CHARITY FOR

「生きているだけですばらしい!」。こどもの命をど真ん中に、こどもの権利を守り抜く〜NPO法人こどもの里

大阪にある「釜ヶ崎」という場所を知っていますか?
現在「あいりん地区」と呼ばれるこの地域は、高度経済成長期からバブル期にかけて“日雇い労働者の街”として栄えました。当時から貧困などの問題がありましたが、今もなお、それらは解決されていません。

「生まれてきてよかったと思ってもらえるように。そのこどもにとって必要なことをやるだけです」

そう語るのは、「こどもの里」を立ち上げた、理事の荘保共子(しょうほ・ともこ)さん(75)です。「こどもの里」は1977年の設立以来、学童保育やファミリーホームを通して、釜ヶ崎で暮らすこどもたちを支援しています。

今回は「こどもの里」の活動内容や、活動に込めた荘保さんの願いについて、お話を伺ってきました。

お話をお伺いした荘保さん

今週のチャリティー

NPO法人こどもの里

「釜ヶ崎で生きるこどもの権利を守る」ために、学童保育やプレーパーク、自立援助ホーム、ファミリーホーム、緊急一時保護、エンパワメント事業、訪問サポート事業など、地域に住むこどもたちやご家族の日常的なサポートを行っています。

INTERVIEW & TEXT BY TAISUKE KOBAYASHI
RELEASE DATE:2023/05/01

貧困・人種・複雑な家庭事情…
背景に関係なく、すべてのこどもを受け入れる

こどもの里のホールで遊ぶこどもたち。「こどもの里では、こどもたちがやりたい時に、やりたい遊びを自由にやっています」

──本日はよろしくお願いします。最初に、活動について教えてください。

荘保:
こどもの里は、“地域包摂こども支援センター”として、地域のこどもたちが必要とするサービスを提供しています。

ひとつめが、学童保育(留守家庭児童対策事業)です。家庭にも地域にも居場所が少ないこどもたちが集まれるよう、施設を開放しています。学童保育は大阪市から補助金が出るのですが、その対象は基本的に小学生のこどもで、条件は週4日以上来ること。
それだと来られないこどももいますので、私たちは学童保育の補助金の対象外のこどもたちも、誰でも来られる場所として受け入れています。

週末、こどもの里でお昼ご飯を食べるこどもたち。「おいしいー!と見せてくれた笑顔です」

荘保:
遊びに来るこどもの年齢は0〜20歳ととても幅広いです。また私たちは多様性(一人も排除しないこと)を大切にしていて、国籍が違う子や複雑な家庭背景を持つ子、ハンディキャップのある子…いろんなこどもたちを、背景に関係なく受け入れています。

こどもの里は火曜日が休みで、週末や祝日、年末は開けています。いつも30人前後のこどもたちがいるので、とても賑やかです。職員は毎月研修をして、こどもたちとの接し方を学び、知識やスキルをアップデートする機会を設けています。

毎月、月の終わりと始めに、こどもの里の前で開催しているバザー。売上はこどもの里運営のための資金として活用されている。土日はこどもたちもお手伝い

荘保:
ふたつめの活動が、何らかの事情で保護者と住めないこどもたちを援助する事業です。

事情があって家庭で暮らせない子どもを迎え入れて養育する「ファミリーホーム(小規模住居型児童養育事業)」、事情があって家庭を離れて自立を目指す15歳以上の生活の場である「自立援助ホーム(児童自立生活援助事業)」を運営しており、現在はどちらも6名ずつ、計12人がこどもの里で暮らすことができています。

保育園がお休みの日、朝からこどもの里に来ている4歳以下のこどもたち。皆でお昼寝

助成金が出なくても
こどもたちにとって必要ならやる

ファミリーホームで暮らす里子、こどもの里で夕食を食べるこども、スタッフの皆さんで一緒に夕ご飯

荘保:
3つめの重要な活動が、緊急一時保護(子育て短期支援事業)です。親と子、それぞれに寄り添いながら、その問題を乗り越えるための策として、一時的に子どもや親子の宿泊の場を提供しています。公金の補助は1円もありません。

4つめが、プレーパーク事業(西成区プレーパーク業務委託事業)です。廃校になった小学校の跡地を「にしなりジャガピーパーク」として、こどもたちが自由に、やりたいことをやっていいという「子どもの遊びの権利」を守る活動を、一般財団法人大阪教育文化振興財団とにしなり☆あそぼパークProjectとの連合体で取り組んでいます。

穴を掘ったり火を起こしたり、こどもたちに非常に好評ですが縮小傾向にあり、8年前にオープンしたときは毎日開いていたのですが、現在は主に土日にオープンしています。こどもたちがどろんこになって遊べる場所を増やしていくために、各地で出張プレーパークも行っています。

ジャガパ―一面に広がるシロツメグサ畑。皆で虫獲りに夢中

──運営に必要な資金はどうされているのですか。

荘保:
こどもの里の活動を応援して下さる全国の個々の方々のご寄付と支援物資や、自分たちで開催しているバザーの売り上げ、つながりのある教会や企業さんの助成などで運営しています。

2002年に放映されたNHKスペシャル『こども 輝けいのち』第1集『父ちゃん母ちゃん、生きるんや』、2016年に上映されたこどもの里のドキュメンタリー映画『さとにきたらええやん』(重江良樹監督)を観てご寄付いただくこともあります。

こどもの里が舞台の映画『さとにきたらええやん』監督の重江良樹さんと。重江さんは、2008年にこどもの里にボランティアとして入ったことがきっかけで2013年より撮影を始めた。『さとにきたらええやん』は、重江さんの初監督作品

荘保:
活動で大切にしているのは「目の前にいるこどものために、できることをやる」こと。
ファミリーホームや自立援助ホーム、こどもの緊急一時保護や訪問サポート…制度も何もない時代から、こどもの声や必要にあわせてさまざまな支援をしてきました。

制度は後からついてくると思っています。やっている支援に対して、該当する助成金の制度があれば活用しますが、それがなかったとしてもやる。こどもたちの遊びと学びと生活を、10名のスタッフと5名のアルバイトスタッフとともに活動しています。

赤ちゃんからおとなまで、多種多様な人が集まるこどもの里。1歳の赤ちゃんと一緒に遊ぶ、1年生の少年

服はボロボロ、でも瞳はキラキラ
“かま”のこどもたちの笑顔が忘れられなかった

荘保さんが釜ヶ崎で活動し始めたばかりの頃の一枚。聖フランシスコ会「ふるさとの家」の2階の一室で活動はスタートした

──荘保さんは1977年に釜ヶ崎で学童保育を始められたとのことですが、釜ヶ崎はご地元なのでしょうか?

荘保:
いえ、生まれは、疎開先の福島県、育ったのは兵庫県の宝塚市です。
大学を卒業するまで、釜ヶ崎は知りませんでした。最初に来たのは22歳の時です。カトリック宝塚教会青年部のボランティア活動の一環で釜ヶ崎のこども達に勉強をみる「土曜学校」で、釜ヶ崎のこどもたちと出会いました。

こどもの里がまだふるさとの家で活動していた頃、みんなで行った遠足での集合写真

荘保:
出会いが本当に衝撃的で。身なりはボロボロでも、皆、目をキラキラ輝かせながら一生懸命遊ぶんです。「なんや、この子たちは!」と思いました。
その後も釜ヶ崎のこどもたちのことがずっと忘れられなくて、「彼らが遊びに来られる場所をつくりたい」と思いました。

そして1977年に学童保育を始めました。釜ヶ崎にはひとり親家庭が多く、放課後に居場所がなくて公園やゲーム喫茶にいるこどもたちに声をかけると、たくさんのこどもが遊びに来てくれるようになりました。

ある日のおやつの時間。「真ん中にある“どうぞの皿”のおかしを皆狙ってます」

こどもが全力で遊び、学べるように
保護者の生活もサポートする

スタッフさんが一人のこどもの髪の毛を乾かしていると、「僕も膝にのせて~」とやってきたもう一人

──学童保育からスタートして、どうして他のサポートも行うことになったのでしょうか?

荘保:
こどもたちを預かるようになったきっかけは、ある父子家庭との出会いでした。お父さんは日雇いの仕事をしていて、幼いこどもを一人家に置いておくわけにはいかないので、早朝からこどもを預けなければなりません。遠くの現場へ出張となれば、数日間預けなければなりません。その場合、児童相談所に預ける以外の方法がありませんでした。

でも児童相談所にこどもを預けると、ネグレクトを疑われ、すぐにこどもを連れて帰ることができないことがあったんです。こどものために一生懸命働いているのに、親子がバラバラになるのはどうなんだろうと。それがきっかけで周囲を見回すと、父子家庭、母子家庭、共働き家庭がとても多かったんです。親子がバラバラにならず、こどもが大好きな親と一緒にいられるように、こどもたちを預かる活動もスタートしました。

遠足で行った公園で、皆で大縄跳びをしているところ

荘保:
また、私たちは保護者へのサポートにも力を入れています。
今でこそ「ヤングケアラー」という言葉がありますが、当時から釜ヶ崎には、親や家族のお世話をするのが普通のこどもが少なくありませんでした。

仕事で家にいない、あるいは精神疾患や病気を抱えている親に代わって、弟や妹の手を引き、小さな赤ちゃんをおんぶしてここに遊びに来るこどもたちがいたり、家でも家族のお世話をしたり、病院に付き添ったりしている子が目につきました。

こどもの里の夏まつりにて。中では祭りのゲーム、外ではかき氷。こどもたちは皆、思い思いに過ごす

荘保:
どんな環境であっても、こどもは親のことを想っています。
その子にとって最善で安心できる環境をつくるためには、その子の親もケアしなければならない。私たちは保護者の方の通院などに付き添ったり、こどもの世話を手伝ったりもしています。その分、こどもにはこどもの権利があるので、今だからできる遊びや勉強を、精一杯やってほしいと思っています。

──こどもの権利を大切にしているからこそ、サポートの幅を広げているのですね。

荘保:
最初はこんなに広げる予定はなかったんです。でも一人ひとりのこどもたちが必要な支援は何かと取り組んでいるうちに、どんどん広がっていきました。それが「学童保育」とか「ファミリーホーム」とか、後から名前がついていった感じです。

「こどもたちが大好きな、舟渡りという遊びです。マットを島に見立てて、2チームに分かれてマットから押し出す遊びです。何人ものこどもたちが力を合わせて、スタッフに挑みます」

「生まれてきてよかった」と思えるように。
こどもたちの権利を最優先に

ジャガパーの水遊び。水を貯めたゴミ箱にずっと入って遊んでいる4年生です」

──こどもたちと接する上で、大切にしていることはありますか?

荘保:
「こどもたちの権利が守られているか」です。
中には、保護者に「お前なんか産まなきゃよかった」と言われ、生きる希望を見いだせない子もいます。

でも「命こそ宝」です。何歳だろうが、皆一人の人間です。
「生まれてきてよかった」「こんな夢をかなえたい」と、夢と希望を持って今を生きてほしい。こどもたちにはその権利があるし、だからこそ、ここは誰でも自由に来られる場所です。もしそれで人手がもっと必要なら、人を雇います。何よりもこどもたちの幸せを最優先に、その子の最善の利益を考えたいと思っています。

こどもたちとハイキングへ。頂上までたどり着いたね!記念に撮影

──これまでの活動で、印象に残っているお子さんはいますか?

荘保:
30年もっと前でしょうか。ここに来ていた同級生の二人の女の子が印象に残っています。

二人とも学校の遠足に行けないくらい貧困家庭でした。小学校高学年になると「なんで私がこんなめに遭うんだ」と反抗して、グループで家出するようになっていきました。見つけて家に帰しても、2週間くらいするとまた家出。その繰り返しが2年ほど続きました。

小学校6年生の夏休みには二人とも髪を金髪にして、シンナーに手を出すようになりました。小学校を卒業したタイミングで、リーダー格だった子がぴたりと来なくなり、後になって私は、彼女が児童養護施設に預けられたと知りました。

こどもの里大運動会の最後の競技は、リレー。「こどもも大人もみんな一緒に順位を競います。おとなだって本気で走ります」

荘保:
3年後、高校に進学しなかったゆえに児童養護施設を退所しなければならなくなった彼女が、こどもの里を訪ねてくれて、こどもの里を拠点に自立を目指しました。

その生活の中で、私は、彼女の小学時代の過酷な虐待の事実を知ることになりました。
家出を繰り返していたことは、彼女たちのSOSだったのです。それに気づかず、私は毎回、彼女たちを家に帰してました。リーダー格だった彼女は、小学校の卒業式の日、自分の足で児童相談所に出向き「助けてほしい」と自らの意志で施設に入ったとのことでした。…私だけが、何も気づいてなかったんです。

こどもの里のクリスマス会にて。一人ひとりのロウソクに火を灯し、静かなお祈りの時間

荘保:
小学1年生で出会って、その話を聞くまでに9年の歳月が流れています。
10年近く経って、やっと、やっと意味がわかった。荒々しい言葉遣い、反抗的な態度、一つひとつに、全部意味があったんやと。家出やシンナーは「私たちは、それでも生きたい」という彼女たちの心の叫びだったんです。「問題行動」ではなくて、「正常な反応」だったんです。

この経験が、私の原点です。そこに行き着くまでに随分時間がかかりましたが、こどもたち一人ひとりの声をちゃんと聴くこと、声だけじゃなくて行動も含めて、言葉にならない声も全部聴くことが大切ということを、私は彼女たちから教えてもらいました。

こどもたちと共に、野宿するおじさんたちに声をかけて回る「こども夜回り」。おじさんたちに配るおにぎりも、こどもたちと皆で手作り

チャリティーは、こどもたちに豊かな
自然体験を届けるキャンプの活動費として活用されます!

こどもの里の前にある「三角公園」の夏祭りにて、こどもたちと歌うラッパーのSHINGO☆西成さん

──今後の展望について聞かせてください。

荘保:
こどもの里が運営している自立援助ホームは男性専用でしたが、今年の8月には、女性専用の自立援助ホームも開設予定で、そこにも力を入れていきたいと思っています。

また、私たちの活動拠点は西成の北東部ですが、近年、ベトナムや中国などから来た外国の方や、生活に困難を抱えておられる親子が多く暮らす西成の南部にも拠点をつくりたいと思っています。これまでの活動のノウハウを活かしながら居場所を作りたい。今、物件を探しているところです。

5月5日のこどもの里周年パーティーにて、がんばって練習した劇や歌を、それぞれ発表するこどもたち。スタッフがいつもそばにいてくれる

──最後に、チャリティーの使途を教えてください。

荘保:
釜ヶ崎の子どもたちに自然の中でのびのびと思い切り遊ぶ体験を届けるために、キャンプや稲刈りなどのレクリエーションを定期的に実施しています。

西成には自然がほぼないのですが、子どもたちはめっちゃ元気なので、管理や制約がない場所で思い切り遊んでほしい。とはいえ旅費がかかると親御さんが出すことが難しいので、最低限の食費以外、移動費や宿泊費はできるだけこちらが負担しています。

こどもたちに、豊かな経験を。写真は田植え遠足での一枚。「田植えの後は、皆泥んこまみれになって遊びまくります。泥んこの中での旗取り競争。よ~いドン!」

荘保:
今回のチャリティーは、豊かな自然体験を届けるキャンプの活動費に活用させていただく予定です。

こどもとはまさに「生きる力」そのもの。彼らから学ぶことも多く、私はこどもからいろんなことを教わり、人生が変わりました。彼らの生きる力が輝き続けるように、ぜひチャリティーで応援いただけたら幸いです。

──貴重なお話をありがとうございました。

3月31日に開催された「なんでもパーティ」の集合写真。「この日は小さい子から大きい子までみんなが揃う日です。みんな一緒に『はい、チーズ』!今年度1年の幕下です」

“JAMMIN”

インタビューを終えて〜小林の編集後記〜

私は何度か釜ヶ崎を訪れたことがあり、公民館のような建物や商店街のテナントが支援センターとして使われていたのを、荘保さんの話を聞きながら思い出しました。

限られた資金の中、こどもにとって必要なことを全部やる、というのは容易なことではありません。一人でも多くのこどもたちが笑顔で過ごせるよう、この記事が多くの人に届けばいいなと思います。

・こどもの里 ホームページはこちらから

09design

【2023/5/1~7の1週間限定販売】
こどもの里さんを中心に、爆発するように広がる、あふれんばかりのエネルギーを描きました。

こどもたち一人ひとりの、輝く命。その輝きが奪われることも失われることなく、好きなことややってみたいこと、心がワクワクすることに向かって突き進める社会を作っていこう!という思いを表現しました。

“You are so special“、「あなたは、とくべつ!」という言葉を添えています。

チャリティーアイテム一覧はこちら!

JAMMINは毎週週替わりで様々な団体とコラボしたオリジナルデザインアイテムを販売、1点売り上げるごとに700円をその団体へとチャリティーしています。
今週コラボ中のアイテムはこちらから、過去のコラボ団体一覧はこちらからご覧いただます!

logo-pckk                

SNSでシェアするだけで、10円が今週のチャリティー先団体へ届けられます!
Let’s 拡散でチャリティーを盛り上げよう!
(広告宣伝費として支援し、予算に達し次第終了となります。)