CHARITY FOR

「フリークライミングができる岩場の環境を、未来のクライマーへ」〜NPO法人日本フリークライミング協会

自然の岩壁を登る「フリークライミング」。
日本では1970〜80年代にカルチャーとして入ってきたスポーツで、各地に岩場が存在します。

一つの岩場に人が集中することで、地域住民との間にさまざまな問題が起こり、最悪の場合、岩場の閉鎖につながってしまうということが起きてしまいます。

岩場を次世代へと残していくために、周辺住民との協力・交渉や行政への働きかけ、事故を防ぐための整備活動や、クライマーへの情報提供、啓発活動を行うNPO法人「日本フリークライミング協会」が今週のチャリティー先。

「クライミングエリアの存続は、地域社会と断絶しては成り立ちません。
岩場のある地域社会の『良き隣人』として、一緒にどう動けるかということを探っています」と話すのは、副理事長の北岡和義(きたおか・かずよし)さん。

活動について、お話をお伺いしました。

お話をお伺いした北岡さん

今週のチャリティー

NPO法人日本フリークライミング協会(JFA)

「『フリークライミングの喜び』と『フリークライミングができる環境』を、未来のフリークライマーへ」をミッションに、フリークライミングが日本国内で広く受け入れられていくこと、すべてのフリークライマーがそれぞれの地域社会に溶け込んだ存在になる未来を目指して活動しています。

INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2026/03/02

「フリークライミングができる岩場の環境を
未来のクライマーへ残すために」

ロープで安全を確保しながら高さのある岩を登るルートクライミング。登る技術以外にも、クライマーとビレイヤー(ロープを操作して安全を確保する人)との信頼関係が求められ、力の配分やルートの読みなど戦略的な面白さもある

──今日はよろしくお願いします。
最初に「フリークライミング」について教えてください。

北岡:
自然の岩壁を、できるだけ人工的な手段を使わず、自分の体ひとつで登っていこうというのが、フリークライミングの概念の始まりです。

フリークライミングのカテゴリは、大きくわけて3つほどあります。

ひとつが「ボルダリング」です。3〜5mぐらいの大きな岩を、補助器具なしに登り切るものです。安全確保のために下にマットを敷くこともよくあります。

ロープを使わず低い岩を登るボルダリング。瞬発力やバランス、発想力を駆使して、短時間で一手一手を解決していくパズル性がある

北岡:
それ以上の大きさの岩になると、途中で落ちると非常に危険です。そこで、ロープを使って安全確保をしながら登るのが、ルートクライミングです。そのうち、ルートに沿って岩に「ボルト(支点)」を設置し、そこにロープをかけながら自分の手足で登るのが「スポートクライミング」です。

最後が、安全確保のためにロープをかける支点を、その都度自分で設置しながら登る「トラッドクライミング」です。荷重がかかると止まる、取り外し可能な器具を、岩の割れ目に設置しながら登っていくもので、岩場にほとんど何も残さずに登ることができる、クリーンな登り方です。

いずれにしても、フリークライミングは「自然の岩場を登る」ものですが、そうであるがゆえに、いくつかの問題が起こります。

──どのような問題ですか。

北岡:
岩場の所有者に許諾を得た上で登るというのが本来当然のことですが、かつてはそのあたりが曖昧で、きちんとした許可を得ずに登っていた時代がありました。
また、人が集まることで無断駐車やゴミ問題、トイレ問題なども起こります。結果、立ち入り禁止になってしまった岩場もあります。

もう一つが安全面です。大きな事故などが起きてしまうと、岩場が閉鎖されてしまうケースも出てきます。
日本フリークライミング協会は、「フリークライミングの喜び、そしてまたフリークライミングができる岩場の環境を未来のクライマーへ残していく」ことをミッションに、こういった問題に対処するためのさまざまな活動を行なっています。

日本フリークライミング協会として、出版社やアウトドアブランド主催のイベントに参加し、地域住民や初心者に向けて、クライミングの安全な楽しみ方やマナーを伝える啓蒙活動も行っている

閉鎖される岩場が出てきたことで
明るみになったさまざまな問題

地域のクライマーが中心となって、定期的にエリアの清掃活動を実施。「クライマーによるゴミの放置は少ないですが、こういった地道な活動が地域との関係を深めるための重要な役割も果たします」

──そもそも、日本のフリークライミングの歴史は長いのですか。

北岡:
山頂に到達する「手段」としての岩登りは昔からあったのですが、ただ岩壁を登り、その難しさを楽しむというカルチャーが本格的に興ってくるのは1970〜80年代に入ってからです。アメリカ・カリフォルニアのヨセミテ渓谷で1950~60年代にそのような勃興があり、それが日本にも波及していくかたちで広がっていきました。
当時は、各地で開拓された岩場が『岩と雪』(山と渓谷社)という専門誌で紹介され、その読者を中心に、クライミングのコミュニティが小規模ながら成立していました。

1990年代に入ってくると、BBSや個人のブログ、SNSなどで岩場が紹介されるようになり、それまでは限られたコミュニティの中だけだった岩場の情報が、より多くの人の目に触れるようになりました。

その結果、岩場を訪れる人が増え、さまざまな問題のリスクを抱えることになったのです。1990年代半ばには、問題が表面化する岩場がいくつか出てきて、問題が広く認識されるようになってきました。

──そうなんですね。

北岡:
さらに最近では、動画による情報も増えています。
撮影されている岩場が、所有者や管理者に許可を得て公開されている場所であるかどうかも曖昧なまま、情報が拡散され多くの人が集まって近隣に迷惑をかけてしまうということが起きています。
また、岩場が公表されてたくさんの人が集まることで問題が起こり、登れなくなってしまうということが全国で起きています。

「クライミングが楽しめるのも、地域の方や行政との良好な関係があってこそ。一人ひとりの行動がクライマー全体の印象につながるということを、多くのクライマーが意識する必要があります」

──具体的に、どのような問題が起きているのですか。

北岡:
各地の岩場は、車でしか行けないような場所にあることが多いです。
一つの岩場にたくさんの人が集まって、その周辺に無断で、しかも長時間路上駐車してしまうと、近隣の方に迷惑がかかってしまいます。

そして、フリークライミング自体がまだあまり知られていないので、地元の方からすると「知らない人たちが集まって、よくわからないことをやっている」と不安を感じさせてしまうこともあります。また、岩場を登る際に滑り止めとしてチョークを使用しますが、たくさんの人が使用することで岩が真っ白になってしまい、それを不快に感じる方もおられます。

トイレの問題もあります。
岩場に集まる多くの人が、近くにトイレがないからとその周辺で用を足してしまうということが、環境面で問題になる場合もあります。

日本フリークライミング協会として、岩場のある自治体や地域住民の方と話し合いの場を設けたり、「チョークを落として帰ろう」というキャンペーンを展開したり、駐車スペースの確保やトイレを設置などの後方支援を行なっています。

多くのクライマーやハイカーが訪れる埼玉県・二子山の登山口に、日本フリークライミング協会の働きかけで仮設トイレを設置。「設置費用やメンテナンス作業などを日本フリークライミング協会が、し尿の汲み取りは小鹿野町役場が負担する形でスタートしました。現在では、すべて町役場によって運用されています」

「岩場の存続は、地域社会と断絶しては成り立たない。
共創関係を築けたら」

多くのクライマーでにぎわう湯河原幕岩。観光客も多い場所であることから、クライミングが直接の原因ではなかったが、落石による事故の懸念からエリアが閉鎖された時期があった

──クライマーの方たちや協会が関わったことで、岩場の存続につながった事例を教えてください。

北岡:
神奈川県足柄下郡にある湯河原幕岩は、2008年に落石事故が起きたことをきっかけに、エリアの一部が立ち入り禁止となりました。

地元のクライマーたちが、定期的な岩場の確認と周辺の清掃を行ない、エリアの再開に向けて町側と交渉を続けましたが、なかなか進展はありませんでしたが、岩場の再開を望むクライマーと日本フリークライミング協会が、弁護士を交えて町との協議を重ね、細かいルールを設定した上で、2013年にクライミングエリアとして再開することができました。

近畿エリア最大の石灰岩壁、奈良県川上村・柏木の岩場は、2008年に起きた死亡事故をきっかけにクライミングが禁止になりました。その前から、有志の地元クライマーが地域の方たちとの信頼関係の構築を目指して活動していましたが、事故によって岩場は閉鎖されてしまったのです。

その後、川上村の高さ40mの絶壁にある文化財「大滝の磨崖(まがい)碑」の整備を進める話が持ち上がった際に、行政の方からクライマーに協力要請がありました。
クライマーの専門的な高所作業技術を提供する代わりに、岩場の再開を打診し、各方面への交渉と岩場の所有者との協定書を交わした上で、老朽化したボルトやアプローチの整備を行ない、閉鎖から8年後、岩場は再開されました。

「大滝の磨崖(まがい)碑」の整備の様子。「本来なら大がかりな足場が必要だった作業が、クライミングの技術を活用することで、費用も期間も大幅に縮小することができました」

北岡:
フリークライミングの世界は、「オウンリスク(自己責任)」が大前提です。
それをクライマー自身が十分理解した上で、万が一事故が起きてしまった時の責任について地域と取り決めをしたことで、クライミングエリアとして存続ができた事例です。

クライミングの岩場を、自治体や土地の所有者が観光資源として認知し開放していただけるエリアもあれば、デメリットが強くフォーカスされ、閉鎖されてしまうエリアもあります。
また、それまでは問題なく登れてい岩場も、所有者の代替わりや担当者の変更により突然方針が変わって閉鎖されるということも、残念ながらあります。

──そうなんですね。

国の史跡名勝地に指定され、厳しい制限が課された地域にある京都・笠置町のエリアは、開拓時に残置された古いボルトやハーケンが問題視されていた。ローカルと笠置町からの依頼を受け、日本フリークライミング協会がボルトの撤去作業を実施した

北岡:
フリークライミングは、アメリカのカウンターカルチャー(社会の制度や価値観に反発する文化運動)の影響を受けていることもあり、当初はヒッピー的というか、どこか反体制的な空気がありました。「(登るのに)わざわざ許可を取らなくてもいいじゃない」というノリがあったと思います。

しかし、それはあくまで初期の頃の話です。
クライミングエリアの存続は、地域社会と断絶しては成り立ちません。クライミングができる岩場の環境を守り、未来に残していくために、地域でフリークライミングが正しく受け入れられることは何より大切です。

岩場は、それぞれの地域に存在する資源です。
私たちクライマーは、岩場を含めたその環境を使わせていただく代わりに、その地域に何かしらを還元する。そんな「共創関係」を築けたらと思っています。

岡山県・備中白滝エリアは、駐車場の確保がネックとなって公開が見送られてきた。地元クライマーの長年の働きかけにより用地が確保できたため、日本フリークライミング協会が駐車場整備の費用を負担して、エリアとして正式公開となった

事故を未然に防ぐための
リボルト(打ち直し)活動も

古くなったボルトを撤去し、最新の資材と技術を使って新しいボルトを設置するリボルト作業。ルートの価値やクライマーの安全などを幅広く考慮し、専門的な知識と技術を習得した「リボルト職人」によって行われる

北岡:
もう一つ、クライミング中の事故は、クライマー本人だけでなく近隣の方たちにも多大な影響を及ぼすため、岩場の安全確保も非常に大切です。
一度事故が起きてしまうと、岩場の閉鎖に働くことが多いので、事故を未然に防ぐためにルートの整備・リボルト(打ち直し)活動も行っています。

ルートクライミングでは、岩に打ち込まれたボルトやアンカーなどと呼ばれるものにロープをかけて登っていくわけですが、たとえば海岸近くの岩場の場合、海水の塩分を受けて金属類の腐食が早く進みます。細かい話をすると、一つの岩場に複数の金属が混在することで、電流の流れが発生して余計に腐食が進むこともあって、打ってから5〜6年でダメになってしまうようなこともあります。

あるいは、「長時間使用する」という前提がなく、ただ一人が一回きり登ることを前提に打たれたようなボルトもあります。

一見問題ないように見えるが、岩の内部で腐食が進んで破損の可能性がある支点(ボルト)

北岡:
見るからに錆びていたりグラグラしていたりして、クライマーが「使用するのは危ない」と判断できれば良いですが、気づかずに使用し、事故が起きては大変です。
日本フリークライミング協会では、ボルト類の老朽化が進んでいる岩場に対し、知識と経験豊富な、「認定リボルト職人」が、安全性を高める整備を行っています。

ただし、最終的に安全性を見極め、判断するのはクライマー本人です。
とくに経験が浅いうちは、自分を過信せず、わかる人と一緒に行く、もしくは、わかるように十分学んでから岩場に行くようにしなければなりません。

クライミングをする際は、「オウンリスク(自己責任)の原則」を理解する必要があります。
十分に注意をしていても、どれだけ経験値があっても、事故が発生する可能性はゼロではありません。起こりうる危険をすべて理解し、そのリスクを負った上で行なうというのが、フリークライミングをする上での大前提です。

クライマーは、ハーネスで体に結んだロープをボルトにかけながら登り、墜落時にはビレイヤー(地上でロープを操作し落下を止めるパートナー)が制動することで安全を確保する。万が一ボルトが破損すれば、大きな事故は避けられない

──自らの身を守るためにも、岩場を守るためにも、クライマー自身の判断が大切になってくるということなんですね。

北岡:
リボルトに関しては、作業をすれば基本的な問題は解決しますが、難しいのはむしろ、クライミング文化を守るためのマナーやルールの啓発活動です。

東京オリンピックでスポーツクライミングが競技として採用されたことなどもあって、一昔前と比べてクライミング人口は大きく増えました。

クライマーとしての自覚と、岩場のある地域へのリスペクトがなければ、さまざまな軋轢が生じてしまいます。「自分さえ良ければ良い」という考えで動いた些細な行動が原因で、大切な岩場を失うことにもつながりかねないということを、強く意識していただきたいと思っています。

岩場のある地域社会の
「良き隣人」として

北岡さんにとってもっとも印象的な岩場のひとつ、徳島の立川(たづかわ)渓谷。「ローカルクライマーとして自身が開拓に携わっただけでなく、地元の方々と交流し、理解を深めてきたエリアなので、今後も登り続けられることを願っています」

──ご活動へのモチベーションを教えてください。

北岡:
私は徳島に住んでいるのですが、岩を登り始めた頃に、先輩たちが開拓したある岩場が、事故で登れなくなるという経験をしました。結局、その時の経験が、今の活動につながっていると思います。

あるお寺の敷地内の岩場だったのですが、落石事故によって人が亡くなり、「お寺で人が亡くなることがあってはならない」と、入山自体が禁止になりました。お寺の方にお話しした際に、「もし次になにかあったとき、あなた方はなにか保証ができるのか」と問われ、クライミングが、単なる遊びでしかないという現実を突きつけられた気がしました。

その時から「遊びであるクライミングが、どうすれば地域社会に認められ、必要とされ、重宝されるか」を、ずっと考えているように思います。
クライマーとして、直すべきところは直し、受け入れていただくべきは受け入れていただき、岩場のある地域社会の「良き隣人」として、一緒にどう動けるかということを、ずっと探っています。

徳島の立川渓谷では、毎年大学のボルダリング部が中心となり3月に清掃活動を実施している。清掃には地元地区の住民の方々も参加し、交流が継続されている

北岡:
クライマーは、言い方を変えれば、その土地にある「岩」という資源の価値を見出す存在なわけで、それによって、地域の価値を高め、よりよくできる存在でもあると思います。地域を共に盛り上げる仲間として、各地域で結びつきを持てるのが理想だと思っています。

「登山」は、人によって興味の有無こそありますが、誰もが知っていて、なにかあったからといって、突然登山ができなくなるということはあまりありません。それは、登山の知名度が高いことも理由のひとつにあると思います。
でもフリークライミングは、知名度も社会的な価値も今はまだ低いです。そこを高めていくことで、社会との融合点は高まり、クライマーの存在も認めてもらえると思って活動しています。

一方で、今日お話ししてきたようにクライマーの中での問題も多くあります。
次の代、またその次の代に岩場の環境を残していけるように、クライマー内部で「今の自分たちの行動が、未来につながるんだ」という意識が広がって、クライミングを文化として受け継がれていけばと思っています。

立川渓谷での清掃活動の様子。「清掃活動を開始した当初は不法投棄されたごみが多く、なかには家電やタイヤなどもありました。毎年の実施で少しずつ回収するごみが減っていくのを見ると、わずかではありますが、立川地区に対して貢献できているという実感が湧いています」

「100年前も、今も、100年後も
岩はずっと、そこに在り続ける」

自然が作り出したそのままの姿と、時代を超えて一体になる感覚こそ、クライミングの魅力

──北岡さんが感じられる、クライミングの魅力を教えてください。

北岡:
「自然が作った造形美」とは、ただ人間がそう言っているだけで、岩はただそこに在るだけなのですが、自然の岩壁は、自分を合わせにいかないと登れないところがあります。

あくまで私の主観ですが、自然の持っている何かを解き明かすような面白さや、自然と一体化するような感覚を得られることがあって、それが、私がずっと登り続ける理由なのかなと思います。言語化しづらいですが、人工の壁では得られない何かが、間違いなくあります。

もう一つ、岩は100年前も、今も、100年後も、基本的にはずっとそこに在り続けるものです。たとえば同じ岩に、20年前に登った人、つい最近登った人、時を超えて、その岩の話や、登り方の話ができたりするんです。そういう文化的な側面がとてもおもしろいと思います。

「日本のヨセミテ」と称される、長野県のクライミングエリア「小川山」。時代を超えて、多くのクライマーの心を引き付け続ける。

北岡:
多様性に溢れた日本の岩は、フリークライミングにとって、貴重で素晴らしい資源です。
ネガティブな側面もありますが、私たちはそこを十分理解しようと思っているし、その上で共存し、文化をつないでいきたいと思っています。

私たちがやっていることは、無くなっても困る人は少ないかもしれません。
それでもこだわり続けることが、カルチャーとして根付いていくために必要なことだと思っています。

──最後に、チャリティーの使途を教えてください。

北岡:
チャリティーは、緊急性を要する突発的な岩場整備や、駐車場問題の解決などに対応する資金として活用します。ぜひ、活動を応援していただけたらうれしいです。

──貴重なお話をありがとうございました!

愛知県・鳳来の清掃活動に、小雨の降るなか集まったクライマーのみなさん。年に一度のイベントが、地域や行政との関係やエリアを大切に思う気持ちを再認識する、大切な機会となっている

“JAMMIN”

インタビューを終えて〜山本の編集後記〜

北岡さんの「100年前も、今も、100年後も、岩はそこに在り続ける」という一言が、とても印象に残りました。
私たち人間の日常の生活圏で、どれだけのことがそのように言えるでしょう。変化していくことがもはや当たり前のようにも感じられる、めまぐるしい現代の暮らしの中で、岩に触れ、その変わらぬ姿、そこに在り続ける年月に思いを馳せることは、有限を生きる私たちに、刻まれてきた時や自然の揺るぎない価値を、改めて教えてくれることのように思いました。

人が挑み続けてきた全国の岩場が、遮断されることなく未来へとつながっていくこと。それは私たちが自然と、共にどう生きるかということを教え続けてくれることでもあるのだと思います。

・日本フリークライミング協会 ホームページはこちらから 

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【2026/3/2-8の1週間限定販売】
ローカルな町の景色と壮大な自然を背景に、果敢に岩場に挑む人の姿を描きました。
全国各地にあるエリアを未来に残していくために。
一歩ずつ歩みを進める日本フリークライミング協会さんの活動やコミュニティを表現しています。

“Grand to look at,grand to look from,grand to CLIMB(見上げても、見下ろしても、登っても壮大)”という言葉を添えました。

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JAMMINは毎週週替わりで様々な団体とコラボしたオリジナルデザインアイテムを販売、1点売り上げるごとに700円をその団体へとチャリティーしています。
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