文部科学省の発表によると、小・中・高等学校及び特別支援学校におけるいじめの認知件数は517,163件 (令和2年)。
新型コロナウイルス感染拡大によって学校生活にもさまざまな影響がある中で、子どもたちの行動や心境にもさまざまな変化があり、不安を抱えながら、しかしそれがどこにも相談できないようなケースも少なくないのではないでしょうか。
今週、JAMMINがコラボするのは、佐賀県でいじめ撲滅のために活動する一般社団法人「地域活性化いじめ撲滅実行委員会」。佐賀県内の市町の教育委員会をはじめ、地域のさまざまな分野で活動する大人たちの協力を得ながら、学校からいじめをなくすために活動してきました。
「いじめで苦しんでいる子に、君は一人じゃないと伝えたい」。
そう話すのは、代表理事の古場英樹(こば・ひでき)さん(50)。自営業の傍ら、「佐賀からいじめをなくしたい」とこの活動を続けてきました。
古場さん自身、高校の時に壮絶ないじめに遭いました。
「何年も経った今でも、その時の光景がふと蘇る。もしあの時、味方と思える人が一人でもいたら」。そんな思いが、古場さんを行動へと駆り立てるといいます。
活動について、お話を聞きました。
(お話をお伺いした古場さん)
一般社団法人地域活性化いじめ撲滅実行委員会
佐賀県内の小中学校へ出向き、いじめのこわさや命の尊さを伝える出張授業を無償で実施しているほか、24時間365日、いじめに関する相談を受け付けています。教育委員会や地域の大人たちを巻き込みながら、いじめを撲滅するために活動しています。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
RELEASE DATE:2022/9/5
(佐賀からいじめを撲滅するために、日々、県内各地を訪れる古場さん。「行政や学校関係者の方々と連携して活動しています」。大好きな故郷・佐賀の海が目の前に広がる)
──団体のご活動について教えてください。
古場:
「地域活性化いじめ撲滅実行委員会」という名前にもあるとおり、地域の教育委員会さんや商工会議所さんや医師会さん、企業の方々にも協力していただきながら、いじめを撲滅するために活動しています。
具体的な活動の一つが、佐賀県内の小中学校での出張授業です。コロナの影響でここ2〜3年は思うような開催はできていませんが、コロナ以前は一年間に80校ほど訪れて授業をしていました。
もう一つが、今現在いじめに苦しみ悩んでいるお子さんを救いたいと、365日・24時間、いじめの相談を受け付けていることです。相談してきてくれた子どもたちには、ほとんどのケースですぐに会いにいって、対面で話をします。
さらに、たくさんの子どもたちと関わってきた中で、「不登校の子どもたちが学校に戻った時、勉強の遅れがネックになる」ということがわかってきたので、2022年4月から、佐賀で活動していた学習支援団体さんと合併して、学校に通えていない子や、ご家庭の事情で塾に通いたいけど通えないといった子どもたち向けの学習支援も行っています。
(学習支援の様子。「全ての子どもたちが学びの機会を諦めることがないように、という思いで実施しています」)
(小学校での授業の様子。「団体アンバサダーでありミュージシャンの德丸英器さんによる倫理と音楽の特別授業です。子どもたちと一緒に、地域の応援歌を作曲しました」)
──出張授業では、どんなことをお話しされるのですか。
古場:
いじめの体験談をもとに、「もし君がいじめられた立場だったらどうするか」「いじめを目の当たりにした時にどうするか」という話をします。自分がいじめられたら、友達がいじめられていたら…立場を置き換えながら、わかりやすく伝えるようにしています。
授業で何よりも強調しているのは「いのちを大切にしよう」ということ。誰かをいじめることは恥ずかしいことで、直接いじめてはいなくても、いじめを見て見ぬふりすることも、立派ないじめだよということを伝えています。
それぞれ学校に事前に希望を伺って、クラス単位でお話しすることもあれば、学年や全校生徒、あるいは保護者さんも交えてお話させていただくこともあります。授業のスタイルもいろいろで、私が前に立って授業をすることもあるし、あるいは皆で輪をつくって話し合うようなかたちをとることもあります。
(最初は緊張していた子どもたちも、授業が終わる頃には笑顔でいっぱいに。「写真は韓国出身のプロレス世界チャンピオン、ジョ・キョンホ選手です。団体のイベント参加の前日に学校へ行き、道徳の授業の時に韓国のいじめ事情について講演してもらいました」)
──その場に応じたかたちをとられているんですね。
古場:
そうですね。すでにいじめが起きていているようなクラスの場合は、より具体的に、子どもたちと率直な意見交換をすることもあります。クラスの子どもたち一人ひとりの意見を聞いて黒板に書き出しながら、今起きていることを一緒に考えます。一時間の授業で足りない場合は、週に2回でも3回でも、皆で考え、話し合う時間を設けるようにしています。
授業中、つらさやしんどさから、うつむいたり泣き出したりする生徒が出てくることがあります。担任の先生方もまだ把握できていなかったいじめが、この授業によって露呈されることもあって、先生方には「授業の間、子どもたちの表情を注意して見ておいてほしい」とお願いしています。
──第三者として入られるからこそ、子どもたちが意見や気持ちを伝えやすいようなところがあるのかもしれませんね。
古場:
子どもたちの話を聞きつつ、教育のプロである現場の先生方、教育委委員会と連携しながら、起きている状況を改善するための具体的な対策を講じて動いています。
(「教育委員会の皆さまと、何度も打ち合わせを重ねて協力体制を築きます。写真は鹿島市の職員と教育委員会の皆さまと、鹿島市で共催したチャリティーイベントの打ち合わせの様子。何度も時間を割いてもらい、手厚く協力していただきました」)
(古場さんたちが佐賀県内の学校に配っているいじめ相談ダイヤルのハガキ。「県内の小中学校に、定期的に配布しています」)
──24時間、365日の電話相談も受け付けていらっしゃいますね。
古場:
はい。教育委員会さんを通じて、佐賀県にある小中学校の児童にカードを渡していただいています。わたしの携帯番号が書いてあって、子どもたちが苦しいとき、いつでも電話をかけてきてほしいと思っています。
いつ子どもから電話がかかってくるかわからない。電話相談は、夜は私が一人で対応しているのですが、おかげでお酒が飲めなくなって健康的になりました(笑)。
電話をかけてきてくれた子は、必要だったら、すぐに会いにいきます。ほとんど全て、9割9分は駆けつけて会いに行きます。ここでも教育委員会さんの協力体制ができつつあり、職員の方が一緒に同行してくださるかたちも出てきました。
(ハガキ以外にも、相談ダイヤルのポスターも学校に配布。「夏休みが終わる今頃は、しんどい気持ちで通学する子も少なくありません。ポスターやハガキを見て、何かあった時に頼ってくれたら」)
──電話相談を受けるだけでなく、駆けつけられるのはなぜですか。
古場:
学校でいじめを受けている、しんどい、つらい…。これらは本来、子どもは親御さんに相談できたら良いと思います。しかし子どもたちは、自分がしんどい時でさえも親御さんに気を遣って遠慮して相談しない。知らない番号に、それも皆が寝静まるのを待って連絡をしてくることがほとんどなんですね。
その状況を想像すると、子どもはどれだけ孤独だろうかと思うんです。だから、それが何時であろうとどこにいようと関係なく、「どこにいるの。今から会いに行くから」と。
──そうなんですね。
古場:
直接会って話を聞くだけでなく、ここが私たちの大きな強みなのですが、その子たちが学校に戻りたいと思った時に、学校や教育委員会ともしっかりと連携をとって、その子が負担なく戻れるような受け入れ体制を整えていただいています。
この3年ほどは、年間50人前後の子どもたちから相談を受けましたが、そのうち9割が学校に戻ることができました。通常は3割ほど戻れたら良いと言われているそうなので、これはかなり大きな数字です。しかしこれも、教育の現場のプロの方たちの連携があるからこそ。本当にたくさんの協力があって、子どもたちを支えることができています。
(「会えばいつも声がけしてくださる中間支援組織の皆さま。地域の皆さまに支えられ、応援団に恵まれてこの活動が続けられています」)
(子どもの頃の古場さん(写真中央)。「小中学校の時は野球に熱中していました。負けん気が強く、人を笑わせるのが好きでした」)
──夜中であっても会いにいくということですが、古場さんはなぜ、そこまでされるのですか?
古場:
私自身が、小中学生のときにいじめっ子だったんです。しかし高校に入学して、壮絶ないじめに遭いました。野球の推薦で高校に入り、入学前から練習に参加していたのですが、すぐにいじめが始まりました。
決して裕福ではなかった親戚が、「やりたかった野球で高校に入ったお祝いに」とほしかったグローブを、お金を貯めて買ってくれました。すごく嬉しかった。
でもこの気持ちのこもったグローブも、いじめのいやがらせで傷つけられたり隠されたりしました。つらかったし、許せなかった。
──そうだったんですね。
(「いじめを見て見ぬふりをされたつらさを、今でもふとした時に思い出します」と古場さん。「いじめ撲滅を目指して出場した『さがつくAWARD 2018』では、共感プレゼンのグランプリを授賞しました」)
古場:
一度、私が先輩から正座して殴られている時、先生が前を通りかかったことがありました。「よかった、これで助かる」と思ったのも束の間、先生は見て見ぬふりをして私の前を過ぎ去りました。
30年以上も前の話だけど、今でも夜ふとしたときに、当時の光景が鮮明に浮かぶことがあるんです。その時のことが一つひとつ、ものすごく心にひっかかっているんです。
これはいじめられた人にしかわからない気持ちだと思うんです。
正直私も、いじめていた時の光景は覚えていません。でも、私から嫌なことをされた人は、今でも心の中に残っているでしょう。
(つながった子どもたたちの「海に行きたい。船に乗りたい」という声に応え、船舶免許を取得した古場さん)
古場:
私はいじめに耐えられず、部活を辞めて学校にもほとんどいかなくなってしまいました。でも今思うこととして、あの時、誰か一人だけでも助けてくれる人がいたら、一人だけでも味方になってくれる人がいたら、もしかしたら、なんとか乗り切れたんじゃないかと。
だから、今いじめを受けている子たち、つらくてしんどい子たちに、「あなたの味方だよ、あなたは一人じゃないよ」ということを、直接会って伝えたい。
「一人じゃない」と感じられたら、精神的に少しは楽になれると思うんです。だから、それを伝え続けたい。そういう思いでやっています。
(「大好きな地元からいじめを撲滅しよう」。佐賀の大人たちが手を取り合ってこの問題に挑んでいる。写真は佐賀玄海漁業協同組合・魚市場の様子。「佐賀玄海漁協の皆様には、ふるさと納税でもご支援いただいています」)
(「船舶協会の方々に、子ども向けに船の講演をしていただきました。その時の実演の様子です」)
──子どもたちからの相談の内容は、どのようなことなのでしょうか。
古場:
コロナの前は、「いじめがつらい」「いじめがきつい」という内容が主だったように思います。でもコロナ禍になって、もっと強い、「死にたい」という言葉が増えていると感じます。
子どもたちは、今の社会の状況を繊細に察知しています。社会や大人が抱えているストレスを子どもたちも敏感に感じとって、彼らなりに不安を抱えているんじゃないかなと思います。
──そうなんですね。
古場:
ストレスが溜まった時、大人の場合は、発散できる場所があると思うんです。
一方で子どもたちは、県内外を一人で自由に行き来できませんし、日々、学校と自宅を往復する中ではストレスを発散できません。そのことが、いじめを生む原因にもつながっていると感じます。
──確かに。
古場:
最近は、ジェンダーに関するいじめの相談も増えています。
たとえば体は男性だけれど性自認は女性で女の子の格好をしているとか、同性が好きだといったことに対していじめが起きています。
佐賀のような地方都市だから起きていることなのか、他のところでも同じように起きていることなのか、正直、私も勉強不足でわかりません。ただ、ここ最近かなり直面している、深刻な問題です。
(学校でのあいさつ運動を共催する佐賀市教育委員会へ、打ち合わせに訪れた際の一コマ。「官民や業種の垣根を越えて、報告・連絡・相談をこまめに行い、地域の大人も一緒に参加できる体験イベントなど、子どもたちの応援団が増える企画をいつも考えています」)
(窓から子どもたちの様子を伺う佐賀のおじさん二人。「子どもたちをそっと見守る大人が、地域に一人でも増えることを願って」)
──なぜ、佐賀でご活動されているのですか。
古場:
佐賀は私の故郷です。私は佐賀で生まれ育ちました。子どもの頃、自分が悪いことをした時には、地域の大人たちが怒ってくれました。しかし今、同じように大人が子どもに何か注意をしようものなら、「変な大人に声をかけられた」というふうになりかねません。
地域の子どもを、地域の大人が守っていく。昔はごくごく当たり前にあったコミュニティが、佐賀のような田舎でもだいぶ失われつつあります。
昔からあったコミュニティの、良い部分を残していきたい。
大好きな佐賀だからこそ、そこは必ず実現できると信じて活動しています。
──そうだったんですね。
古場:
同じ思いを持つたくさんの方が、業種を超えて活動に協力してくださっています。
大人として、それがたとえば「一人だから何もできないよ」とか「民間だからできないよ」ということではなく、それぞれ立場は違っても、子どもたちのため、佐賀のため、個人や企業、民間や行政が共に手を取り合って協力しあうことで、絶対に良い地域ができてくると思っています。
(「九州北部で流れる『NBCラジオ佐賀』で事業紹介のコーナーを設けていただき、大人向けの啓発をしています」)
古場:
「できない」とか「しない」っていう選択肢もあるかもしれません。
だけど、できない中でも、できることを一緒に探していく。まずは腹を割って話すことから始めて、この問題に本気で取り組んでいるところを、言葉ではなく行動で見てもらって、仲間を増やしていく。活動を振り返っても、そうやって協力してくださる方が増えていきました。
──最初は、どのように活動を始められたのですか?
古場:
任意団体として活動を始めた頃は、子どもたちにいじめのこわさをわかりやすく伝えたいという思いで、プロレス劇で学校を巡回していたんです。私もヒール役(悪役)で出ていました。しかしなかなか、理解を得ることが難しくて。プロレス団体に間違われたし、「プロレスをやりたいだけなんじゃないか」と言われたこともありました。
でも徐々に、私たちの本気が伝わっていって。批判していた方たちが、今では一番応援してくださっています。言葉も大事だけど、まず行動が大事。すべては行動から始まると思っています。
(いじめのこわさを伝えるために、プロレス劇で学校を巡回していた頃の一枚。「たくさんの子どもたちや保護者の方々が試合を観に来てくれました」)
(どうやったらいじめのこわさを子どもたちに伝えられるか。プロレス劇のリングに上がり、ヒール役をしていた頃の古場さん)
──古場さんの原動力を教えてください。
古場:
私たちのところに相談をくれた子たちが、学校生活に戻った後、「今日、学校でこんなことがあった」とか「あんなことをした」って、何気ない出来事を笑顔で話してくれるんです。それが何より嬉しい。大変なので、毎年「今年でもう終わりにしようか」って思うんですけど、子どもたちと接していたら、やめられないですね。
過去に相談をくれた中高生たちが、自分たちでボランティアのグループを作って「自分たちもいじめをなくすために活動したい」と言ってくれています。できることで応援したいですし、将来、団体の活動を担っていってもらえたら嬉しいですね。
(「地域の皆さまにもご協力いただき、昔ながらの餅つき大会を開催しました。初めての体験に子どもたちは大はしゃぎ、おとなたちは二日がかりでの準備に大わらわでした」)
──今後のビジョンはありますか。
古場:
いじめで苦しんでいるすべての子どもたちの相談を受けられるように、そして佐賀県を超えて全国のいじめで苦しんでいる子どもたちのために、今後は人材の育成やノウハウをお伝えしていくことにも力を入れていきたいです。
あとはそうですね、子どもたちが気軽に相談できたり、「うちでも話をして」って気軽に声をかけてもらえるように、相談や学校の出前授業などは、すべて無料であることにこだわってやってきましたが、今後も子どもたちに対して、無料を貫いていきたいと思っています。
実際は、相談をくれた子どもに会いに行くガソリン代だけでも、私一人で年間50万円ぐらいかかっていて、運営はかなり厳しい状態ですが…、これからも子どもたちに無料で活動を届けられるように、がんばっていきたいと思います。
(「すべては子どもたちのために」と書かれた団体の活動ジャケット。「すべての子どもたちに、主体的な人生を手にしてほしいと願っています」)
(上峰町の教育長、教育委員会の皆様さんと。「自治体や教育委員会の皆さまと、子どもたちを守る体制作りを日々進めています」)
──読者の方へ、メッセージをお願いします。
古場:
子どもの時だけでなく、大人になってからもいじめはあります。いじめに遭った時、必ず味方になってくれる人がいるし、必ず助けてもらえる道があるよということをお伝えしたいです。あるいはもし周りでいじめられている人がいたら、手をさしのべて、できることで支えてほしい。そうお伝えしたいです。
──最後に、チャリティーの使途を教えてください。
古場:
チャリティーは、いじめに悩む子どもたちの個別相談や学習支援、体験学習のために必要な資金、また不登校の子どもたちが復学や進学する際に必要となるお金を支援する奨学金として活用させていただく予定です。ぜひ、チャリティーアイテムで応援いただけたら嬉しいです。
──貴重なお話をありがとうございました!
(「団体の役職員の皆さん、市役所職員や市民活動センターの皆さん、警察の方にも参加してもらい、研修会を開催した際の一コマです。たくさんの大人の協力あっての事業です」)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
いじめをなくすために、横のつながりを重視しながら活動に取り組んでいる地域活性化いじめ撲滅実行委員会さん。「地域からいじめを撲滅する」ことと「地域を活性化する」こと、古場さんのお話をお伺いしながら、少しずつこの二つが線でつながっていきました。
問題に協力し合って取り組む大人たちの姿勢は、子どもたちにもカッコよく映るでしょうし、「こんな大人になりたい」「自分もこの地域を守っていきたい」という未来にもつながっていくように思いました。
自分の思いを伝えること、またより良い未来に向け、声を上げアクションを起こす象徴として、ギターを弾きながら歌うオオカミと、その歌声に耳を傾ける動物を描きました。
“Your smile brightens up my day“、「君の笑顔が、僕の1日を明るくする」。子どもと大人たち、地域の人たち…。
皆がお互いの笑顔で元気になって、一緒に明るい未来をつくっていく。そんな思いを表現したデザインです。