(撮影:川畑嘉文)
皆さん、どんな映画が好きですか?
「好きな映画をあげて」と言われたら、どなたも一つ二つはパッと浮かぶのではないでしょうか。中には「この映画を見て人生が変わった」という方もいるかもしれません。しかし、世界の中には、映画を見たことがない子どもたちがいます。
「見たことのない夢は、かなえることができない。だから、映画上映を通じて、子どもたちにたくさんの世界を見せられたら」。
かつて映画監督を目指した一人の女性が、途上国の子どもたちへ映画を届ける活動を始めました。
今週、JAMMINがコラボするNPO「World Theater Project(以下WTP)」の、教来石小織(きょうらいせき・さおり)さん(36)。
小さい頃から映画が好きで、映画の主人公になりきっては「刑事」「お姫様」「スパイ」…いろんな夢を描いたといいます。
やがて映画を通じて多くの人に夢を与えたいと思うようになり、映画監督になりたいと大学へ進みますが、夢を諦めた教来石さん。ずっと、どこか煮え切らない思いを抱えていたそう。人生の岐路に立たされた時、彼女は思い立ちます。
──そうだ、途上国の子ども達に映画を届けよう。
そうして始まったWTPの活動。詳しい話をお伺いしました。
(お話をお伺いした、WTPの教来石さん。)
NPO法人World Theater Project(ワールドシアタープロジェクト)
「生まれ育った環境に関係なく子どもたちが夢を持ち人生を切り拓ける世界をつくること」を目的に、発展途上国の子どもたちに移動映画館で映画を届けるNPO法人。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
──今日は、よろしくお願いします。まずは、WTPの活動について教えてください。
教来石:
途上国の子どもたちへ移動映画館で映画を届けている団体です。
発電機とプロジェクター、スクリーン、スピーカーなどの上映機材を持って農村部の村を周り、学校の教室や広場を即席の映画館に変えています。
(映画の1シーンに、笑顔になる子どもたち。映画には、様々な感情を呼び起こす力がある。撮影:五百蔵直樹)
──どのような作品を上映しているのですか?
教来石:
子ども達が楽しんで観ることができ、彼らの心を育むようなストーリーの映画を選んでいます。
日本のアニメが多く、やなせたかし先生原作の森でタヌキに育てられた少年が音楽家になる『ハルのふえ』、『となりのトトロ』の原作とも言われている『パンダコパンダ』、長友選手がモデルの世界一のサッカー選手を目指すゆうとくんが主人公の『劇場版 ゆうとくんがいく』、いたずらっ子の少年が冒険をして成長していく『ニルスのふしぎな旅』などがあります。
すべて上映許諾を得て、現地語の吹替え版を作っています。
──上映を行うのは日本人スタッフですか?
教来石:
もともとは、日本人のボランティアスタッフが年に1、2回渡航して上映していましたが、現在はトゥクトゥク(三輪タクシー)の運転手をしている現地の方たちが、副業として「映画配達人」となって映画を届ける仕事をしてくれていいます。
週に1、2回のペースで上映することができるようになり、これまでに、約400箇所、4万人を超える子ども達に映画を届けてきました。
(WTPの「映画配達人」。WTPのロゴが刺繍されたオリジナルシャツは、カンボジア発ファッションブランド「Sui-Joh」がきちんとしていて・かっこよくて・動きやすく、「仕事に誇りが持てる」「子ども達から憧れられる」をコンセプトに制作したもの。このシャツを着てトゥクトゥクで農村部の村に映画を届け、会場の設営から放映、片付けまで全て行う。)
──なぜ、カンボジアで活動を始められたのですか?
教来石:
ある日、派遣の事務の仕事をしていた時に「カンボジアに映画館をつくりたい」という夢が降ってきたのがきっかけです。
それまでカンボジアには縁もゆかりもなかったのですが、そこから調べていくと、カンボジアは昔、東南アジアで一番と言われるくらい映画産業が栄えた国ということがわかりました。
けれど1970年代半ばからの内戦の中で映画産業は滅びてしまいました。映画に限らず、あらゆる文化が一度なくなってしまった。そんな悲しい歴史がある国です。今、都市部に映画館はありますが、農村部にはありません。農村に暮らす子には、映画自体知らない子もいます。
──なぜ、映画だったのでしょうか?
教来石:
途上国に詳しいある方に言われました。「途上国を変えるのは実は映画なんです」と。
たとえば途上国の虐げられている女性が、学校に行ってもいい、夫の許可なく買い物に行ってもいいと思えるためには、彼女たちのマインドセットを変えるストーリーが必要である。そのストーリーを伝えるのに、最も適した手段の一つが映画です。
1分間の映像には、文字に換算すると180万文字の情報量が含まれているそうです。
映画が与える影響は大きい。また、私自身が映画からたくさんの夢をもらってきました。一生情熱を燃やし続けられると確信できるものが、映画しかありませんでした。
(映画の世界に引き込まれるのは、何も子どもたちだけではない。真剣な表情で映画に観入る大人。)
(同じ映画を観ながら、ひとつの空間を共有する。集う子どもたちにとって、楽しく心温まる時間。撮影:黒澤真帆)
教来石:
カンボジアの農村部に暮らす子どもたちに「将来何になりたい?」と聞くと、「医者」や「先生」と答える子がほとんどです。素晴らしい夢ですが、他の職業を知らないからかもしれないとも思いました。
知らない夢は、思い描くことはできません。
映画は世界へ通じる窓だと思っています。新しい世界を見せてくれる映画で、もしかしたら新しい夢を思い描く子どもがいるかもしれない。
頑張る主人公の姿から、人生を切り拓く力を学ぶ子がいるかもしれない。より良い人生のための原動力を得る子がいるかもしれない。
──「知らない夢は、思い描くことはできない」…。確かに、おっしゃる通りですね。
教来石:
映画は、ワクチンや食糧のように生きる上で必要不可欠なものではないかもしれません。けれども、夢や希望、生きる目的を与えてくれるものだと思うんです。
「もし、この村に映画館があったら、子どもたちはどんな夢を描くのだろう?」。
そんな思いが、活動のモチベーションになっています。
(移動映画館にやって来た親子。「一体、どんな物語が始まるのかな?」。ワクワクドキドキしながらスタートを待つ気持ちは万国共通。)
──教来石さんが映画にこだわる理由を教えてください。
教来石:
映画好きは母の影響です。物心ついた頃から映画が身近にありました。母が学生時代に住んでいた町に、映画館が一つだけあったそうなんです。映画館に一人で行くと退学と言われていたそうなのですが、映画好きだった母は、それでも映画が観たくて通っていたそうです。
そして、外の世界が見たいと、夢をかなえました。母は映画をきっかけに人生を切り拓いた人なんです。
──素敵ですね。
教来石:
私も、幼い頃は映画を観ては様々な夢を膨らませる子どもでした。刑事映画を観たら「刑事になりたい」と思い、スパイ映画を観たら「スパイになるために勉強をしなきゃ!」と焦ったり(笑)。
そして、大学では映画を専攻しました。大学3年生の時、ケニアの村にホームステイをしてドキュメンタリーを撮っていたのですが、その際、村の子ども達から出てくる将来の選択肢が少ないことに気づきました。
「もしもこの村に映画館があったら、この子たちはどんな夢を見るのだろう?いつか、途上国に映画館を作りたい」という新しい夢ができました。
しかし、当時はその夢に向かって何かをするということはなく、大学卒業後は、映画監督の道も諦めてしまいました。
──大学卒業後、一度映画の世界から離れたにも関わらず、そこからどのようにして今のNPO立ち上げに至ったのですか?
教来石:
大学を卒業してから、派遣社員の事務員として働いていて、夢のことなんて忘れて生活し、気づいたら10年が過ぎていました。癌の検査にひっかかったり、失恋したり…ほかにもいろんなことが重なり、どん底の状態で、人生の指針を見失った時期があったんです。
「なぜ生きているんだろう?私は本当は何がしたいんだろう?」と思っていたある日、仕事中にふと「カンボジアに映画館を作りたい」という言葉が降ってきて。
本当に、ふっと降ってきたような感じなんですが、そう思った瞬間、その夢が自分のパワーになっていくのを感じました。
(カンボジア人のプロの声優たちが、クメール語で声を吹き込む。)
──そして、これまでに4万人の方に映画を届けてこられたんですね!
お話をお伺いしていると、教来石さんのこれまでの歩みこそ、夢に突き動かされ、切り拓いてきた、まるで映画のストーリーのように感じます。
教来石:
ありがとうございます(笑)。今の夢を思い描いてから、本当の人生を生きている気がしています。
ありがたいことに、その夢に向かって一緒に活動する仲間や、私たちの思いに賛同し、活動をサポートしてくださるたくさんの方たちに支えられてきました。
夢が、私をここまで連れてきてくれました。そしてその夢を与えてくれたのは、映画でした。
自分に夢を与えてくれた映画を、途上国の子どもたちにも届けたい。
つらいことや大変なことがあっても、地に根を張って、自分らしく生き、花を咲かせてほしい。そのためのヒントが、きっと映画にはたくさん隠れていると思うんです。
(カンボジア以外の国へと活動を広げ、世界中の子どもたちに映画を届けるにあたり、映画の権利問題や言葉の問題、資金問題などの壁にぶつかっていたというWTP。これらの問題を解決するために、俳優の斎藤工(さいとう・たくみ)さんから提案を受け、世界中の子どもたちに届けられる、言葉のないクレイアニメ「映画の妖精 フィルとムー」(2017年、秦俊子監督)を制作。WOWOW「映画工房」さんを始めクラウドファンディングで多くの支援を受け、完成披露試写会は東京国際映画祭にて行われた。)
──教来石さんにとって、映画とはなんですか?
教来石:
世界に通じる窓であり、いろんなことを教えてくれる先生なのではと思います。
私は映画から、人生で大切なたくさんのことを教えてもらいました。中でも一番大きな学びは、「自分の人生の主人公は、自分なんだ」ということです。
(映画を観たり楽しんだりすると発展途上国の子どもたちにも映画が届く仕組みをつくるため、WTPは国内では映画に関する様々なイベントを行っている。)
(映画を観て、夢が変わった女の子・ピーちゃん。「先生になりたい」という彼女の夢は、映画を観た後「映画を作る人になりたい」という夢に変わった。)
──今回のチャリティーの使途を教えてください。
教来石:
移動映画館にかかる経費などを計算すると、100円で一人の子どもが映画を観られる計算です。チャリティーアイテムを一つ買っていただけると、7人の子ども達が映画を観ることができます。
現在は、村を周って1ヵ月あたり平均して1,000人の子どもたちに映画を届けています。今回のチャリティーで、新たに1,000人の子どもたちに映画を届けるため、10万円を集めたいと思います。
──Tシャツ1枚の購入で、子ども7人に映画を届けることができますね!映画を観た子どもたちの中に湧きおこる感動が、やがて夢につながり、人生を切り拓いていく。そのお手伝いができたらうれしいです。
ありがとうございました!
(イベント終了後、スタッフの皆さんと、桜の木の下で。)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
年齢も近く、私もガン疑と診断されて人生が変わった一人。教来石さんとはインタビュー時が初めましてだったにもかかわらず、旧知の友と抱き合い、これまでのお互いの思いやつらかったことをねぎらい合うようなあたたかさを感じる時間でした(インタビューじゃないですね!笑 教来石さん、ありがとうございました)。
自分を見失いそうになった時、絶望して見上げた夜空にも星が輝き、月が変わらぬ満ち欠けのリズムを刻むように、きっとどん底の時にも、いつか憧れた何かや、忘れかけていた心踊った何かの記憶が、ふと蘇って存在感を放ち始め、新たな時を刻み始めるのではないでしょうか。それがきっと、揺るがぬ信念になっていくんだと思うのです。
映画を観た子どもたちがその瞬間に夢を思い描くだけでなく、映画を皆で笑って観た空間、その時感じた記憶が、いつかその子が大人になって挫折を味わった時、ひっくり返ったおもちゃ箱から宝物を見つけ出すように、きっと何かの力になる。それが「道を切り拓く力」となっていくのではないか。そんなことを感じたインタビューでした。
一人でも多くの子どもに、その力を届けるために。ぜひチャリティーにご協力ください!
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映写機から映し出されるのは、WTPが活動する発展途上国の町並み。
子どもたちが暮らす小さな町から、映画をきっかけに新たなストーリーが始まる。
そんなWTPの活動を表現しました。
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【THANKS】NPO法人World Theater Projectより、御礼とメッセージをいただきました! – 2018/5/4