「1型糖尿病」をご存知でしょうか?
皆さんが「糖尿病」と聞いて思い浮かべるのは「加齢やストレス、運動不足や生活習慣が原因で発症する病気」というイメージだと思います。これは遺伝や生活習慣の乱れなどが発症に関係する「2型糖尿病」と呼ばれるもの。日本の糖尿病患者のうち9割以上がこの2型糖尿病だといわれています。
一方、1型糖尿病は年間に1,000〜2,000人発症する患者のうち多くは子どもだと言われ、20歳以下の患者数は日本国内に約1万人いるとされています。
今週JAMMINがコラボするのは「日本IDDMネットワーク」。1型糖尿病をはじめ毎日のインスリン補充を必須とする糖尿病患者・家族をサポートするNPO法人です。
8歳で1型糖尿病を発症し、血糖をコントロールするために、日々のインスリン補充や補食を余儀なくされた、日本IDDMネットワーク専務理事の大村詠一さん(31)。周囲の理解を得られずに苦しんだ時期があったといいます。
日々進歩する医療や科学技術を応援し、1型糖尿病を「治る」病気にすることを目標に活動にする日本IDDMネットワーク。ご自身の経験や活動について、詳しいお話をお伺いしました。
(お話をお伺いした、日本IDDMネットワークの大村さん。2015年にJAMMINとコラボした際のコラボTシャツ&バッグと一緒に。大村さんは、元エアロビック競技の日本代表選手でもある。)
NPO法人日本IDDMネットワーク
インスリン補充が必要な患者とその家族一人ひとりが希望を持って生きられる社会の実現を目指して活動するNPO法人。
その最初のゴールは、1型糖尿病を「治らない」病気から「治る」病気にすることです。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
──今日はよろしくお願いします。まず「1型糖尿病」について教えていただけますか。
大村:
はい。1型糖尿病とは、体にとって必要なホルモン「インスリン」が体で作られなくなる病気です。小児期に発症することが多いため「小児糖尿病」とも呼ばれていました。この病気は、インスリンを生成している細胞を自己免疫が誤って攻撃し、破壊してしまうことで発症すると言われていますが、まだ詳しい原因は分かっていません。
──「インスリン」は聞いたことがあるのですが、これは体の中でどんな役割を果たしているのですか?
大村:
インスリンは、食事によって摂取したブドウ糖を細胞に取り入れる役割をしています。ブドウ糖は、車にとってのガソリンのようなもので、人間の体が動くエネルギー源として必要不可欠なものです。
「血糖値」という言葉を聞いたことがあると思いますが、これは血液中のブドウ糖濃度のことで、食事などでブドウ糖を体に取り込んだ時、この値はぐっと高くなります。
──「血糖値が上がる」ということですよね。
大村:
その通りです。血液中のブドウ糖が増える、すなわち血糖値が上がると、膵臓のβ細胞がこれに反応して、体の細胞にこのブドウ糖を取り込むためにインスリンを分泌するんです。
この働きにより、血液中のブドウ糖は臓器や細胞へと取り込まれ、エネルギー源となります。インスリンが正常に働き、ブドウ糖が血液中から細胞へと取り込まれることで、血糖値はほぼ一定に保たれることになります。
──なるほど。するとインスリンがないと、どうなるのですか?
大村:
インスリンの量が不足すると、血液中のブドウ糖を臓器や細胞に取り込むことができず血液中に留まり、「高血糖」と呼ばれる体に良くない状態が続きます。この状態を放ったらかしにしておくと神経障害などの合併症を引き起こしたり、ひどい場合は昏睡に陥ったりしてしまいます。
(インスリン補充のための注射。上から、炭水化物が多い食事の際に使用する超速効型インスリン、基礎代謝に合わせて24時間以上効果が持続する持効型インスリン、タンパク質や脂質が多い食事の際に使用する速効型インスリン。)
大村:
糖尿病は「食生活の乱れや糖分の摂りすぎ」というイメージを持っている方も多いと思いますが、生活習慣の乱れや遺伝などが関連して発症する糖尿病は「2型糖尿病」と呼ばれるものです。日本人に多く、成人の5人に1人が発症リスクを持っているとも言われています。
──2型糖尿病の場合、インスリン補充は必要ないのですか?
大村:
2型糖尿病は、インスリンの働きが弱まったり、その分泌量が減少する病気で、インスリンが体内に全くないわけではありません。そのため、自らのインスリン分泌の状態に合わせて食事や運動、経口薬などの薬物療法で治療が行われます。最近は、早期のインスリン投与で自身の膵臓の負担を減らすという治療法も行われています。
──1型糖尿病の場合はどうですか?
大村:
1型糖尿病は、そもそも体内でインスリンを生み出すことができないので、注射やインスリンポンプと呼ばれる医療機器で外部から毎日インスリンを補充するのが必須です。
インスリンを補充しなければ、ブドウ糖が細胞に取り込まれないまま血糖値が高い状態が続き、数日で死に至ります。1型糖尿病患者にとっては、インスリンの投与は生きるために必要不可欠なものなんです。
(血を取るために指などに針を刺す穿刺器具と一体型になった血糖測定器。場所を取らないので立ったまだ測定ができ、熊本地震の際も活躍しました。)
──大村さんは子どもの頃に1型糖尿病を発症したとお伺いしました。当時のことを教えてください。
大村:
発症したのは8歳、小学2年の頃でした。1週間ぐらいずっと風邪をひいていたんです。とにかくトイレが近く、喉が渇き、夜中の1時、2時に1時間おきに起きてはトイレに駆け込み、水をがぶ飲みしていました。また、食後の吐き気がずっと治りませんでした。
ちょうど8歳の誕生日で、主役は自分なのにそんな状態だったせいで、バースデーケーキが食べられなかった(笑)。誕生日の翌日病院へ行き、血液検査や尿検査を受け、1型糖尿病だと診断されたんです。
──診断された時、どんな気持ちでしたか?
大村:
当時は、よく理解しておらず、「なんで自分だけこんな病気になったんだろう」と思いました。
先日、我が子の診察で同じ病院行ったとき、自分が糖尿病だと告げられた部屋が、明るいピンクだったのに驚きました。病院の方に聞いてみると「当時から何も変わっていない」と。私の思い出の中では、灰色で暗い部屋だったんです(笑)。それを思うと、やっぱりショックを受けていたんだと思います。
診断が出た後、大きな総合病院へ行き「自分で注射を打つ」と聞いて、さらに衝撃を受けました。
(発症して初めての運動会。いろんな人にサポートされて、みんなと一緒に運動会に参加できたことが、大村さんにとって「病気でも何にでも挑戦できる」と思えたきっかけだったという。)
──育ち盛り、遊び盛りの頃だったと思うのですが、大変だったことや不安だったことはありますか?
大村:
当時は、治療法が確立しておらず食事制限がありました。食事のたびにご飯の量を測ったり、食べるものも変えたり、おやつがみんなと違ったり、「もっと食べたいな」「面倒くさいな」と思うこともありました。
近年、1型糖尿病は「発育に必要な栄養分は摂っていい」という考え方が主流になり、食事に含まれるブドウ糖の取り込みに必要なインスリンを、量や種類を調整して補いましょうという考え方なんです。インスリンがなければ死んでしまいますが、注射を打って血糖値がコントロールできれば、学校でもみんなと同じように生活できるんです。
それでも、その日の体調や運動量によって血糖の上がり方は違います。毎日同じようにインスリンをただ打てばいいというわけではなく、血糖値が下がりすぎれば、ジュースなどで補食する必要がありました。そうすると「なんであいつだけ特別なんだ」「ずるい」というふうに見られたし、インスリン注射自体、変な目で見られていましたね。
血糖値をコントロールするインスリン注射や補食は、1型糖尿病患者にとっては命を守る大切なもの。その大切さがなかなか周囲に理解してもらえないというつらさはありました。
──注射が変な目で見られたり、インスリン補充を必要とする糖尿病患者に対する社会的気な認知度の低さや誤解・偏見がひとつの課題だと感じますが、どのように感じていらっしゃいますか?
大村:
そうですね。まだまだ理解されていないところはたくさんあると思います。
具体的には、1型糖尿病を持つ子どもの保育園や幼稚園への入園拒否が起きたり、学校に毎日保護者がインスリン補充のための訪問しなければならないなど、課題を痛感しています。
また、こういった課題は子どもの患者だけではなく、インスリン補充が必要な高齢者が老人ホームなどで入所拒否を受けるなど、年齡に関係なく生じています。
インスリン注射は現在、法律によって本人もしくは医療従事者のみ投与が可能なんです。つまり、養護教諭や介護士では打てないんですね。サポートする立場の人たちが研修を受けてここを担えるようになっていけば、糖尿病を患っていても安心して生活を送ることができる方たちが増えます。
こういった部分は、私たちの活動の中で政策提言の一つとしてやっていきたいと思っています。
(毎年数カ所で開催している治療法について学ぶセミナーの様子。写真は2016年開催時。)
大村:
日本IDDMネットワークが掲げているのが“1型糖尿病を「治る」病気へ”という目標です。
私が1型糖尿病と診断された時、「一生治らない病気だ」と言われました。
活動の中で、日々いろんな患者さんに出会います。昔から「治らない」と聞いてきたこの病気を、私は「この病気は治る病気になったんだよ」と言いたいです。
──具体的にどんな活動をされているのですか?
大村:
1型糖尿病の根絶(=根治+治療+予防)に向けて日夜研究に励んでいる研究者の方々を応援することで研究を推進し、2025年までに根治の一手法を実現できればと思っています。第一線で研究をしている先生たちに思いを託し、1型糖尿病の根治を目指しています。
(研究室訪問をさせていただいたiPS細胞研究所前で長船教授と、研究室訪問に参加された皆さんと。)
──根治は可能なのでしょうか?
大村:
外からのインスリン補充から離脱するためには、現在、インスリンが生成される膵臓、もしくは膵島(すいとう)の移植を受けるしか方法はありません。しかし、人ひとりが生きていくためのインスリン量を確保するにはドナー3人分の膵島が必要とされることもあり、日本におけるドナー不足が深刻な課題です。
また、移植した細胞が正常に機能しなかったり、移植による拒絶反応を抑えるために服用する免疫抑制剤により、感染症など他のリスクが出てくることも課題とされています。
現在、私たちが応援を進めているのは「バイオ膵島移植」という、ヒト以外の細胞を使ったインスリン補充の研究です。
病原体を持たない医療用のブタからインスリンが生成される細胞を特殊なカプセルに詰めた「バイオ人工膵島」をつくり、それを患者の腹腔内に点滴で移植します。正常に働けば免疫抑制剤を必要とせずに外からのインスリン補充が不要になります。
(バイオ人工膵島移植の実現に向けて行った、明治大学での助成金贈呈式の様子。病原体を持たない医療用ブタの研究を行っています。)
──ブタのインスリンですか?
大村:
今でこそヒトのインスリンを遺伝子組換えしたものを患者は補充していますが、以前はウシやブタのインスリンを使用していました。ブタの細胞を使う「異種移植」は、世界各地で実例がみられ、研究が進められています。日本でも昨年、厚生労働省が容認しました。
日本では現在、4つの大学研究機関で専門家の先生方による研究が進んでいます。
近い将来、糖尿病を「根治」するこの手法が確立できるのではないかと思っています。実現まであともう少しのところまできているんです。
(過去の研究助成先の1つである東京医科歯科大学の三林研究室の皆さん。息や唾液などで血糖値が分かるセンサー開発を目指して日夜研究されています。)
──最後に、今回のチャリティーの使途を教えてください。
大村:
1型糖尿病を「治る」病気へ、という大きな目標をかなえるため、この治療法を実用化していくためには、様々な課題を乗り越えていく必要があります。そのためには、今以上に研究が必要です。今回のチャリティーで、研究をサポートする資金として通常の研究助成額の1割に当たる10万円を集めたいと思っています!
1型糖尿病は、一生付き合う慢性疾患だと言われてきました。
患者によって、何を望むかによって、向き合い方や治療法は実に様々です。私自身、この病気とどう向き合うか、選択して生きてきました。
でも「向き合い方」の選択肢だけでなく、その中に「治る」という選択肢を加えたいんです。同じ糖尿病患者の方たちに「治る病気なんだ」という希望を与えたい。それが、今の私のモチベーションです。1型糖尿病の根治へ向けて、ぜひ今回のチャリティーにご協力いただけたら幸いです。
──ありがとうございました!
(前回のコラボ時のTシャツを着て、奥様と一緒に。)
インタビューを終えて〜山本の編集後記〜
小学生か中学生の頃だったと思います。とある夏期合宿に参加したとき、仲良くなった子が、今思えば1型糖尿病だったのでしょう。大人とちょっと話してどこかへ行ったと思ったら、部屋の端っこで皆に背を向けるようにして、カラフルな色をしたペンのような注射をカチッと打つのを目にしました。穏やかで、とてもやさしい女の子でした。「病気で、これをせなあかんねん」と申し訳なさそうな顔で話した寂しそうな表情が、脳裏によみがえります。
1型糖尿病が治る病気になれば、彼女は何も気にせず、もっと思いっきり遊べたのかもしれない…。
1型糖尿病を「治る」病気へ!ぜひ、今回のチャリティーにご協力ください。
「夢」や「幸せ」を連想させる四つ葉のクローバーが描かれています。
”it always seems impossible until it is done”、「物事がかなうまで、それはいつも不可能だと思われる」というメッセージには、
1型糖尿病根絶へ向けて活動を続ける日本IDDMネットワークの強い思いが込められています。