今週のテーマは、「ALS」。
2014年にSNSでブームになった「アイス・バケツ・チャレンジ」。多くの方がご存知だと思うのですが、これは「ALS」という難病を支援するためのムーブメントだったことをご存知でしょうか?
ALS(エー・エル・エス)とは、Amyotrophic lateral sclerosisの略称で、筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)、別の名を「ルー・ゲーリック病」という難病です。
発症すると、脳からの指令を筋肉に伝える働きをする運動ニューロン(神経系)が変性し徐々に破壊され、体中の筋肉が萎縮し、手足の麻痺による運動障害、コミュニケーション障害、嚥下(えんげ)障害(飲み込みの障害)を引き起こします。また、進行が極めて速いことも特徴で、発症から2年から5年で自力で呼吸することが困難になり、人工呼吸装置を装着しなかった場合、死に至ります。
現在に至るまで、その原因も、有効な治療法も発見されていません。
世界には45万人、日本にはおよそ1万人超の患者がいると言われています。
2010年11月末、31歳の誕生日を目前に一人の男性が、ALSと宣告されました。
外資系広告会社マッキャンエリクソンで広告プランナーとして働いていた藤田正裕(通称ヒロ)さん。
「どうして俺が」。そんな葛藤を抱えながらも、まだ、親孝行もしていない、社会貢献もしていないこと、そして、自分がALSになったことには、何か意味があると考え、ALSと闘うことを決め、一般社団法人END ALSを自ら立ち上げました。
ALSを一人でも多くの人に知ってほしい。一人でも多くの人が知ることで、ALSの研究が進み、いつか治療薬が見つかり、この世からALSが無くなる──。
ヒロさんの友人であり同僚、そしてTEAM END ALSのメンバーの大木美代子さん、尾崎千春さんに、END ALSの活動についてお話をお伺いしました。
▲インタビューさせていただいたTEAM END ALSの大木さん(右)と尾崎さん。ヒロさんと一緒に。
一般社団法人END ALS(エンド・エー・エル・エス)
ALS患者たちへの最良のケアと治療法の確立を目指して設立された一般社団法人。日本だけでなく世界中にALSの認知・関心を高めるとともに、厚生労働省や医療研究機関などに対し、迅速な治療法の確立やALS患者の生活向上を働きかけることを目的に2012年9月に設立。
INTERVIEW & TEXT BY MEGUMI YAMAMOTO
私たちが体を動かすとき、脳から「動かす」という命令が筋肉に伝わることで筋肉が動き、手足や顔、身体中を自由に動かすことができます。
この「筋肉を動かす」ための脳や末梢神経からの指令を、筋肉に伝えるのが「運動ニューロン」。ALSを発症すると、この運動ニューロンが破壊・変形し、脳からの指令が分断され、体中の筋肉が痩せ細ってしまうのです。
ALSを発症しても、五感や知性、記憶、臓器の働きには変化や影響はなく、「痛い」とか「寒い」といった感覚や、日々の記憶や思考は、元気だったときと何ら変わりません。
このことからALSは「難病のなかでも最も酷な病気」だとも言われています。
大木:
身体中の筋力は衰えるのに、頭は今まで通り、もしくは更に研ぎ澄まされて冴えている。感覚も残っているから、痛みも全て感じるんです。
普通の人にはなんてことない虫刺されや、ずっと同じ姿勢で寝ているために起こる床ずれも、本当につらい。
体中の筋肉がしだいに動かなくなり、自力で呼吸することができなくなり、最後のコミュニケーション手段は、眼だけになります。見えているし、聞こえているし、感じているし、考えているけれど、伝えるのが難しくなる。それがALSです。
▲2013年1月、気管切開の手術をして人工呼吸器を装着。
一人でも多くの人にALSを知ってもらうこと。そうすることで関心も高まり、寄付が集まり、研究が進み、治療が見つかるーー。
END ALSを立ち上げたヒロさんとメンバーたちは、まずは「ALSを知ってもらう」ことを目的に、これまでに数多くのプロジェクトを立ち上げ、イベントを実施してきました。
大木:
「ONE VOICE ONE HOPE」というプロジェクトでは、気管切開のために声を失ったヒロの代わりに、アーティストのCharさんやJESSEさんなど多くの友人がヒロの声を代弁し、思いを発信していくための動画を制作しました。
2015年には、ALS啓発プロジェクト「ONE TRY ONE LIFE─ROAD TO END ALS」を立ち上げ、ALSの認知拡大のためのCM制作予算をクラウドファンディングで募集。
300名以上の方からの寄付が集まり、6月21日「世界ALSデー」にあわせて公開しました。CMには、友人であり歌手のAIちゃんが出演してくれました。
このCMは、日本の広告業界で最も権威のある「ACC CMフェスティバル」で2015年にはブロンズを受賞しました。
▲2015年6月、「ONE TRY, ONE LIFE」プロジェクトにて、CM撮影シーン。ヒロとAIが出演。
大木:
他に、路上に寝転んで「意識はあるのに、すべての筋肉が動かなくなる」ALSを疑似体験するイベント「GORON for ALS」や、スポーツブランド・NIKEさんの協力で、ランナーが走った距離に応じて1kmにつき10円がチャリティーされる「END ALS RUN」、動かないヒロがそれを逆手にとってモデルに挑戦し、応募者がデッサンをする「I’m still」など、多くのイベントを実施してきました。
▲2016年6月21日、東京・外苑前にて行われた「GORON for ALS」イベントの様子。
大木:
ALSと診断されたとき、「ハワイかどこかに行ってのんびり過ごす」という選択肢もあって、ヒロのなかでも葛藤があったそうです。でも「広告会社に勤め、広告を扱う自分がALSを発症したのには、何か意味がある」と彼は闘う決心をしました。
▲2016年6月19日開催の「END ALS RUN」イベントの様子。
大木:
ヒロの体がまだまだ動けた頃、ヒロは「自分が治る」というよりも「ALSをこの世からなくす」ために何ができるか、どうやって多くの人にALSを知ってもらえるか、人と会ったり、企画したりと動き回っていました。
仕事以外では、家から出ないんですよ。楽しみは治ってからにとっておいてあるようです。本当にストイックでした。「こんな過酷な経験は、誰にもさせたくない」という思いが彼を動かしていったんです。
▲「I’m still」プロジェクトのムービーは、ACC CM FESTIVALフィルム部門オンラインフィルムカテゴリでグランプリを受賞。
──これだけ多くの方が活動に協力するというのは、ヒロさんにものすごく人を惹きつける力があるんだと思うんです。どんな方ですか?
大木:
ヒロとは職場が同じでした。年は離れてるんですが、席が近くて仲が良かったんです。そうですね…ヒロはストレートで、ユーモアがあって、やさしい。チャーミングなところも。
尾崎:
誰とでもすぐ仲良くなる人で、本当にみんなから愛されていました。
強いことを言うんだけど、ついていきたくなるタイプ。生意気だけど、頭が切れる人で、尊敬もあります。
▲ALSを発症する前のヒロさん。2008年1月 仕事の仲間と飲み会にて。
──みんなを引っ張っていくムードメーカーだったんですね。そんなヒロさんがALSと診断されたときは、どうでしたか。
大木:
診断される前、「腕が上がらない」とか「手に力が入らない」とヒロがこぼしていて、当時、彼は毎晩のように飲んでいたから「飲み過ぎなんじゃないの?」なんてからかっていました。
ALSと診断されたとき、まずALSという病気が一体どんな病気かもわからなかったし、それを知った後は、なんと声をかけて良いかわからず、悩みました。
ヒロのなかでも、すごく葛藤があったと思います。
でも、ALSについて、一人でも多くの人に知ってもらいたいという思いと、ALSを発症してもなお、社会の一員であり続けるために、END ALSを設立しました。
ヒロさんがALSと診断されてから、7年の月日が流れました。ALS は進行がきわめて早く、 発症から3年経った2013年には人工呼吸器を装着しました。
唯一動く目を使って周囲とコミュニケーションをとってきましたが、その目の動きも次第に鈍くなってきているといいます。
尾崎:
ヒロは人工呼吸器を装着しましたが、ALS患者の70パーセント以上が、呼吸器装着という選択肢を選びません。
──それはすなわち「死」を意味しますよね。
尾崎:
ALS患者の病状が進行し、意思疎通が難しくなっていく一方で、家族への経済的な負担や、介護の負担も大きくなっていきます。
人工呼吸器をつけると長生きできるというのは事実ですが、もしかしたら、意識がはっきりしたまま体を動かせない、意思疎通も図れないということは、死んでしまうことよりもつらいことかもしれません。
──ヒロさんから「つらい」とか「しんどい」というのを感じることはありますか。
大木:
それはあると思います。でも、ヒロは怒りや悲しみを外に出さず、自分の中にとどめているんだと思います。
以前は「トビー」いう、視線とまばたきで操作できる器具を使ってパソコン作業やコミュニケーションをとることができました。
メールのやりとりなんかしていると、ヒロがALSだということなんて忘れてしまうぐらいのスピードでメールのやり取りをしていました。今は目の筋力が衰えてしまって、それも難しくなってきました。
▲こちらが「トビー」。目の動きを使って入力ができ、周囲と意思疎通ができる。
大木:
現在の唯一のコミュニケーション方法は「あかさたな…」と行を言うと、言いたい言葉のある行で、少しだけヒロが目を動かすんです。たとえば「か」の行でヒロが目を動かしたら、次は「かきくけこ」とその行を言うと、またヒロが少しだけ目を動かす。そうやってコミュニケーションをとっています。
体を動かすことも、人と話すこともできず、それでも意識はしっかりある。
1日24時間がどれだけ長いんだろうと思います。
尾崎:
徐々に筋力が衰えていくヒロを見て「これ以上何を奪えるのだろう」と思っていました。でも、コミュニケーションの最後の手段である目の力さえ落ちてきている今となっては、せめてトビーを使って文字が打てた頃に戻って欲しいと思います。
極限の状態のなかで、本人は思うことはたくさんあると思います。
でも、久しぶりに会って一生懸命コミュニケーションをとって、本当に1行ぐらいの会話をしたと思ったら、それが下ネタだったりして(笑)。
いつでもユーモアを失わない人です。
▲まだ表情筋が動いていた頃は、変顔でおどけて見せることも。
──原因もわからない。治療薬もない。闘病は想像を絶する世界だと思うんですが、END ALSにとって、「ALSと闘う」ことはどんなことを意味しますか。
大木:
一人でも多くの人にALSを知ってもらうこと。
そして、ALSをこの世からなくすこと。そのためには、治療薬の開発が必須です。
ALSが注目されれば、寄付をしてくださる方も増えます。寄付が集まれば、ALSの治療薬の研究ができます。認知度が高まることで、ALSの研究をする人も増えるかもしれません。
尾崎:
私たちの活動は「END ALS」のTシャツを作るところから始まりました。
このTシャツのバックに、「I’m still alive」というヒロの言葉を印字しています。
この「I’m still alive」の意味を、ヒロに1度聞いたことがあるんです。
ヒロは、ALSと診断されたとき「自分は死ぬんだ」と思ったそうです。
END ALSの活動が続いていくなかで、ALSの撲滅よりも自分が先に果ててしまうことを予見して、「I’m still alive」、“命はなくなっても、僕はみんなのなかで生きているよ”というメッセージを込めていたんです。
ヒロにとって、ALSと闘うこと、ALSに勝利することとは、何百年も前からあるこの病気を、この世から根絶すること。
治療薬は、すぐには開発されないかもしれません。いつになるかもわかりません。でも、生まれてくる子どもたちや、この先ALSを発症する人を「治療薬の発見」というかたちで救いたいという思いなんです。
──チャリティーの使途を教えてください。
大木:
ALSを多くの方に知ってもらうために、ステッカーを作成したいと思っています。かっこいいTシャツを着て活動を応援してもらいたいのはもちろんですが、いただいたチャリティーでステッカーを制作して配り、いろんなところに貼ってくれたら嬉しいです。
▲END ALSステッカー。
──そうすると、「ALS」の文字がいろんなところで目に留まりますね。
Tシャツを買って、着て広める。チャリティーでステッカーを作って、また広める。すばらしいですね。
大木:
ステッカー1枚あたり100円なので、Tシャツ1枚につき7枚のステッカーが作れます。ぜひ、チャリティーにご協力いただけると幸いです。
──ありがとうございました。
▲ヒロ33歳のバースデーにて。会社のみんなでサプライズで祝う。
インタビューを終えて〜編集後記 by山本〜
記憶や意識はクリアなのに、体が動かない。ごはんも食べられない、家族や友達と話すことができない、笑うこともできない、指一本曲げられない。
まるで密室に閉じ込められたような状況のなかで、ヒロさんは何を思い、何を見ているのか。調べたり、インタビューを終えても「ヒロさんが何と闘っているのか」、どこか腑に落ちない自分がいました。
そんな中、大木さんが送ってくださったヒロさんの著書『99%ありがとう ALSにも奪えないもの』(藤田正裕著・ポプラ社)を読み、探していた答えが、本の最後の最後に載っていたので、そちらを引用し、原稿を終えたいと思います。
正直、今後どのような結果になるかわかりません。
しかし、多くの皆様の貴重な応援をいただいている時点で、私はもうすでに勝ちました。勝利者です。闘病は単なる背景です。
心から、ありがとうございました。これからも、「皆様との乾杯」に向けて「死ぬ気」で頑張ります。
2013年10月 自宅にて 藤田正裕
ここを見てわかったこと。それはヒロさんの果てしない強さと、彼が目指している世界は、自分ひとりの完治でも、勝利でもなく「この世からのALSの根絶」、ただ、それだけなのだということ。
ALS根絶に向けて、今回のコラボを応援してください。
“END ALS. I’m still alive”.
シンプルで強いEND ALSのメッセージを、あえて手描き感を出したタイポグラフィーで表現、
より多くの人に伝わってほしいという願いを込めてデザインしました。
Design by DLOP