているかを間近で見たり聞いたりした時に、「私はどうしているっけ」と自分を振り返るきっかけにもなるし、行動するかは別として、「自分は目が見える。じゃあ何ができるだろう」ということを考えるきっかけにもなると思うんです。それは、その人のその後の「生き方のデザイン」を変えることにもつながると思うんです。
そんな出会いと気づきを積み重ねている人が社会に増えれば、いずれ社会自体が変わっていく。そんな思いで活動しています。
──本当ですね。

所属しているネットワーク「防災Lab.北九州」の皆さんと、防災イベントの打ち上げ。「誰一人取り残されない防災を考えるときも、何よりも大切な『日ごろのコミュニケーション』を実践しています」
遠山:
子どもたちに向けても授業を行っていますが、子どもの未来は未知数ですよね。
ダンスの先生、音楽を作る人、お皿をデザインする人、ご飯屋さん…、職業は本当にいろいろだと思うんですが、「社会にはいろんな人が暮らしている」と知っていたら、自然と、その視点で工夫したり、考えたりする大人が増えていくと思います。
出会い直しの中で、「あら、びっくりした!いろいろあるんだ」という素直な反応もある一方で、中には否定したり、認めてもらえないということもあります。そういう時に、私も若い頃は「変えないと」と思っていましたが、今は「そういう人もいる」ということを、私たちも受け止めることが大切だと思うようになりました。

「だんだん見えにくくなる病気になって落ち込むこともあったけど、みんなと一緒だと、ついつい楽しくなって『スペシャルかき氷を注文しちゃったぁ!』と笑顔の矢野さん」

手話でおしゃべり「しゅわしゅわCafe」。「きこえる人、きこえない・きこえにくい人も、みえない人・みえにくい人も、手足が不自由な人も、『伝えたい』『わかりたい』気持ちを大切に、コミュニケーションを楽しみます」
──人と人のフラットな距離感や空気感が、生き方のデザイン研究所さんの特徴であり、長所であると感じます。そのような空気感は、どんなところから生まれてくるんでしょうか。
遠山:
特に何かを意識しているわけではないんです(笑)。
ただ、障害のある仲間もない仲間も、皆それぞれどこか抜けていたりドジしたり。
「100パーセント完璧!」という人はいません。しいていうなら、そうやって不完全を認め合っていることが、対等な関係性につながっているのかもしれません。
「私は歩けないけど、あなたは歩けるからできるでしょ」「見えるからできるでしょ」「聞こえるからできるでしょ」って、障害のある人の、健常者への思い込みもあります。
「あなたは障害がないんだから、できて当たり前でしょ」みたいに言われることもあるんですけど、まあ、うちの場合は「障害がなくても、できないことはできないんだよ」と(笑)。
私の場合は、あちこちで迷子になるし、失敗もたくさんします。目も見えるし耳も聞こえるのに、たとえば皆と電車やバスに乗ると、案内してくれるのは、ほとんど障害のある医仲間です。私は、看板を見てないし、車内アナウンスも全然聞いていないんです(笑)。

しゃぶしゃぶランチの会。「みんなで食べ放題を満喫しました」
遠山:
日々起きるハプニング、それを「今日、こんなことがあった」と恥ずかしがらず、包み隠さずシェアしています。
その中で、障害の有無に関係なくハプニングはたくさんあるけれど、障害があることで起こるハプニングもたくさんあるんです。お互いに失敗は、笑っても良い。ただ中には、笑えないこともあります。一緒に過ごす中で、その区別もついていきます。
──そうなんですね。
遠山:
多くの人が、「(一人で)できて当たり前」という育てられ方をしてきています。
家庭でも学校でも、たとえば何歳になったらこれができる、周りはこうしているなど、「普通はこう」みたいな設定に対し、できて当たり前、できないと落ちこぼれのような全体としての思い込みが、どこかあるのかなと思います。
障害がない人の場合は、さらに「周囲に頼っちゃいけない」と思い込んでいる方も多いと感じます。…でも、誰だって自分だけで100%やれることの方が少なくて、全然、できないことは頼ってもいいんですよね。
それぞれにできないことも、できることもある。だからこそ、得意・不得意を持ち寄って、補い合えるし、助け合えるんです。

「元ピッツア職人の陽介さんは、病気でみえにくくなったことで、食品を扱う仕事ができなくなりました。だけど『大好きなピッツア作りで、食べる人の笑顔が見たい!』と、本格ピッツアづくりのワークショップを開催しています。ふわふわ生地に、思い思いのトッピング!バーナーでこんがり焼き色のついたチーズは、ビヨーンとどこまでも伸びて、最高!」
遠山:
最近、新しい気づきがあったんです。
私たちはこれまでもよく「ごちゃごちゃ」という言葉を使ってきました。
なぜ「ごちゃまぜ」ではなく「ごちゃごちゃ」なのか。しっかり説明できなかったのですが、「やっぱりごちゃごちゃだ」と確信する出来事がありました。
重い障害のあるお子さんとお母さんが、障害のある方にもオープンな場所へ遊びに行ったそうです。「行ってみたのはいいけれど、やっぱり、うちの子は、他の子と同じようには遊べない。来てもいいよと言われても、一緒に混ざることはできなかった」という話をされた時に、「それだ」と思いました。混ざろうとすると、「混ざれない」ということが起きてしまう。だから、混ざらなくても良いんだ、それが「ごちゃごちゃ」なんだと思ったんです。
一人ひとりがありのまま、とんがったり出っ張ったり、もたれかかったりしながら、絡み合って存在していること。それを「ごちゃごちゃ」という言葉で表現したかったんだと思って。
「バラバラ」でもないんです。近づく時もあれば離れている時もあるけれど、たとえ接触していなくても、直接の会話や触れ合いはなくても、共に在る空間は遮断はされていなくて、つながっている。私たちの「ごちゃごちゃ」は、そんなイメージなんです。

ピッツァ作りのワークショップにて。「ピッツァに載せたチーズを、バーナーで炙っているところ。みえなくても、誰かと一緒なら、できることが増えます」

小学校低学年の子どもたちに向けての授業の様子。「かわいいキャラクターと一緒に、バスでお出かけを題材にしたマグネットシアターで、いろいろな人が暮らしていることを伝えます」
──遠山さんが活動を始めたきっかけを教えてください。
遠山:
活動と直接つながっていると自覚はしていませんでしたが、思い返せば、被差別部落の解放運動が盛んな地域に住んでいて、小さい頃から、差別に対して「同じ人間なのに、おかしい」という気持ちを持っていました。
親が特別、私を弟と比べて差別的に育てたわけでもないのですが、当時から、「お姉ちゃんだから」とか「女の子なんだから」という言葉に対し、すごく抵抗感もありました。
通っていた小学校には、いろんな障害のある児童がいました。
知的障害のある「ゆうちゃん」という同級生と、家が近所だからという理由で毎日一緒に下校していたのですが、片道4、50分の通学路、ただでさえ遠いのに、その子は道草だらけで、全然真っ直ぐ帰れないし、雨が降ったら傘はささない、虫を見つけたら追いかけていってしまう…、一緒に帰るのは、正直嫌だったんです(笑)。

月に一度の「あみ×あみカフェ」。「編み物好きが集まって、おしゃべりと編み物を楽しんでいます。この日は、編み物の先生・妙子さんと糸巻のお手伝い。私たちの合言葉は『できる人が、できることを、できるだけ!』」
遠山:
地元の中学に上がった時、その子が同じ学校にいないことに、全然気づかなかった。
高校生の時に同窓会をすることになり、ふとその子のことを思い出して「ゆうちゃんはくるの?」と尋ねたら、皆が「それ誰?」って。
彼の存在自体が、皆の中でなかったことになっていたんです。
毎日一緒に帰っていた私ですら、高校になるまで全然思い出さなかった。そのことにすごくショックを受けました。
──そうだったんですね。
遠山:
だから福祉を学ぼうと思ったわけでもなく、社会に出てからは一般企業に就職して働きながら、何か新しいことを始めてみようと手話を学びました。そこで聞こえない友だちができて、そういえば子どもの頃、クラスにいろんな障害のある子がいたことを思い出しました。
小学校では、ゆうちゃん(知的障害)の他に、補聴器をポケットに入れている子や、足の不自由な子もいました。
中学では、魚鱗癬(ぎょりんせん。皮膚の表面が鱗状になる先天性の病気)の子がいました。私は転校したばかりで、まだ人間関係がよくわからず、見た目のせいでいじめられていたのでしょう、ぽつんとひとりぼっちだったその子に声をかけて仲良くなりました。

「福岡空港のリニューアルオープン前、障害のある人の視点で街のバリアチェックをする活動中のサプライズ!元Jリーガーの北澤さんにばったりお会いしました。北澤さんも障害者スポーツなどをサポートする活動をされていると知って、嬉しかったです」
遠山:
高校では、たまたま美術の写生の授業で隣になった子が、「実は病気で1年休学していた。腸に障害があって、トイレが大変だ」というセンシティブな話を、絵を描きながらいろいろと、こちらが尋ねもしないのに教えてくれました。
…振り返ってみると、物心ついた頃から、いつもそういう人たちが身近にいて、一緒に過ごしながら「いろんな人がいて当たり前」ということを、私は教えてもらっていたんですね。
だから、私のその環境の方が特殊で、多くの人が障害のある人のことを知らず、興味も持たずに生きているということを知った時に、純粋にすごくもったいないと感じました。たぶんそれが、活動の原点にあるのではないかと思います。
──そうだったんですね。
遠山:
対話には、時間がかかります。「ゆるゆると話し合っているだけで、全然状況が変わらないじゃないか」という声をいただくこともありますが、相手を知ることは何より大切だと思っています。
健常者が障害者のことを知らないのと同様に、障害者同士だって、お互いを知りません。障害に関係なく、「お互いが興味を持って知り合うこと」が大切なんだと思います。

東京を拠点に活動するプロの音楽家を招いてのコンサート。「きこえない・きこえにくい人とも一緒に楽しめるように手話・ノートテイクの他、風船に響く振動を感じてもらったり、背中をトントンしてリズムを伝えたり。みんなで工夫する姿が、他の参加者から驚かれたり、関心を示してもらったり…。私たちの行動が、自然とさりげなく波及していくことを実感しました」

「こんな場所があったらいいな…みんなの夢を詰めこんだら、こんな未来が見えてきました。誰かの好きと得意が集まるところ。夢と生きがいをシェアする居場所と役割とつながりの空間!私たちの夢のごちゃごちゃハウス♪を描いたMIRAI Map」
──夢だった「ごちゃごちゃハウス」のオープンに向けて、動いておられるそうですね。このハウスについて教えてください。
遠山:
障害のある仲間たちは、地域に点在して暮らしています。
たとえば何かあった時、特に夜遅い時間帯だったりすると、たとえば行政や近所の人に「これだけのことを頼めない」ということがあります。
そういう時は私たちのところに相談があり、可能な限り駆けつけて対応するのですが、皆が近くに住めば、お互い助け合えるというメリットがあります。
「入所施設やグループホームでいいじゃない」という声もあるかもしれません。
決して施設やグループホームがだめなわけではないし、今はオープンなところもありますが、「管理する・される」関係性ではなく、「対等な関係の中で、自分らしく暮らしたい」と。「じゃあシェアハウスだね」ということになり、「ごちゃごちゃハウス」の構想がスタートしました。

みんなでお味噌作り。「みえなくても、感覚で重さぴったり!見える人と協力すれば、さらにバッチリ!」
どうなるかはやってみないとわかりませんが、「障害のある人は、施設に入らないといけない」という固定概念を取っ払い、「暮らしたい人と、地域で暮らせる」事例として、挑戦したいと思っています。
「ごちゃごちゃハウス」では、地域の人や子どもたちが気軽に遊びに来られるイベントなどもやっていきたいです。中にはきっと、障害のある人に出会ったことがない人もいると思います。ここは障害のある人がいるのが当たり前なので、夢のごちゃごちゃハウスを起点に、また新たな出会い、気づきと学び合いが自然と生まれていくと思うし、結果として、地域のいろんな人が「ここに来れば自由と安心があって、自分らしくいられる」という場を作っていくことができたらいいなと思っています。
良い物件が見つかったのですが、危険な段差など、リフォームしなければならないところもいくつかあり、大家さんや伴走してくれる頼りになる不動産会社さんとも相談しながら、年内オープンを目指せたらと思っています。
──素敵ですね。最後に、チャリティーの使途を教えてください。
遠山:
チャリティーは、「ごちゃごちゃハウス」をバリアフリー化するためのリノベーション工事代として活用させていただく予定です。ぜひ、応援いただけたら嬉しいです。
──貴重なお話をありがとうございました!

ピッツァ作りのワークショップにて、参加者の皆さんと。ごちゃごちゃハウスの実現に向けて動いてきた、ナナさんからのメッセージ:「わたしたちがずっと待ち望んでいた『ごちゃごちゃハウス』。マップで描いていた理想そのままの物件が、奇跡のように見つかりました!ただ、さまざまな障害を持つ私たちが一緒に暮らすためには、リフォームが必要な部分もあります。夢と生きがいに、もう少しで手が届きそうです。どうか、わたしたちの夢をサポートしてください!」
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
「ワクワクするごちゃごちゃ」。
遠山さんのおっしゃる「ごちゃごちゃ」には、なんでしょう、そこから宝物を見つけるようなワクワクがあります。聞かせていただくお話や、今回のインタビュー記事ページのために送っていただいたお写真も、もれなく「ワクワクの断片」があって、にっこりしたり、ほっこりしたり。そこから私も、気づけば元気や笑顔をもらっていることに気づきます。
そんな「ワクワクするごちゃごちゃ」が、もっともっと広がっていくといいのに、と思います。

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パンを焼きながら踊っているトースター、くるりんと回転する毛糸に編み物棒のツインズ、魚柄のコーヒーカップに入って散策するねこ、ガーリックを抱えたやってきたオリーブオイル(またはワイン)…。生活の中のいろんなものをたのしく描きました。
いろんなものがごちゃごちゃと、でも互いにどこか愛を持って、存在し合う様子を表現しています。
「ごちゃごちゃ」とかけて、”GOTCHA(了解!わかった!)”と、”BE HAPPY(ハッピーになろう)”という文言を添えました。
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